76話 歌ってはっちゃけよう!
ファミレスを後にしてやってきたのはカラオケだった。ここなら、誰かに聞かれる心配はない。
軽い注文だけ済ませる。注文の品が来るまで、誰一人として口を開かなかった。やがて店員さんがやってきて、いよいよ話を始めるための準備が整ってしまった。
「えっと、まずは自己紹介をしたほうがいいよね? 私は、真倉美柑です。水鏡高校の1年生です。よ、よろしくお願いします!」
美柑が先陣を切って自己紹介をしてくれた。おかげで、幾分か雰囲気が和らいだ気がする。
「ありがとう。俺は多々良裕也、社会人だ。よろしく」
裕也の自己紹介に続いて、安則と康介、安芸も続いて自己紹介していく。そして、僕の番が回ってきた。
「えっと、水城、蓮です?」
どう答えたらいいかわからず、疑問形になってしまう。そんな僕に、安芸が口を開いた。
「どこから話したらいいかな。……うーん、とりあえず、これだけは蓮に言うね。ぼくは君がぼくたちの高校時代の友達である九重蓮で、そして、なぜそんな姿になったかも知っているよ」
安芸の口から出た事実に、裕也たちは目を見開いている。僕はそんな裕也たちに気を配っている余裕などすぐなくなり、安芸に詰め寄った。
「でも昨日、安芸は僕が死んだって自分で言ってたじゃないか!?」
「あれはましろちゃんの前だったからだよ」
「いや、ましろは僕の正体知っているよ?」
「嘘!? ましろちゃんも知ってたの!?」
「……っ、そこは寧から話はいってなかったのか」
間髪入れずに僕と安芸は言葉を飛ばし合う。やがて息が辛くなり、共に一呼吸を置いた瞬間、じっとした視線を感じた。
「……お前、蓮なのか?」
「うっ……」
裕也の追及するような目に、僕は言葉を詰まらせる。ここに来た時点で、自白しに来たようなものだ。なら、もうしょうがない……。
「そ、そうだよ。僕は正真正銘、九重蓮だよ」
裕也たちが息を呑んだかと思えば、一様に「嘘だぁ!?」という声が飛んできた。
「皆、信じられないかもしれないけど、本当なんだ。蓮は死んだ後、ゾンビになって蘇ったんだよ」
「何だそのオカルト話は!?」
眼鏡を割る勢いでツッコミをする安則。そりゃあ、こんな話普通は信じられないよね。
「いやいや、ゾンビの前に、性転換してるよね!?」
康介が疑惑の目で僕の体を見回してくる。
「み、皆さん! 一度、落ち着いてください! レンレンが困ってます!?」
美柑の場を切り裂くような声に、一瞬でシンとなった。そして、視線が美柑に集まる。
「えっと、レンレンと、鷹司さん? が言ってることは本当で、これを見たら、皆さんも信じてくれると思います!」
これ? 美柑は一体何をしようとしているのかと考えていると、美柑は肩に手を当てがった。
(――って、まさか!?)
気づくのと同時に、美柑は何の抵抗もなく腕を肩から分離して見せた。そのせいで、皆が言葉を失って落ち着くには十分だった。
それから、裕也たちに事情を全て話した。僕が九重蓮である証拠、裕也たちについて僕が知っていることも含めて。おかげで、しぶしぶといった様子ながらも、ひとまずこの場は信じてくれたようである。
「蓮が、女の子な……」
「高校の時のことも知ってたから、おれたちの知る蓮で間違いはないんだろうけど……」
安則と康介はさっきからこんな調子で、すっかり気の抜けた状態でいる。
「なあ、蓮は安芸が事情を知っているのは知らなかったのか?」
比較的順応できている裕也が僕に聞いてくる。
「知らなかったよ。だから、あそこまで驚いちゃったんだよ」
僕は追及するように安芸を見る。本当、何で知っているんだ?
「はは、まあそこは追々とね。これ以上勝手に喋ると、寧ちゃんにひどい目にあわされる」
安芸は困った顔をするだけである。この場では、これ以上のことは聞けそうにない。
「よし! 色々頭がこんがらがっているが、こんな時こそ歌おうぜ! せっかくカラオケにいるんだし!」
裕也は気持ちを切り替えるように大きく手を叩いてみせる。
「そうだな、よし! 一番手はおれに任せろ!」
「じゃあ、その次は僕が行かせてもらおう」
康介と安則が裕也に同調するように明るい声を上げる。さっそく曲を入れ、康介の歌声が響き渡る。
「にゃはは! 私も歌いたい!」
「おお、いいぞ。ここは俺の奢りだから、どんどん歌ってくれ!」
裕也は気前よく言い、安則たちが「よっしゃー!」とガッツポーズをしている。そんな皆の様子を見ていると、僕までその気になってくる。
「色々と困らせてごめん。その――」
「今はいいよ。とりあえず、今は楽しもうよ。せっかく、皆でまた集まれたんだし」
安芸の言葉を遮って僕は言う。聞きたいことは色々とあるけど、それは後でもできる。なら、今は今しかできないことをするべきだ。
よし! この時間は全部忘れてとことん楽しんでやるぞ! 僕はそんな意気込みとともに、皆との時間を全力で楽しむことにした。
かれこれ数時間歌い続け、僕の喉はすっかり枯れてしまった。
「げ、限度があった……」
僕はソファに寄りかかり、水を飲む。美柑と安則たちは今も歌い続けている。
「お疲れ。蓮も喉が疲れたか?」
隣に裕也がやってきた。見れば、裕也の顔も少し疲れが見て取れた。
「はは、ちょっとはしゃぎすぎたね。でも、楽しい」
「そいつは奇遇だな。俺も、今すごく楽しいよ」
僕は裕也とともに笑う。こんな風に、また皆と笑い合える日がくるなんて思いもしなかった。
「なあ、そういえば真倉ちゃんってさ、もしかして蓮の彼女?」
「ぶっ!」
ちょうど口に含んだ水を噴き出してしまう。
「ゴホッゴホッ……な、何を言うんだよ!? 美柑とはそんなんじゃないよ!?」
「慌ててるところが何かより怪しいな。けど、少なくとも真倉ちゃんの方は蓮のこと好きそうだけどな」
僕は裕也の言葉に驚く。傍から見たら、そんなにわかるものなのか。
「ま、そこはこれ以上詮索はしないよ。そうだ、蓮は今も天体観測を続けているのか?」
「え? うん、そうだね。今通ってる水鏡高校では天文部に入ってるよ」
まさか裕也の口から天体観測が出てくるとは思わなかった。けど、驚いたのは裕也の方もらしく、目をしばたたかせている。
「天文部に入ったのか。まあ、蓮らしいっちゃ蓮らしいが。それじゃあもう、妹とはやっていないのか?」
「――――え?」
裕也の何気なく言ったであろう言葉に、僕は虚を突かれた。
「どうした? 俺、何か変なこと言ったか?」
「い、いや……ねえ、裕也。僕って、前から寧と天体観測をしていたの?」
「していたのって、蓮から言ったんじゃないか。中学の時くらいだったか? そん時から妹と天体観測を始めたんだろ?」
「…………」
僕は言葉を失った。
(僕は寧と天体観測をしていた?)
そんな記憶は僕の中にはない。けど、裕也が嘘を吐いているようにも見えない。じゃあ、僕が忘れているだけ?
いや、それよりも、何で寧までその記憶を覚えていない? もしくは、覚えていないのじゃなく、嘘を吐いている? けど、何のために……。
安芸のこと、それにこの天体観測の記憶。疑心暗鬼になりそうな出来事ばかりに、僕は寧のことがわからなくなってしまいそうだった。
カラオケで上がった熱を冷ますため、僕たちは外で涼んでいた。
「そうだ。皆、蓮と真倉ちゃんのことは他言無用でお願いね。もし言ったら、きっと恐ろしいことが起きかねないから覚悟しておいてね」
「そんなにこやかに脅しをかけてくるなよ……。それに、言わねえよ。てか、言ったところで誰も信じないと思うぞ」
「そうだね。逆に、僕たちのほうが異常者みたいに見られるかも」
「あー、簡単に想像できるオチだわ」
この場の誰も口外する様子がないことに僕は安心する。まあ言ったところで、安則が言ったようなオチになるのが関の山だろう。
「それじゃ、今日はここまでな。蓮、それに真倉ちゃんも、また」
「うん、今日はありがとうね、また」
「またねー!」
裕也たちが歩いていき、僕も美柑と安芸とともに帰路へと向かう。アドレスは交換したから、また会うことはできる。そのことが、僕には嬉しかった。
「それじゃあ、ぼくはここで」
途中で別れ道に差し掛かり、安芸が手を軽く振る。
「……うん、またね」
「えっと、じゃあね」
僕と安芸の間にある違和感に気づいたのだろう、美柑が控えめに手を振る。安芸と別れた後、僕は美柑を家まで送り届けた。
「ここまで送ってくれてありがとうね。レンレンの方も、気をつけて帰ってね?」
「うん、大丈夫だよ。それじゃあ、また学校で」
僕は美柑から何かを追及される前に、足早にこの場を後にした。そのまま駅まで歩き、そこで待っていた人物に声を掛ける。
「待っててくれたんだね、安芸」
「まあ、さすがにこのままだとぼくのほうも寝覚めが悪いしね」
安芸が困った顔とともに、僕に缶コーヒーを差し出してくれる。僕はそれを受け取り、安芸の隣に背中を預けた。
「で、どこまで話してくれるの?」
僕がそう切り出すと、安芸はコーヒーを一息に飲み干した後、申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「ごめん! 正直、あれ以上はもう話せないんだ。勝手に話すと、本当に寧ちゃんに殺されかねないんだ!?」
安芸の必死の懇願に、僕はやれやれとなる気分だった。まあ、こんなことだろうとは思ったよ。
「じゃあ、これだけは聞かせて。寧は、いや、寧たちは僕に、何か嘘を吐いている?」
僕がそのことを問いかけると、安芸は押し黙ってしまった。
さっき裕也からの話で、天体観測の記憶で寧が僕に嘘を吐いている可能性ができた。それだけじゃなく、寧は僕と美柑の事情を知っているのは、自分と藤原先生だけと以前言っていた記憶がある。でも実際は、目の前の安芸も知っていた。これは、紛れもない嘘だ。
「蓮は、寧ちゃんが嘘を吐いていたら、嫌に思う?」
重たい口を開くように、逆に安芸が問いかけてくる。
「嫌とかそうじゃないんだ。ただ、もどかしいというか、何でそんな嘘を吐いているのかなって」
別に嘘を吐くのはいい。人間誰しも、日常的に嘘を吐くことなんてある。問題は、嘘を吐く理由だ。わざわざそんなことを問い詰めるなって思うかもしれないけど、ここまで嘘を浮き彫りにされてしまうと、問い詰めるなと言う方が無理だった。
「そっか。蓮、これだけは言っとくね。寧ちゃんも、藤原先生も、そしてぼくも、蓮に対して少なからず嘘を吐いている。けど、それは全部、寧ちゃんが蓮を想ってこそのことなんだ。そこだけは、絶対にはき違えないでほしい」
「僕を、想ってのこと?」
何だ、それ。嘘を吐くことが、僕を想うことにどう繋がる?
「確かに伝えたからね。もし嘘の正体と、それを吐いた理由を知りたいなら、寧ちゃんに直接聞くしかない。それじゃあね」
「あっ、…………」
呼び止める間もなく、安芸は歩き去ってしまう。この場に、ただ茫然と立ち尽くす僕だけが取り残されてしまった。




