29話 せいぜいお兄様に元気をわけてあげなさい
「はぁ……」
椅子に腰かけたまま、寧は頭痛でもするかのように顔をしかめている。テーブルに置かれた紅茶はすっかり冷めてしまったのか、湯気はもうたっていない。
僕が展望台での出来事を寧に話している間、寧は一口も紅茶に口を付けなかった。それどころか、段々と機嫌が悪くなっていき、僕は内心でひやひやとしていた。
「ね、寧?」
話し終えてから、ため息を一つはいてから何も言わない寧に不安を覚え、僕は思わずそう呟いてしまった。正直、黙っていられるのも怖いよ。
「……まさか真倉がそこまで気づいているとは思わなかったわ。バカだと思っていたから油断していたわ」
バカってひどいな。たしかに美柑は頭はよくないけども。
でも、寧の気持ちはわかる。僕もまさか、美柑が僕が生きていることを察しているとは思わなかった。
「で? お兄様は彼女の告白を受けて、何て答えたのかしら? まさか、受け入れたわけじゃないでしょうね」
寧の声音が背筋がゾッとするほど一気に固くなり、その懐から鞭のような見えた瞬間、僕は慌てて言った。
「う、受けてないよ!? 受けてない……けど」
「けど……何かしら?」
「その、何て返事したらいいかわからなくて、保留……みたいな感じになっちゃったかも」
最後は自信なさげにそう言ってしまった。
正直、あの時は混乱のあまり、どう返事すればいいのかわからず、イエスともノーとも言えなかった。というより、何て答えたのかすら曖昧だ(大事な場面でチキンになりごめんなさい)。
「そこはハッキリと断るべきところじゃないかしら」
寧がますます不機嫌さを醸し出し、僕を冷ややかな目で見てくる。そんな寧に、僕は慌てて弁明をする。
「ま、待って!? しょ、しょうがないじゃん!? あんな状況だったら、誰でも混乱するよ!?」
「どんな事情があるにしろ、お兄様は寧以外の女の子と付き合うなんてことはあってはならないのよ!」
くっ、弁明の余地もなしだなんて!?
寧はやっと紅茶に口を付け、冷めているのを思い出したのか顔をしかめた。
「こうなったらしょうがないわね。彼女のほうをお兄様から引き離さないといけないわね」
寧が何やら不穏なことを呟き始めたんだけど!?
「ちょっ、美柑に何するつもり!? やめて、美柑は何も悪くないから!?」
美柑の身に危険を感じ、僕は必死に寧を止めようとする。まずいって! やっぱり、寧には話すべきではなかったかも!?
「冗談よ……今はね。もし今後、彼女がお兄様を惑わすようなことをしてきた場合は、その場限りではないけれど」
寧のその言葉に、僕は美柑の顔を思い浮かべて不安を覚えた。記憶が朧気だけど、美柑は確か最後に、積極的に僕にアピールしていくみたいなことを言っていた気がする。そんなことしたら、確実に寧の琴線に触れてしまう。
美柑に監視カメラのこと、伝えておこう。美柑の保全のためにも。
でも、少しだけ意外だな。今までの僕の経験上、寧のことだから、今すぐにでも美柑に何かしらのことをしでかすと思っていたのに。
何はともあれ、とりあえず今すぐに美柑に危険が迫るようなこともないため、その点は安心だ。
寧の説教からやっとの思いで逃れ、僕は自室のベッドに横になった。
今日は色々と衝撃的なことがありすぎた。今日一日に限ったことじゃないけど。
僕は旧スマホを取り出し、メールフォルダにあるラブレターを開いた。
美柑が僕のことを好き、か。正直、今でも夢のように思えてならない。
てっきり、僕が美柑の告白を断り秘密を打ち明け、それで関係は終わりだと思っていた。それがまさかこんなことになるなんて。
美柑とこれからも話すことができるのは嬉しいけど、美柑は確実に僕にアプローチを仕掛けてくるだろう。そのことを考えると、心臓が持つか不安になる。
「うわぁっ!?」
思いに耽っていると、不意にスマホが震えてビクッとしてしまった。といっても、震えたのはポケットに入っている新しいスマホのほうだ。
スマホを取り出し、差出人を見る……美柑からだった。
心臓が思わず高鳴ってしまうのを自覚しつつ、メールを開いた。
『私はレンレン(先生)のことが好きだよ! レンレンの私のことを好きになってもらえるように頑張るから、覚悟しててね!』
メールにはその一文だけが書かれていた。直接言われたわけでもないのに、その不意打ちのようなメールにドギマギしてしまう。
美柑のことは友人としては好きだけど、それ以上となるとまだわからない。けど、告白され、嬉しいという気持ちは確かにある。
(ああああ!? 僕はこれからどうすればいいんだ!?)
僕はこれからのことに、不安のような期待のような何かを感じ、心の中で嘆いてしまうのだった。
10月16日。もう日付が変わる深夜の時間に、九重寧は、自身が今まさに蘇生させたばかりの真倉美柑とともにいた。
「ねえ、寧ちゃん。ここの花壇に、もう一度ポーチュラカの花を植えることはできないかな?」
美柑は自身が飛び降りて壊した花壇を見ながら、寂しげな表情を浮かべて言った。寧は花壇を見る。そこには、つい数時間前までには咲いていたポーチュラカの花が、無残に赤く染められて散らばっていた。
「……ポーチュラカの花の開花時期は過ぎたし、植え始めるのだって来年にならないと難しいわよ。つまり、無理ね」
「にゃははっ、なかなか厳しいね、寧ちゃん」
厳しいもなにも、事実を言ったまでだと、寧は心の中で嘆息する。
「どうして、ポーチュラカの花をもう一度咲かせたいの?」
違う花でもいいのではないかと、寧は思ったが、美柑は困ったように首を傾げた。
「実はね、九重先生って、ここに咲いてあったポーチュラカの花をよく見に来てたんだ。私が壊しておいてなんだけど、先生が好きだった花は咲かせておきたいなあって思って」
何を言ってるんだろうねと言うように、美柑は苦笑いをしてみせる。まあ、壊したのは他でもない美柑自身だから、それをもう一度復活させたいなんて、お門違いのようなものだ。
寧は嘆息しつつ、ふと夜空を見上げる。
「寧ちゃん? ……やっぱり無理かなぁ」
美柑の苦笑交じりの声に、寧は美柑に視線を戻した。
「……何でもないわ。とにかく、ポーチュラカの花は来年まで待ちなさい。……それに、わざわざ今すぐに咲かせなくても大丈夫じゃない」
そう、わざわざ急いで咲かせる必要なんてない。美柑は寧の言葉の意味がわかっていないのか、頭に『?』を浮かべているような様子だ。
「……あなた、ポーチュラカの花言葉は知っているかしら?」
「花言葉? えっ、お花に言葉なんてあるの!? 何々!?」
美柑は寧に詰め寄る。花言葉の存在自体知らないなんて、と寧は頭を抱えた。
「後で自分で調べておきなさい」
「ええ!? 今教えてよ、寧ちゃん!?」
つい数分前に顔を合わせたばかりとは思えないほどに、美柑は馴れ馴れしく寧に接してくるため、寧は柄にもなく照れてしまっていた。
(わざわざ咲かせなくたって、あなた自身がポーチュラカの花のようだもの)
寧は口には出さず、目の前の明るく元気な美柑を見てため息をつく。美柑がいれば、今後学校に通わせる蓮だって元気をもらえるだろうと、寧は内心で微笑むのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第2章はここで終わりです。次回から、第3章に入ります。
第3章は明日の夜、投稿予定です。




