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少女が愛した千の恋と万の嘘 -電装騎士フェイリス-  作者: 更科悠乃
第1話「入学式とドラゴンと初出撃」
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#06「フェイリスVS火龍――対峙」

 着地すると同時に、背中のバックパックから伸びていたスペクトルスラスターの光が収束する。


「道草食っちゃったなぁ」


 火龍に踏み潰されそうになっていた女の子を危機一髪助け出し、取りあえずいちばん安全そうな場所に連れて行くだけで数分を要してしまっていた。

 その間火龍が特に動かなかったのは幸運という他ない。自分がいないことで被害が広がることでもあれば責任を感じる羽目になるところだった。


『……なに……していたんだ!』


 ヘルメットに仕込まれた通信機からはクレイのノイズにまみれて割れた声が聞こえてくる。

 あらゆる電波、一部の可視光線に対しても電磁波攪乱を及ぼすワームナノマシンの妨害。フェイリスによる大出力の受信・送信能力がかろうじて雑音まみれの交信を可能にしていた。


「人助けだよ、女の子を助けたの。余計なことだった?」

『……余計……ゃないけど……前の目的は……』

「わかってる! あいつをやっつければいいんでしょ! ちゃんとやっつけるから!」

『って……お……い!』


 激しいノイズに交信の成立も怪しくなる。


 トレーラー後部のコンテナの中に入り、あり合わせの機器でそこを臨時の戦闘指揮所にしたクレイは助手の一人を即席の戦闘オペレーターに任命し、このいうことを聞くかどうか怪しいフェイリスの手綱をどうにかして握ろうとしていた。


「とにかくそこで戦闘をするな! 被害が広がる一方だ! すぐ近くに中央公園がある。その真ん中まで奴をおびき出せ!」

『どうや……て……』

「奴の鼻先に蹴りでもくれてやれ!」

「大尉、無茶いいすぎです」


 本来ハードウェアエンジニアでしかない若い助手が携帯型のコンソールパネルを簡易デスクの上に置き、それの操作方法を入念に確かめている。


 もう一人の助手はコンテナの外にいる。今頃、クレイたちの目となるべきカメラ付きの監視ドローンを飛ばしていることだろう。


「なにが無茶だ。そもそもあいつがあの火龍と戦うっていうのが無茶なんだ」


 だから――できるならこういう状況にはしたくなかったのだ。


「あいつが実戦経験ゼロどころか訓練も受けたことがないっていうのは、知ってることだよな?」

「…………」


 その若い助手は沈黙で肯定に代えた。


 〈鎧〉と称される電子の装甲〈バージンシェル〉。フェイリスの体を防護し、空を飛ぶための推進力などの補助機能を付加した先進技術の甲冑。

 そのバージンシェルを装着するのも初めてなら、その腰にマウントしている対物ライフル砲を撃つのも初めてなのだ。


 自分たちがやっていること――正確にはさせていることだろうが、その狂気じみた意味を考えるとその度に背中に悪寒が走る。


「どのみちこうなっていたんだろうがな……しかし、なんであいつあんなにやる気があったんだ?」


 それはふとした疑問だった。いや、もっと前に気がついていていいくらいのものだ。

 今となっては、やる気があってくれてよかったと思う。嫌がるのを無理矢理戦場に立たせることを思うと気が遠くなる気さえする。


 その疑問については、助手が明確な答えを持ってくれていた。


「彼女、出発してから渋滞に巻き込まれるまでの間、そこのモニターで教範ビデオを見ていたんですよ。退屈だからっていうんで」

「教範ビデオ?」


 嫌な予感にクレイの右の眉が傾いた。


「その中に竜型との戦闘シーンがあったんです。大尉も見たことがあるんじゃないですか」


 嫌な予感は次第に確信へと変わっていく。


「……それって去年のシンドー小隊の一番機が竜型と戦ったビデオか?」

「ええ、そうです」


 シンドー小隊の一番機。そのフェイリスのことはよく知っている――というかこのゼファート国内で知らないものの方が圧倒的少数だろう。

 彼女こそは押しも押されぬエースの中のエース、この国で最強のフェイリスはという問いの中で真っ先にその名前が出される存在なのだから。


 その彼女が去年のちょうど今頃、郊外に出現した竜型と一対一で戦いそれを華麗に葬った一連の戦闘シーンは、撮影されて短編映画としても編集され、一時期はテレビなどで何度も繰り返し流されていた。


 その結果巻き起こった熱狂的な反応に、軍の宣伝部はそれを映画館で金を取って観せればかなりの収益になっただろうと悔しがったものだ。


「あれを見て『これくらいあたしにもできるだろう』ってしきりに感動していましたよ……大尉?」

「…………今からでもあいつを引っ込められないかな」

「無理でしょう」


 数分前に感じていた前向きに晴れやかな気分に再び暗雲が被さってくるのを感じて、クレイはそれ以上言葉をつなげることをやめた。


 * * * * *


 火龍をおびき出すにはどうしようか少女は少し考えあぐね、結局はクレイの案を実行した。

 地面を全力で蹴り、同時にスペクトルスラスターの推力を全開まで開放する。


 外宇宙金属アルケミウム鋼の骨格フレームと筋肉繊維で構成された脚の力は、ニ百メートルの距離を半秒足らずで少女の体を詰めさせ、その体を弾丸そのものとして竜型の鼻に激突させた。


 突き出た鼻を下から蹴り上げられた巨竜が小さな悲鳴に似たうなりを上げて仰け反り、反射的にこしゃくな羽虫を払おうと腕を振るうが既に少女はリーチの外にいる。


 巨竜の鼻を蹴った勢いでさらに高度を上げ、少女はクレイがいっていた中央公園を視認した。


「あれね」


 南北に約二キロメートル、東西に半キロメートルという長方形の形をとった公園。

 避難のために市民たちの姿がちらほらと見えるが……仕方がない。巨竜が迫ってくるのを見れば逃げてくれると期待するしかない。


 空中でくるりと背中を見せ、次にはオーロラの破片をまき散らしながら離れていく少女を追って、巨竜が前進する。

 この街では唯一拓けた場所であるその公園に、自分を誘おうとしているその魂胆を理解しているのか、そこまで行けばあの小憎たらしい小娘を叩き潰せるという確信を持ってその巨体はビルをなぎ倒しながら一直線に進んでいく。


「ジャミングレベルが少し下がりました。交信時の雑音はなくなりそうです」

「よし……上手く誘導できているな」


 コンテナの上空二百メートルに飛ばされた二機の監視ドローンが光ファイバーのケーブルで送ってくる映像に、クレイと助手はそれを映すモニターの前で釘付けになっていた。


「でも、あの竜型をかなり怒らせているんじゃないですか。危険ですよ」

「……上手く誘導できているな!」


 面倒なことから目を逸らす。これ以上都合の悪いことを抱え込む余裕はなかった。


 輝く羽衣に似たオーロラの尾を曳いて緩やかな速度で飛行する少女の体が公園の上空に差し掛かる。戦うために必要な間合いをだいたい勘で測定し、少女は推力を落として公園の少し奥まった位置に着地した。


 振り返ると、空になった乗用車をオモチャかなにかのように蹴散らして巨竜が公園の敷地内に入ってくるのが見えた。体高40メートルの巨体には広域公園であるこの中央公園も小さな広場くらいのスケール感しかない。


 やがて火龍が歩みを止め、公園のほぼ中央に据えられた大噴水を挟み込むようにして二者は対峙した。

 まるでこれから試合か何かでも始まるのを待つかのように、少女と火龍はおよそ八百メートルの距離を保ってにらみ合った。


 巨大なドラゴンに対して白銀の甲冑に身を包んだ少女が向かい合うという構図はなかなか画になるはずのものだが、あまりもの火龍の巨体が多分にアンバランスさを産んでいる。


 大きさの比率でいえば、それは人間とバッタが向かい合っているようなものだ。

 しかし、小虫に該当するはずの少女に怯えの色はない。

 彼女は誰にも強制されずに、この場にやってきたのだから。


「よーし」


 時が満ち、体に気力が満ちてくる感じに体を震わせ――少女は行動を開始した。

 左腕にマウントされていたシールドの下部のスパイクを開き、それを土の地面に打ち込む。今まで腰背面に取り付けていた対物ライフル砲を外し、その砲身をシールドの上部に設置して砲口を火龍に向けた。


 コッキングハンドルを引いて初弾を薬室の中に送り込み、照門に照星を合わせて火龍に狙いを定める。

 30ミリ対物ライフル砲。全長約2メートル、重さ75キロを誇るその巨大なライフルは本来七人の歩兵が分隊チームを組んで運用する強力な対装甲火器だ。


 そんな重量物を軽々と取り回し、大きな興奮と小さくない不安を抱えながら少女はトリガーに指を乗せた。

 ふぅぅぅ、と息を吐き出し――照門と照星に重なった火龍を睨む目を細めさせて、そのトリガーを搾っていた。


「っっ!」


 近くの管理事務所の窓ガラスの全てを窓枠ごと衝撃波で叩き割るほどの轟音が空気を震わせる。

 半自動砲の砲口から文字通りの炎が巨大な傘を開き、視界を全て覆うそれに目標の姿を見失っても少女はさらにトリガーを四回引き二秒で全弾を撃ち切った。


 対物ライフル砲から初速マッハ4で発射された弾頭重量五百グラムの砲弾は、恐るべき威力を発揮した。 

 巨竜の体を掠りもせずに直進した一発目は観光名物でもある公園の大時計台の盤面の中心に命中し、秒針と分針と時針を一撃で吹き飛ばす着弾と同時に徹甲榴弾に封入された大量の高性能炸薬が起爆して、大時計台の首から上を完全に粉砕した。


 そのコンマ数秒後に二発目が大時計台の根元に命中、ただの巨大な柱になったそれを今度は基部から木っ端微塵にし文字通りの瓦礫と変えた。


 三発目と四発目もまた巨竜の三メートルほど横を猛然と通り抜け、公園のやや外れに据えられた全高四メートルを誇る初代ユーラスト市長銅像の額と心臓に突き刺さり、首と胴体を内部から爆破してそれを巨大で再現不可能な立体パズルに変貌させる。


 トドメの五発目は、砲身が発射の反動で跳ね上がったためかお話にならないほどの仰角を描いて飛び、高度二百メートル上空に静止した監視ドローンのど真ん中に命中して空中にオレンジの炎の花を咲かせた。


「うわああああああ!!」


 監視ドローンの破片がコンテナに降り注ぎ、アルミ製の筐体をドラムのように打ち鳴らしてくるそれにクレイたちが狭いコンテナの中でパニックに陥る。

 最後の発砲音が完全に空に吸い込まれて消えるまで、少女も火龍も、それを伏せて見つめていた何百人の避難民たちも微動だにできなかった。


『……あれ?』

「あれ、じゃない!!」


 小首を傾げたとしか思えない少女の口ぶりに、クレイの怒りが爆発した。


「なんでそんなに射撃が下手なんだ! 一発も当たってないだろうが!」

『初めて鉄砲撃つんだもの。上手いわけないじゃない』


 しれっと聞こえてきたもっともといえばそれ以上はないごもっともな返事に、強烈な頭痛を受けてクレイはよろめいた。


「……お前にそんなもの持たせた俺が間違ってた……」


 流れ弾が市民を殺傷しなかっただけでも奇跡だったのかも知れない。その事実だけがクレイにいくらか正気を保たせていた。


『……今度は外さないわよ、それでいいでしょ!』

「あっ、こら、馬鹿」


 それだけはまるで熟練者の手つきで、弁当箱と呼ばれるマガジンを捨てて予備のマガジンを砲の基部に叩き込む。またもコッキングハンドルを引いて再装填がなされ、少女は気合いを入れて再度トリガーに指を乗せた。


 この間わずか五秒。

 残ったもう一機の監視ドローンで少女のその挙動を確認したクレイの背筋を冷たいものが貫く。


「おい、ちょっと待――」

『今度は全部当てるから!』


 予告は見事に実行された。

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