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少女が愛した千の恋と万の嘘 -電装騎士フェイリス-  作者: 更科悠乃
第3話「GIRL FRIEND'S STORY」
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#09「朝の廊下・対決」

 始業の予鈴が近づく危うい時間、(のぞみ)、クリス、シルヴィーにリューネ、ミオの五人は校舎の廊下を足早に進んで一年F組の教室に向かっていた。

 まだ実際にチャイムが鳴っていないからか、廊下には教室の垣根を越えて女子生徒たちが朝の挨拶と雑談に華を咲かせている。

 F組の教室の前に差し掛かり――五人は、(くだん)の人物と遭遇していた。


「よぅ」

「あ…………」


 大柄な体を窮屈そうな感じで制服に納めた少女、アルクリット・イーヴンが五人の目の前に立っていた。

 カバンを肩に引っかけるようにして持ち、もう片方の手をポケットに入れている姿は五人連れ立った望たちを合計しても迫力的には勝っている。


「お前ら花壇を見てきたのか? びっくりしたろ――」

「びっくりしたわよ!」


 髪が逆立つのではないかというほどに青筋を立てたシルヴィーが率先して切り出す。恐れを振り払ってアルクリットの前に出た。


「よくもやってくれたわね……花壇にひどいことしてくれて!」

「はぁ?」

「メチャクチャに荒らしておいて『びっくりしたろう?』ですって!? なんて陰険なことするのよ!」

「なにいってんだお前」


 アルクリットの眉間に深い皺が刻まれる。


「おかげで望がわんわん泣いて! 望が泣いてくれなかったらあたしたちが泣いてたわよ! 花だって半分以上捨てるしかなかったのよ! 殺したようなものじゃない!」

「花壇が荒らされた? そんなの知らねえぞ」

「はあ? その段階からとぼけるの? そんなことするような人間なんか、あんたの他にいるっていうの!?」

「お前な……」


 まくし立てるシルヴィーの唾を避けるようにアルクリットが半歩だけ下がって半身を傾ける。


「なんだか全くわからんけど、人を犯人扱いするんなら証拠も持ってきた方がいいぞ」

「望に突っ掛かって! クリスに転ばされての逆恨みでしょ! 他にそんなこと誰がするっていうのよ!」

「知らねえっていってんだろうが!」


 廊下で喚き散らし合う二人の応酬を聞きつけたのか、その場に居合わせた女子生徒たちはもちろん、教室の中からも数十人が首を伸ばすようにしてその様子をうかがいに来る。


「てめえ……ふざけるのも大概にしろよ」

「大概にするのはそっちでしょ! 今度という今度は絶対に許せな――」


 興奮の勢いでシルヴィーがアルクリットにつかみかかろうと足を踏み出す。殴りかかるように突き出した手をアルクリットの手が電光石火の勢いで払い落とす。


「いたっ!」


 手首を叩き落とされて顔を歪めたシルヴィーの背中にアルクリットが素早く回り、シルヴィーのもう片方の腕をつかんでねじり上げる。


「いたた、いたたたたっ!」


 相手の片腕を背中でひねり上げるだけの簡素な腕固めだったが、シルヴィーの体を拘束するにはそれだけで十分だった。


「アルクリット、やめて!」


 シルヴィーが派手な悲鳴を上げるのを見かねてクリスが前に出る。


「突っ掛かってきたのはこいつの方だろ、オレは正当防衛だぞ。文句があるんならこいつをどうにかしろ」

「わかったからシルヴィーを放して! シルヴィーもそれ以上やめて!」

「フン」

「きゃあっ!」


 シルヴィーの腕を放したアルクリットがシルヴィーの体を突き飛ばし、背中から倒れようとするくらいによろけたシルヴィーを望とリューネが二人がかりで受け止める。


「あいたたた……ねえ、腕、折れてない? メチャクチャ力入れられた……」

「大丈夫ですよ、ちゃんと繋がってます」

「ちょっと力入れただけでビービー泣き喚きやがって。これが男だったら顔面をぶん殴ってるところだがな、お前みたいなのは顔に傷でもつけたら一生逆恨みするような生き物だろ。面倒だからそれくらいにしてやるよ……感謝しろ」

「なにが感謝よ……!」


 シルヴィーは悪態をつけようとするが、クリスに手で制されて黙るしかなかった。


「性格ブスの見た目だけ馬鹿女が。これに懲りたらギャンギャン吠えるのはやめるんだな」

「見た目だけで悪かったわね……! どうせあたしは見た目だけよ! でもそれしかないんだから仕方ないじゃないの!」

「チッ……」


 二人に抱えられたシルヴィーとアルクリットがにらみ合う。

 その二人の硬直を崩すかのように予鈴のチャイムが全員の頭の上で鳴り響いた。


「待って!」


 チャイムが膠着(こうちゃく)解いたのを機に、教室に入ろうとしたアルクリットを呼び止めたのは、前に出た望だった。


「望……!」


 シルヴィーを止めていたクリスも意表を突かれてそれを止めることができない。


「な……なんだ……」


 まだ互いが手を伸ばしても届かないくらいの間合いがあったが、懐深くに斬り込まれた感じを受けてアルクリットがわずかに上体を後に揺らがせる。

 体格差を全く恐れない強い意志が望の両目に宿って、それが明らかに大柄なはずのアルクリットを圧倒してさえいた。


「謝って!」


 アルクリットの目の前に、赤いひなげしの花――今の今まで望の髪を飾っていたそれが突き出される。

 アルクリットの目が見開かれた。


「この花に謝ってっ!!」

「はぁぁ!?」

「花を踏み荒らして! 折って! 千切って! なんでそんなひどいことができるの! 花は逃げることもできないのにっ!!」


 望が突き出したひなげしの赤。

 その色の深さにアルクリットの表情が怯えたように揺れる。


「おまえ……お前なぁ……」


 自分よりも頭一つ低い少女の剣幕に威圧され、アルクリットの目が泳ぐ。虎が猫に競り負けているような感さえそこにはあった。

 自分が気圧されているのに気づいたのか、はっと我に返ったアルクリットが逆上にその顔色を赤くする。

 自分をその場に縛りつけているものを無理矢理ほどくかのように、その長い腕と脚が動いていた。


「知らねえっていってるだろうが、馬鹿が! チビがうぜえんだ、退け!」

「きゃっ……」


 振り払われた手が望の手を弾き飛ばした。望の手が大きく泳いでその手からひなげしの花が飛ぶ。


「アルクリットっ!」


 勢いで体をぐらつかせた望をクリスが抱き留める。


「てめえら、これ以上オレに因縁付けたらただじゃ置かねえからな! 考えてもの喋れよ! 退け退け!」


 望やシルヴィーたちの間を突っ切るようにしてその広い肩幅が大きく押し出され、半分蹴散らされるように少女たちがよろめき――


「あてっ!」


 突然片膝から砕けたアルクリットが、その場に転倒した。

 大木がいきなり自分で折れたようなその転倒っぷりに、望やクリスも目を見張る。


「えっ……?」


 つまずくものもなかったし、無論誰かが足を引っかけたわけでもない。


「……くそ!」


 恥ずかしいところを見られた自覚があるのか、真っ赤になった横顔を見せてアルクリットが立ち上がった。


「なんなんです、この騒ぎは!」


 そのアルクリットの行く手を阻むように、ダークグリーンのスーツに身を――特にその胸部をギチギチに固めたマリー・エジェット先生が現れる。


「あ……アルクリット・イーヴンさん! もうこれから授業ですよ、どこに行くんですか!」

「気分が悪いんだ、早退するんだよ。一応顔は出したからな、欠席にするんじゃねぇぞ」

「どうせサボりでしょう! ゆ……許しませんよ! たとえ天と地が許してもこのマリー・エジェットが……」

「退けぇ!」

「はいっ!」


 たった一度の一喝で心を粉砕されたマリーが飛び退くように道を空ける。

 あとはただの一度も振り返らずにアルクリットは廊下をそのまま進んでいき、角を曲がって消えた。

 大勢の女子生徒たちが群がってその一部始終を見届け、今までの寸劇の感想会がざわめきという形で巻き起こった。


「なんなんだこれは……」


 角を曲がって姿が消えたアルクリットと入れ替わるように、スーツ姿のクレイが現れる。


「ク……クレイ先生、怖かったですー!」

「うわっ」


 マリーのボリュームに満ちた胸がクレイの胸と乱暴にドッキングするように激突し、結構な運動エネルギーをクレイは二歩後ずさることでなんとか受け止めた。


「うううう……」

「マリー先生、落ち着いて」

「慰めてください、クレイ先生……」

「あー……もう……」


 大勢の女子生徒たちの前で同僚の女性教師の頭を撫でるという暴挙を行わされたクレイは、それでもこの羞恥プレイが一秒でも早く過ぎるように努力した。


「……嵐みたいでしたね……」


 首を伸ばしたリューネが一応は状況が落ち着いたのを確認する。


「ですが、どうしてあんな派手にお転びになられたんでしょう?」

「望の剣幕にビビったんじゃないの? いい気味だわ!」


 組んだ両腕で豊かなバストを支えたシルヴィーが勝ち誇る。その横で、今まで一言も声を発しなかったミオが体を掲げて足元のものを拾い上げていた。


「……これか」

「あ……あたしのお花」


 ミオからひなげしの花を手渡され、望は大事そうにそれを手の平に載せた。

 手で包めば隠れてしまうような花が白い手の中でその赤さをほこっていた。


「あいつに踏まれるところだったわ。上手くコケてくれたから助かったのよ……よかったわね、踏んだり蹴ったりじゃなくて!」


 放っておけばいなくなったアルクリットに対して舌を出し続けるシルヴィーを放置し、クリスは望の手の平で眠るようにして横たわっている花に目を落とした。


「望、これ、押し花にしようか」

「押し花……?」

「上手に作ったら綺麗な花が長持ちするの。ママがよく作ってるわ」

「そうなの?」


 そもそも押し花を知らない望は首を傾げたが、花が長持ちするというのには心引かれた。


「私に一晩貸して。綺麗に作れたら、望にあげる」

「押し花、素敵ですね」

「……作り方の検索なら任せろ」

「それくらいクリスにもわかってるでしょ……」

「……ち」


 望の手から花を取り、クリスはそれをハンカチに載せて丁寧に畳んで包んだ。


「元気出して、望」

「うんっ」


 ぽん、とクリスに背中を叩かれた望の口元に笑みが浮かぶ。

 

「んもー、クリスはそうやって隙あらば望を可愛がる……少しはあたしを可愛がったらどうなの?」

「だったら私が可愛がりたくなるように可愛くなったら?」

「ふん……あたしはどうせ可愛くなくて綺麗ですよーだ」

「すごい……私も一度いってみたい台詞です……」

「……難易度高すぎ」

「さあ、もうすぐ始業ですよ……今日はちゃんと授業をしますからね! みんな教室に入って入って!」


 クレイにたっぷり数分間頭を撫でられて復活したマリーが手を叩いて周囲を急かし、それに応じて女子生徒たちの頭も教室の中に引っ込んでいった。


「じゃ、いこっか」

「うん」


 クリスの笑顔に促され、望の顔にも笑顔が咲く。

 言葉と言葉を交わすだけで心に花が咲く。

 まだその理屈をきちんと理解しているわけではなかったが、望は次第に感じている自覚を確かに胸の中で温め始めていた。

 そんな笑顔の二人に、呆れたような羨望のような――それでも笑顔のシルヴィーの言葉が飛んだ。


「望にクリス! そこで手を繋がない!」

「あ」


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