82話 待たせてごめん
「レンレン! 見てみて、クレープ売ってる屋台があるよ!」
美柑は僕の手を引いてクレープの屋台を指さす。食欲を刺激するクレープの甘い匂いがここまで届いてくる。
「せっかくだし、食べよっか」
「うん!」
クレープを二人分注文し、それぞれ違う味を食べる。
「うーん!? 美味しい! まきりんがここのクレープ屋はたまにしか来ないって言ってたから気になってたんだけど、すごい美味しいよ!」
「へえ、そうだったんだ。でも確かに、これは美味しいかも!」
ちょうどいい甘さに、飽きずに一気に食べられそうなのもいい。
「今度、ましろんや寧ちゃんたちとも食べたいね!」
寧とましろの名前が出てきて、僕は一瞬言葉に詰まる。
「……そ、そうだね。そういえば、一つ気になっていたことがあるんだ。美柑は何で、寧に対してはあだ名で呼ばないの?」
僕はつい、そのまま寧の話題を持ち出してしまう。
「うーん、寧ちゃんは何というか、妹みたいに思えるんだよね。だから、つい自分の妹として呼んじゃうんだよ!」
「なるほどね」
去年、クリスマスパーティーで保科先輩と、寧と美柑が姉妹みたいに見えると話をしたことがある。まさか、当人の美柑もそう見ていたなんて、少し驚きだ。僕がそう感じていると、横から美柑の視線を感じた。何やら、僕のバナナクレープを見て涎を垂らしそうになっている。
「もしかして、食べたい?」
「はっ! 気づかれた!?」
美柑が大げさに驚いて見せる。まあ、そこまでジッと見られると気づくよね。僕は微笑しつつ、クレープを差し出した。
「よかったら、食べる?」
「え、いいの?」
僕が頷くと、美柑は目をキラキラさせクレープを一口含んだ。
「こっちも美味しい! レンレンも、私のいちごクレープ食べてみて! 美味しいよ!」
今度は美柑が自分のクレープを僕に差し出してくる。どこも口を付けてるから、少し食べづらいな。
「レンレン、いらない?」
美柑が上目遣いで見てくる。声音に、わずかに悲しげな感情が滲んでいたこともあり、僕は恥ずかしいのを我慢して一口食べた。
「お、美味しいね」
そう言いつつも、味がわかるようでわからない、そんな感想だった。
「だよね! えへへ、二人でいたから二つ味を楽しめて良かったね!」
味が完全にわからなくなった。僕は火照る顔を逸らし、美柑の口元を指さした。
「……クリーム、ついてるよ」
「え? わ、本当だっ」
美柑は手の甲で口元を拭って見せるも、まだクリームは残っている。
「……う、動かないでね」
恥ずかしいけど、僕は取り出したハンカチで美柑の口元を拭ってあげた。
「に、にゃはは、ありがとうね、レンレン」
美柑がはにかんだ笑顔をする。僕は照れつつ、そんな顔をする美柑が可愛く思えてしまうのだった。
「ね、ねえ、レンレン。この後、どこに行く?」
美柑が目に見えてわかるように慌てた様子で話題を変えてくる。
「そ、そうだね……うーんと」
僕はスマホを確認する。ちょうどいい時間になっていた。外も、そろそろ日が沈む頃だろう。
「美柑、ちょっと僕に付き合ってもらっていいかな?」
僕はそう言って、美柑の手を握って歩く。美柑は疑問符を浮かべながらも付いてきてくれる。やがて、それが見えてきた。
「あそこ、行きたいんだ。いいかな?」
僕が指さした場所。それは以前、美柑の方から誘われた展望台だ。今度は、僕から美柑を誘う。
「……!? う、うん」
美柑は展望台に気づき、顔を赤くして俯く。それでも、小さく了承してくれた。僕は美柑の手を握ったまま、展望台に入っていく。
あの時と同じように、僕と美柑は無言で、エレベーターの騒動音だけが耳を打つ。長く感じた時間はやがて過ぎ、最上階に辿り着く。
偶然なのか、ここもあの時と同じく、僕たち以外の人は誰もいなかった。エントランスには、夕日がわずかに差し込んでいる。
僕たちは日が当たりすぎない場所まで行く。僕は立ち止まり、美柑に振り返った。美柑の顔は、今まで見た中で一番と思えるくらいに真っ赤で、足元だけを見つめている。
僕も、あの時はこんな感じだったのかな。今となっては、そのこともどこか懐かしく思える。
僕は一度深呼吸し、改めて美柑の姿を見る。顔を真っ赤に染め、スカートをギュッと押さえている美柑。僕が好きになり、未来を一緒に歩いていきたいと思った女の子。
だいぶ、待たせてしまった。その分、僕から精一杯の想いを伝えよう。
「ここまで来たのは、美柑に伝えたいことがあるからなんだ。僕の気持ち、聞いてくれるかな」
「う、うん……っ」
美柑のスカートを握る手に力がこもり、目はさらにきつく閉じられる。
美柑に伝える。僕の想いを。
「僕は美柑のことが好きだ! 僕と、付き合ってほしい!」
腰を曲げ、手を差し出す。今度は、僕の方が目をきつく閉じてしまう。
「…………っ!?」
美柑の息を呑む音が聞こえてくる。僕は次に出てくる美柑の言葉を、心臓が飛び出そうな思いとともに待った。
――――けど、いくら待っても美柑の言葉が聞こえてこない。僕は不安になり、美柑の顔を見た。すると、美柑は目を驚愕に見開き、胸元に手を寄せたまま固まっていた。
「み、美柑!?」
予想外の反応に僕は焦りを覚えるも、僕の言葉が聞こえたのか、美柑が目をしばたたかせた。
「レンレンが、私を好き……? ほ、本当?」
美柑の瞳が不安で揺れている。僕はそんな美柑を安心させるように力強く頷いて見せる。
「本当だよ! 僕は美柑が好きだ!」
そう言いつつ、僕は内心で激しい不安に襲われた。まさか、待たせすぎたせいで、嫌われてしまったとか?
一度不安を感じてしまうと、それはとどまることなく加速していくようだった。けど、その不安は杞憂に終わった。
「わ、私もレンレンのことが好きだよ! 好きで、好きで、怖かったよ……っ」
美柑の目から大粒の涙がこぼれ始める。それはやがて、決壊したダムのように放流していくかのようだった。
「ましろんも、寧ちゃんも、私よりもずっと可愛くて、魅力的な女の子だから、私じゃ勝てないって不安だったんだよ!? 今日のデートも、もしかしたら最後のデートかもっていう思いがよぎってたんだよ……!」
自分の不安だった思いを吐露する美柑。僕はそんな美柑を黙って見ていることはできず、気づけばその体を抱き寄せていた。
「待たせて、不安にさせてごめん……っ。僕が好きなのは美柑だけだよ! 寧でもましろでもない。美柑だから、僕は好きになったんだ!」
「レ、レンレン……! う、うわああああん!!」
美柑は僕の胸に顔を埋め、泣き腫らす。僕は美柑が落ち着くまで、じっと抱きしめ続けた。
「ご、ごめん……っ。思いっきり泣いちゃったね……っ」
落ち着きを取り戻した美柑は、気まずそうに笑って見せる。
「全然気にしなくていいよ。もとはと言えば、返事をずっと先延ばしにしてきた僕が悪いんだしね」
本当、美柑には待たせすぎたよ。
「ううん、大丈夫だよ。それより、レンレンはいつから私のことが、その、す、好きだったのかな?」
美柑がチラチラと僕を見てくる。その仕草が可愛く見え、僕は頬をかいてしまう。
「いつかって言われると難しいかな。しいていうなら、美柑にあの日ここで告白された時かな。あの日から、美柑のことは意識するようになったよ」
「……!? そ、そうなんだ」
自分で聞いておきながら、美柑は目を泳がせている。
僕がいつ美柑への好意を自覚したか。ハッキリとしたのは間違いなく今日美羽と話したことによるけど、それ以前となるとわからない。それでも、僕は美柑に告白されてから、徐々に美柑に惹かれていったんだろう。
「じ、じゃあ、もう一つ! レンレンは私のどこが、好き?」
懲りないのか、より恥ずかしくなることを美柑は聞いてくる。さすがに僕の方も顔を真っ赤にしてしまい、それでもちゃんと好きな部分は伝えることにした。
「一緒にいたいと思えるくらい、明るく元気なところが好きだよ。それに、目標に向かって努力できるところも好きだし、真っ直ぐに自分の気持ちを伝えてくれるところも好きだ。あと、たまに見せる上目遣いや照れ笑いにも惹かれるし、…………もう勘弁してくれないかな」
さすがにこれ以上伝えると、僕の方が恥ずかしさで限界がきてしまう。見れば、美柑も目を渦のようにグルグルと回し、顔は表現できないほど真っ赤だ。
「そ、そうだね! わ、私、何か嬉しすぎて視界が歪んで見えるよ……!?」
美柑は手でパタパタと風を仰いでいる。僕は一度美柑から顔を逸らし、気持ちを落ち着ける。まだ、やることは残っているから。
「美柑、僕の想いを受け取ってくれてありがとう。でも、まだ一つ、大事なことが残っているんだ」
僕は声を少し真剣なものにし、美柑に耳を傾けてもらう。
「……大事なこと?」
「うん。これから、二人で美柑のお母さんと話をしに行こう」
最後の大事なことで、避けては通れない問題だ。




