73話 パンツ見えてますよ?
父さんたちと再会した日の帰り、高校時代の友達とばったりと再会した。あまりにも予想外の出来事に、僕は口を開け、床に手をついたままの状態でフリーズしてしまった。
僕と同じ目線の先にいる、鷹司安芸という男。さすがに高校以来の顔合わせのため、変わっている部分もあるけど、紛れもなく安芸だった。茶髪をしっかりと整え、目元もきりっとしているその様は、まさしく女の子受けするようなイケメン顔だ。けど、とある残念な理由で高校時代にモテることはなかった。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
安芸の心配するような声に、僕はやっと我に返った。目の前で安芸が心配顔をしている。
「だ、だだ大丈夫、です!? ちょっとボーっとしてただけ、ですから!?」
僕は慌てて手を振り、大丈夫アピールをする。
「それならいいですが。その、パンツ見えてますよ?」
安芸が言いづらそうに、視線は逸らしたまま僕のスカートを指さす。
「え? ――あ、いやああ!?」
思わず女の子のような叫び声を上げ、すぐさまスカートの裾を抑える。
「ご、ごめんなさい!? で、でも、大丈夫ですよ。可愛いらしいパンツだったので!」
安芸が指をぐっとして見せる。いやいや、何そのフォロー!? しかも、本気でフォローになっていると思っているのか、自信満々な顔だし!?
(この、天然イケメンめ……っ)
安芸は高校時代からこんな感じだった。イケメンなのに天然かつ抜けているところがあり、時々デリカシーに欠けた発言を漏らすことがあった。そのため、女の子からモテることはなかったというわけだ。2年経っても、そこは変わらないようだ。
「ひ、拾ってくれてありがとうございました! それでは!」
僕は残りの野菜をササッと拾い集め、そそくさとこの場を後にする。いきなり安芸と再会したことと、パンツを見られたことのダブルパンチで、僕の頭はすっかり回らなくなってしまった。
これ以上ここにいると、ボロを出してしまいかねない。本当なら、積もる話もあったんだけど。
若干悔やまれる思いを抱えながら、僕は逃げるようにして家へと帰った。
「た、ただいま」
家に着いた瞬間、僕は重たい袋をすぐさま置き、その場にへたり込んだ。
「おかえりなさい。……今にも死にそうね」
寧は息も絶え絶えな僕を見て、呆れた眼差しで声をかけてくる。
「もう死んでるけどね。父さんたちが野菜をくれたんだよ。けど、これは女の子に持たせる量じゃない……」
今度あったら文句の一つでも言ってやろう。そんな思いとともに、僕は袋を睨み付ける。
「それで、どうだったの?」
寧がさっそく聞いてくる。僕は呼吸を落ち着けて、その問いに答える。
「2年経っても、二人は相変わらずだったよ。何か安心した。それに、……カメラ越しに聞いたかもしれないけど、二人とも寧と仲直りしたいって言ってたよ」
僕はその事実を口に出す。けど、寧の表情は微動だにしなかった。
「そう」
まるで自分にはその意思はないとでも言うように、簡素に答える寧。僕はそんな寧を見て不安を覚えた。二人の方は問題なかったけど、これは寧の方をどうにかさせないとまずいんじゃないか?
「お兄様、夕食は冷蔵庫に入っているわ。寧は先に部屋で休むわ」
それだけ言うと、寧は部屋に引っ込んでしまった。僕は黙ってその様子を見送る。さすがに今日はもう疲れた。寧を説得するのは、また明日からにしよう。
袋を持ち上げ、キッチンに向かう。中を見て、冷蔵庫に入れるものとそうでないものを仕分けしていく。すると、野菜に混じって黒いパスケースが落ちた。僕は首を傾げ、そのパスケースの中を見た。
(これ、安芸のじゃん!?)
中を見て焦った。電車の定期券に、安芸の名前が書かれた名刺が一枚だけ入っていた。あの衝突の時、安芸が落としたものを、間違えて野菜と一緒に袋に入れてしまったんだ。
僕は愕然としてしまう。僕のせいでぶつかっただけでなく、安芸の持ち物まで持ち帰ってきてしまうなんて。
とにかく、これは安芸に返さないと。幸いにも、名刺には安芸が今勤めているだろう会社の住所も書かれている。僕は名刺を改めて見て、驚いた。書かれていた会社の住所、それは水鏡高校から徒歩で10分くらいの距離のところにあった。まさか、高校時代の友達がそんなすぐ近くにいたなんて、またしても驚きだよ。
これなら明日にでも返しに行けそうと安心したのも束の間、スマホで会社情報を見て顔をしかめる。よりによって、明日は休みらしい。休み明けに返すこともできるけど、できるなら早めに返してやりたい。
僕はスマホを見て唸っていると、ある会社情報に目がいった。それに気づいた瞬間、僕はましろにメールを送った。
翌日、僕は待ち合わせ場所である水鏡高校に来た。10分前と余裕を持って来たはずなのに、ましろはもういた。
「明けましておめでとう、蓮。待っていたわ」
「うん、明けましておめでとう。今回は結構早く来たんだけど、またましろの方が早かったね」
待ち合わせをお願いしたのは僕からなのに、ましろの方が先に来ていると、待たせた気がして少し悪いと思ってしまう。
「久しぶりに蓮と会えると思ったら待ちきれなくてね。それで、今日は二回目のデートだったかしら?」
「ち、違うよ。安芸にこれを返すだけだよ」
からかい交じりに言うましろに、僕はパスケースを見せて答える。ましろのからかいは本当に油断ならないな。
「そうだったわね。それにしても、まさか鷹司さんが蓮の高校時代の友人だったなんてね」
ましろが驚いた顔を見せる。
「僕も驚いたよ。まさか、安芸が勤めている会社が、ましろの両親が経営している会社の子会社だったなんて」
昨日スマホで安芸の会社情報を見て気づいた。以前、ましろから両親が経営している会社の名前を教えてもらったことがあり、それを思い出したんだ。
ましろにお願いすれば、安芸と連絡が取れるかもしれないと思い、ましろにメールを送ったら見事当たりだった。
「鷹司さんとは、この先にあるファミレスで待ち合わせているわ。行きましょう」
「うん」
僕はましろとともに安芸の元に向かいがてら、昨日のことを思い出す。昨日は逃げ出すようにあの場を後にしたけど、大丈夫かな。
久しぶりに友達とちゃんと顔を合わせる緊張感よりも、昨日のことを変に思われていないかを心配する緊張感の方が勝るかのようだった。




