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少女が愛した千の恋と万の嘘 -電装騎士フェイリス-  作者: 更科悠乃
第2話「クラスメートと秘密基地」
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#09「帰還、そして思わぬ敵」(LAST)

 クトゥルフ撃退さる――その報が流れた学校は落ち着きを取り戻した。


 避難態勢が解除され、体育館地下のシェルターに避難していた生徒たちが教室に戻っていく。

 その生徒たちの流れにしれっと混じってクリスも教室に戻ったが、教室ではクリスに対する弾劾が待っていた。


「クーリースっ」


 今までみんなといましたよ――という風を装って教室に入ったクリスの背中を、シルヴィーの声がノックする。

 一瞬肩を跳ねさせたクリスがその方向に体を向けると、腕組みしたシルヴィーとにぼんやりと立ち尽くしているリューネとミオの姿があった。


「……あ、はははは。シルヴィー……お元気?」

「なにがお元気よこの無茶娘がっ」


 クリスの側頭部をシルヴィーの固く握りしめられた拳が両側から圧迫した。


「あいたたたたっ」

「聞いたわよ、クトゥルフがこの学校の敷地にまで来たって。危ないじゃない……そんなのと出くわしたら、あなた殺されていたところじゃないのっ」

「それは……そう、ね、あははっ……」


 その通り、まさに殺されそうになったところだというのをシルヴィーに告げるのは勇気が必要だった。


「あはは、じゃないっ。二人分の心配しなきゃいけなくなったあたしたちのことも考えて」

「まあまあ……シルヴィーさん、クリスさんがご無事でよろしかったじゃないですか。その辺りにしてあげて下さい」

「……制裁ずみ」

「まったく……」


 リューネとミオの仲裁にシルヴィーはクリスの頭への攻撃をやめる。


「罰としてクリスには反省文の提出を求めるわ。原稿用紙一枚以内でね」

「はい……」

「あと、今日の帰りに喫茶店であたしたちに飲み物一杯ずつおごること」

「えーっ!?」

「大事な大事な仲間に心配かけた償いとしては軽いものだと思うわよ。リューネとミオはどう思う?」

「私、お紅茶が大好きです」

「……白玉入りキリマンテイストエスプレッソダークキャラメルフラッペカプチーノ」


 二人も概ね賛成のようだった。判決が確定したことにクリスの首が前に折れる。


「あんたそんな高カロリーなもの好きで、なんでそんにちっこいの?」

「……脳は体の器官で最もカロリーを消費する部位だから……」

「まあ、それはそれとして……クリスさん、(のぞみ)さんは見つかりましたか?」

「あ……やっぱり戻ってないの?」


 いないのか、とクリスは今日何度目かの落胆をした。


「見つけられなかったの?」

「外もくまなく探したんだけど……本当、どこに行ったんだか……」


 誰にも見つからないところにいるのではないか――そんなことを思いついた途端に背筋が冷える感覚に襲われる。


「無事なら早く戻ってくればいいのに……」


 息せき切ったマリーが教室に飛び込んできたのはそんなタイミングだった。


「みなさん! 望ちゃんが見つかりました!」


 稲妻を浴びたようにクリスの背筋が伸びてその体が翻る。


「校長先生とクレイ先生と一緒にいたそうです! 無事です!」

「ああぁ……」


 クリスの肩からどっと音を立てて緊張が抜けていく。安心の前に放心があった。

 クラスメートの一人が戻ってこないことにざわめいていた教室の中の空気も、安堵の一色に染まっていく。


「よかったですね、クリスさん!」

「……朗報」

「本当よかったわね、クリス。一人だけであたしたちにおごることにならなさそうで」

「よかったぁ……」


 膝からも力が抜けてしまって、クリスは手近な椅子にお尻をぺたんと乗せていた。


「もうっ……散々心配かけて、あの子は……」

「一人だけで行ってしまったのもクレイ先生の手伝いかなにかかしらね?」

「一言いってくれれば心配しないですんだのよ、もう、あの子ったら……」


 自然に指が目の縁をこする。それでクリスは自分が少し泣いていることに気づいた。


「とっちめてやらなくっちゃ……」

「クリスさん、嬉しそうですね」

「……口の横がニヤついてる」

「えっ、あっ」


 ミオの指摘にクリスは思わず手で口を隠した。


「クリスさんは、望さんのことが好きなんですね」

「好きというか、なんというか……」


 好き、という単純な言葉で説明がつくのか、クリスにはわからない。


「……気になって仕方がない子なのかな」

「それは好きっていうんじゃないの?」

「どうなんだろう……」

「いいじゃないですか、そのあたりは」


 リューネの微笑みがクリスの心にはやわらかく感じられた。


「クリスさんにとって大事なお友達、それは確かなことなんでしょう?」

「……うん」


 大事な友達、大事な仲間。

 言葉はあいまいで難しい――あいまいですませられるものは、そのままにしておいた方がいいのだろうか。


「そうね……そうだね……」

「…………」


 無言でミオがまっすぐにクリスを見つめている。いつもの無表情だが、その目にはいくらか感情が浮かんでいるようにも見えないではなかった。


「……あ、噂をすればよ」


 シルヴィーの言葉にクリスは教室のドアの方向に視線を向けた。

 少し緊張した面持ちの望と、その背中を押すようにしてクレイが教室の中に入ってくるのが目に入る。


 いや、正確にはクレイは教室には入れなかった。


「――クレイ先生!」

「うわっ!」


 ドアをくぐり抜けかけたクレイにマリーが果敢なタックルを敢行し、二人揃って教室の外に飛び出していたからだ。


「先生……クレイ先生! どうして私を一人にしたんですか! 私、心細くってたまらなかったんですよ!」


 廊下の真ん中で男性教師に女性教師が抱きつき、涙声で訴えている。そんな構図が注目を集めないわけはなかった。


 廊下という部隊で披露されるわかりやすい愁歎場を、観客の立場となった生徒たちが巨大なボックス席となったそれぞれの教室から観劇する形になる。


「いや、ですから、校長の補佐を言いつけられたと最初から……」

「校長先生! クレイ先生に補佐なんてさせないで下さい! 校長先生も自分のことは自分でおやりになればいいじゃないですか!」


 クレイたちに付き添うようにしていたのか、廊下に残っていた校長の姿を認めるやいなや電撃の勢いでマリーは噛みついていた。


「いや、それは色々と事情がありまして……」

「校長先生の補佐なんて他の誰かにやらせておけばいいんですっ!」

「それはそうとエジェット先生、その格好は少し刺激的ではないかと……」

「私たちは業務連絡をしてるんです! 校長先生にあれこれいわれるいわれはありません!」

「は、はい」


 勢いで校長を黙らせたそのマリーの爆発力に、スーツの下から溢れるやわらかい感触をこれでもかと押しつけられながらクレイは冷や汗を流していた。

 どうやら扱いを一つ間違えればこちらまで被害を食らう時限爆弾を抱え込んだのかも知れない。


「――マリー先生」

「はいっ……」


 一瞬で男前度を二割五分はアップさせたクレイが、流れるような台詞回しを披露してみせる。


「私もマリー先生と離ればなれになるのはつらい……ですが、私たちは人間である前に教職者、聖職者であらねばならない……そうでしょう?」

「ああ……はい、そうです……」


 完全に自分の世界に没入して酔いしれているマリーの顎にそっと指を添え、クレイはその顔を上げさせた。

 涙に潤んだ女の目が揺れながらも、瞳だけはクレイをまっすぐに見つめてくる。


「そのつらさの大きさは相手の存在の大きさに比例する……そう考えたことはありませんか?」

「は……はい……!」

「私のつらさも……大きくて苦しい。でも、それを実感する度にマリー先生を想います」

「ああ……!」


 二人の間で手と手が握り合わされる。二人以外に見えていない世界がそこにあった。


「……私、このつらさに打ち勝って見せます!」


 マリーの胸に二人の手が押しつけられる。決意に溢れたその目が宝石のように輝いていた。


「それでこそ、私の尊敬するマリー先生です。自分は、マリー先生と共に勤務できることを光栄思います」

「ええ……教師の使命ってつらいのですね……」


 立ち尽くす校長の前で延々と行われる寸劇を、窓から身を乗り出し首を伸ばすようにして見ていたシルヴィーが、その臭すぎる芝居に露骨に顔を歪めた。


「なにしてるの、あの二人?」

「さあ……って、望!」


 帰ってきた望の存在を一瞬忘れていたクリスが声を上げる。

 申し訳なさをその小さくした肩でいっぱいに表して、望がそこにいた。

 

「望――大丈夫? 怪我とかない? どこか打ったりしてない? ちゃんと息してる?」

「あいたたた」

「息はしてるでしょ、ちゃんと」


 望の頭をつかんで色んな角度から眺め倒しているクリスにシルヴィーが冷静な指摘を送る。

 散々望の体をあちこち調べ回し、やっと納得したのかクリスがはぁぁ。と大きな息を吐いた。

 

「もう……どこか行くなら一言いっておかなくっちゃいけないじゃない!」

「う……うん。……ごめんなさい」

「私、心配で危ないことしちゃったんだから! 怖い目には遭うし! あの子には怒られるし! 全部望のせいなんだからね!」

「クリスチーナさんさぁ……」


 その二人のやり取りを傍から冷静に見ていたシルヴィーが冷静に突っ込みを入れる。


「叱るのか可愛がるのか、どっちかに集中できないの?」


 クリスが望の体を自分の体の中に取り込むのかという勢いでぎゅうう……と抱きしめていた。

 細い腕に力いっぱい抱きしめられ、クリスの首筋に鼻先を埋められる形になった望は息苦しさにうめく。


 クリスの匂いと体温が感覚の全部を埋め尽くしてきて、それがもたらしてくる安らぎのような感覚に望は目を細めていた。


「なんか、家出した娘さんが帰ってきたのを出迎えたお母さんみたいですね」

「……過保護」

「い……いいじゃない。これが私の叱り方なのよ」


 気が付けば望を体の全部で抱きしめていたことに気づいて、クリスは頬を赤らめながら望を体から離す。


「もう……心配させないでよね、ホントに……」

「……ごめんね、クリス……」


 謝罪の言葉を口にしながらも、それが本当の謝罪ではないことの後ろめたさを抱えて望は胸の痛みを感じて手を当てる。

 クリスに心配をかけたのが半分で……もう半分は、クリスに嘘を吐き続けてることに。


 自分がフェイリスであることを告げられれば楽になれるのに。

 でも、それはクリスたちとの別れを意味することも理解している。


 嘘を吐き続けなければ、一緒にいられない。

 胸が苦しい。今までに感じたことのない痛み。

 心が軋む痛み。


 何故こんな気持ちになるのだろう――それだけはまだ理解できず、それがまた鈍い痛みを加速させた。


「ほら、こんなところで感動シーンやってないで、早く座るわよ」


 パンパンと手を叩いてシルヴィーが仕切る。


「今日、こんなので授業なんてできるのかしらね?」

「先生方はまだ廊下でなにかなさってるらしいですし……」

「……ポンコツ教師」

「ほら、望、いこっ」


 クリスが望の手を引く。その温かい手の感触に、望はそれを放したくないと思った。

 心が素直にそう欲した

 このクリスを守れてよかった――それができた自分を誇らしいと初めて思えた。


「――うんっ」


 弾みだした気持ちに足取りもつられるように軽くなる。


 学校に通って人間について学ばなければならない、という話を聞いた時は、正直面倒だとしか感じなかった。そんなことよりも自分は戦ってフェイリスとして認められたいのだという気持ちしかなかった。


 たった数時間前まではそう思っていたことが……今は違う。

 クリスが、シルヴィーやリューネ、ミオの存在が化学反応のように作用したのだろうか。


 この想いはいったいなんなのだろう。

 それは、今まで見たことのない色を表現しなければならない時の迷いに似ていたのかも知れない。


 ……いや、今はいい。


「……あははっ」


 今はいい。わからなくても、これでいい。

 いつかわかるようになった時の、楽しみに取っておけばいいと思えたから――。


 そんなことを漠然と考える望に、手を引くクリスはいっていた。


「望、なんかいきなりご機嫌になってない?」

「え……そうかな?」

「口元がニヤニヤしてるよ」

「あれっ」


 反射的に望は口元を手で隠す。


「そんなにニヤニヤしてた?」

「思いっきり。みんなが無事だったんだから、嬉しいよね」

「うん――うん。本当によかった」


 自分の席までの短い距離を歩くことさえ楽しいことに思えて、望の靴が床を叩いて軽快なリズムを鳴らす。

 自分の席まであと数メートルもない距離。


 ご機嫌で両の足を交互に繰り出す望の脇で、のっそりと動くものがあった。

 大判の雑誌を顔にかぶせ、脚を大胆に机に載せて椅子を傾けている少女が顔から雑誌を外した。


 大柄な体を持て余すようにして席に座っているその少女――アルクリット・イーヴンが自分の横を通り過ぎようとする望を横目で見、その長い脚を机から下ろす。


 傾いていた椅子が元に戻され、背中に垂らされた長いポニーテールの髪が揺れた。


 今まさに望が横を通り過ぎようとするその瞬間、光が閃くような勢いでその脚が繰り出され――少女のものとしては大きな靴が、まともに望の片足の甲に激突した。


「あっ――」


 突然片足を襲った衝撃にまともにバランスを崩し、望の体が前に大きく投げ出される。

 クリスの手をつかんでいた手が放され、空をつかむようにそれが泳いで――結局はなにもつかめなかった。


「っ!」


 胸から床に体が投げ出され、次にはしたたかに顎が打ち据えられてその衝撃で望の眼鏡が外れて転がる。

 その派手な転倒に気づいたクリスが振り返っていたが、その驚いた顔はまだ全く状況を把握していないようだった。


「うう…………」


 胸と顎を強打した衝撃に望は体の芯をしびれさせて――しびれさせながらも、自分に足をつまずかせた原因に向かって顔を向けていた。

 長身の少女、アルクリットが冷たい目で望を見下ろしている。


 ある意味、火龍のプラズマビームや先ほど戦ったクトゥルフが吐く糸の攻撃以上のショックを受けて望は立ち上がることも忘れ、呆然とその少女――アルクリットを見つめることしかできなかった。



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