第3話
気づくと、美咲は籾殻布団に寝かされていて、ミヤに心配そうに覗き込まれていた。
「った~。あったま痛っ。なんだコレ!?」
こめかみを両側からグリグリされてるような痛みに美咲は顔をしかめる。
「そりゃそうだよ。あんなにガバガバ呑んだら、二日酔いにもなるよ」
ミヤは腕組みして頬を膨らませる。
「ガバガバ呑んだ? ぜんぜん覚えてない」
「ひどかったんだよ。下履きは脱ぐし、踊りだすし、なんか知らないけど、周りが光り出すしでっ!
――お家の人が呑んじゃいけないって言うの、正解だって思った」
「うえぇ。そりゃひどい。以後、気をつけます。それより、ミヤ。お水欲しい。お水ちょうだい」
美咲が頭を押さえて訴えると、ミヤはすぐに土間に降りて、瓶の汲み置きから木杯に水を汲んで、持ってきてくれた。
それを一息で飲み干し、美咲はようやく人心地。冷えた水が痛みを訴える頭に心地よかった。
そんな美咲をミヤはじっと見つめ、やがて思い切ったように尋ねる。
「ねえ、美咲は鬼道使いなの?」
「ん? なにそれ?」
首を傾げて尋ね返すと、応えは家の入り口からかかった。
「――太古の技術を使える者の事だ。あれらの技術を鬼道と邑人は言っている」
「ジャー……」
彼は美咲が横になっている布団の横までやって来て、嘆息しながら胡座をかいた。
「ミサキ、おまえの酒癖は、本当に……ひどいな」
「ミサキさ、踊りに先生を引っ張り込もうとしてたんだよ……」
ミヤがこっそり耳打ちして教えてくれる。
「いあ~、ホンットごめん! 全然覚えてないけど、ゴメン!」
思わず布団の上で土下座する美咲。
「今後は人前で酒を呑まない事だ
――そんな事より、ミヤ。先程の話だが、ミサキは鬼道使いではない。
それを使うだけの知識はあるようだが、専門家というわけではないだろう?」
後半は美咲に向けられた言葉だ。
「うん。鬼道がいまいちよくわからないけど、文明の利器って意味なら、使う事はできるかな。作ったりはできないけど」
美咲の言葉に、ミヤは首を傾げる。
「わたし、ミサキは不思議な事ができるから、てっきり鬼道使いかと思ったんだけど、じゃあ、あの光ったりするのはなんなの?」
「――そう、私もそれが聞きたかった。昨日の事象干渉波といい、酔って踊りだした時に出現した光といい、君はなにかそういう装置を持っているのか?」
二人に詰め寄られて、美咲はたじろぐ。
「なにって、そのじしょーかんしょーは? とか言うのは、ひょっとしてコレの事?」
美咲は二人の前に左手を差し出し、右手の指を鳴らすと、途端、その手の平の空間が球状に揺らぐ。
「そう、これだ! サイズも変えられるのか!?」
知的好奇心旺盛なのか、普段は冷静な印象のジャーがぐいぐい来る。
「事象干渉領域って、あたしの世界では呼ばれてる。才能の差はあるけど、だいたいの人が使えるよ?」
美咲が不思議そうに首を傾げると、ジャーは顎に手を当て、
「皆が利用できるから、あえて境界定義して事象干渉の矛盾が起こらないようにしているのか? だが、同一座標にこの空間が現れたらどうなる? 論理矛盾が発生するのでは……」
ブツブツと早口で呟き出す。
「あ、事象干渉領域がぶつかった場合は、弱い方が割れるよ。だからあたし達はより強い事象干渉領域を張れるように、士魂を鍛えるんだ」
「士魂とはなんだ?」
「魔道器官――ウチのご先祖様なんかはリアクターなんて呼び方してたなぁ。
魔法を使う大元。もうひとつの心臓とか、精霊に干渉するための器官とも言われてるかな?」
「精霊?」
「うん、これの事」
再度、美咲は指を鳴らす。途端、球状の空間の揺らぎの中に、丸い光が生まれる。
「あ、これこれ。昨日、ミサキが踊ってる時に出てきたやつ! 綺麗だよねぇ」
ミヤが両手を合わせて興奮気味に言う。
「普段は見えないんだけどね。強く呼びかけたりすると光るんだ。光った状態を精霊光って呼んでる」
「なるほど。私が感知した事象干渉波は、おまえが精霊と呼ぶ、これか。そして事象干渉領域はそれらが干渉できる範囲領域ということか。
――ふむ。つまり、士魂が事象変界面を形成し、その内部の精霊に干渉、事象を改変するという事か……」
「そこまで論理的に考えたことないから、よくわかんないかな。あたしの世界じゃ、魔法や魔術って呼んで、みんな当たり前に使ってるものだし。
――だからね、ミヤ。あたしは鬼道使いなんてワケわかんないものじゃなくてね」
美咲は事象干渉領域をミヤの方に放って、短く口笛を吹く。
途端、事象干渉領域が弾けて精霊光が粒子となってミヤの頭上から降り注いだ。
「わぁ~っ!」
嬉しそうにきらめく粒子を見上げるミヤに、美咲は人差し指を立ててウィンクした。
「――あたしは唄と舞いで魔道を使う者。魔道士なのさ」