71話 拍子抜け。でもそれでよかった
(田舎だ……)
何の捻りもない感想が思い浮かんだ。辺りに広がるのは、ほとんど畑で、点々とした感じに家が建っているくらいだった。さすがに今は冬だから、畑の中に人の姿は見えないけど。
普段来ない田舎町に、見知らぬ土地に来たという不安を覚えてしまう。僕はぶんぶんと首を横に振り、寧にもらった住所が書かれたメモを見る。ここまで来たんだ。何もなしに帰れるか。
僕はメモを頼りに、二人が住む家まで歩く。すると、さっきまでとは違う感情が僕を襲った。
(さすがに、緊張する……っ)
久々に二人と会う。そのことが目前に迫っていると意識した瞬間、緊張が僕の体を走り抜けた。手も、わずかだが震えてる。
幸いにも、二人からは僕のことはわからない。そう考えれば、幾分緊張も和らぐかもしれない。
そもそも、緊張する必要なんてないじゃないか。ただ、自分の親と会いにきただけなんだから。……よし! もう大丈――、
「ん? 君、ここの町の子じゃないな。どこから来たんだ?」
「ひ、ひゃいっ!?」
驚きのあまり、舌を思いっきり噛んだ。ひりひりする舌の痛みに耐えつつ、僕はぎこちない動きで声のした方を見た。そこには、丸刈り頭に軍手、濃い肌の男が立っていた。僕の、父さんだ。
遠くからでも見えるほど、その体の大きさは相変わらずだった。あまりにも懐かしいその声と姿に、僕は頭が真っ白になり言葉が出てこない。
「お、おい! どうしたんだ!?」
父さんの焦ったような声に我に返る。お、落ち着くんだ、僕!
「す、すいません、ぼ……っ、私は、ちょっとした用事があってここにきたものです!」
ばれるとは思わなかったけど、何となく僕というのは変に思い、慌てて私に変える。
「おお、そうだったのか。いやあ、ここに住んでると、遠くから誰か来たってのがすぐにわかるんだよ。はははっ!」
父さんは高笑いを上げる。その高笑いの仕方、まるで変わってないな。何も変わってないように見える父さんを見て、僕は幾分落ち着きを取り戻せた。
安心した僕の元に、父さんが近寄ってきた。
「この時間なら、さっきのバスで来たんだな。長旅で疲れただろ。飲み物やるから、俺の家で休憩していきな」
「いえ、悪いよっ、ですよ」
思わず父さんに話しかけるノリで口を聞きそうになり焦る。
「んなこと気にすんな! ここでは、お互いに助け合うのが普通なんだよ」
父さんはおおらかに笑ってみせる。田舎の人たちは優しいって話はよく聞くけど、本当っぽいね。まあ、父さんは田舎関係なしにこんな感じだったけど。
「あ、ありがとうございますっ。それじゃあ、お言葉に甘えて」
どことなく照れ臭さを感じつつ、僕は父さんの厚意に預かることにする。実際、ここまで来るので少し疲れている。
「おっ! 真さん、その可愛いお嬢さんは誰だい?」
突然横合いから声をかけられた。にこやかな笑顔を浮かべた感じのいいおじさんが僕を見ている。
「吉田さん! この子、ちょうどさっき来たばかりらしいんだよ。すごい美人で俺も驚いたよ! うちの娘といい勝負かもしれないな、はははっ!」
父さんは僕を見て軽快に笑って見せる。
(や、やめてくれ……!?)
実の親からも今の姿を可愛いと言われ、僕は頭を抱えたくなった。何か、すごい屈辱に感じる!?
「はは、娘さんを溺愛する真さんが珍しいですな。まあ、本当に可愛いお嬢さんだからわからなくもないがね」
吉田さんまで何を言ってるんだよ!? ……って、そうじゃない。今、聞き捨てならない一言が聞こえたぞ。
「さあ、うちには妻も待ってる。ついてきてくれ」
「あ、は、はい」
僕は先を行く父さんを追いながら疑問を覚える。
吉田さんは今、父さんが娘を溺愛している旨を語った。けど、父さんたちと寧は喧嘩しているんじゃなかったのか? それともまさか、喧嘩しているのは母さんだけのほうだったりするのか?
わからない。けど、母さんとも会って話せばわかるはずだ。僕はそう思い、この疑問は一旦忘れることにした。
父さんにつれられ、僕は他の家と外観がさほど変わらない一軒家にやってきた。ここが、今の父さんたちの家なんだ。
「おーい! 夏希! 帰ったぞ!」
玄関に入り、父さんが母さんの名前を呼ぶ。すぐに奥の方から、父さんとは真逆の細身で、黒髪を背中近くまで流した女性、僕の母さんが顔を出した。
「お帰りなさい。あら? そっちの子は?」
母さんは僕を視界に捉え、驚いた顔をする。
「この子はこの町に用事があるらしく、ついさっき来たんだ。ここまで来るのに疲れただろうから、家で休んでかないかってなってな。そういえば、まだ自己紹介してなかったな。俺は九重真、よろしくな!」
「そうだったの。私は九重夏希よ。よろしくね」
すでに知っている親の名前なのに、改めて自己紹介されると、本当に親と再会したんだなと実感が湧いてくる。僕はこみ上げてくる嬉しさと懐かしさをこの場では押し隠す。
「ぼ、私の名前は水城蓮と言います。よろしくお願いします」
僕は頭を下げようとしたけど、その前に二人が目を見開く様子を見せた。よほど激しく驚いているのか、二人は口を開けたままポカンとしている。僕、何か変なこと言った?
いきなり失態を犯してしまったのかと焦るも、何が悪かったのかわからないから、取り繕いようがない。
「ご、ごめんなさいね!? 驚いて黙っちゃって! その、実はあなたの名前が、私たちの息子と同じ名前だったから、驚いちゃったのよっ」
ああ、そういうことだったのか。二人からしたら、僕は死んでいて、その僕と同じ名前の僕が現れたから驚いてしまったんだ。……僕を連呼するせいで、何かわけわからなくなりそう。
「う、うむ! 名前が一緒なだけで、息子とは全然違うんだがな、ははっ……」
父さんは頭に手をやり、乾いた笑い声を上げる。
「そ、そうだったんですね。何かすいません……」
「べ、別に、み、水城ちゃんは悪くないわよ!? 私たちが勝手に変なこと考えちゃっただけだから!?」
僕がつい謎の謝罪をしてしまうと、母さんが慌てふためく。その様子が父さんと僕にまで伝染してしまい、数分のあいだ変な空気が続いてしまうのだった。
「……ふぅ」
出してもらったお茶を飲み、一息つく。あの後、僕は居間に通され、お茶をご馳走になっていた。おまけに、お茶菓子なんかも用意してくれた。それはありがたいんだけど。
「あの、私の顔に何かついてますか?」
「え!? な、何もついてないわよ! ねえ、真?」
「ああ! 綺麗な顔、だぞ?」
母さんと父さんはさっきからずっとこんな調子で、僕のことを見てはそわそわした様子を時折見せてくる。気になってしょうがないんだけど。
「そ、そうだ! 水城ちゃんっ、が言ってた用事って何かな?」
父さんが無理やりのように話題を振ってくる。僕は二人の様子に若干困惑しつつ、ここに来た目的を言った。
「実は私、あなたたち二人の娘さんである寧、さんとお友達なんです。私がここに来たのは、二人に寧と仲直りしてほしいためです」
僕が一口に言い切ると、二人はまたもポカンとしてしまった。
「えっと、寧とお友達……あ、ああ! なるほどね! それで、私たちと仲直りを?」
「はい。寧さんから話は聞きました。2年も会ってないんですよね? 家族なら、いつまでも喧嘩したままってのは、どうかと思いまして。勝手なことをしているのは承知の上です」
部外者が口を挟むようなことではないかもしれないけど、僕は部外者じゃないんだ。いつまでも、寧と二人が仲違いをしているのを見たくない。
「……そういうことか」
父さんは何事か納得したような顔をし、母さんと顔を見合わせた。母さんも、そんな父さんに頷いてみせる。
「水城ちゃん。実は俺たちも、このままでは駄目だと思っていたところなんだ。だから、寧ともう一度ちゃんと話をしてみようと思っている」
「え、そうだったんですか?」
僕は呆気に取られてしまった。2年ものわだかまりがあるんだから、一筋縄ではいかないと思っていたのに、まさかの展開だった。
「そうなのよ。ごめんね、寧のためにせっかくここまで来てくれたのに」
「い、いえ! そんなことは」
驚いたけど、二人に仲直りしたいという意思が確認できただけでも十分だ。それに、僕自身が二人に会いたいと思っていたから。
それに、僕はなるほどと思っていた。ここに来る前、吉田さんから、父さんが寧のことを溺愛しているって言ってたことの疑問も解決した。喧嘩してても、やっぱり自分の娘を憎むことはできず、周りに自慢するほど可愛いんだ。そんな溺愛する娘だからこそ、仲直りしたいと常々思っていたんだろう。
拍子抜けした気分だけど、肩の荷が降りたのは確かだった。




