19話 正直、個性的って言えるほどの絵でもないけど
「どうかな、レンレン!?」
美柑がキャンパスに描いた絵を僕に見せてくる。
「えっと、これは魔女?」
「惜しい! これは魔法少女だよ!」
僕は改めて目の前のキャンパスを見る。そこには、率直に言ってしまえばおぞましい絵が描かれていた。美柑が言う魔法少女は、顔のパーツもバラバラだし、体に至っては腕の関節がおかしな方を向いていたりする。その魔法少女の周りには、魔法と思われる炎や氷らしきものが描かれている。
僕は今、美術部の部室で美柑の描いた作品を見せてもらっている。周りには、他の美術部員もいる。
美柑から放課後、美術部の様子を見に来てほしいと言われ来たけど、美柑って絵描くの苦手なんだね。
「なかなか、個性的な絵ですね」
美柑を傷つけないよう、苦し紛れの感想を伝える。正直、お世辞にも上手とは言えなかった。
「うう……わかってるよ。私の絵が変だってのは」
美柑は唸るように頭を悩ませている。
「美柑は絵描くの好きなんですか?」
「うん! 最初はどうかなと思ったんだけど、描いてる内に楽しくなってきて!」
美柑は嘘偽りないような笑みを浮かべる。
その後も、美柑は新しくキャンパスに絵を描き始める。
「ふふっ。真倉ちゃんの絵、驚いた?」
部長である2年生の保科美玖先輩が、茶色の髪を揺らして話しかけてきた。物腰柔らかな雰囲気とおっとりとした性格に、先輩でありながらどこかほっこりとしてしまう。
けど、その胸に宿す僕に近い大きな膨らみが、凶悪さを滲みだしている(僕が勝手に感じてるだけだけど)。
「正直ちょっと。でも、とても楽しそうですね」
苦笑いしつつ、素直な感想を述べる。描く絵はまだあれだけど、楽しく絵を描く美柑はとても輝いて見える。
「そうなの。真倉ちゃんがうちの部に入ってから、部室の雰囲気がとても明るくなったわ。何より、あそこまで絵を楽しく描いてくれるのが見てて嬉しくなるわ」
保科先輩は美柑を見つつ、ニコっと笑みを浮かべている。確かに、美柑はいつも元気で明るく、部室の雰囲気が明るくなるのも頷ける。
「あの、美柑って入部してきた時からあんなに明るかったんですか?」
僕が声を潜めてそう聞くと、保科先輩は何かを察したのかわずかに困惑の表情を滲ませた。
「実はね、彼女初めはあんなに明るい子じゃなかったみたいなの。部員の中に彼女を知っている人がいたんだけど、何でも以前は今とは真逆の暗い子だったらしいわ」
保科先輩も声を潜め、その事実を僕に告げた。
やっぱりそうだったんだ。僕が教師をやっていた時に感じたのと同じイメージだ。
「おまけに彼女、うちに来る前はテニス部に入っていたらしいの。……正直、初めは彼女を知っている部員の子たちは戸惑っていたわ。けどそれもすぐに慣れて、今の明るい彼女のこと、皆好きよ」
「だから安心して?」というように保科先輩が顔を向けてくる。
一体何が美柑を変えたのか疑問を覚えるが、以前よりも明るくなったのなら、それはきっといいことだ。
僕が保科先輩に頷き返した瞬間、部室のドアが開かれた。
「はーい、皆さんそろそろ下校時間ですよ」
そう言って現れたのは、僕にとって全ての元凶である憎き藤原先生だった。
「えっ? 何であんっ……藤原先生が美術部に!?」
「あ、そういえばレンレンは知らないか。藤原先生はね、私たちの担任兼美術部の顧問でもあるんだよ!」
な……なんだって!? この変態が顧問!?
「いや、藤原先生は保健の先生でもあるはずじゃ!?」
「それも合わせてだよ。僕はこれでも結構色々と受け持ってるんだ」
藤原先生は頭に手をのせ、やれやれといったようにする。
何で一人でそんなに受け持ってるんだよ。え? もしかしてうちの学校、そんなに人いないの? よく考えれば、寧でもあんな短期間にたくさん人を集めることは無理かもしれない。
だけどよりにもよってこいつが美術部の顧問だなんて。男にしか興味ない変態だから、美柑に危害が及ぶことはないだろうけど、何かいやだな。
部員たちは皆一様に後片付けを始めた。美柑は片付けをせずに、僕に近寄ってきた。
「レンレン、この後って用事ある? できれば、ちょっとコンビニに寄ってから一緒に帰りたいんだけど」
美柑が僕の顔を窺うように、上目遣いで見上げてくる。その上目遣い、やっぱり卑怯だって。ほら、また心臓がバクバクしだした。
「ちょ、ちょっと待ってください」
美柑から顔を逸らすようにして、僕はスマホを取り出し、寧から許可を得るためにメールを送った。返信はすぐにあり、「わかったわ」と一言だけ書かれていた。
さすがに友達と帰るだけなら許してくれるっぽい。
「大丈夫です。一緒に帰りましょ……帰ろう」
最後だけ喋り方を砕けたものにしたけど、意識しないとなかなか直らないな、これ。せめて、美柑やましろたちには砕けた喋り方ができればいいんだけど。
「レンレン! ありがとう! すぐに後片付けするね?」
そう言うと、美柑はキャンパスのもとに向かった。
友達と一緒に帰る、か。昨日も感じたことだけど、何でもないのにすごく特別なことに感じるのは何でなんだろうね。