有栖川は死にました
『不思議なニュース』が流れると噂があった。
「現在をもって――
電光掲示板から『自分の死を告げられる』と。
有栖川楓さんは――
無機質に示された文言は冷酷で、現実味なんて存在しなかった。
死亡しました。」
「私が……死んだ……?」
私の人生は、今乗ってる電車の様だと思う。毎日が昨日の繰り返しでしかなくて、明日もきっと今日と同じような何もない日々を過ごす。
そんな現状に、私は不満しかない。満足がない、刺激が全然ない。
だから、そんな、うじうじ言ってるだけで、新たな一歩を踏み出す勇気がない自分が嫌いでしかない。学校で自己表現できない自分が嫌い。己の感情をハッキリと出せない自分が――
「ねェ聞いてよ、死亡ニュースの表示、今日かもってさ!」
「何の話だよ、ものすっげー物騒だな。」
彼らのように、周りのことなど顧みず自分の事を押し通す姿勢も、私にはなくて、羨ましいと、思ってしまう。
「いやーそれがさ、うちもよくわかってないんだけどさー、この電車乗ってるとさ、でっかい看板あるじゃん」
「あるな、でっけーやつが」
「それにさ、『○○さんが死にました』って書いてるらしいよ!」
「へー、面白そうだな!」
何やら恐ろしい会話だったが、確かに気になる話だ。
今乗ってるこの電車は都会の外れを走っている路線で、車窓の外にはなけなしの景観を阻害するほど看板が乱立している。
その中でも"でっかいやつ"と言えば、規格外ともいえるべき大きさを持つ電光掲示板のことだろう。他の看板の何倍になるのか分からないほど巨大で、否が応でも目立つ広告としてはうってつけだなと見かけたときにはぼーっと考えていたけど……
死亡ニュースを告げるなんて、そんな広告がまかり通るわけはないだろうし、おそらく誰かが考えたくだらない与太話だろう。
そう、くだらない。心では分かっていても、もしかしたら何かが変わるんじゃないか――
下手な詩人を気取っていると、窓の外が暗くなり、耳に少しの間キーンと鋭く何かが詰まったか感覚に襲われる。
(噂の看板は、確かトンネルを抜けた先にあるんだっけな……)
車窓に自分の顔が映る。少しにやついている自分がそこに立っていた。存外、自分は考えている以上に期待しているのかもしれない。
(5、4、3……)
心の中でカウントダウンをしながら……
(2、1……)
今か今かと、その瞬間を待ちわびている……
一気に窓の外が日の光に包まれ、私は急いで看板のある方向へ目を向ける。
そこに書いてあったのは、文字は、私は――
『現在をもって、有栖川楓さんは死亡しました。』
絶望の淵に突き落とされた。
私は目の前の現実がどうしても受け入れられなかった。
だって私は今ここにいる。あれが真実の訳がない。
「えぇ…本当に書いてあるじゃん……」
「ね!本当だったでしょ!」
そんな考えをすぐさま打ち破ったのは、他ならぬ彼らだった。
「あの苗字はありす……
その先の言葉は、もう聞きたくなかった。
体中から恐怖が襲ってくる。他愛もない雑談から生まれた下らない作り話だと思っていた。
だが、今は私にとって、直視しがたい現実と化してしまった。
そして何より、あの秘密がバレてしまう…… それだけは…… 気づかれる前に……
「阻止しなきゃ……」「ッたく、下らない悪戯だな。」
私の傍にいた男性が同時に呟いていた。
⦅もしかして、私の秘密がバレた?⦆
「いくらなんでも不謹慎すぎるし、これはだめだろ」
もし知っていても言わないで。
「だって有栖川の姓は……」
彼の口を抑えようと手を伸ばす――
「もう滅んでるじゃん……。悪趣味だな……」
私の中で何かが崩れる音がした。
そんなわけないじゃないか!! 私が生きているじゃないか!!
声を荒げて、私は言った。
しかし彼は私の言葉に耳を貸そうとしない。
ねぇ!無視するな!! 私はここにいるのに説明がつかないだろ!!
ねぇ私の声が届かないのおかかかかかかかかししししししいいの????????
「誰かそこにいた気がしたんだが、気のせいだったか?」
そうして明日も、未来も、誰かの死亡を告げている。
私の調べた限りでは『有栖川』という姓は滅んでいるという話を聞き着想を得ました。
(存命の方がいるならば、申し訳ないです)
自分が死んでると自覚してない人物に死を告げる話です。