32話 本当に先生みたいね
「本当にごめん!? まさか、お母さんの方が今日友達を呼ぶとは思わなかったよ~!?」
美柑はスマホを握り締め、ガクッとうなだれている。本来なら、今日の放課後は美柑の家で勉強会をする予定だったけど、どうやら母親の事情があって無理そうだ。
僕は美柑からそのことを聞き、どこかホッとしてしまっていた。
「まあ仕方ないわよ。それなら、今日は私の家でやる?」
ましろが美柑を慰めつつ、代わりの提案をしてくる。
「え? いいの!?」
「ええ。両親は先月から海外旅行中だから、今は実質一人暮らしみたいなものなの」
美柑はましろを神でも崇めるかのように見ている。
「やったね! ましろの家に行けるなんて」
真希波が嬉しそうにガッツポーズをしている。ましろの家に何かあるのかな?
ということで、急遽場所を変更して、ましろの家で勉強をやることになった。メンバーは、僕と美柑、ましろと真希波の4人だ。佐藤たちは予定があるとのことで、今回はパスした。
美柑の家ほどではないけど、ましろの家にお邪魔するのも何かドキドキするな。というより、女の子の家に上がるのが初めてでドキドキしてしまう。
(あ、そうだ)
すっかり忘れていたことを思い出した。僕はスマホを取り出し、皆で勉強会をする旨のメールを寧に送った。
……当然、寧からは怒った反対するメールが送られてきたけど、怖いから僕はそれを無視することにした。
ましろの家は、駅を3つ跨いだ町に、他の家を凌駕するほどの圧倒的な存在感を放って存在していた。
「……うそ……!?」
僕はましろの家を見て愕然とした。明らかに他の家よりも何倍も大きいであろう豪邸が、僕の目の前に堂々と鎮座していた。僕の家何個分あるんだ、これ?
「ましろんの家久しぶりに来たよ! お邪魔しま~す!」
美柑は目の前の豪邸をもろともせずに、普通に家の中へと入っていった。
「いやぁ、いつ見てもこの大きさは憧れるね」
真希波も感心した様子で中に入っていく。
「蓮、入らないのかしら?」
固まっている僕に、ましろが声を掛けてくる。
「え? ましろの家ってお金持ちなの……?」
生前教師をやっていた時にも、ましろの家がこんな豪邸であることは知らなかった。こんな豪邸を前にしたら、誰だって初めは固まってしまうと思う。
「ああ、蓮はそう言えばうちに来るの初めてよね。まあ、両親ともに勤めている会社の社長と、その社長令嬢でね。それでこんな家が建っちゃったのよ」
ましろは苦笑いを浮かべて見せる。
す、すごい。そりゃこんな豪邸を持ってるくらいだ。海外旅行も行けるよ。
僕はおそるおそるといった感じに、ましろの家にお邪魔することになった。
中も中で外観に負けないくらいの存在感を放っており、高級そうな壺や絵画なんかが至る所にある。どれか一つでも壊したら、僕に弁償できないと思う。そう考えると、それらが途端に狂気に見えてくるよ。
初めて女の子の家にお邪魔したっていうのに、感じることが色々と複雑すぎるよ。ときめきなんてまるでないし。
ましろに連れ立ってリビングと思われる広間にやってきた。ひ、広すぎる。ここだけで、僕の家分はあるんじゃないか?
「今飲み物を用意するから、座って待ってて」
そう言うと、ましろは僕たちを残して飲み物を取りに行った。何だろう、家主がいなくなった瞬間、そわそわしてしまい落ち着かない。
「蓮ちゃん、何だか落ち着きがないよ?」
真希波が笑って指摘してくるが、初めてこんな家に来て、落ち着けるほうがすごいと思うんだけど。
「ましろんの家おっきいよね! 私も一度はこんなおっきな家に住んでみたいよ!」
大きい家に憧れる美柑の気持ちはわからなくもないけど、さすがにこの大きさとなると僕は逆に落ち着かないかも。
「お待たせ。それじゃあ、さっそく始めましょうか」
ましろが紅茶を人数分持ってきた。ましろも寧と同じく、紅茶が好みなのかな。やっぱり、色々と寧と共通点が多い気がする。
各々教科書やら勉強道具を取り出し、勉強会が始まった。
「う、う~ん……?」
開始早々、隣の美柑が唸り始めた。早いね。美柑が今やっている範囲を覗かせてもらうと、どうやらつまずいているのは数学の公式問題のようだった。
「こんなのどうやって解けばいいの……!?」
もうダメとばかりに頭を抱え始める美柑。だから早いって!
「その問題は公式に当てはめて考えるんだよ。ほら、これが公式」
僕は自分のノートを見せ、解き方を美柑に教えていく。
「これが、こうなって? んん……? わ、わかんないっ……」
チンプンカンプンというように、今にも美柑の頭から煙が上がりそうだ。
「……うーん。まずはこっちの簡単な問題から解いていこう。基本さえ押さえれば、応用もわかってくるから」
その後、僕は美柑に付きっきりで数学の勉強を教えた。何度もつまずきながらも、美柑は必死にわかろうと努力している様子がうかがえる。こういう生徒を見るのは、今も変わらずにやっぱり好きだ。
ある程度の問題を解いていったところで、ふと時計を見た。すでに一時間半も経っていたようだ。
「少し休憩にしない? はい」
いつの間に持ってきていたのか、ましろはお菓子を僕たちの前に差し出した。
「お菓子!? いただきます!」
美柑は遠慮なしにお菓子を手に取り、その口いっぱいに頬張り始めた。
「ごめん。こんなに時間経っているとは思わなかったよ」
「別に構わないわよ。それよりも、蓮ってば教えるのが上手いわね」
ましろが感心した様子を僕に向けてくる。
「そ、そうかな?」
「私もそう思ったよ。聞いててすごい分かりやすかったし」
真希波も僕のことを褒めてくるため、僕は思わず頬をかいてしまった。直接そう言われると、何だか照れてしまう。
「そえはほうだよ、だうてれんれんほぁ……!? ゴホッゴホッ!?」
口にお菓子を大量に詰め込んだまま喋ってしまったためか、美柑は苦しそうにむせてしまった。
「何やってるのよ。ほら、水よ」
ましろが差し出した水を、美柑はすぐに飲み干す。それから一息吐いてから言った。
「にゃはは、ごめんごめん」
「あははっ、無理に喋るからだよ。それで、今何て言おうとしたの?」
真希波の疑問に、美柑はドキッとした表情を浮かべる。
「い、いや、レンレンは中学の時頭が良かったらしくて、家でも寧ちゃんによく勉強を教えてるみたいなんだよ! ね、レンレン!?」
美柑が若干引きつった笑みで僕に同意を促してくる。……美柑、危うく僕の正体ばらすところだったよね?
「う、うん、そうなんだ。だからかな?」
美柑に話を合わせつつ、怪しまれないように誤魔化す。
「なるほどね。けど、本当に学校の先生みたいだったわ」
その一言に、内心でひやひやしてしまう。みたい、じゃなくて本当に元教師だもんな、僕。
とりあえず、不意にボロが出てしまわないように、美柑には後で再度注意しておこう。
時刻が19時を回ったところで、勉強会はお開きになった。
「皆、今日はありがとうね! すっごい楽しい時間だったよ!」
楽しそうに言う美柑に対し、僕は少しげんなりしてしまった。結局、まともに勉強したのは最初の1時間半くらいで、その後は普通にお菓子を食べながら談笑する会になってしまった。
前々から思ってたけど、勉強会って結局ただの遊ぶための口実じゃないかな? いや、中にはまともに勉強会してる人もいるかもだけど。
まあ、ましろと真希波については別に学力の心配はしていない。二人とも、普通に頭がいいほうだ。
けど、美柑のほうは少し心配だ。……心配だけど、そこまで不安じゃない。だって、覚えようと努力してくれるんだ。そして実際に今日、一つといえども美柑は確かに教えたことを理解して、覚えたんだ。なら、後はそれを続けていけばいい。
美柑みたいな生徒は、教えがいがあっていいな。
僕は嬉しくもどこか懐かしい気持ちを抱きながら、自宅まで帰るのだった。




