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雲の合間に

作者: 灰色硝子

コンクリートを踏む革靴の音が幾層にも重なり、気だるげな早朝のオーケストラを成している。小鳥は晴れやかに鳴けはすれども、生憎の湿った曇り空。大半の人は傘を携えて歩いている。その表情までもが雨の前兆かのようだ。その葬列に混じる、青い顔をした少年も例に漏れず、しかし彼の場合は輪にかけて酷いことに、通学カバンの重さに負けた右肩を派手に垂らし、頼りなさげに傾く頭は今にも地面にでも転がり落ちてしまいそうで、そんなゾンビ寸前の容態で駅のホームをとぼとぼ進んでいた。


 ホームに漂うのは、人々の溜息から成った陰鬱の靄。停留しているそれらを切り裂くかのように、列車の到着を知らせるアナウンスが鳴り響く。駅員の規則じみた声調に、人々の意識は幾ばくか鞭打たれた。到着した長い鉄蛇は、すかさずハラワタはどっと排出し、また新しい臓物達を腹に収めてゆく。臓物は色とりどりであればこそ美しいが、今回は黒い色が占める割合が多い。先ほどの青い顔をした少年も慌てて駆け込んできた。そうして再び蛇が地上を這いだす頃に、いよいよ本格的に雨が降り始める。


 地面から突き出た無数の鉄塔から成る、鈍光する樹海を、鋼鉄の蛇は少しも迷わずに進み続けた。そのこなれた身のこなしは遠目にも艶やかである。どんな振舞いでも洗練が詰まると美学の域に達するものなのか、或いは彼はまだぺえぺえの新米で、魂の赴くままに随時本能で感じ取って、それを頼りにすいすい進むのかも知れない。彼は加齢と共にいずれかその身長を増し益し樹海の主の座に就き、そうして洗練された素早い蛇行によって、自らの尾っぽにさえ追いつくだろうか? すると、そのまま噛み付きでもして、永劫を体現するのだろうか。己が臓物を随時交換しつつ、それもまたウロボロスとして、生と死の繰り返しを表すのかも知れない。


 漸くハラワタの一片として排出された青い顔をした少年は、慣れた手付きで改札口に電子札を翳し、降りしきる雨の中へと、傘も差さずに躍り出て来た。やはり間抜けていて用意すらしていなかったか。とは言え雨に濡れることはやはり彼も困るらしく、相変わらずカバンの重さに体勢を崩しながらも、生徒たちに埋め尽くされた歩道を、小走りで突き進み始めた。頭上に咲かせた手のひらが、申し訳程度の雨受けのつもりなのか、愛らしい。すれ違う同学年達は誰しも傘を差していて、彼の勇姿を目にするやいなや、嘲りやら、同情の声を浴びせ掛けている。不愉快が一周まわっての心境なのか、または自分が上手なクラウンを出来ていることがまんざらでも無いのか、彼の口元は微笑していた。それも後半になるとシャツや靴下まで濡れてしまっており、やはり堪らないのか、浴びるのは無数の雨粒で手一杯と言わんばかりに、彼はカラフルなキノコ達を描き分けて次々と縫い進んで行く。あの蛇のように滑らかにはいかないが、武骨も武骨でそれ特有の情緒があるというものだ。少年がそろそろ校門に辿り着くと思われた、ちょうどその時であった。突如として轟音が鳴り響いた。数秒置いて、更に二発目が鳴る。「近いぞ」という興奮気味の声を上げる生徒。わざとらしい悲鳴で不安を煽る生徒に、怯えた表情をする生徒。カラフルなキノコ群が一斉に波立った。続けざまに轟音が空気を叩き割る。三発目が鳴ったらしく、付近のキノコ達はよっぽど堪えたか、遊び心の余裕も無さげに短い悲鳴を漏らした。空を見ると、雨の中という視界の悪さでもハッキリと判る程に濃い、歪んだ一本の白い筋が立ち上っていた。つまり蒸気であるそれは、地面に仰向けで倒れた青い顔の少年の、開ききったの口の中から止めどなく発されている。青い顔をした少年は両目ともどもこれでもかというくらい見開いて、おめでたいほど満開の白眼を咲かせて、手足はカエルにそっくりの姿勢で仰向けになっていた。

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