25 ミレニア王国の崩壊の知らせ
「もう少し、ゆっくりしていきなさいよ」
「まあまあ、ちょっと新婚旅行も兼ねてミリアとあちこち旅に出てくるよ」
テオのお母さんが何かと世話を焼いてくれました。
「こんな可愛い娘ができて嬉しいわ。テオをよろしくね。ミリアさん」
「はい」
「ミリア。うちの従業員が昔それらしき村に行ったことがあるっていう話を聞いてさ。その近くまで行ってみようかと思うんだ。ああ、国境は超えないから村までは行けないよ。あくまでペンテ共和国側から行けるとこまでだけど」
「テオ。いろいろとありがとう」
でも、正直嬉しいとは思えませんでした。
あの頃は貧しすぎて、いつもお腹を空かせていました。着る物もなく、妹の世話にお母さんの分までの家事をこなしていたのです。
正直なところ帰りたくないような、帰りたいような気持でした。テオと一緒じゃなければ無理だったと思います。
二人で部屋に戻り、ペンテ共和国で立ち寄る町や村を調べて商売をしつつミレニア王国に近づこうかとテオと計画を立て準備をしました。荷物はあまりないので準備は直ぐに済みました。
そしてカリスト家の商会に挨拶して出発しようと立ち寄ったら、商会の従業員が私達を見て慌てたように話しかけてきました。
「テオ坊ちゃん! ミレニア王国の大結界が消失して大変なことになっているようです」
「え? 結界が無くなったって、どうして、サマンサ様は……」
「……そうか、早かったな」
私はあまりのことに信じられませんでした。でもテオはまるでこのことを予測していたかのような口ぶりでした。
「どうして? どうしよう。ああ、女神様……」
私は祈りを捧げようと跪きました。心を鎮めるためです。もう聖女じゃないのについ聖女のようなことをしてしまいますね。
「ミリア。もう既に君がどうこうできる問題じゃない。落ちついて」
「で、でも。テオ。私、聖女だ……」
「もう聖女じゃないよ。僕の妻だよ。魔力だってもう前ほどないじゃないか。女神様の祝福だってもう出せない」
そう言われて抱き上げられていました。気がつけば私は動揺のあまりガクガク震えていたのです。
「そうだけど……。でも!」
私はテオと結婚してやはりあのキラキラが出なくなりました。もう私では女神様へ祈りは届かないのです。
「ミレニア王国がどうなったか確かめたいな。ミリアを連れて行きたくはないけれど」
「行くよ! テオが置いて行っても一人だって」
「置いて行く方が心配だから仕方がない」
テオが商会の人に告げました。
「これから僕達は護衛を雇ってミレニア王国へ向かってみる。もちろん行けるところまでだ。また連絡は入れると母さん達に伝えておいてくれ」
「分かりました。テオ坊ちゃん。お気をつけて」
そうしてテオはペンテ共和国の冒険者ギルドへ赴くと顔見知りの冒険者パーティを護衛に雇ってミレニア王国へと向かうことにしました。
冒険者のパーティは四人組で剣士が二人、盾役が一人、斥候が一人で薬師兼弓使いです。剣士の男性がリーダーを務めています。テオはリーダーに頼みました。
「ミレニア王国まで頼みます。危険だと判断したら直ぐ引き返す予定で」
「了解。でもあのミレニア王国がねぇ。結界がなくなっただけで崩壊するとは思えんが」
冒険者の方々も半信半疑で冒険者ギルドの情報も入り乱れているそうです。
新聖女がお披露目されたとか結界がなくなってモンスターが群れをなして襲っているとか。
「まだ崩壊とは……」
私はまだ信じられません。
「あ、そうそう。マルクトの街の神殿は大丈夫なんだって」
女性の弓使いの方がそう仰いました。
「マルクト! 私がいたところです。村からその神殿に行って修行していました。それから、大神殿に……」
「じゃあ、ミリアの村もその受け持ちの範囲にあるってことだな。まずマルクトへ向かおうか。幸いマルクトはペンテ共和国寄りにある街だ」
「ええ」
そうして私達はマルクトへは馬車ではなくそれぞれ馬に騎乗して行きました。テオはリーダーに私は弓使いの女性に乗せてもらいました。馬車より早くて機動力が良いからだそうです。
馬を走らせて、ミレニア王国との境までたどり着いて見えたのは国境に残っていた関所でした。周囲の建物は魔獣達に蹂躙されて何もなくなり無残な姿を晒していました。
そして、遙か遠くにマルクトの神殿らしき建物が見えています。
パーティのリーダーが呟きました。
「これは酷いな。国境さえもなくなっている。まるで一方的な殺戮だな。それにしてもこんな関所だけが残っているなんて……」
「誰だ? ……ああ、ミリア様だ! おおーい! 皆、ミリア様だぞ!」
関所から誰かが叫んでいました。私達は周囲にモンスターの気配がないことを確認して建物に入りました。
「皆さん無事で良かった。でも、ここだけ残っていたのですね」
「ミリア様の祈りのお陰です。他にも住民が逃げ込もうとしたのですが大量のモンスター達があっと言う間に喰っ……、あいや、その……」
そこに兵士の後ろから人影が現れました。
「こら、ミリア様を不安にさせてはいかん」
「パーシーさん!」
兵士を窘めたのはパーシーさんでした。
「ミリア様。良くぞご無事で」
「パーシーさんこそ」
私達はお互いに無事を喜びました。それからテオがパーシーさんに尋ねました。
「パーシーさん。一体ミレニア王国では何が起こったのですか?」
「……それが、ミリア様を追放した後、次の聖女とされたサマンサは聖女の資格さえなかったのです。それなのに新聖女としてお披露目をしました。結局はサマンサも他の見習い達も大結界の維持ができず。大結界は崩壊してしまいました。それに気がついたモンスター達が一気に王国を襲ってきたのです」
「なんということでしょう! 結界の維持の祈りを絶やしたのですか。他の聖女見習い達はどうして……」
「……最早、誰もいないでしょう。大神殿もモンスター達に襲われていました。私はミリア様なら再び結界を張れるのではないかとお探しに行こうとここまで参ったところです。ミリア様と旅したところはほのかに光って不思議とモンスターは襲わないのです。だからここまで無事来ることができました」
「……」
私はパーシーさんの言葉に黙り込みました。
だって、私にはもう女神様の祝福は光らないのです。ということは結界も張れないのです。
テオが代わりにパーシーさんにそのことを話してくれました。
「パーシーさん。ミリアはもう僕の妻になりました。だからもう結界は張れません」
「なんと……、そうでございましたか」
「パーシーさん。ごめんなさい。あの、私……」
「いいえ。ミリア様がご自分を責めることはありません。これはミレニア王国の王族、いえ、我々住民の怠慢だったのです。聖女様お一人に負担を押し付けて安穏に暮らしていた我々への報いなのでしょう……」