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少女が愛した千の恋と万の嘘 -電装騎士フェイリス-  作者: 更科悠乃
第3話「GIRL FRIEND'S STORY」
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#07「目覚め、幸せな登校、のち現実」

 暗がりの部屋の中に目覚まし時計のアラーム音が鳴り響いて、それが(のぞみ)の意識を刺激した。


「う……ん……」


 耳に刺さるような高い音に鼓膜を何度もノックされる。アラーム音が鳴り始めたのと同時にカーテンが自動的にゆっくり開いていき開いて、外界を照らし始めた朝の光を部屋の中に取り入れ始めた。


「……むむむ……むむ……」


 勉強机の上で鳴っているアラームは勝手に止まってくれない。一度ベッドを抜け出ないといけない距離にあるそれをどうしようかと、頭の表面に張り付いている眠気と格闘しながら望はぼんやりと考えた。

 しょぼつく目をこすり、そのままアラームを放置したくなる欲求と戦い――それを止めるという現実的な選択をしていた。


 ぺし、と望の手が大きなスイッチを叩くとそれは素直に沈黙する。

 あとには、部屋の真ん中で勝利者となった望が静寂の中に立っていた。


 時刻――ただいま、朝の六時。

 授業は八時から始まる……いや、忘れるな、その前に花壇に水をやらないと。

 花壇に水をやるにはまず、なにをしたらいいんだろう……。


「……ふああ」


 小さく可愛いあくびが口から漏れて、続いて出ようとするそれを口の中でむにむにと噛み殺す。

 目覚めた直後は足し算さえ怪しかった思考が次第に明瞭となってくる。


 新しい部屋、新しい生活、新しい目覚め。

 新しいだらけの空間で、望は――ふと、自分が初めて目覚めたあの日のことを思い出していた。


===============


 眼鏡をかけただけの望が自室を出ると、そこには既にワイシャツ姿にネクタイを締めたキッチンに立っていた。

 ただ望が見慣れなかったのは、そのクレイがオレンジ色の派手なエプロンを胸から膝にかけてしていることだろう。


「起きたか、望」

「うん……」

「おはようございます、だ」

「……おはようございます」


 照れくささが何故か口の中で味覚となって広がる錯覚を覚える。


「ああ。おはようございます」


 テーブルの上に弁当のパックを置き、用意したコップに牛乳を注ぐだけで朝食の用意は終わる。

 これも配達されたものだろうか。大ぶりの丸いパンが二つに目玉焼きとベーコン、結構多めのカットサラダにヨーグルトという組み合わせだ。


「顔洗って手を洗ってこい。寝癖もついてるぞ? 少し髪を濡らして櫛を通すんだな」

「うん……クレイ、してくれる?」

「これ以上学校でシスコンの評判を呼ぶのはマズいな……」


 冗談のつもりでクレイは口にしたが、それがあながち冗談で終わらないことにクレイの語尾が陰る。


「上がってきた報告じゃ、あんまり楽観できないデビュー一日目になってる」

「報告って?」


 望の質問に、クレイは苦笑を浮かべた、自然に浮かんでしまう苦笑だった。


「まあ……お前は知らなくていい。ほら」


 急かされ、望は洗面台でクレイのいうとおりにまず顔を洗うところから始めた。

 癖っ毛になりがちの髪の先に苦戦しながらそれでも形にし、軽く三つ編みにお下げを編み込んで、終わり。


 手を洗ってダイニングに足を運び、大型のタブレットを操作しながら既に食べ始めているクレイの向かいに座る。

 ぱん、と手と手を合わせて、望は呪文を唱えた。


「……いただきます」


 両手で持ったパンにかぶりつく。目の前で()が食事を始めたのをクレイはちらりと目で見、そのまま数秒間視線を据えて観察する。

 その目がフッ……とやわらかくなったのに気づいて、両手で抱えたパンに口をつけたまま望は首を傾げた。


「……はにふぁ?」

「何でもない。口にものを入れて喋るな。お行儀が悪い」

「……ふぁかっふぁ」


 クレイの苦笑がなにから来たのかはよくわからなかったが、望はそのまま食事を続ける。

 十五分もあればパックの中のものは空になって、最後に牛乳を飲み干して食事は終わる。


「歯を磨くのを忘れずにな。俺の方が後になるのか……先に学校に行くように」

「うん…………お兄ちゃん」

「なんだ、学習効率が高いな。その調子でやってくれると助かる」


 微笑を残たクレイが席を外して自分の部屋に入っていったのを見届けてから、望も席を立った。

 歯を磨き、口の周りに歯磨き粉の跡が残っていないかを確認してから自室に戻る。


 スウェットを脱ぎ、また新しい制服をクローゼットから取り出してそれを身につけた。

 ブラウスにタイトスカートという格好の上にドレスジャケットを羽織る。

 リビングに出、部屋の隅に置かれてある大きなスタンドミラーの前に立って自分を映した。


「…………」


 首を傾げ、そろそろとその場で小さく一周し、戯れに片足をぴっと上げてみる。

 まだ見慣れない自分の姿に違和感を覚えながら、鏡の世界から自分を外した。

 今日の授業の予定を時間割で確認し、カバンの中に入っているものが足りていないかを確認してカバンの蓋を閉じた。


「いってきまぁす」


 靴を履いて玄関のドアを開け、望は背後の半開きになったドアに向かって声を張り上げた。


「いってらっしゃい」


 主の見えない声を受けて、望は朝の世界に歩を繰り出した。


===============


 まだ人気が満ちるには早すぎる時刻。左手首に嵌められた細く白いブレスレットは、七時に少し早い時刻をデジタルで知らせている。

 昨日たどった帰り道だが、それを朝に一人で逆にたどるとなると印象は違う。


 そもそも、この道を朝に歩くのは初めてなのだ。

 まだ初めてが続く――慣れない、という戸惑いの積み重ねが頭の上にのしかかってきて、気分ははつらつというわけにはいかない。

 足取りもどこかとぼとぼといった感じになって、そのリズムも自分で刻んでいて寂しくなった。


 だが、憂鬱といえるその時間も長くは続かなかった。


 ふっと、と眉間を撫でた予感のような感触に、下がりがちだった視線が上がる。

 昨日、五人が別れた交差点。

 その角を曲がろうとしていた人影を目にとめて――とめた瞬間、望の心に明るく甘いものかいっぱいに広がった。


「あーっ、クリス!」

「あ……望」


 背筋を伸ばして歩いているクリスが足を止めてこちらを向く。

 望の姿を認めた途端、無表情だったその顔に鮮やかな笑みが浮かぶ。


「クリスーっ!」


 命じるより前に足が駆け足になって、足音が気持ちいいくらいの早いテンポを刻んだ。


「おっはよー!」

「おはよ……きゃっ」


 さっきまでの陰が完全に吹き飛んでしまった笑顔の望が、吸い付くようにクリスの腕に抱きつく。

 海の上を疲れて飛んでいた鳥がようやく休める止まり木を見つけられたように、安心と喜びを覚えて望はその抱え込んだ腕の感触に甘えた。


「なになに、どうしたの?」

「えへへ……おはよう!」

「二度もしなくていーの。朝から元気なのね、望は」

「ううん、さっきまで元気じゃなかったよ。クリスの顔を見たら、元気出た」

「なぁに? おべんちゃらまで上手くなったの?」


 それでも上機嫌のクリスがちょん、と指で望の額をつつく。

 そんな小さな刺激でさえ、望の笑顔に輝きを与えるのは十分だった。


「ホントだよ!」

「朝からいちいち可愛いんだから……もう。わかったから腕から離れて、歩きにくいから」

「ダメ?」

「ダメ、遅刻しちゃう」

「じゃあ……これならいい?」


 腕から手を放し――望はクリスの手を取ると、それをぎゅっと握り込む。

 自分のそれよりほんの少し大きいかなという柔らかい手の感触の温かさが伝わってきて、それが望の身と心も温めてくれるようだった。


「なんか急に甘えんぼさんになった?」

「そうかな?」

「普通は女の子同士で手を繋いだりしないよ?」

「じゃあ……放した方がいい?」


 望の声に微かな寂しさが混じる。

 わずかな間に素直な感情をころころと変えるののに可笑しくなったのか、クリスの微笑みがまた一段その濃さを増した。

 ぎゅっ、とクリスは望の手を握り込む、わっ、と小さく望が声を上げたのに、クリスは遂に白い歯を見せて笑ってしまった。


「繋いじゃったから、いいじゃない」

「うんっ」


 今までの寂しい時間さえ幸せなものとして錯覚できるくらいに、望の心に一面の花が鮮やかに咲く。

 クリスと偶然会えただけで、何故こんな気持ちになれるのか。

 そんな疑問が胸を掠めないわけでもなかったが、そんなものを考えている暇があるのなら、少しでもこの幸福に浸っていたかった。


「照れくさいね、望」

「あたしは照れくさくないよ」

「今日だけだからね? こんな恥ずかしいことするの。シルヴィーたちがいたら放すからね」

「ええぇ……」


 何気ない街の景色もきらきらと輝く。

 幸せな気持ちをその頬の赤さでいっぱいに表現しながら、望はクリスと登校の道を歩んだ。


===============


 学校の門をくぐり、望とクリスはそのまま裏庭に直行する。

 まだ人がほとんど見えない校舎と校舎の間を歩き、昨日色々あった――本当に色々あった場所に向かって歩く。


「花壇にできたらお花、増やしたいな……」

「望、花壇仕事好きになった?」

「まだよくわからないけど、楽しいかなって……」

「種を蒔いて花を増やそうか。今、すぐ育つの多いし」

「種……?」

「そう、綺麗な花の種。望、なにか植えたいものある?」


 クリスは知らない。望が種、という概念からつまずいていることに。


「種を蒔いたら、花が咲く……」

「どうしたの望?」

「ううん、なんでもない」


 大きく首を振り、望は裏庭に出る最後の角を曲がった。

 曲がって――その足が、止まった。


「――――」


 完全に立ち止まった望の手からカバンの取っ手が滑り、カバンが音を立てて落ちる。


「……望?」


 怪訝になったクリスが望の表情が蒼白になったのを見、震える瞳が見つめているその視線の先を追った。


「な――――」


 クリスまでもが絶句する。想像もしていなかった光景に声も出なくなった。

 昨日、満足とまではいかないまでも整えられたはずの花壇。

 たった一面だけではあるが、なんとか生き残った花だけで鮮やかに仕立て上げた花々の集まり。

 それが。


「……どうして……」


 上を向いていたはずの花々が薙ぎ倒され、均されていたはずの土は大きくめくり上げられ。

 昨日、みんなで力を合わせてがんばった成果の全てを無にするように。

 花壇の全部が――無残に、荒らされていた。


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