15 聖女じゃないからね
「パーシーさん。お待たせしました。行きましょう」
「これだけですか?」
「はいそうです」
パーシーさんは私の手荷物をまじまじと見ました。テオ君のアイテム収納を使っているので大きな荷物はありません。
「こんなに荷物が少ないとはそんな馬鹿な。それに側仕えの者や下働きの者の手伝いがないなんて……。聖女様がこんな扱いだったとはあまりにも」
パーシーさんが何だかお怒りのようです。私は申し訳なくなってしまった。
「私の力が足りなかったのでしょうね。聖女として不徳の致すところです。だから、パーシーさんがついて来てくれるのは正直有難いのです。私一人で国外になんて、……だから出るまでよろしくお願いしますね」
パーシーさんが私の手荷物を持とうとしてくれたので断りました。小さな手提げ鞄だけですからね。
鞄の中身は着替えと僅かな身の回りのものです。殆どはアイテム収納に入れていますが、元々持ち物はありません。
下着は三つなので全部入れました。下着は他の方は使えないので貰ってもいいですよね。あとは儀式用の衣服は私のものではないので全て置いていきます。
だけどそうすると私には街で着るような普段着など持っていません。私が着ていた儀式用のものばかりなのです。笑ってしまうくらい私は聖女の生活をしていたのですね。私服などなかったのです。
あとは寝間着を一つと作業服は今着て、簡素な平時の祈り用の服を一枚だけ着替えにいただきました。
それと祈りの代償としてたまにお布施を参拝客から直接頂くので、それをテオ君の作ってくれたアイテム収納付きのブレスレットに収納して身に着けていました。
特に金目のものは直ぐ収納するか見えないところに身に着けていた方が良いとも教えられました。
テオ君は世間知らずだった私に親切にいろいろと教えてくれました。ここに聖女候補者として来たときからテオ君とはお互い見習い同士で仲良くしていました。
王太子殿下から頂いた貨幣も忘れずにアイテム収納に入れおきました。
テオ君の作ってくれたものは本家のアイテムボックスほどは入らないけど、こうして入っているものが絵柄として見えて中身が一目で分かるので使い易いのです。
黙り込んでしまったパーシーさんを促して私は大神殿を出ました。
ここで私は八年間も過ごしたのですね。なんだかあっという間でした。
少し感慨深くなったので大神殿から出たときはそっと振り向かせていただきました。
村を出るときのように泣くかと思いましたが、大切な人がいないせいか心残りはありませんでした。
寧ろほっとしたような気持ちまでありますね。
一応王城から正式な知らせが来るとは思うけど、ヘンリー王太子殿下から聖女の地位剥奪と国外追放を受けたことを簡単に書いた手紙を執務室の机に置いてきました。
さて、私は歩き出そうとしたけれどなんとパーシーさんは王都の警備隊の事務所で馬車を借りて私を乗せてくれたのです。
歩きより断然早いし、私は単独で馬に乗れないので助かりました。
そうして、王都からは半日もかからず出ることができました。
あとは国境まで数日かかるみたい。
宿はどうしようと思っているとパーシーさんが各地にある警備隊の詰め所の寝所を借りることができたので、野宿もせずにスムーズに国境まで来ることができました。
「パーシーさんのお陰で無事国境まで来られました。ありがとうございました。私一人ではここまで来られたかどうか……」
この国から出たことが無いので方向も分からないうえに宿を頼むと手持ちのお金だってかかってしまいます。収入が無いので節約しないとね。
兵舎では食事まで無料でいただけたのでありがたいことです。
「いいえ。こちらの方も傷付いた兵士達を癒していただいてありがとうございました。本当に聖女様が追放なんて間違っています」
「あら、もう私は聖女ではありませんよ。ただのミリアですよ」
聖女ではないので大結界の維持まではできないけれど治癒くらいならできます。いずれは冒険者のパーティなんかに入れてもらうのもいいかもしれませんね。
「ミリア様……」
そんな話をしていると東の国境の兵士の詰め所まで着きました。
ここでテオ君と待ち合わせと言われています。ここでテオ君を待ちたいと思いますが、本当に来てくれるのでしょうか?
パーシーさんはテオ君が来るまで待ってくれると言います。
何故かテオ君とパーシーさんは約束したそうです。パーシーさんには本当に申し訳なく思います。
ここ数日一緒に過ごしましたが、パーシーさんはとても親切な方です。
だから彼に幸運が来るように女神様に祈りを捧げましょう。
――あれ? つい力が入り過ぎて空中にキラキラしたものが現れましたね。
女神様の祝福の光はいつ見ても綺麗です。
私が祈りを捧げると大概この祝福の光は現れます。前聖女様がされたときも綺麗でした。
でも、そう言えば大神殿ではこの祝福の光を出している人は前聖女以外に見たことはありませんね。
マルクト神殿では聖女見習いの方は大なり小なり出していたのですが、このミレニア王国の代表ともいえる大神殿なのに不思議ですね。
今頃サマンサ様は聖女として頑張っていらっしゃるのでしょうか。
でも、私は聖女じゃないとして追い出されたのでそんなことを考えることも不敬になりますね。
それから私は国外に出るまでは女神様と大結界にいつもの感謝の祈りを捧げました。
聖女じゃなくても祈りを捧げることはできますから今までお世話になったお礼です。
でも、今日も早速大結界の綻びを見つけましたのでとりあえず私が直しておきました。
本当はその場所に行くのが早くて確実ですが、行けないときは綻びの気配を探り遠隔でも直せるようになっています。
でもこれも私が大結界の外に出てしまうと流石にもう私では直すことはできません。
まだ大結界の中でいるので直せました。それになんだか結構綻びがありましたよ。
サマンサ様や補佐の方はどうされているのでしょうかね。代替わりしたのでお忙しいのでしょうか。
でも遠隔で直すととても疲れてしまいます。やっぱり私は偽りの聖女だったのかもしれません。
きっと古の偉大なる大聖女さまならお一人で軽々とされていたのでしょうから。
この大きな国の守護結界を古の聖女様ならお一人で張ることができたと教わっています。
やったことはありませんが私が張り直すとすれば精々王都くらいでしょうか。
そういったことをパーシーさんには移動の間にお話をしておきました。
大きな術式を展開している間は私がお話ができないということを説明しておかないとヘンリー王太子殿下のように返事もしないと思われては困りますからね。
パーシーさんは私の話を遮らず真剣に聞いてくれました。
国境の関所の兵士さん達も気さくな人ばかりで食事までいろいろと用意してくれました。
申し訳ないので関所の守護の結界の強化を祈っておきました。
こうしておくとここの結界も長持ちします。
それにこの国境の関所も古の聖女の結界の一部なのです。
そのときもまた関所も女神様の祝福のキラキラしたものに包まれました。結界を張るのではないので簡単なことでした。
兵士さん達は関所が女神様の祝福の光で一杯になったのでとても驚いていました。そして、口々に感謝の言葉が出ています。
流石、女神様の祝福の光ですね。
とても綺麗でこの光を見ていると私も辛いことや悲しいことが和らぐ気がします。
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