27 失われた聖女(テオ視点)
僕を庇ってヘンリーの剣で切られたミリアを抱き留めるとそのまま地面に座り込んだ。
かくんとミリアから体の力が抜けてしまったのが分かる。僕の腹の底から声にならない想いが涙になって溢れていた。
「くそ! 貴様達が私に素直に従わないからだぞ!」
ヘンリーが地団駄を踏んで怒り狂っていた。
ミリアが死んだら結界を張ることなど不可能だからだ。そもそも、もうミリアには張ることはできなかったのだ。それをヘンリーは認めようとしなかった。僕はざまあみろと思って叫んでいた。
「……自らの行いは自らに返るんだ。お前が思い通りにならないと言うならお前自身がそういうことをしてきたからだろう。自業自得だ! 罪なき者に罪を与え、気まぐれに他人に横暴な振る舞いをしてきた。その報いなんだ!」
醜く喚き散らすヘンリーに怒鳴りつけてやった。
もう、僕はヘンリーの剣など怖くは無かった。
怖いのは大事な人を失うこと。それ以上の恐ろしさなどなかったのだ。今更ながら気づく。
僕の大事な人はもういない。僕の腕の中で永遠に時を止めてしまったのだ。
ミリアの血の匂いをモンスター達が嗅ぎつけて僕らの周囲に集まって来ていた。そのむこうにリーダー達も助けに来ようとしているのが見えた。
ぐるると獰猛な咆哮が聞こえる。
だけどそれさえも僕にはもうどうでもいいことだった。
ミリアがいなければ……、僕にはもう何もなかったことを今知った。生きていくその行く先も、その意味も。
「ひぃぃぃ」
モンスターの群れに剣を振り回してヘンリーは闇雲に走り出していた。
その後をモンスター達が追いかけていた。ヘンリーは奇声を発して無様な姿で必死にモンスター達から逃げ惑っていた。多勢に無勢なのは明らかだ。
「はは。みっともねぇ。あれで王太子様だったのかよ」
僕は嘲笑ってやった。とうとうモンスターに追いつかれヘンリーの哀れな命乞いの声と悲痛な断末魔の声が聞こえてきた。
「最後まで無様だったな」
僕はなんの感慨もなく呟いた。
ただ虚しいだけだった。ヘンリーがモンスターに食われてもどうとも思わない。ただ何も感じない。
あとは自分達を取り巻くモンスターの群れ。
じりじりとモンスター達は包囲を狭めてきた。とても太刀打ちできる数ではない。
だが、僕はそれすらも他人事のように感じていた。次は僕の番だというのに。ただ――、
「ミリアは渡さない。僕の命がある限り」
そう言うとミリアの身体を自分の懐に深く抱き込んだ。小さなミリアの身体は僕の腕の中にすっぽりと収まっていた。
「ふふ。こんなに小さかったんだ。ミリア。それなのに僕の方が君に守ってもらったんだね」
僕は最後に精一杯ミリアを自分の身体で覆って守りきろうとした。きっとリーダーは僕らを助けてくれる。
「リーダーが駆け付けてくれるまで僕の身体で守りきれればいい。どうか、ミリアを僕からもう奪わないで……。これ以上ミリアを酷い目に遭わさないでください……」
僕はモンスターの群れを一瞥すると空に向かって祈るように、願うように。もう僅かな息しかしないミリアに囁いた。
どうか僕の聖女が最後の時を安らかに眠れるようにと……。