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少女が愛した千の恋と万の嘘 -電装騎士フェイリス-  作者: 更科悠乃
第1話「入学式とドラゴンと初出撃」
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#04「火龍の前にヘリは墜つ」

 前進の勢いのまま空を滑る戦闘ヘリは、その機体を燃え上がらせ爆発させながら急速に高度を下げていった。


「…………!」


 自機の激しい機動の中、それでも僚機が燃え上がるのを目で追っていたベルド中尉は、二番機の燃え上がる機体が六車線道路の真ん中に墜落した様に一瞬、目を閉じずにはいられなかった。


 炎に巻かれた機体がほぼ満載していた弾薬を誘爆させて爆発、炎上する。その様をその目の端に捉えてベルドは砕けるほどに奥歯をかみしめた。


 爆発に巻き込まれた車両は何台……十何台あったか……いや、その車列の間を縫うように逃げ惑っていた人数もかなりいたはずだ。


「ぐっ……!」


 もうもうと巻き上がる黒煙の大きさにそれを確認することもかなわず、ベルドは無理矢理意識からそれを引き剥がして操縦桿を握り直した。

 汗がしみ出すのではないというくらいに手袋の中で手の裏の全部が濡れていた。


「たっ……隊長!」


 僚機を一撃で屠った〈炎の息〉に後部座席の伍長が再びパニックに陥りかけている。


「〈竜型〉は〈竜型〉でも〈火龍型〉か……! そうじゃないかとは思っていたがな……」


 今まで何度となく〈竜型〉と戦った経験はある。その中に二度ほど〈火龍型〉との交戦もあった。

 が、あの空を切り裂くプラズマビームの速度と威力は今までに見たことがないものだ。


 今までに見てきた〈火龍型〉が吐く炎のブレスは、射程は長くとも火炎の域を出なかったはずだ。

 なんとかしなければという認識が脳のアドレナリンを噴き出させ、それが素早い決断を呼ぶ。


「三番機! 旋回して奴の後方につけ! 一番機が奴の正面を占位する!」

「隊長っ!?」


 頭の巡りが良い方ではない伍長にもその命令の意味がわかったらしい。声が完全に悲鳴になっていた。


「わかってるな三番機! 奴の後頭部にミサイルを撃ち込め! 絶対に外すなよ!」

『了解』

「隊長ぉぉ!」

「いちいち泣き喚くな! お前はそこに座って俺に命を預けているだけでいい! 簡単だろうが!」


 つまりはあの火龍の目の前にぶら下がり、背後から一撃離脱をかける三番機のためにあのプラズマビームのブレスを引きつける囮になるということなのだ。


 もしも失敗したら、どうなるか?

 その問いに対する答えは簡潔だった。

 失敗したら、死ぬだけだ。


「火器管制も俺に回せ! お前は通信管制だけやってろ!」

「――――」


 抗議の言葉も使い果たしたらしい伍長の反応に満足し、ベルドはフットペダルを踏み込んでローターの回転数を上げる。

 機体を横倒しにして旋回した〈ポリステス〉一番機は火龍の視線の先に侵入し、火龍をにらみつけるがごとくその機首を火龍に向けてその速度を落とした。


 今まで小うるさく飛び回っていた一機が速度をほとんどゼロにしてその場に滞空したのを認めて、火龍が歩みを止めた。

 射線を固定した一番機の30ミリ機関砲が短い間隔を置いて十数発を発砲する。


 燃える曳光弾の尾を曳いて飛んだ砲弾は火龍の胴体に激突し、信管を作動させてそのことごとくが起爆した。

 火龍の胴体を包むようにオレンジの炎の花がいくつも開き――一瞬の後にそれが晴れた後には、堅い鱗に焦げ痕を作っただけの火龍が姿を現した。


 直撃弾を立て続けに受けてその体が倒れるのではないかというくらいに揺らいでいたが、地面に手をつくようにして次には元の姿勢を取り戻している。

 戦車を除く装甲車両を撃破できるはずの徹甲榴弾は、全くダメージを与えていなかった。


 いや、何枚かの鱗は爆発の威力にへこむくらいは変形したかも知れない……知れないが、それまでの話だ。


「いや……! 効かなくていいんだ! 当たりさえすれば!」


 火龍の背後に回り込んだ三番機が突撃するまでの時間を稼げればいい。

 再び機関砲のトリガーに指を乗せたと同時に、重機が激しく作動するのに似た音を立てて火龍の顎がほぼ直角に開く。


 脳が命令するよりも早くベルドの手足は動いていた。

 その奥の喉に光が閃いたと見えた瞬間には、鼻先に開いた火炎を吹き飛ばすように鋭く伸びた灼熱のビームが雲のトンネルを作りながら矢の速度で走った。


「ぐっ……!!」


 コックピットが炎の色に染め上げられる中、フットペダルを限界まで踏み込んだベルドは操縦桿を根元から折るかのように全力で右に傾けている。


「ぅぅぅぅ……!」


 一秒の間に視界が反時計回りに二回転し、脳が振り回される感覚を唇が切れるほどにかみしめることで耐える。

 武装を満載した戦闘ヘリによる二重のバレルロール。


 誰もがやりたいと想像し、同時に実際にはやりたがらない無茶をやってのけた〈ポリステス〉をプラズマビームの帯が高速で掠め、イオン雲の細い回廊を作って虚空に消える。


『三番機、吶喊します』


 旋回を終えた三番機が火龍に機首を向け、その速度を保ったまま直線軌道に乗った。


「やれっ! 奴の尻尾のリーチに入るなよ……!」


 火龍の厚い鱗の強度は常識外のものだが、頭のそれは薄いはずというのは見た目でわかる。

 そこに空対地ミサイルの弾頭に搭載された約10キログラムの成形爆薬の直撃を食らわせれば、ノーダメージというわけにはいかないだろう。


 昏倒でもさせて動きを止められれば後はなんとでもなる。今は強打となる一撃を――。

 横回転の勢いを殺せず慣性のままに転がり続けようとする機体を懸命に制御しながら、ベルドが短い時間で計算していたその時だった。


「…………!!」


 ベルドは見た。

 火龍が笑うのを。

 ベルドの思惑を見透かすようにその赤い目がニィ……と細められたのだ。


 それは錯覚だったのかも知れない――しかし、ベルドには謎めいた確信があった。

 こいつは、俺たちのやろうとしていることをお見通しにしている――!


「三番機……!」


 離脱しろ、とベルドが叫ぶ間もなかった。

 火龍が後ろに向けて腕を振ったそのコンマ何秒後に、数百メートルの距離を詰めようと突撃していた三番機の機体が突如機首からひしゃげたのだ。


 それはまるで潰された空き缶か何かのようだった。

 コックピットが圧縮されその胴体を「く」の字に曲げ、ローターの一枚を折られた三番機がベルドたちの視界の中で縦方向に回転しながら落ちる。


 ベルドが声を発する間もなく三番機は地面に激突し――またビルと大量の車両、大勢の人々を巻き込んで大爆発を起こした。

 その諸々の破片が軽々と吹き飛ぶ様を目の当たりにして、ベルドは完全に声を失う。


 今――今、いったいなにが起こったと――。


「瓦礫です!」


 伍長の裏返った声が意味することをベルドは一瞬、理解することができなかった。


「瓦礫です! あの火龍は後ろに向かって瓦礫を投げつけたんです!」

「な……!?」


 そんなものでヘリが墜ちるのか――冷静に考えれば認めるしかないその事実を認められず、ベルドの心が空転した。


 敵の攻撃は炎の息に尻尾の殴打がせいぜい、それに気をつけていればやられることはない――完全にそう決めつけてしまっていた自分の愚かさをベルドは全身に噴き出した冷や汗の冷たさで実感した。


 コックピットの強化ガラスがまたも炎に赤さに照らされて、ベルドの意識が現実に引き戻される。


「ぐぅぅ……!」


 炎のシャワーが飛び散り巨大な黒煙が巻き起こる様にまた一つ、自分たちの装備のせいで演出された地上の地獄を認識して基盤から震えた。


「隊長……隊長! 撤退しましょう! 我々だけではあいつに勝てません!」

「撤退だと!?」


 ふざけるな、とベルドの心が激烈に反応していたのは、それが正論だったからだ。


「ですがもう勝ち目なんてありませんよ! どうやって奴を倒すんです!」

「……こうなったら奴の土手っ腹に全弾をぶち込んでやる」


 まだ弾薬はたっぷり残っている。ミサイルやロケット弾においては一発も使っていない。

 この全てを奴に直撃させることができれば、倒せる可能性には期待できるはずだ。

 全弾を直撃させることができれば、だ。


「そんな……誘導もできないのに全弾を命中させるなんて無理です! 流れ弾を大量に出して市民を殺すわけにはいかないんでしょう!?」

「誘導はできる」


 ああ、最後にはその手段になるのか――何故か可笑しいものを覚えながら、唇の端に浮かぶ自嘲の笑いを消すことのできないベルドは酷薄なセリフを口にしていた。


「俺自身が誘導する……!」

「隊長!?」


 その意味を瞬時に理解した伍長の声が完全にすり切れていた。

 数十発の無誘導兵器を全弾外さずに命中させる――そんなことが可能だとすれば、それは火龍の腕が届くぐらいの距離まで自機を持っていかねば不可能だ。


 そんなことをして都合良く無傷で離脱できるわけがない。つまり、それは――。


「特攻なんてやめてください!」

「うるさい! お前のような役立たずはもういい! 今すぐ俺のヘリから降りろ!」


 いうやいなやベルドの右腕が座席脇の黄色く塗られたレバーをつかみ、それを一呼吸で引いていた。

 甲高い警告サイレンが鳴り響き、訓練のたまものか伍長が本能的に膝を抱えて体を丸くする。


 機体下部のハッチが開いたコンマ数秒後に、脱出機構が伍長の体をシートごと下に向けて射出していた。

 座っている人間が悲鳴を上げる余裕さえもなく機外に放り出された脱出シートは、地面に激突する寸前にロケットモーターを点火し、落下の勢いの大部分を殺して地面に着地する。


 コックピットに流れ込んできた風が荒れ狂い風の抵抗に機体が大きく揺れたが、程なくして下部のハッチが閉じてそれは収まった。


「……静かになったな」


 高速で風を切り裂き続けるローター音は相変わらずだったが、泣き喚くうるさいのが一人消えただけで寂しいくらいの静けさを感じてしまう。


「これならもっと早く放り出しておけばよかった」


 その独り言が自分でも妙に可笑しくて、この状況でも笑いが浮かんでしまった。

 伍長には申し訳なかったが。数日腹に溜めていたものがある朝突然に全て出てくれたくらいの爽快感があった。


 勝ち目がほとんどなくなった時点で撤退し、次の機会につなげる――伍長の判断が恐怖から来ているものだとしても、それが軍人としての真っ当な判断なのはわかる。


 しかし、それはどういうことを意味するのか?


「……僚機を全部殺られて俺だけのうのうと逃げ帰るか」


 それを言葉にして責めてくる奴はいないだろうが、帰投した自分に周囲から浴びせられる視線を想像しただけで指先が震えた。


 だが、そんなものは些細な問題なのかも知れない。

 駆けつけて来たのに竜型に大した傷も与えられず、墜落に大勢市民を巻き添えにした挙げ句一機だけ逃げ去っていく――そんな軍人を見て市民がどう思うだろうか。


 死の恐怖より不名誉を被る屈辱の方が心の中で勝る。人が敗勢の中、何故不合理な行動を選択するのか実感として理解できた気がする。

 いや……それだけではない。ベルドの心を根元を叩いているもの、それは――。


「――あのクソトカゲにここまでいいようにされて、黙ってられないっていうことだ!」


 仲間の仇をとるという復讐の一念がベルドの心を燃えたぎらせて、機体そのものに魂が乗り移ったように一番機が火龍に向かって激進する。

 たった一機残ったうるさい小バエに対し、火龍が面倒くさそうにその体をこちらに向けた。


 全弾発射モードに火器管制を切り替え、エンジン出力のリミッターを外してローターの回転数を最大限までに引き上げ、ベルドはフットペダルを踏み込む。


「うおおおおお――――!!」


 エンジンから文字通りの炎を噴き、弾丸の勢いで戦闘ヘリは一直線に飛んだ。

 前面キャノピーの枠の中で火龍の姿が見る間に大きくなっていく。


 衝突する一秒前にトリガーを押してやる、ただそれだけの簡単なことだと自分にいい聞かせ、絶叫で死への恐れを振り払い、巨竜の胴体に機体をぶつけるように――いや、ぶつかる以外に結末のない軌道を取らせてベルドは奔った。


 自らを砲弾と化して斬り込んでくる戦闘ヘリに対して火龍の顎が再び開き、その喉元がまた赤く発光してプラズマビームの発射態勢を取る。

 が、それを目にしてもベルドは勝利を確信していた。


「もう間に合わねぇよ!」


 そいつの発射のタイムラグは見切っている。俺の方が早い――!


 が――。


 次の瞬間には、ベルドは自分の判断が誤っていたことを知った。思い知らされた。


 火龍の背中で畳まれていた二枚の翼が勢いよく開き、自分自身を簡単に包んでしまえるほどに広いそれが虹色の発光を示す。


「っ――――!?」


 加速のGによって座席シートに押しつけられていたはずのベルドの体が、わずかに浮き上がった。そう感じた時には、矢のように走っていたはずの機体がその軌道をねじらせていた。


 機体が煽られている――七色の淡い光をその輪郭から吐き出している翼が起こした風によってではない、その翼が起こしている力場かなにかの作用にだ。


「こっ……こいつ……!!」


 視界の中で何度も天地が高速で回転しパニックに陥る意識の片隅で、わずかに残った冷静な部分が全てを理解していた。


 何故、それが頭から抜け落ちていたのだろう。

 こいつが飛べるということに。

 この巨体を翼だけで飛ばすことはできない、揚力以外の別の力によって飛ばしていることについて。


 そんなことは出撃前からわかっていたことだ――何せ、こいつは空から舞い降りてきたのだから!


「くっ――くそぉぉぉぉぉ――――!!」


 嵐にもまれた木の葉のように舞う戦闘ヘリにもうなにができるわけもなかった。

 空気抵抗と斥力の負荷に耐えかねてローターが根元から曲がり、まともな揚力も推進力も失ったヘリに対して火龍がその巨大な腕を一閃させる。


 自分に向かって振るわれる火龍の爪の鋭さを最後にその目に焼き付け――世界を押しつぶす衝撃と共にベルドの意識は消滅した。

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