#04「其は乙女の秘密を暴くもの」
その大型シャワーブースは、体育会系の部室が建ち並ぶエリアに設けられていた。
一度に六十人ほどの生徒たちが汗を流すことのできる性能があり、大きさはシャワールームだけで教室一つ分はある。脱衣所も合わせれば規模はその倍はあり、そこそこの大きな設備だといえた。
外からのぞかれるのを警戒してか、窓は一枚もない。その代わりそこかしこに換気扇口が開いており、ほとんど常時で青い羽根が回転している。
裏庭でガレキの撤去、および花壇の修復作業を行っていた女子生徒たち六十人は今、その大型シャワーブースで体についた汗と泥を落としていた。
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天井の全体に取り付けられた無数のシャワーヘッドのほとんど全部が、少しぬるめの肌に心地いい温度の湯を勢いよく噴出していた。
センサーが真下に人間を感知した場合に湯が吐き出されるシステムになっているのだが、少し混んだ電車くらいの人口密度になったシャワールームの中では止まっているシャワーはない。
その空間のちょうど真ん中で、ひときわ注目を集める存在が頭から大量の湯を浴びていた。
「はぁぁ……」
「ふぅぅ……」
「へぇぇ……」
「……ほぉぉ」
クリス、望、リューネ、ミオの四人がそれぞれに感嘆のため息を漏らし、自分の体を洗うことも忘れて一人の少女の存在に見入っている。
いや、その四人だけではない。そこにいる女子生徒の全員がその一人の少女――シルヴィー・エネスにおのおのの視線を向けていた。
やわらかい輝きを帯びて背中まで届いた金色の髪を両手で包むように撫で、肩を大きく開いて少し背を反ると、その形良く膨らんだ健康的なくらいに豊かな乳房がバンと張って上を向く。
シルクのように白く透けた肌を照明の光を照り返して輝く水流が包むように流れて、均整の取れた肢体を洗っていく。ほどよく引き締まったウエストとやや小さめのおしりが、水流が反射する光にその形を際立たせていた。
今にもハミングがこぼれ出しそうな微笑みが整った顔立ちに浮かび、大勢の少女たちの中でひときわ違う気配をまとっていた。
そんなシルヴィーにうっとりとした眼差しを向けるもの、嫉妬の暗い炎を瞳に宿すもの、羨望の色を顔に隠せないもの――反応はそれこそそれぞれではあったが、冷静な反応をしている少女はまずいなかった。
「……あの、シルヴィーさんや……」
「なにかしら?」
モデル顔負けの圧倒的なシャワーシーンを展開しているシルヴィーに、周囲から向けられている視線のビームに恐れをなしたクリスがおずおずと声をかける。
「なんかすごい注目されて見られてるけど……恥ずかしくない?」
「見られて恥ずかしい体はしてないわ」
むしろその視線こそが美しさの根源だといわんばかりの満面の笑みを、少しだけ桜色に染まった顔にシルヴィーは浮かべて見せた。
「女は見られることで美しくなる――常識でしょ?」
「……初めて聞いた常識だわ」
「かっこいい台詞です……」
「……体だけなら百点満点」
「ふぅぅ……」
感嘆の吐息が抜けない望はそんなシルヴィーの見事というしかない裸体を見、そして自分のそれを見直す。
しなやかな筋肉と絶妙のバランスでそれに乗った脂肪が見せる、伸びやかといえるシルヴィーの身体。
まだ望には美醜の良し悪しが理解できているわけではなかったが、言葉では説明できない差という物があるのは漠然ではあるが感じられた。
「何が違うのかなぁ……」
取りあえず、いちばんの違いとしてわかりやすい自分の胸に手を当てる。
「どうしたの望? ぼんやりなんかして」
「うん」
体を洗っているのか、周囲に自分の体の魅力をアピールしているのか、どちらかわからなくなったようなシルヴィーと自分を見比べているらしい望の様子に、クリスは思わずクスッとした微笑を漏らしてしまう。
「なぁに? シルヴィーが羨ましいって?」
「なんか、あたしとだいぶ違うなぁって……」
「シルヴィーは綺麗になるために全力でがんばってるんだから、一位を取らせてあげないとね」
「がんばる……」
「それに望も可愛いじゃない。シルヴィーとは種類が違うかもだけど、負けてはないよ」
「……うーん……」
頭のてっぺんからシャワーを浴びながらいうクリスも――シルヴィーほどの圧倒的に見るものを押さえ込む圧はないにしても、見るものに十分羨望の念を抱かせる体であったといえる。
ほどよく筋肉がついた手足はそれが躍動した時の俊敏さを連想させ、優秀なアスリートの完成されたフィジカルを想起させる。
シルヴィーほどのボリュームはないにしても、綺麗な丸形の形に膨らんだバストは数値以上に大きな印象を与えているだろう。
やや痩せぎすのイメージを覚えさせるシルヴィーのそれよりは、理想的に脂肪がついた健康的なラインのウエストとヒップのライン。
「……うー」
シルヴィーよりも一つ小さいクリスのものよりもまた一つ小さい胸を両手で抱えるようにして望は唸った。
コンプレックスとまではいかないが、何故こんなに違うのだろうという残念さは確かにある。
「どうせならクリスと同じくらい欲しかったなぁ……」
それがどれだけの贅沢な台詞なのか、望はまだ理解していなかった。
それを理解するには、圧倒的に人生経験が足りなかったのだ。
「仕方ありません。クリスさんもかっこいい方ですから……」
「……世の中には格差がある……」
望と同等のほぼリューネ、そしてそのリューネから二つは小さいミオがそれぞれ複雑な思いを口にする。
それぞれ完成されたプロポーションを持った二人を前にすれば、実に平均的な――一人はその平均からかなり落ちる――体型の少女たちは、ただただ憧れとも羨みともつかない眼差しを向けるだけだった。
じっと見つめてくる六つの瞳を受けて、クリスは思わず一歩後ずさってしまう。
まだそんな特殊な視線を受けるには経験が不足しているクリスを見て、シルヴィーがにやりと笑う。
「その調子じゃ、クリスも綺麗になれそうね?」
「私は、自分のは普通だと思うんだけどな……」
隣のリューネが微かに「むっ」という気配を漏らしたのに気づいて、望は反射的に視線を向けていた。
「……これは正確なデータをとっておかねば」
優雅な仕草で髪を洗っている――もうそれはほとんど周りに見せるためのポーズに過ぎない――シルヴィーにミオが近寄る。
「……よってシルヴィー・エネス嬢。協力を要請する」
ミオの手がかざしていたのは一つのメジャーだった。ミオが手を広げると、目盛りが刻まれた布が小気味よい音を鳴らして伸びる。
シルヴィーとミオの視線が交錯した。
「ふふ……それはあたしへの挑戦というわけね?」
「……数字で嘘を吐く奴はいるが、私は嘘を吐かない数字を信じる」
そのメジャーが意味するところを瞬時に理解し、シルヴィーはその口元に凄みさえ感じられる笑いを浮かべて見せた。
周囲も今から何が行われるのかを察したのか、水音に煙るシャワー室内で息を飲む音が聞こえたようだった。
「あたしを数値に分解しようというのね! 受けて立つわ!」
背中に張り付いた髪を手早く頭の上で団子にし、来るなら来いといわんばかりの余裕の表情を浮かべシルヴィーは腰に手を当てて胸を突き出して見せた。
「あたしは何物も恐れはしない! 胸にでも腹にでもその紐を巻き付けるがいいわ!」
バーン! と効果音でも入りそうなそのかっこいい以外に混じり気のないポーズに周囲の少女たちがどよめく。
「……その度胸気に入った、敬意を表す……失礼!」
残像を残す勢いで踏み込んだミオが、余裕の顔でまな板の上に乗っているシルヴィーの正面に入り込む。その背に布メジャーの腹を当て、一気に手を回し膨らみのいちばん高いところでゼロともう一方の目盛りを合わせた。
「ミオ、そのメジャー……どこに隠してたの?」
「……細かいことを聞くな」
クリスの指摘を一蹴し、ゼロの基準に合わさった数値を読み上げる。
「……八十五!」
おおお、と少女たちから声が波のように揺らいでシャワールームの空気を震わせた。
「いや……問題はこれからよ! アンダーを計らないと意味がないわ!」
「アンダーよ! アンダーを計りなさい!」
この異様なムードに完全に飲まれた観衆が興奮の声を上げる。
「……いわれるまでもない……覚悟!」
「来なさい!」
釣り鐘型の乳房の最もくびれているところに手早くメジャーが当てられ、それでも狂いが生じないよう慎重に目盛りを合わせてそれを読み取る。
「……六十六・五!」
今までに倍するざわめきがシャワールームをそれこそ揺るがした。
「六十六・五ですって!?」
「トップとアンダーの差、十八・五……Dよ! しかもDプラス!」
「Dプラス……実在していたの!?」
「いやいるだろ」
冷静さを失って右往左往する少女たちの混乱も甘美なBGMに聞こえるのか、勝利を確信した顔でシルヴィーは言い放った。
「これがあたしの実力よ! 思い知ったかしら!」
「……お見事! ……じゃあついでに」
メジャーを持つミオの手が熟練の手つきで翻り、次々とシルヴィーの引き締まったウエストとヒップに当てられる。
「……ウエスト五十九、ヒップ八十二!」
「ふふふふふ!」
高笑いをしないのが不思議なくらいに勝ち誇るシルヴィー。その勝利者を前にして少女たちの心はますます揺れ動いた。
「完璧じゃない! なんかの嫌味かしら!」
「早めに始末しておいた方が後々のためだと思うの」
「羨ましい……妬ましい……」
「お姉様……素敵です……」
全員の目がそれぞれの高ぶる感情に輝き、冷静という概念がこの空間から消え失せようとしている気配にクリスが微かに顔を歪めた。
「なんか異様な雰囲気になって来たわよ」
「……そう思うなら参加すれ」
「あっ、ちょっと」
ミオの手が閃く。メジャーの鞭が唸る。
「…… トップ八十三、アンダー六十七、Cプラス!」
「こらこら! なに同意もなく人のを計ってるの!」
「……拒否はこの同調圧力が許さない」
ミオの言葉にハッとしてクリスが周囲を見回す。
目元に暗い影が差した少女たちがその陰の中でらんらんとその瞳を輝かせ、クリスに固唾を飲ませた。
「……ウエスト六十二、ヒップ八十三!」
乙女の輪郭が容赦なく数値に変換される。
「ミオ、いちいち大声でいうのやめてくれる!」
「……周りはそうしないと納得しない」
五十何人がその言葉を受けて一斉にうなずいた。
「なによぅ、天然ボディでその数値って羨ましいでしょ」
数値では勝っているはずのシルヴィーの口から嫉妬の調子がこぼれ出た。
「こっちは不断の努力でこのプロポーションを保ってるのに!」
「そんなの知らないわよ……」
「……じゃあ、ついでにそこの二人にも」
「えっ」「まさか」
「……動くな」
並んで立っていた望とリューネに魔の手が伸びる。
「望・ランチェスター……トップ七十八、アンダー六十四・五、Bプラス。ウェスト六十、ヒップ八十三!」
「ひゃあっ」
「リューネ・ローアル…… トップ七十九、アンダー六十五・五、Bプラス。ウェスト五十七、ヒップ七十八!」
「は、恥ずかしい……」
ものの数秒で一人ずつのサイズを計測し終わり、ミオはそのメジャーの紐を音を立ててしまって見せた。
「ホントに可愛いわねぇ」
「女の子はこうでなくっちゃ」
「望ちゃん、リューネちゃん、がんばって!」
文字通りの赤裸々な数値を露わにされた二人の少女に惜しみない声援が送られる。
「なんでみなさん優しいお顔なんでしょう?」
「……誰も自分を置いて行かれるのは嫌い」
全員の数値をスマートフォン――水中でも使える完全防水仕様――に入力し終わったミオが淡々という。
ふう、と一仕事終えた女の顔をしてシャワールームから出ようとしたミオの肩を、二本の腕ががっちりとつかんでその歩みを止めていた。
ミオが振り返ると、そのナイスな数値を公表された二人の美少女が鬼のような微笑みを浮かべてそこにいた。
「まさか、計り逃げできるなんて思っていないでしょうね……?」
「人の秘密を暴くものは暴かれる覚悟を持っているものだけだ――知ってるよね?」
獣の気配がシルヴィーとクリスの瞳から漂っていた。
珍しくミオの表情に一瞬、怯みに似た感情の影のようなものが差したように見えたが、次の瞬間にはそれは消えて元の無表情に戻っている。
「……くっ……計れ」
「クリス! 今よ!」
シルヴィーの手が稲妻のように動いてミオの手からメジャーを奪い、流れるようなモーションでクリスにそれを投げ渡す。
そのままミオの背後に回ったシルヴィーが両肩を押さえ、逃げられないように体を固定した。
「食らいなさい!」
ミオのバストにメジャーを当てようと少しかがんだクリスが、その勢いを殺されたかのように躊躇する気配を見せた。
「クリス! どうしたの!」
「――どこがトップかアンダーなのかわからないの!」
「なんですって……!?」
「いや、それはさすがにないんでは……」
「……ふふん」
動揺するクリスにミオの唇が嘲笑の形を取った。
少女の胸に広がる大平原がメジャーの測定を頑として拒んでいた。
「……計れる勇気があるのなら計ってみるがいい」
「くっ……!」
それでも良心のとがめを振り切って、その平地の最高峰と裾をなんとか探り当ててクリスは数値を弾き出していた。
「トップが……七十一! アンダーは……」
「アンダーは……!?」
周囲の注目を感じながらも、クリスはその数値を読むのをためらった。人道的に許されるものではないと思った。
それでもこの状況に決着を着けるしかない。そしてクリスの選択肢に撤退はないのだ。
「アンダーは……!」
それを口にした瞬間、世界が終わるような確信に近い予感を得ながら、クリスは校舎の屋上から飛び降りる心持ちでそれを読み上げた。
「アンダーは…………六十九・五……!」
「なっ……!」
シルヴィーの時ですら起こらなかったどよめき――いや、もはや悲鳴に近い声が密室のシャワールームに轟く。
「トップとアンダーの差が二・五センチ!?」
「Aですらないというの!?」
「2Sっていうらしいよ」
その数値がどういう意味を持っているのか、身をもって知っている少女たちが慄然としていた。
そして、その過酷すぎる現実を暴いてしまった二人の少女に怒りが集中するのは自然の摂理だといえただろう。
「なんて残酷なことをするのよ!」
「あなたたちそれでも人の心があるの!?」
「人でなし!」
非難の声が巻き上がり、中にはちびた石鹸までクリスやシルヴィーに投げつけられる始末だった。
「……ふふふふふー」
ある意味無敵の力を手に入れたミオが腰に手を当てて、その件のバストをいっぱいに張っている。
「わかったわ、わかったからそのポーズはやめて、悲しくなるから!」
「こんな残酷な現実があるのかしら……」
「この世界から神や仏なんてとっくの昔にいなくなってるのよ!」
シャワーを頭から被りながら目頭を押さえ、慟哭に震える少女たちが続出する。
そんな状況の中――まるで異邦人のように、その少女は外界からやってきた。
「……なんだぁ? 騒がしいなぁ……」
入口から聞こえてきた今まで聞こえてこなかった声に、それを耳にしたほとんどの少女たちが振り向いていた。
「あ……」
「アルクリット……」
周りの少女より頭半分は確実に高いその少女――アルクリット・イーヴンが、ずかずかとした足取りでシャワールームの真ん中まで歩を進める。
「お前ら何遊んでるんだ。汗を流すのにそんなに時間がかかるのかよ」
「そういうあんただって今まで何してたの? 裏庭に顔の一つも出さなかったじゃないの」
「何をしようとオレの勝手だろ。いちいち口を挟むなよ」
「勝手じゃないわよ! 一人でサボってるのが許されたりしたら全体行動なんて成り立たな――」
「シルヴィー、いいから」
激したシルヴィーをクリスが腕で制する。
「いいのよ、この子は放っておいて」
「でもクリス……!」
「いいの」
「フン…………」
大柄なアルクリットが進むだけで、何もいわれない少女たちがそれが腫れ物か何かのように自然に避けていく。
天井の噴出口からあふれ出るシャワーで泥に汚れた腕と脚を洗い、アルクリットはポニーテールのゴムをほどいてそれを手首に巻き付けた。
少女の体にしては筋肉質な手脚にはほとんど脂肪は乗っておらず、見てくれだけではない力強さをイメージさせる。背骨が浮き出た背から身長の割には小さめに見えるヒップのラインは意外に優雅さをうかがわせて美しい。
しかし最も目を引いたのは、確かな胸筋に支えられて見事な丸い形に隆起している、重装甲ともいうようなそのバストだろう。
張りのいい肌に脂肪がたっぷりと詰まったその重量感は、巨艦が接近するだけで小型船舶が自ら退避を選択するような圧迫感があった。
アルクリットが近づくと少女たちはその不機嫌な表情の前に、押し寄せてくる重戦車の圧迫感に似た大きな胸の迫力の前に自ら散らされる。
「お前らが長居するから、湯だって無駄に使われてるんじゃないのか?」
「おあいにく様、ここのシャワールームは循環式なの」
「それにしたってエネルギーの無駄だろ。終わったんならさっさと出て行け」
「いわれなくも出て行くわよ……ミオ? なにやってんの」
「……ついでだから」
なにを思ったか、ミオがアルクリットの側に近づいてその手のメジャーを伸ばした。
頭に受ける湯で髪を洗い始めたアルクリットに近づいたミオが――あろうことに、そのメジャーの紐をアルクリットの胸に巻き付けたのだ。
それはライオンかトラのような猛獣の檻に自ら入っていくのと同じ無謀さを連想させた。
「……動かないで」
「お前……なにやってるんだ?」
「……三十秒動かないでいて」
「はあ?」
相手の体に了解も得ずメジャーを巻き付けるという蛮行に、アルクリットも怒る前に呆れ果てて反応できなかったのだろう。
胸に二回、腹と腰に一回ずつと手際よくメジャーを当ててしまったミオがその結果を発表した。
「……トップ九十、アンダー六十九……」
ある程度予想はされていた結果ではあったが、実際に数値として判明するとまた事情が違う。
「トップとアンダー差が……二十一センチですって!?」
「伝説のEプラスカップが実在……!」
「いやいないことはないでしょ」
「どれだけ世の中は不公平なのよ!!」
「人の胸で騒いでるんじゃねーよ!」
アルクリットの一喝に、騒いでいた少女たちのざわめきが綺麗に吹き飛んだ。
「オレの胸がDだろうがEだろうがお前らに関係あるのか?」
「結構重大ごとらしいわよ……」
「……ちなみにウエストは六十三、ヒップは八十四」
「お前もチビのくせにいい根性してるよな……」
「……大女、総身に知恵が回りかね」
「おら! さっさと出て行け!」
アルクリットが荒れ出したのをいい区切りとしたのか、いい加減汗を落としきった少女たちが一斉にシャワールームから脱衣所に移動する。
その流れに入りながら、望やクリスたちも自分たちの制服が入ったロッカーの前に立った。
「あの子、作業サボってたくせにどうしてシャワーなんか浴びてるのかしら?」
「結構汗掻いてたみたいですよ? 手とか泥もついてたし……」
「いいから。シルヴィーも放っておきなさい。こっちから突っ掛かることはないわ」
「クリスがいうのなら従うけれど……」
「……今は様子見」
「望もいちいち関わらなくていいんだからね?」
「うん」
こちらから関わらなければ何事もない――そのクリスのいうことは確かにそうだと思え、望も一度は納得した。
しかし、それは遠くない未来に裏切られることになる。
まだ今日の日付も変わっていない望には、今はそれを知る術などあろうはずもなかった。




