80話 それは好きじゃなくて〇〇
寧から真実を告げられた翌日、どんよりとした空模様の下を僕は一人歩いていた。結局、昨日あの後は、ベッドに入っても寝付くことができなかった。
頭を悩ましているのは、三人の女の子。美柑、ましろ、寧。その内、誰を選ぶかということだ。寧は、僕と同じゾンビの体で、好意を寄せてくれる美柑になら任せられると言ってくれた。けど、最終的に決断するのは僕。
あまりにも重大な決断を僕は迫られている。
(どうすればいいんだ……)
昨日から寝ずに考えても、答えは出なかった。
僕の将来を考えるなら一番には美柑がいいだろう。僕のことを好きとも言ってくれているその気持ちは嬉しい。僕が生きているとわかってからは、美柑は変わって見せ、遠慮のない好意をダイレクトに伝えてくれる。そんな美柑が、僕も嫌いじゃない。
でも、じゃあましろと寧は? 二人はゾンビじゃないけど、共に僕を好きと言ってくれる。二人のことも、当然嫌いじゃない。
ましろとはこの前のデートで、僕の知らないましろを知ることができ、魅力的で可愛い女の子であることに気づいた。それに、僕が教師である時から好きでいてくれて、この体になってからも気持ちは変わらないと言ってくれた。
寧は、僕の勝手すぎる勘違いで距離を取り気味だったけど、その実は僕の幸せを誰よりも願ってくれていた。そんな変わらない寧の気持ちに対し、申し訳ないと思う気持ちだけでなく、嬉しいという気持ちが確かに存在する。寧の気持ちを本当の意味で知った今、過去のことを振り返ると、寧をただの妹として見ることができなくなりそうだった。
何度も同じことを考え、答えの出ない泥沼にはまってしまう。外に出歩けば、少しは気分転換にもなるかもと思ったけど、何も変わらなかった。
「――あ! 蓮なのだ!」
不意に、目の前から馴染みのある声が聞こえてきた。視線を上げると、ダボダボな白衣を着た美羽がパタパタとやってきていた。
「年明けてから直接会うのは初めてなのだ! 明けましておめでとうなのだよ!」
曇りのない笑顔で言う美羽に、僕は思わず面食らってしまう。
「あ、明けましておめでとう、美羽」
「むむ? 蓮、何か落ち込んでるのだ?」
さすがに僕の反応を不審に思ったのか、美羽がつま先立ちになって顔を近づけてくる。
「落ち込んでるわけじゃないんだ。ただ、ちょっと悩み事かな」
隠し事をする気力も起きず、僕は本音を漏らす。
「悩み事なのだ? ボクでよければ相談に乗るのだよ!」
美羽は任せろと言わんばかりに胸を叩いて見せる。僕はその様子に苦笑しつつ言った。
「ありがとう。けど、その前に僕も美羽に話しておきたいことがあったんだ。場所を変えてもいいかな?」
僕はそう言って、美羽を連れてここから数分ほど歩いたところにある河川敷にやってきた。ここは以前、寧とデートをした日の夜に天体観測をした場所で、過去に美羽を交えた寧と僕の三人で天体観測をした場所だ。
「あ、ここ……」
記憶がある美羽は、この河川敷を見て言葉を漏らした。僕は腰を下ろし、懐かしい川を眺める。
「蓮、どうしてここに来たのだ?」
美羽が隣に腰掛け、どこか緊張した面持ちで尋ねてきた。美羽はまだ、僕と寧のことは思い出せていないはずだから、この反応は無意識のうちに何かを感じ取っているのかもしれない。
「僕ね、過去にここで妹の寧と天体観測をしたことがあるんだ。美羽も、あるよね?」
「……!? そ、そうなのだ。けど、え?」
事情が呑み込めそうで呑み込めないのだろう、美羽は慌てた様子を見せる。
「美羽がここで初めて天体観測をしたのは今から大体2年前で、僕と寧も同じ時期だよ。まあつまり、美羽が言っていた二人って、僕と寧のことだったんだ」
僕の言葉に、美羽はポカンと口を丸く開けて固まってしまう。けど、すぐに驚いた顔で詰め寄ってくる。
「ま、待つのだよ!? あの時の二人が蓮と寧ちゃんなのだ? で、でも、もう一人は男の子だったはずなのだよ!?」
模範解答のような反応をしてくれる美羽に、僕は笑みをこぼしてしまう。
「ごめん、ちょっといたずらしちゃったよ。あの時のことを説明する前に、先に思い出してもらおうかな」
僕は懐からガラスに覆われたベルを取り出した。寧から預かっていたもので、美羽に事情を説明する許可はもらっている。
美羽がベルを見つめる中、僕はそっとそれを鳴らした。二度聞く心地良い音色、僕にはもう意味はないけど、美羽には意味を成す。
「あ…………」
美羽が目を見開く。それを見て、僕は成功したことを確信する。
「そうなのだ……あの時の二人は、一人は寧ちゃんなのだ……! それに、もう一人は確か、去年までボクの学校にいた九重先生、なのだ……!?」
寧だけでなく僕のことまで思い出してくれたことに、ひとまず安心する。
「そう、その二人で会っているよ。思い出せたみたいだね」
「う、うむ……。で、でも、何でボクはこのことを忘れていて、そのベルを聞いたら思い出したのだ? それに、さっき蓮が言ってた意味もわからないのだ。九重先生と蓮は違う人だし、それに、……九重先生は去年亡くなっているのだ」
美羽がショックを受けたような顔をする。ようやく思い出せた二人のうち、一人がすでに亡くなっていると知ったら、それはショックを受けてしまうだろう。
「美羽、ここから先は信じ難いことになるんだけど、一気に話すね。まず、僕の正体は九重蓮、去年まで水鏡高校にいた教師なんだ。けど、僕は死んじゃってね。その後、寧のゾンビ転生っていう儀式のおかげで、僕はこうして蘇ったんだよ」
今度こそ、美羽は呆然としたようにさっきよりも口を大きく開け、体全体でフリーズしてしまう。再起動するまでに、数秒要した。
「……蓮が、九重先生で、ゾンビなのだ? ……?? 何で、蓮は女の子になっているのだ?」
やっぱり、皆ゾンビよりも先にそっちが気になっちゃうんだな。僕はもう呆れることはせず、代わりに苦笑してしまう。
「色々とあってね。簡単に言うと、儀式自体が未完成なものなんだ。それの副作用みたいなものかな」
「その儀式危なすぎのだ!?」
美羽が即座にツッコミをしてくれる。本当にその通りだよ。けど、今となっては憎めないんだけどね。
「どう、だろう、信じてくれるかな?」
「に、俄かには信じ難いのだが、嘘とも思えないのだ。ボクの記憶が戻ったこともそうだし、それにどことなく、蓮が九重先生に雰囲気が似ているところがあるのだ。…………だから、信じることにするのだ!」
迷いながらも、美羽は僕が言ったことを信じてくれた。
「でも、じゃあ蓮は女の子として学校に通っているのだよね?」
美羽が途端にジト目を僕に向けてきたため、僕はうろたえてしまう。
「うっ……そ、そこは本当に申し訳ないとは思っているんだけど、か、勘弁してもらえないかな……」
「冗談なのだよ。別に言いふらしたしないのだよ。蓮はボクに星の世界を教えてくれた、言わば恩人のようなのだよ!」
美羽は顔を綻ばせて言う。
「ははっ、恩人は言い過ぎじゃないかな」
「いや、恩人なのだよ。実はあの時、両親とのことで悩み事を抱えていたのだよ。どうすればいいかわからなかった……けどあの日、蓮たちと星を見たことで、そんな悩みも解決したのだ! それに、星の世界を知ったことで、知る以前よりも人生が楽しくなったのだよ!」
幸せそうに顔を綻ばせる美羽。そんな美羽に、僕は驚きとともにこっちまで嬉しくなってしまった。
「だから、そんな恩人の蓮に、今度はボクが恩返しをするのだ! 蓮の悩み事、ボクでよければ聞くのだよ」
美羽の言葉が、今の僕にはとても心強く感じた。だからか、僕の口から躊躇いもなく言葉が漏れた。
「例えばなんだけど、大事なものが三つあって、けどその内の一つしか選べないとしたら、美羽ならどうする?」
寧、美柑、ましろ。皆大事で、僕は一人を選べないでいる。この選択及び決断は、間違いなくこれまでのどれとも比較にならない究極的なものだ。
「どれか一つ……難しい問題なのだ。蓮が悩むのも頷けるのだよ」
美羽は腕を組んで頭を悩ませている。僕はそんな美羽を見て、申し訳なく思ってしまった。だって本来なら、これは自分で考えて、自分で答えを見つけなきゃいけないことだろう。
「美羽、ごめん。やっぱり、これは――」
「どれか一つしか選べないなら、他の二つを傷つけてでも一つを選ぶしかないと思うのだ」
僕の言葉を遮って、美羽はそう言い切った。
「……傷つけてでも?」
美羽の言葉を反芻する。僕に好意を寄せてくれている二人を傷つけ、諦める。わかってはいたはずだ。けど、実際に言葉に出すと、すごく胸が締め付けられる。僕が以前、美柑に一度味合わせてしまった失恋の辛さを、二人にも味合わせてしまうということだ。
僕が痛みに胸を押さえていると、美羽がじっと僕を見ていることに気づいた。
「……今の蓮は、二人を傷つけてしまうのが嫌で、その一人を選べないでいる。そんな気がするのだ」
僕は目を見開く。いつの間にか人と呼び方を変えた上に、今の言い方に含まれているある違和感に気づいたから。
「その人って、それじゃあまるで――」
すでにその一人が決まっていると言っているようなものじゃないか。そしてそれは、その通りだった。
「蓮ももう気づいているのだよね? 蓮にとってのその一人がもう決まっていることに」
「あ、――――」
言葉を失った。美羽に直接言われて、自分の心が丸裸になってしまった感覚を覚える。
(……美羽の言う通りだ。僕の中で、もう答えは出ていたんだ)
けど、それを認めてしまうと、二人を傷つけてしまうことに気づいていたから、迷っているフリをしていた。
けど、そもそも傷つけるのが嫌って何だ? 傷つけ、悲しい思いをさせてしまうから、本気で好きでもないのに付き合おうか悩むっていうのは、ただの同情でしかなく、ひどく最低な考えじゃないか。僕が抱いていた悩みは、こんな最低で相手をより傷つけてしまうだけのものだったんだ。
自分の心と真正面から向き合って、ようやく答えに辿り着けた。
「やっと気づけたよ。僕がどうしたいのか、最初から決まっていたのに。気づかせてくれて、ありがとう、美羽」
「それは良かったのだ。うん、やっぱり蓮に暗い顔は似合わないのだよ!」
美羽はニコッと笑って見せる。
美羽のおかげで泥沼を抜け出せ、覚悟を決めることができた。なら、後は行動するだけだ。
確実に、二人を傷つけてしまうだろう。けど、逃げるな。二人を傷つけてでも、二人の想いと向き合うんだ。




