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少女が愛した千の恋と万の嘘 -電装騎士フェイリス-  作者: 更科悠乃
第1話「入学式とドラゴンと初出撃」
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#08「不屈の心と白いマシン」

 火龍に踏み固められたコンクリートの瓦礫――踏み固められたはずの地面が、揺らいだ。

 微弱なはずのそれを大袈裟なくらいに感じて火龍は反射的に脚を引っ込めそうになるのをなんとか押さえ込む。


 ――地面が、揺らぐ? 馬鹿な。そんなはずはない。何がそれを揺らがしているというのだ?

 今さっき、確かに踏み潰したはずのあの羽虫が、下からこの瓦礫を押し上げようとでもしているのか?


 まさか……。


「…………!?」


 また、足の裏を下から押す感触がわずかに伝わってきた。

 その力はほとんど無視していいくらいの微弱なものだったが……微弱たりともそんなものがある、ということが大問題なのだ。


 そんなはずはない、あり得ない、あり得ない、あり得ない。そんなことは万に一つもあり得ないはず――!


「…………!」


 いや――確かに、地面は揺らいでいた。

 火龍の足の裏が、浮いた(●●●)。わずかに1センチ、2センチ、3センチ……。

 たった数センチだが、浮いた。


 火龍の溶岩の色をした瞳に怯えの陰がかかる。

 わずか……ほんのわずか、火龍のスケールからすればそれはないに等しいものだが、無ではない。

 確かに、確かに浮いている――!


 小さなジャッキが不相応に重い重量物を無理矢理必死に持ち上げるように、それはゆっくり、ゆっくり――しかし確実に自分にのしかかるものを押し上げていっている。

 既に10センチ、15センチ、20センチ――もっとだ。火龍の体がわずかに傾く。


 巨大という他ないはずの足を下から押し上げて、どんどん、どんどんそれは競り上がってくる――!!


「くぅ…………ぅぅ、ぅぅ…………」


 細かい破片を零し落としながら、それは立ち上がりつつあった。

 おそらく三千トンはあるだろう重量、重さ――その全てを一身に受けているわけではないだろうが――にのしかかられながらも、確かに、確実に、着実に立ち上がっていく。


「う……ううう…………ううううう…………」


 クレイが、クリスが同時に目を見張った。

 巨竜の右足を浮かしながら、潰されたはずの、潰されたとしか思えなかったはずの少女が姿を現したのだ。


 その体も装甲にも変形しているところはなく、踏み固められる前とほぼ同じ姿で今にも立ち上がろうとしている。

 地面に着かれた両の膝。その片方が緩慢な速度で地から離れ、折り曲げられていたはずの足が真っ直ぐになっていく。


 背に乗せた火龍の重量にあらがい、今度はもう片方の膝が地面から離れた。


「ううううう……うう……うううううう……!」


 まさか、と火龍の心に恐怖の色が咲く。

 こいつは何をしようとしているのだ。

 まさか、まさか、我の体をはねのけようとしているのか。


 少しずつ火龍の体が傾いていく。

 火龍が冷静であればそんなものは何でもないはずだった。


 少しバランスをとればいいだけの話だったし、なんなら翼を広げればいい。斥力を呼ぶ力場を展開させれば、仮に両足をすくわれたところで倒れることなどはないはずなのだ。


 だが、火龍にはそのための冷静さなどかけらもなかった。

 自分の右足を下から浮かせてくるそれは既に――立ち上がっていた。上体はまだ傾いているだろうが足はもう直立そのものだ。


 あとは――あとは、もうその体と腕を跳ね上げるだけで  ――。


「――――――――!!」


 あり得ない、そんなことはあり得ない、いや――あってはならない、あってはならないのだ――!!


「うううう……ううう、うう……うあああああああ――!!」


 裂帛の叫びがビルの森に響き渡って、最後には弾けるバネの勢いで少女が天高くその両腕を振り上げていた。

 悲鳴のような――悲鳴にしか聞こえない咆哮を上げながら火龍の巨体が公園の真ん中で崩れ落ちていく。


 直立していた駆逐艦か何かが横倒しになる様を想像させて、それは無様にも土を食うように頭部を地面に叩きつけていた。


 視界を覆うほどに濃く広い粉塵の霧が舞い上がり、それを風が押し流した後には、地面に叩きつけられて呆然と動けない火龍と、その前で両手を突き上げたまま固まっている少女の姿が現れた。


「や……やったぁぁぁ!!」


 一分足らずの間、呼吸をするのも忘れてそれを見守っていたクレイが抱きつく勢いでモニターにかじりつく。


「スレイプニール出します!」

「あ……ああ!」


 今まで何が起ころうが自分の作業に没頭していたもう一人の助手の声に応え、クレイは思い出したようにマイクに向かって呼びかけた。


「お……おい! 聞こえるか! 応答しろ!」

『聞こ……え……るわ……』


 耳を煩わせるように被さってくるのはノイズではない。激しい息切れと声のかすれが伝わってくる。


「いったん火龍と距離を取れ! 間合いを空けろ!」

『了……解……』


 文字通りの丸腰の少女が体をよろめかせながらも体をひねり、火龍の手が届く距離から逃れるために背中のメインスラスターを稼働させる。

 まるでガソリンエンジンが吐く不完全燃焼の黒煙に似たオーロラのかけらを噴いてその体が浮き――。


 ――わずかな高度に達した途端に失速して、そのまま墜落し地面に転がった。


「ぁうっ……!?」


 受け身も取れずに体の前面から地面に激突して少女はうめく。

 今さっき、火龍をはね飛ばせた力の充実が今はかけらもなかった。指先ひとつ動かすことさえできないくらいの力の喪失感があった。


「どうした!」

「アインシュタインリアクターがダウンしています!」


 助手が相対している監視モニターは非情な現実をそのディスプレイに表示させていた。


「出力異常発生! コンデンサの電力もほとんど残っていません! 行動不能状態です!」

「あ……あんな無茶をするから……!」


 少女の体で片足とはいえど火龍の体を下から押しのけ、横転させるなどという常識外れなことをしてしまったからというのはわかった。

 が、それをしなかったら今頃どうなっていたのだと考えると、それ以上の言葉をつなげることができない。


「再起動はぁ!」

「今復旧させてます! 再起動まで三十秒!」

「さんっ……」


 三十秒。

 それはクレイにとって永遠に近い。

 エネルギーが枯渇してほとんど動けなくなった少女を火龍が今度こそ再起不能にするのに、十五秒とかかるまい。


 そのクレイの予想を裏付けるように火龍が身を起こす。土を付けられた屈辱にその魂を震わせながら再び直立の姿勢に体を戻していた。


「くぅ……!」


 萎えきった体にわずかに残ったひとしずくの力で振り返るのが精一杯の少女が、もう目前まで迫ってきた火龍に震える目を向ける。火龍の怒りに燃えたぎった目と視線が交わされた。


 火龍に迷いはなかった。目の前のこの獲物を処刑する方法はもう決めていた。

 ゴァァァァ、と咆哮した火龍の背でまたしても大きく翼が開き、その輪郭が淡いオーロラの筋を引いて輝くと火龍の体が不自然なくらいに軽い挙動で浮き上がる。


 その翼は羽ばたきはするが、浮き上がるための揚力はその羽ばたきではほとんどまかなえない。翼から発生している斥力フィールドの力が大部分だ。

 自分の背丈ほどだけをジャンプし――鈍く軋む音を立てて、ほとんど真下に向けられた火龍の口がまたも開いた。


「――――!」


 その喉の奥で揺らめいた炎の色と光に、少女がマスクの下で奥歯をかみしめた。

 数秒後には頭上からぶつけられるであろう熱線の濁流を想像するが、その焦点となるであろうこの場から一歩も動くことができない。


「くぅぅ…………!」


 いっぱいに見開かれた目は空に向けられ――そしてその耳は、彼方から猛然と近づいてくる高周波の音を聞きつけていた。


『スモーク強制散布!』


 耳元で響いたクレイの声に、一瞬散りかけた意識が再び前を向く。

 バージンシェルのバックパックが真っ白い煙を急速な勢いで噴き出す。


 瞬く間に周囲半径百五十メートルの範囲が濃密な白い煙幕に包まれ、その中にあるものの一切を覆い隠した。

 そんなものは全くの無意味だといわんばかりに、火龍が真下にプラズマの奔流を吐き出す。


 カッ、と音が鳴るように光が閃いた瞬間には、人一人を完全に包み込む太さの熱線が火龍の口から強烈な勢いでほとばしった。


 半秒もなくそれは地面に突き刺さった。


 すさまじい熱量で燃やし尽くせるものを燃やし尽くしながらプラズマビームの圧縮によって起爆、爆発し、爆圧と次に続いた風圧が大量の土壌を吹っ飛ばしてまたもその場の全てをなぎ倒しにかかる。


 膨大な量の土のシャワーが辺り一帯に降り注ぎ、体にそれを洗われながら火龍が意気揚々と着地した。

 煙幕が風に払われた後に残ったのは、小さなビルが一棟沈むほどの深く広いクレーターだ。


 歪んだ半球状に形成された直径数十メートルのクレーターを前にして、その顎を閉じた火龍が喉を震わせて小さく笑った。


 あの小娘の残骸はなかった。

 あるはずがない。


 プラズマビームの直撃を数秒間浴びせ、しかも圧縮されたプラズマビームが崩壊する際の爆発現象で吹き飛ばしたのだ。


 かけらも残らない。残るはずがない。

 あれだけの猛威にさらされれば、今度こそ奴を始末できたはず――。


「…………!?」


 フィィィ……と静かに、しかしはっきりと空気を細かく刻む音が辺りに響いた。

 今まで聞いたことのない種類の音、それが聞こえてきた方向に向かって火龍が首を巡らす。


 そんな馬鹿な、という認識と同時にやはり、という予感に似た思いが火龍の中でうねりを呼んでいた。


「…………!!」


 いた。またしてもいた。

 少女の姿がそこにあった。

 燃え尽きもせず――そもそも炎を全く浴びていない姿で。


 真っ白いボディの巨大なバイクにまたがって、そこにいた。


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