だから、笑顔を覚えてろ
「七夕までには、わたしは死んじゃうんだってさ」
六月のある日。
当たり前みたいな顔をして、病室の窓の外を眺めながら。
幼馴染の女の子は、そんな風に口にした。
「……そっか」
突然のことで、私はそんな莫迦みたいな答えしか言えなかった。気の効いた慰めとは程遠い。
いや、突然のことだったから、というわけでもないのかもしれない。
だってずっとわかっていた。彼女だってそうだったのだろう。
彼女を蝕む病気はずっと進行するばかりで、治療の見込みは万に一つもない。
どう考えたって、彼女は死ぬ。それが遅いか早いか、それだけでしかなくて。
だから私は驚けなかった。中学の制服は梅雨の湿り気にじめじめとして、
濡れたように重い。湿気と一緒に私の涙も吸い込んでしまったのだろうか。
本当ならドラマのようにわっと泣き出してすがりつきたいはずなのに、
一滴の涙だって私の乾いた目からは零れてきそうになかった。
「願い事をするチャンスさえくれないっていうんだから。神様って残酷だよね」
「どうかな。どうせ叶わない願いなら、そんなチャンス、ない方がマシじゃない?」
「それ、普通死にかけのシンユーに言う台詞? やっぱ知世って頭おかしい」
「かも。どんまい纏。運が悪かったね、死ぬ前に見るのがこんなやばい幼馴染の顔で。あの世で神様に文句言っていいよ」
「いや、むしろわたしは今あんたに文句を言いたい」
そんなやり取りをして、病院着の纏はベッドの上で笑っていた。私は冷めたような目つきのまま、ふざけた事を言って鼻を鳴らす。
それでもあと一ヶ月もしないうちに。
この幼馴染は、この世からいなくなるのだ。
数日後、私は纏と二人でホームビデオを見ることになった。
お涙頂戴、ドラマや映画でよくあるやつだ。折角だからやってみよう、
どっちかが死にかけてなきゃできない貴重な体験だし、と纏が言い出したのである。
「え、まさかビデオカメラ? ノートPCに移してさえないの? ふるっ!」
「しょうがないじゃん骨董品なんだから。昔っから体弱くてロクに撮る機会もなかった纏が悪い」
「あーひっど! サイテー!」
纏が一人でゲラゲラ笑う前で、私はビデオカメラのセッティングをしていく。
随分と久しぶりに扱うので手間取ったが、何とか再生することができた。
映っているのは、小さな私と纏の遊ぶ姿だ。
幼稚園で、二人ともが何だかわからない絵に先生からはなまるを貰ったらしい。
それを二人して、ビデオカメラに一生懸命に見せびらかしていた。
幼稚園児の頃から一緒に育って、天使ちゃんだのと呼ばれていた纏と私は
いつの間にか仲良くなっていた。奇跡的にもその年頃から暗かった私と、
体が弱い、というより遺伝性の疾患があって特別扱いされていた纏は、
どちらもはぐれものだった。最初はそういう理由だったような気もする。
画面の中で、纏と私がすっ転んでわあわあと泣き出した。
それを見て、思わず私と纏が吹き出す。
「おっ笑ったな? 知世が笑うなんて珍しいー」
「だって、ちび纏の泣き顔めっちゃ不細工なんだもん」
「はぁー? あんたの泣き顔のがブスでしょーが! ちっちゃいわたしのはかわいい!」
「はいはい。死に際の病人の顔を立ててあげる。顔だけに」
「サイテー! 知世のバーカ!」
画面の中で、明るい未来に満ち溢れている二人の女の子は泣きじゃくっているのに、
未来なんてどこにもない病室にいる私と幼馴染の死にかけの女の子は、
どうしてか満面の笑顔で笑いあっていた。
そのうちに、病室の窓の外で雨が止む。
梅雨の雲の切れ間から木漏れ日が差し込み、冗談みたいに気紛れな陽光に私は眩しくて目を細めた。
幼馴染の女の子は、一生分の明るさを輝かせたみたいな笑いを浮かべて私に言う。
「ね、知世。わたしが死んでもさ、忘れないでよね。嫌な記憶とかじゃなくて、
わたしを思い出す時にはぜったい笑顔でじゃないとダメだから!」
「そうだね。纏の泣き顔は不細工だもん」
「わ。ほんと、サイテー! ……でもそういうとこ、大好きだったよ。親友!」
「はいはい。じゃあね、親友」
そうやって私と幼馴染の親友は最期の別れを告げた。
今でも私は、時折彼女を思い出す。もちろん、誰より楽しそうな満面の笑顔で。
そして思わず、笑ってしまうのだ。
そんな時はいつも。サイテー! と笑う幼馴染の声が、聴こえる気がした。