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少女が愛した千の恋と万の嘘 -電装騎士フェイリス-  作者: 更科悠乃
第1話「入学式とドラゴンと初出撃」
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#10「戦いの後――日常への回帰」

 時は巡る。

 ユーラスト市中心街を震撼させた火龍の降臨から、今日で早八日が過ぎた。


 式典が破壊された入学式の日を入れて七日、高校は臨時の休校に入った。校舎の損傷は意外に軽微ではあったが塀や門、屋外プールなどが破壊されその修復に時間が必要だった。


 なにより、学校から蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出した生徒たちにも少なからぬ犠牲が出ていた。ユーラスト第十三高校在校生だけでも十七人の死者、五十二人の重軽傷者を出している。


 ユーラスト市全体に至っては死者だけでも三千人を上回り、九年前の弾道ミサイル空爆に匹敵する被害を記録していた。

 その傷を癒やすためには七日間という期間は短かろうが、人が心を落ち着かせるのに必要な最低限の時間だったといえる。


 クリスも共に火龍から逃れようとし、そして助けられなかった少女の葬儀に出席した。

 葬儀といっても合同の葬儀だ。

 一度にそれだけの死者が出てしまえば、個別にきちんとした葬儀を行う余裕などあるはずもなかった。


 その級友の死の責任が自分にあるとは思っていなかったが、さりとて目の前で死んだ少女の死を自分とは関係ないものと割切ることはとてもできなかった。

 葬儀のことはよく覚えていない。ただ、少女の母親からしきりに礼を述べられた印象だけが残っていた。娘の亡骸の場所を教えられたことだけでも母親にとっては感謝に値したことだったのだろうか。


 その葬儀に出て初めて、死んだ少女の名前を認識したことは苦い思い出の一つとなった。


 昨日は式典抜きの――もう一度来賓者を集められることなどできようはずもなかった――入学式がやり直され、授業もなく学校自体は午前で終わった。

 クリスは家に帰る時間も惜しく、学校を出てすぐに市庁タワーの方に足を向けた。


 今回、火龍型クトゥルフによって命を落とした市民の合同慰霊祭が行われることになっていたのだ。

 そんな催しがあるのなら、自分を助けてくれたフェイリスの彼女に会えるかも知れないという、なんの根拠もない期待があった。


 クリスが会場を訪れたころ、中央公園全体を祭壇に見立てた合同慰霊祭はイベントの佳境を迎えていた。

 中央公園の真ん中で横たわっていた火龍の死体は綺麗に消え、ちょうどそれがあったところが式典の会場になっていた。


 重さにして約三千トンの火龍の死体を撤去するのは三日三晩を費やしたという。死体のどの部位も利用価値が高いらしく、そのほとんどが軍関係の研究所に運び込まれたとニュースでは報道されていた。


 小さいながらもひな壇が設置され、水を抜かれた大噴水が急ごしらえの祭壇代わりになって大量の白い花でそれは飾り付けられていた。


 政治家や役人に企業家たちが一同に喪服で固めた主賓席に目を向けるが、フェイリスらしい姿はなかった。席についているのは年配の男女ばかりで、お目当ての少女がいないことは目をこらすまでもなくわかった。


 自分の期待が空振りに終わったことにクリスがため息を吐いた時――向こうから波のように伝わってきたざわめきがクリスを振り向かせた。

 白い花束を抱えたフェイリスの少女が、祭壇へ続く道を歩いているのが人の波の向こうに見えた。

 

 大波のように押し寄せてきた人々の歓声にかき消されて細かいところまでは聞こえなかったが、設置されたスピーカーは彼女が火龍にトドメを差したフェイリスであることを紹介していた。


 それを聞いた途端に、クリスは文字通り泳ぐようにして人の波をかき分けていた。心の中で謝りながら前にいる人を押しのけ、体をねじ込んで一歩でも前に前に出ようとする。


 悪いとは思いつつも、その少女に声をかけられる距離にまで接近したい欲求にあらがうことができなかった。

 見覚えのある形状のヘルメット、バージンシェル――それは一週間前に市庁タワーの屋上展望台で出会った少女が装着していたそれそのままだ。


 人の波を泳ぎ切ってクリスが一般参加者の群衆の最前列に出たころ、そのフェイリスはもう献花台の所にまで到達していた。

 溢れんばかりに捧げられた花の波の中に自分の花束をそっと置き――被っていたヘルメットを脱いで一礼する。


 その背中しか見えないクリスの心に、素顔を見たい、という気持ちが張り裂けんほどに大きく広がる。

 万雷の拍手が群衆から湧いた。街を救った勇者を称える声がそこかしこから湧き、静謐であることを求められるはずの慰霊祭が半ばハレの舞台のように盛り上がる。


 主催者もそれを止めようとはまるでせず――いや、むしろこの効果を狙ってサプライズでフェイリスを呼んだのではないかと思えた。


 その中で……たった一人だけ、心を冷め切らせたクリスが言葉もなく立ち尽くしていた。


「え……?」


 踵を返して祭壇から離れ、こちらに引き返してくるフェイリスと、たった数メートルの間合いで目が合った。

 声をかけようとしたクリスの喉が、そこで固まった。


 そのフェイリスもまた、一瞬視線が絡んだだけのクリスからすぐに目を放し、歩みを一切乱れさせないままそのまま立ち去っていく。


「違う……」


 違っていた。

 そこにいたのは、全く知らないフェイリスだった。


 * * * * *


「違ってた……よね」


 早朝、まだホームルームを迎える前の教室で不可解な昨日の出来事を思い出し、スマートフォンのネット記事を検索しながらクリスは一人思索にふけっていた。


 合同慰霊祭で目撃したあのフェイリス。ネットのニュースを見る限りでは、彼女が火龍型クトゥルフを倒したフェイリスに違いないことになっていた。


 クリスには信じられない事実に他ならない。

 火龍についての事件の記事にも強烈な違和感があった。


 火龍型クトゥルフ迎撃作戦で戦死したゼファート陸軍ジェルファ・ベルド中佐(●●)に関する記事もクリスを混乱させる一因だった。


「ジェルファ・ベルド陸軍中佐、己の命と引き替えにクトゥルフに大打撃を与える英雄的行為……その功により三階級特進……中佐に任命……」


 三千人規模の市民の犠牲を出し、当局の対応に少なからぬ批判が湧き始めたタイミングで、自らの命も省みず火龍型クトゥルフに痛烈な一撃を加えたベルド中佐のニュースがあらゆるメディアで報道され始めた。

 豪放な性格と比類なき勇気、そして最期に示した英雄的行為。


 ベルド中佐が特攻する直前まで戦闘ヘリに同乗していた伍長――その印象の薄さにクリスはどうしてもその伍長の名前を覚えることができなかった――がメディアのインタビューに泣きながら応じ、ベルド中佐が示した最後の勇猛さと自分を救ってくれた理性的な判断を溢れる涙と共に語っていた。


 その映像はテレビだけでも一日に百回以上は繰り返し流されたものだろう。既に中佐を題材にしたドラマだか映画だかの製作の話が持ち上がっているという。

 報道の中では、ベルド中佐の特攻によりあの巨大クトゥルフが重大なダメージを負い、息も絶え絶えになった火龍にあのフェイリスがトドメを差した、という筋書きになっていた。


 中央公園での戦闘の全てを見ていたクリスにいわせれば、嘘っぱちもいいところの内容だ。

 あの戦闘を間近で見ていたのはクリスだけではない。中央公園にも何百人と人はいた。そのほとんどがクリスと同じ光景を見ていたはずだった。


 それが、どうしてこうなっているのか?


「……わかんないなぁ……」


 机の上に突っ伏し、教室の喧噪から自分を閉ざすようにクリスは目をつむった。入学式を迎える前に高揚していたのが遙か昔のように思えた。


 あの事件から時間が置かれたのがよかったのか、教室内に悲愴な雰囲気はそれほどなかった――このクラスから二人の帰らぬ犠牲者を出していたにしては。


「…………」


 顔を右に向け、クリスは目を開けてみる。


 その上に置かれた花差しに生けられた一輪の花が、そこにほんの十数分だけクラスメートがこのクラスに存在していたことを主張していた。

 胸に湧いた苦い思いから目を逸らすようにクリスは再び目を閉じようとして、その瞑目をスライド式の教室の扉が開く音が妨げていた。


「はーい、みなさん静かにしてくださいねー」


 このクラスの担任であるマリー・エジェットがシルバーグレーのワンピーススーツの姿で現れる。

 少したれ目気味の目が印象的に映る優しそうな卵形の顔をした――その前にどうしてもスーツの中に窮屈そうに収まっている胸の方に視線がいってしまうが――若い女性。


 まだ会うのは今日で三回目、授業としては一度も受け持ってはいなかったが、そのやわらかい物腰にクリスは好印象を持っていた。

 ホームルームが始まるのかとクリスが居ずまいを正すと、マリーに続いてもう一人のスーツ姿の若い男性が入ってくる。


 クリスの知らない顔だった。


「あれ……?」


 教師らしい……多分教師だろうが、昨日まで姿を見もしなかったはずだ。三十歳よりいくらか若いか、と見えるやや長身のその男は女子ばかりの教室に踏み込んでも特に物怖じもしていない。


 三十人クラスの半分から何故か歓声に似た声がさざ波のように起こった。露骨に目を輝かせている女子も何人かいるようだった。


「紹介しますね。今日からこのクラスの副担任を務められるクレイ・ランチェスター先生です」

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