03 村での別れ
「彼女は女神様に認められました!」
神官のお兄さんの誇らしげな声と共にゆっくりと目を開くと悔しそうな顔をした妹と今にも神官のお兄さんに掴みかかりそうなお母ちゃんが見えた。
「困るよ! その子は娼館に売る予定なんだからっ」
「……聖女見習いになれるという子を娼館になんてとんでもないことです。ですが、無理強いはできません。ミリアさん。あなたはどうしたいですか?」
神官のお兄さんが無理強いはできないと説明するとお母ちゃんが一気に強気になった。
「ミリア、辞退するんだよ! お前なんかとても聖女見習いなんてできやしないさ!」
必死の形相のお母ちゃんの声を聴きながら、私は神官のお兄さんを見上げた。
「聖女見習いって何をするんですか?」
「神殿で女神様に祈りを捧げて国を守護する大結界を維持する儀式や怪我した人の治療や願いの為に祈願します。もちろんそのための修行や勉強もあります。楽な仕事とは言えませんがとても大切なお仕事です」
神官さんは私の周囲を見渡した。
貧しくて狭い家だから村人が詰めかけているのでぎゅうぎゅうだった。部屋にはまだキラキラした光が漂っている。
「お姉ちゃんが……」
妹もいつもの調子ではなくなっていて私を呆然と見ていた。
私は神官のお兄さんを見上げた。
「……国の結界、私にもできますか?」
「できるようになるかどうかは女神様のご期待にあなたが努力するかどうかです」
私は周囲の人を見渡してみた。
お母ちゃんが凄い形相で私を睨んでいた。
妹は信じられないといった表情をしていた。
村の女衆は固唾を呑んで見守ってくれていた。
そして、マーサさんは目が合うと神妙な面持ちで肯いてくれた。
「神殿に行きます。私でよければ神殿で女神様のために祈りを捧げます」
私なんかが女神様に認められたのなら精一杯やってみよう。
私が女神様に必要とされるなんて嘘みたい。
でも、私も誰かに必要とされたかった。
認められたかった。
ただ、ありがとうって言われたかった。
「おお! では早速参りましょう。あなたがこの村の選別式の最後でしたからね」
そうして神官のお兄さんは私を家の外に連れ出してくれた。
「ミリア! 許さない。あんたは娼館に売る予定だったんだからね! しっかり稼がせるはずだったんだよ……」
「お母ちゃん……」
「そうだ! 今からだって、撤回すればいいさ!」
お母ちゃんが私に向かって叫んだけど周りの女衆の鋭い視線を受けてそれ以上言えず黙り込んだ。
妹はもう床に座り込んでしまっていた。
「あの、お姉ちゃんが……。嘘だよね」
神官のお兄さんは咳払いをするとお母ちゃんに諭すように話した。
「こほん。女神様の司る元では人身売買は許されていませんよ」
「ふん! お前なんて、どことでも出ていきな! ちっ、本当に最後まで役に立たない子だったよ!」
私はお母ちゃんにぺこりと頭を下げた。
――私は最後まで役に立たない子だったんだ。
お母ちゃんに少しでも必要とされたかったな。
売るんだから私は要らない子だよね?
「お母ちゃん……。さよなら」
そうして私は村の入り口に止められていた神殿からの馬車に乗った。
「お母ちゃん……」
村の大人達が見送ってくれる中お母ちゃんを必死に探した。でも、どこにも見つからなかった。
「大丈夫かい?」
神官さんが心配そうに訊ねてくれたので私は黙って肯いてみせた。
今回、村で女神様の祝福を受けたのは私だけだったと言われた。
村からは一度も聖女見習いは出たことが無かったと村長さんも普段は話すことも無かったけれど名誉だと喜んでくれていたそうだ。
私は身の回りの物などないから着の身着のまま出て行った。
神殿では貸与される見習い用の衣服があるから大丈夫と言ってくれたからだ。
……お母ちゃんに晴れ着を着せてもらいたかったな。
私は役に立たない子だから頑張ったけどお母ちゃんの望む子になれなかったんだね。
母ちゃんはだから私のことは見てくれなかったんだ。
でも、お母ちゃんに捨てられても私はお母ちゃんのことは大好きだったよ。
できたら一度でいいからぎゅっと抱っこされたかったな。
……お母ちゃん。元気で……。
「ミリア、今日は疲れただろう。馬車は揺れるけれどゆっくり眠るといい」
そう言って神官さんに手巾を渡された。
気がつけば私の目から涙が零れていた。
私は馬車の揺れに紛れるように顔を拭いて眠ったふりをしたけれどいつの間にか眠ってしまった。