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無名頂上種の世界革命  作者: 福部誌是
2 炎のヴァーテクス
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2-4

 瞼を空けると、そこは石でつくられた薄暗い部屋の天井だった。


 頭の下には柔らかくない感触がある。

 視線を落せば白い布が俺の身体の上に乗っている。


 視線を上に戻して直前の記憶を探る。


「……俺、炎のヴァーテクスを倒したのか」


 寝起きの頭で記憶を探り当てる。記憶と状況が一致する。

 予想するに、ここはブラフォスにある建物なのだろう。


 炎のヴァーテクスを倒し、アンジェリカを助けることに成功した俺は木を失った。

 そしてこの部屋に運び込まれた、というところか。


 白の掛け布団を腕で持ち上げて自身の服装を確認する。

 綺麗な薄い青のシャツと短パンになっている。経験はないが、地球の入院服を彷彿とさせられる。


 四肢に力を入れて鉛のように重い身体を起こす。

 すると、部屋の奥にある扉が静かに開かれた。


「あ、起きたのね」


 扉から入ってきたアンジェリカはこちらを見て嬉しそうに駆け寄ってきた。


「……アンジェリカ」


 彼女の顔を確認し、自然と俺の視線は下へと下がる。

 彼女の腕の先。フローガとの戦闘で負傷したはずの両手は既に傷が癒えていた。


 傷ひとつ見当たらない綺麗な指に見惚れて息を呑む。

 そんな俺の様子に気が付いたアンジェリカは両手を顔の前に移動させた。


「……私ばかり、ずるいわよね。人は負った傷を背負って生きていかなければならないのに、私は一日も休めば治ってしまう。……こんなの納得できないよね」


 表情に影を落とすアンジェリカに俺は首を横に振る。


「いえ、そんなことないです。アンジェリカはヴァーテクスで俺は人間。治癒能力に差が出るのは当然です」


「……でも今、私の手を見詰めてたわ」


「それは、回復力の高さに驚いてただけです。それに……」

 そこまで言いかけて俺は言葉を呑み込んだ。


 突然黙り込む俺の姿にアンジェリカは首を傾げた。


「それに?」


「い、いえ。たいしたことじゃないです。忘れてください」


「えー、気になるよ。なんて言おうとしたの?」


 こちらの顔を覗き込んでくるアンジェリカに、俺は顔を逸らす。


「もしかして、やましいこと?」


「……違いますよ」


「じゃあ教えてよ」


「……いや、です」


 俺の言葉に、むー、と頬を膨らませるアンジェリカ。


 ……まじで可愛すぎる!!


「……まあいいわ。タクミには助けられたし、これ以上は問い詰めないわ」


 その言葉に胸を撫でおろす。その後、俺はアンジェリカの眼をじっと見つめて口を開く。


「……アンジェリカに聞きたいことがあります」


「うん。なに?」


「アルドニスの具合はどうですか?」


「この隣の部屋で安静にしているわ。タクミより少し前に目を覚ましたところよ」


 その答えに安堵の息を吐く。

「それは良かったです」


 だが、聞きたいことはそれだけじゃなかった。

 重要なことがまだ残っている。


「……フローガは、どうなりましたか?」


 俺の質問に彼女は長い沈黙の後、口を開き答えた。


「生きてるわよ。まだこの街に居るわ」


 その言葉に心が揺れた。

 起きてから心配してたことがある。アンジェリカと話していた間もずっと気になっていた。


 ひとつはアルドニスの容態。


 もうひとつは、フローガの安否。



 この2つは直ぐに確認したかった。


 フローガはまだ生きている。

 ならば、直ぐに決めないといけないことがある。


「……フローガが生きているなら、直ぐに対策を立てないといけませんね」

 俺の言葉にアンジェリカは首を横に振った。


「いいえ。タクミが気を失った後にフローガと話したの。少なくとも、暫くの間はフローガが私たちに危害を加えてくることはないわ」


 そう言い切ったアンジェリカ。

 その言葉を信じることなどできない。


「……なんでそう言い切れるんですか?」


「フローガ本人に誓わせたからよ」


「でも、それが嘘っていう事もあるじゃないですか」


「……彼らは嘘をつかないわ。ヴァーテクスはプライドが高いし、自身で決めたことを簡単に破ることはないわ」



 ただ、「そう、ですか」と答えるしかできない。

 いや、言葉にはできないが安心が勝っていた。


 アンジェリカを助けるために躊躇いを捨てて剣を振るった。

 その結果、仕留めそこなった。


 つまり、俺はまた失敗したということだ。

 その事実に安心している自分がいる。アンジェリカには申し訳ないと思っている。

 それでも、これ以上戦わなくていい。その事実に心が軽くなったのを感じた。


 だけど、その気持ちは捨てきれなかった。


 今もまだ腕に感触が残っている。

 命を断とうとする死の斬撃。

 自身が車に轢かれた時の衝撃や感情とはまた違った嫌な感触。


 突如、背中に悪寒がぞくり、と走って腕が震え出した。



「……タクミ?」


 その声に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。


「……なんですか?」


 アンジェリカの一声で震えが止まる。作り笑みで首を傾げる。


「いえ、大丈夫ならそれでいいの」




 暫くの間、沈黙に包まれる。

 俺は口を閉ざして部屋の角をじっと見つめた。


「……ねえ、タクミ」

 先に沈黙を破ったのはアンジェリカだった。

 俺は顔を上げてアンジェリカを見る。


「お願いしたいことがあるの」

「お願い、ですか?」


 もちろん、俺にできる事なら全力でやるつもりだ。

 俺が聞き返すと、彼女は短く頷いた。


「これからは話すとき、畏まらなくていいから」


 アンジェリカのお願いはヴァーテクスらしからぬものだった。


 俺は少し戸惑ってから、

「……アンジェリカがいいのなら」

 と口にする。


「うん。気楽に接してくれた方が嬉しいわ」

 そう言って彼女は微笑んだ。



 その後、「あ、それとー――――」

 とアンジェリカが言葉を続けようとした時、部屋の扉が勢いよく開かれた。



 ドン! と大きな音が部屋の中に響いて、反射的に扉の方に視線がいく。


「おっす、起きてるか?」


 そう言って部屋の中に入ってきたのはアルドニスだった。


 あれ、隣の部屋で安静にしてるって……。


 先程の情報とは異なる光景に頭が追い付かない。


 彼の服装は俺と同じもので、致命的なまでに似合っていない。

 アルドニスの背後にはドミニクさんとローズさんの姿も見える。


「あら、起きたのね。よかったわ」


 俺の姿を見たローズさんは頬に手を当ててそう口にした。それに続き、ドミニクさんも口を開く。

「具合はどうですか?」


「大丈夫ですよ。それで、みんなしてどうしたんですか?」


 ドミニクさんの問いに答えた後、疑問を口にする。すると、アルドニスが身を乗り出してテンション高めに言葉を発した。


「祭りにいくぜ!」


 アルドニスの圧が強く、半ば強引に部屋を連れ出される。

 部屋を出る途中、服の裾を引っ張られ身体が後ろに傾いた。


 振り返ると、アンジェリカが上目遣いでこちらを見上げていた。


「……まだ話したいことがあるから、また後で時間つくって」


 俺だけが聞こえるように小さな声だった。

 俺は深く考えずに頷くと、彼女は半歩下がって微笑んだ。


 その姿は本当に愛くるしいものだった。









 炎のヴァーテクスが倒れた後の街の様子は来た時と変わらず、活気に満ちていた。

 どうやら祭りはまだ続いているらしい。道の両脇には出店が並び、昼の明るさに劣らないほど人々は騒ぎながら道を横断している。


「ほい、タクミ」

 アルドニスから差し出されたものを受け取る。

 それは、切符サイズの銅の板だった。


「これは?」


「お金だ」


 アルドニスの答えに「え、これが?」という感想が漏れる。

 ただの銅の板にしか見えない。だが、よく見ると表面に文字らしきものが刻印されてる。


「1枚、1カッパーだ」


「……なる、ほど」


 現実を呑み込んで銅の板をポケットにしまう。


「よし、行くか!」



 アルドニスが先頭になって、人の群れの中を進んでいく。

 5人のうち、男3人はけが人だ。

 俺とアルドニスは軽い火傷程度だが、ドミニクさんは包帯で身体と腕を固定している。




 アンジェリカは街に来た時と同様に布で顔を覆っている。


 フローガを倒し、この町に住む人々を救った英雄のはずなのに。

 そんな事を考えながら歩いていく。



 辺りを見渡しながら街の中を歩く。

 今思うと、この町に来た時の彼らの表情は虚飾が混じっていたようだ。

 だが、今は取り繕うかのような笑顔は存在しない。


 重みから解放されたように晴れやかな喧騒が広がっていた。


 アルドニスは片っ端から出店に並んで食べ物で口をいっぱいにしている。

 その様子を眺めていたドミニクさんのところに、串肉を数本持ったローズさんが近付いていく。


 つい昨日、命がけの戦闘が行われていたのが嘘のように感じるほどその光景は心地よいものだった。




「あ!」


 視界の端で、息をこぼしたアンジェリカの足が止まる。目線の先を追うとひとつの屋台に人が並んでいた。


『果実飴』

 そう書かれた屋台には人の列ができており、その多くが子供だった。

 どうやら、子供に人気の食べ物らしい。


 果実飴という名前から、勝手にりんご飴を想像する。


「俺が買ってきま……買ってこようか?」


「へ?」

 アンジェリカの浮ついた声に、思わず笑みがこぼれる。


「買ってくるね」

 そう言い残して屋台の列に並んだ。




 待ち時間は少なく、どんどんと列が進んでいく。前に並んでいた子供たちが飴を購入して店から去っていく。

 俺は一歩店に近付いて、店主に話しかけた。


「ふたつください」


「あいよ。6カッパーになりやす」


 中年の店主に銅の板を6枚渡し、飴を受け取る。

 その時、隣の店で酒を飲んでいる男性たちの会話が聞こえてきた。



「まさか、アンジーナ様がフローガ様を倒してしまうなんてな」

「ああ。アンジーナ様も強くなられた」

「アンジーナ・テオス様、バンザイ!」



 どうやら、俺の功績はそのままアンジェリカの功績になっているようだ。


 飴を持ってアンジェリカのところへと戻る。


「買ってきたよ」


「あ、ありがとう」


 俺が飴を差し出すと、少し遠慮気味に受け取る。


 そんなアンジェリカの隣に移動して飴を舐めてみる。それは、想像通りりんご飴のような味だった。

 少しかじってみれば、口の中一杯に果実特有の甘さが広がっていく。

 果実の食感は林檎に近い。だけど味は桃に近い味だった。


「……ナルホド。つまり、見た目は林檎。中身は桃ってわけか」


 ふと、隣に視線を落とす。


「あまっ。おいしい……」

 眼をキラキラと輝かせて美味しそうに食べるアンジェリカを見て思わず頬が吊り上がる。

 まるで、幼い子供のようだった。


 ……気の所為かもしれないが、この前までと比べて表情や態度が柔らかくなった気がする。


 その事を内心微笑ましく思いながら、飴を口に運んだ。





 飴を食べ終わった後。

 アルドニスたちとはぐれていることに気が付いた。


 合流するために彼らを捜しながら街の中を歩く。

 その最中、気が付いたことがある。


 当然といえば当然なのだが、かなりアンジェリカのことは話題になっていた。


「……アンジェリカ」


 そう呼び止めれば、前を歩いていた彼女はこちらを振り向いた。

 俺の顔を視て何かを察したように歩みを止める。


「アンジーナ、テオスってどういう意味なんですか?」


 フローガと戦闘になる前、この街の人々が口にした言葉。

 ずっと引っ掛かっていた疑問を口にする。


 すると、アンジェリカは少し表情に影を落とし答え始めた。


「そうよね。タクミには言っておかないとね。……まず、テオスというのはヴァーテクスを現す名前よ。フローガ・テオス。バジレウス・テオス。アンジェリカ・テオスという風にね」


「なるほど。つまり、種族名……苗字のようなものか」



「そして、アンジーナというのは……」


 そこで一旦言葉を区切った彼女は一瞬瞼を閉じた。


「私のヴァーテクスとしての、名前なの」



 暫くの間、理解が追い付かなかった。

「ヴァーテクスとしての名前?」


 思わずオウム返しで聞き返してしまう。


「そう。人々や他のヴァーテクスからはアンジーナという名前で認識されているの」


 彼女の言葉に開いた口が塞がらない。


「でも、私の事はアンジェリカと呼んで欲しいの」


「……それはどうして、ですか?」


「……ごめんなさい。言いたくないわ」

 声のトーンが下がる。

 俯いた彼女の表情と声で我に返り、咄嗟に頷く。


「分かった、これ以上は詮索しない。俺はアンジェリカって呼ぶよ」

 顔を上げた彼女は目を細めて、

「ありがとう」

 と口にした。




 その後。


 皆と合流するために再びアルドニスたちを捜し始める。

 だけど、暫く歩き回っても見つけることは出来なかった。


「……どこ行ったのかな」


「見つからないわね」


 道を右折して奥まで進む。

 建物に囲まれ、煌点の光があまり届いていない。足を止め、ぐるっと辺りを見渡す。

 周りに人はいない。

 それどころか、出店も見当たらなかった。

 いつの間にか出店が出ていない区画まで来てしまったようだ。



「さっきの道まで引き返そう」


 そう提案すれば、彼女は短く頷く。

 身体を反転させ、歩き出そうとした時だった。


 横の白い大きな建物の中から大きな声が響いてきた。

 突然のことだったので、意味を聞き取ることは出来なかった。


 足を止めて建物を凝視する。

 他の建物と比べても3倍はある白い大理石風の建物。

 正面に設けられた扉が勢いよく開かれた。


 その奥から1人の男が姿を現した。

 上半身が全裸で下はアラビア感のあるズボンを着ていて素足の男。


 その姿を目にして、俺は思わず男の名前を口にした。


「―――――フローガ!?」




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