26 最後の醜い足掻き
そうして黙り込んでしまったところ、他にもこの関所を訪れる人がいました。その人は――、
「ミリア、良かった。ここに居たのですね。元気そうで安心しました」
マルクトでお世話になった神官のお兄さんでした。
「神官様! どうしてこんなところに……、それにマルクトは大丈夫なのですか?」
「ええ、マルクトはなんとか持ちこたえています。それに、ミリアのお陰ですよ。ほら」
そうして神官が懐を指し示すとミリアが贈った手紙がほのかに光を放っていた。神官やジョイに当てた手紙にはいつも祝福の光を祈って送っていた。
「この光に不思議とモンスター達は襲ってきません」
「……でも、私はもう女神の祝福はいただけないのです」
私は神官様にテオとの結婚のことを伝えました。
「そうなのですか。それは残念なことですが、我々はあなたが追放されたと聞いて心配して探していたのです」
「神官様……。マルクトの皆が私を……」
私は神官様を見上げました。初めて聖別でお会いしたときのように穏やかな微笑みを浮かべていました。
「ジョイなんて、憤慨して祈りを増やしていましたよ」
「まあ、あのジョイが……」
お祈りを面倒くさいと言っていたジョイが私のために女神様に無事を祈っていてくれたのです。嬉しくて泣けてきそうでした。
私はテオに神官様を紹介しました。関所はそれなりに大きな建物なので私達は奥の部屋に通されて話をすることにしました。
「そうですか、マルクト神殿では女神様に祈りが届いているのですね。良かった」
「王都の大神殿や王宮は大分破壊されているようです。どうやらドラゴンが舞い降りたとか……」
「まあ、恐ろしい……。ドラゴンなんて伝説級の存在なのに」
皆は黙り込んでしまいました。
「そう言えば神官様にお尋ねしたいことがあって、あの、私のいた村は、母は……」
マルクトから村まで遠いので絶望的でしたが尋ねずにはいられませんでした。
神官様は私の問いに苦い顔をしました。
「……実はミリアの村は四年前に山が崩落して既に失われています」
「え? そんな……。四年って、私が聖女に選ばれた頃、それに山が崩れてって……」
「一部の住民は周辺の村々に落ち延びましたが、ミリアのご家族は残念ながら土砂に押し流されて逃げ遅れたようです。マーサさんという方が一度ミリアを尋ねてマルクトの神殿に来たので分かりました」
「村が……。母と妹が……、そうなのですね。マーサさんは大丈夫だったのでしょうか?」
「ええ。息子さんの一人がマルクトで家を建てていてそこで世話になっているそうです。今回も神殿に避難していましたよ。炊き出しのお手伝いをしてくださって助かっています」
「マーサさん……」
「ミリア」
テオが私の肩に手を置いて気遣うように声をかけてくれました。
そこに、入り口から兵士さん達の混乱した声が聞こえてきました。
待て! とかうるさい! などの声が聞こえてドタドタとした足音と共に現れたのはボロボロの姿になったヘンリー王太子様でした。最初、あまりのボロ……変わりように私は気がつきませんでした。
「ここにいたのか! 平民! 探したぞ! さあ、結界を張るんだ!」
ヘンリー王太子の傲慢な言い方にテオが私を庇うように前に出ました。
「ヘンリー王太子ですか? あまりの変わりように分かりませんでしたよ。それに彼女はもう聖女ではありません。僕の妻となりましたのでその資格を本当に失いました。そもそもあなたがミリアを聖女じゃないと追い出したのでしょう? 今更何を言っているのか理解できませんね。もう聖女ではなくなったミリアに大結界を張り直せませんよ」
「くっ、貴様! この私に生意気なことを!」
ヘンリー王太子はボロボロになった剣をテオに向けたので私は思わず叫んでいました。
「テオ!」
「ほお、お前はあいつの大事な存在らしいな。それなら!」
「ぐっ」
ヘンリー王太子はいきなりテオの喉元を掴むと剣の切っ先をテオに突き付けました。テオが苦しそうに呻き声を上げました。
「お前を人質にして平民にはどうあっても結界を張り直させる!」
勝ち誇ったような表情をしてヘンリー王太子は私を見て叫びました。
「ミレニア王国の王子のくせに汚ねぇことするじゃないか!」
冒険者のリーダー達が剣を構えて歯ぎしりしています。
「はん! なんとでも言え。尊いミレニア王国の栄光を取り戻すためには聖女の大結界が必要なのだ! さあ、来い。平民! 大神殿で結界を張り直すのだ!」
「ミリア、僕に構わず逃げろ。リーダー、ミリアを頼む」
冒険者のリーダーが私を守って逃げようと側に来てくれました。でも、私はテオを置いて逃げるつもりはありません。
「テオ! そんなことできる訳ないじゃない! いいわ! どこでも行きます。だからテオを離して!」
「ふん。人質を解放するのは結界が張られてからだな」
そうして私はテオを人質にとられヘンリー王太子と関所から大神殿へと向かうことになりました。ここからでも大神殿の半壊した姿が見えます。空ではドラゴンらしき影が舞っているのが分かりました。
「ドラゴンまで……」
ヘンリー王太子が絶望的な声を出しました。すると少しテオを拘束していた腕が緩んだようなのでテオはその隙を見てヘンリー王太子から逃れようとしました。
「ミリア、逃げよう!」
「ええ!」
私は差し伸べてきたテオの手を取り走り出そうとしました。
「この、平民め! 王太子である私に逆らうとは許さぬ!」
そう叫ぶとヘンリー王太子はテオに向けて剣を振り下ろしました。
「テオ! 危ない!」
私は気がつけばテオと剣の間に身を躍らせていました。灼熱の痛みが肩から襲ってきました。
「ミリア!」
テオの絶叫が聞こえました。
でも私の身体は痛みで力が入らなく、地面に倒れ伏すところでテオが抱き留めてくれました。
「ミリアぁあ! ああぁ! どうして?!」
「くそっ! こんな馬鹿なっ! 平民、貴様が悪いんだ!」
テオの泣きそうな顔が見えました。
そんなに心配しないで、でも私は上手く喋れませんでした。
もうテオの顔も朧気で見えません。身体に力が入らないのです。自分の命が消えそうなのが分かります。
「ミリアぁぁ! 嫌だ。こんなことって……」
「……テオ。ごめんね。今までありがと……」
それだけが私が言える精一杯の、最後の言葉でした。
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キツイ展開ですがあと少しで終わります。
ハッピーエンドです。