34話 サプライズ(?)プレゼント
「お兄様、目の下のクマがひどいわよ」
リビングに入ってそうそう、僕は寧からそう指摘された。
「……おはよう、寧……昨日はちょっと寝つきが悪くてね……」
「何だか似たような言い訳をついこの前も聞いた気がするわね」
寧が呆れ気味にため息を吐く。
寝つきが悪いなんてものじゃなかった。ほぼ、一睡もできていないようなものだった。
昨日あの後、結局メールの脅迫じみた内容が頭に残り続けて、寝ようにも寝ることができず、気づけば朝になっていた。……眠い。
僕はうつらうつらとしながら、椅子に座る。目の前から漂う紅茶の香りが心地いい。
「何があったかはもう聞かないけど、ゾンビといっても睡眠はきっちりととった方がいいわよ」
寧が紅茶を飲みながら注意を促してくる。
「うん。気をつけるよ」
寝ていないため、胃の調子が少し悪いが、お腹は減っているのでとりあえず朝食をとることにした。
「う、ううっ……」
駅を降りて学校に向かっている道で、僕は泣いてしまった。
「ふふっ、何も恥じることはないわよ、お姉様? 寧の膝を枕にして眠ってしまったことなんて、何も普通なことよ」
「電車の中で妹の膝枕で眠る姉が普通なわけないよ!?」
笑みを浮かべる寧に、僕は思い切り突っ込みしてしまった。
そう。あろうことか僕は、電車の中で寝落ちしてしまい、寧の膝を枕にしてしまったのだ⁉ いくら寝落ちしても、何でよりによってそんな恥ずかしいことになるの!?
「もうやだ、恥ずかしくて死にたい……!?」
「気に病む必要はないと思うけれど。周りの連中だって、寧とお姉様に見とれていたわよ?」
寧はさぞ嬉しそうに語る。僕にとっては恥ずかしい以外の何ものでもないんだけど。
くっ、これも全部昨日の怪しげなメールのせいじゃないか? そう思った瞬間、不安や焦燥の気持ちよりも、絶対に送り主を見つけてやるという気持ちのほうが強くなる気がした。
「……ねえ。僕の正体を知っているのって、寧と変た……藤原先生、あと美柑だけだよね?」
「また唐突ね。今さっきまで恥辱を感じるがゆえに泣いていたというの」
ぐっ……、せっかく話を変えようとしたのに、ここは素直に話に乗ってくれよ。
「まあいいわ。そうね、お姉様の正体を知っているのは、今言った人だけよ。でも、何で急にこんなことを?」
当然、寧は僕の質問に疑心を抱く。なので、僕は今回躊躇うことなく例の二通のメールを寧に見せた。
少しドライな気分になっていることもあるけど、今回送られてきたメールは、前回のようなラブレターとは違い、僕だけでなく美柑にまで危害が及んでしまう危険性がある。早急に送り主を探し当てる必要があると判断してのことだ。
「……ふぅん、いい度胸してるわね、こいつ」
寧がメールを見て、その目に暗い色を宿した。
「それ、一通目は多分いたずら目的だと思うけど、二通目のほうはちょっと冗談じゃ済まないと思って。寧なら、メールの送り主を探すこともできるんじゃない?」
「ええ、それくらい簡単よ。すぐに炙り出して、お姉様を脅迫したこと、後悔させてやるわ……!」
あ、やばい。僕から相談しておいてなんだけど、寧の目が本気の色になった。頼りにはなるんだけど、やっぱりちょっと怖いな。どことなく敵に回したくない味方キャラみたいな感じだよ。
ともあれ、寧に任せればこの件は簡単に解決するだろう。さて、送り主は一体誰なんだろうか?
そうして僕たちが話していると、学校の近くまで着いてしまった。
「今日は朝からいいことづくしね。お姉様は寧の膝を使ってくれるし、寧を頼りにしてくれるし、おまけに真倉は来ないし……ふふっ」
寧のご機嫌は大変いいらしい。そういえば、美柑今日は来なかったな。寝坊したかな?
珍しくスキップでもしそうな足取りで、寧は僕とは反対方向に歩いていく。その途中、何かを思い出したかのように振り向いた。
「そうだ。お姉様、朝のHR、楽しみにしてなさい」
「楽しみ? 何かあるの?」
すると、寧は意地悪いような笑みを浮かべて、
「ふふっ、秘密よ」
ウインクをして、そのまま歩き去ってしまった。一体何があるんだろう? なぜか、あんまりいい予感はしないけど。
『学年全体行事 温泉旅行!』
藤原先生から皆に配られたプリントに、その一文がでかでかと書かれていた。僕がその一文を読み返していると、徐々に、やがて一気に教室中がざわつきはじめる。
「わあ!? 温泉旅行!? 皆で行けるの!?」
美柑がプリントを目の前に掲げ歓喜の声を上げる。それに触発されて、一気に教室中が歓喜の声に包まれた。
「うっそ! これ本当!?」
「わざわざ配るってことは、本当でしょ! やった!」
真希波と綾子が信じられないという顔ながらも、その声音と目は嬉しそうだ。
「えー、昨日の職員会議で急遽決まった行事です。学年毎に行く順番があるから――って、聞いてないね、君たち」
藤原先生は頭に手をやり、やれやれといったように諦めの表情を浮かべる。
クラスの皆は目の前のプリントに釘付けだ。かくいう僕も驚いている。温泉旅行だなんて、この学校にはなかったものだ。
(寧が発案したのか?)
僕は朝のご機嫌だった寧の言葉を思い出していた。楽しみにしてなさいって、このことだったのか。
何だ。てっきり楽しみといつつ裏切られるのがオチだろうと思っていたけど、全然違うじゃないか。疑ってごめん、寧。
しかし、こうなってくるとどこの温泉に行くのとかが気になってくる。
僕はプリントに目を通していく。ふむふむ、温泉事態は比較的近場にあるところなんだな。まあ、学年全体でとなると、そこまで遠出するための予算だってきついだろう。充分妥協点だ。期間は一泊二日だけど、次の日は休日のため、実質4連休みたいなものだね。これは嬉しいだろう。……ん?
プリントの下まで目を通していくと、最後の方に『裏も見てね』と書いてあった。その言葉通り、僕は裏返し、愕然とした。
『ただし、この温泉旅行に際して、11月末に行われる学力テストで赤点を3つ以上取った生徒は、旅行期間中に補習の時間を設けるものとする』
……まさかのペナルティつきだった。いや、赤点取ったら行けないとかよりはマシだけど、せっかくの旅行で自習とか絶対いやだな。
僕がその事実に気づき愕然としていると、藤原先生がニヤニヤとした目線を僕に向けていることに気づいた。あの変態教師!? 僕の反応を見て笑ってるよ!?
僕が「あんたの仕業か!?」と視線で訴えかけると、藤原先生は「心外だ」とでも言うように首を横に振った。変態教師の仕業じゃないのか?
僕は最後に疑惑の目のまま藤原先生を睨み返し、辺りを見回した。すると、プリントを裏返しているましろと目が合った。ましろは歓喜している皆を見て、苦笑いを浮かべて見せた。僕もその気持ちはわかるよ。皆がプリントの裏に気づいたらどんな反応するのか、おおよそ予想できてしまうから。
「レンレン~!? 助けて~!?」
HRが終わった瞬間、美柑がものすごい勢いで僕に駆け寄ってきた。あまりに必死な形相に、タックルでもされるんじゃないかと思い反射的に両手を突き出してしまった。
「私も助けて~!? 真希波でもましろでもいいよ~!?」
綾子も美柑と同じく、今にも泣きそうな表情で訴えかけてくる。綾子も成績はあんまりよくなかったっけ。
「とりあえず二人とも落ち着きなさい」
ましろが二人を宥める。真希波はそんな二人を見て苦笑いを浮かべた。
「いやぁ、しかし、これは昨日勉強会の話が出ててちょうど良かったね」
「その勉強会、私も参加したい!?」
綾子が希望はそれしかないというように懇願の意を見せる。
「というか、二人はそんなに今回やばいのかしら?」
ましろが嫌な予感を抱くような面持ちで二人に聞く。その言葉に、美柑も綾子もギクッとした顔をする。あ、これ結構まずいやつだ。
「い、いやぁー、普段から赤点ギリギリだったり、いつも最低二つは赤点取ってる私からするとすごいハードルが高いというか……あ、あはは」
「わ、私も今回のテスト範囲は全体的に苦手で……正直全く自身ないです」
美柑と綾子が絶望的な事実を口にする。
「ま、まあ、最悪赤点取っても温泉に行けないわけじゃないから、ほら! 気もち落とさないで!?」
真希波が慰めの言葉をかけるけど、それもう二人のこと諦めちゃってるよ……。
「い、いやだぁー!? せっかくの温泉旅行なのに、そこでも勉強なんて!?」
綾子が見捨てないでというように、真希波にしがみついてる。その様子だけで、必死さがひしひしと伝わってくる。
「レ、レンレンの教えがあれば、何とかならないかな!?」
今度は僕に向けて、美柑が期待の眼差しを向けてくる。
「……そうね。昨日見せてもらったけど、蓮の教え方上手だから、もしかしたら行けるんじゃない?」
ましろが追い打ちをかけるようなことを言い、それに綾子までもが反応を示してしまった。
「ほ、本当!? 蓮ちゃん、一生のお願い! 私にも勉強を教えて!?」
二人分の期待の重圧がかかり、僕は内心で困惑していた。
ハッキリ言ってしまうと、二人の赤点を回避するのは至難の業だ。なにせ、テストまでの時間が短すぎる。せめてもう半月あればよかったが、残りの時間で考えると本当にギリギリのラインとなってくる。
難しい。できるかもわからない。――けど、やってやる。
二人の旅行に行きたいという思いはすごい伝わってくるし、何より僕自身が行かせてあげたい。
この温泉旅行は、いわばこの学校の教育体制が変わってから初めて行われるイベント事だ。今まで散々辛い思いをしてきた美柑たち含め生徒たちには、できれば全員心を休めて楽しんでもらいたいのが僕の本音だ。
僕一人の力じゃ全員は無理だけど、贔屓目に見えてしまうかもしれないけど、せめてこの二人だけは赤点を回避し、温泉旅行を楽しんでもらいたい。
「わかった。僕が二人を見るよ」
僕がそう言った瞬間、美柑と綾子の顔が晴れやかになった。
「レンレン!?」
「蓮ちゃん!?」
喜びのあまりか、二人一辺に僕に飛びついてきてしまった。二人分の体重に耐えきれるはずもなく、僕は椅子ごと床に倒れてしまう。
僕は嬉しそうな顔を浮かべる二人の顔を見つつ、内心で呆れる気持ちを感じていた。
(寧め、やってくれたな)
僕は昨日の夜に見せた寧の反応を思い出す。寧は昨日、僕が寧の意向に背いたことを、珍しく何をすることもなく見逃してくれた。単純に勉強会だったから許してくれたと思ったけど、本当のところはやっぱり怒っていたようだ。
よく考えてみれば、勉強会といえども、僕が寧以外の女の子と一緒にいることを、寧が何も思わないはずもない。
何もないと思わせて、僕が油断したすきに思わぬ攻撃をしてきたわけか。
僕自身が赤点の心配をすることはないけど、美柑たちのことを無事に温泉旅行に連れていきたければ僕自身でどうにかすれ、といったところだろう。
本当に、よくやってくれるよ、僕の妹は。




