17話 ここは天国ですか? ……いいえ、地獄です
放課後になって、僕たちはさっそく温水プールに向かった。
やはり平日の夕方近くということもあって、人はぽつぽついるといった感じだ。
皆が中に入っていく中、僕はスマホの画面をチラッと見た。
(……寧から返信こないな)
皆と温水プールに行くことをメールで寧に送ったけど、まだ返信が返ってこなかった。いつもなら、僕がメールを送ると、内容関係なしに3分以内には返信が来るのに(早すぎるよ……)。
いつもと違うことに疑問を覚えるも、確かにメールは送ったのだから問題ないだろう。寧への連絡なしに無断で来たわけではないという理由づけにもなる。
それにどっちにしろ、僕のことはどこにあるのかもわからない監視カメラによって寧には筒抜けなんだ。
後ほどどうなるかは想像できるけど、それはその時に考えよう。
プールにきて、さっそく問題が発生した。いや、むしろ何で気がつかなかったんだろうとさえ思えるほど、自分の愚かさが憎い。
プールに来たんだから当然水着になる。それはいい。……けど、そこまでわかっているなら、当然その先も容易に想像できたはずだ。水着になるためには、服を脱ぎ着替える必要があることに。
今更衣室では皆が水着に着替えるために服を脱いでいる。…………僕にとっての地獄絵図が周囲に広がっていた。
目に入るのは、色とりどりの下着と瑞々しい肌。一見すると、男のロマンともいえる光景かもしれないけど、中身だけが男である僕がこの場にいるのは、心臓に非常に悪い!
自分の体すら見るのにまだ慣れていないのに、他の女の子の下着姿なんてとてもじゃないけど耐えられないよ!
しかも、皆はまだ下着姿だ。水着に着るためには、その下着までも脱がされることになる。その工程だけは絶対に見てはいけない!
目を閉じてやり過ごしたいけど、僕も着替えないと行けないためそれは叶わない。
なるべく下だけを見るんだ。決して目線を上げては――、
「わー! 綾子胸大きくなったんじゃない!?」
「そうなの! ブラジャーがきついなと思ったら、本当に大きくなってたの!」
…………胸が、大きくなった?
四季とクラスメイトの佐藤綾子の会話を聞き、つい反応してしまった。
本当に、これは本当に無意識なんだけど、つい目線を上げ、胸が大きくなった佐藤を見てしまった。
…………僕ほどじゃないけど、確かに大きい。
「にゃははっ! その程度ではまだまだ甘いぞ! うちのレンレンのおっぱいを見てみろ!!」
美柑が素早く僕の背後に回り込み、後ろからブラジャーごと僕のおっぱいを持ち上げてみせた。
「うひゃぁっ!?」
あまりの出来事に素っ頓狂な声が漏れてしまった。ちょっ、何やってるの美柑!?
「くっ!? 確かに蓮ちゃんの胸は大きいけど、うちの綾子だって負けてない……!?」
「……だめよ、真希波。悔しいけど、あの胸には勝てないわ……!」
四季が張り合おうとするが、佐藤は認め悔しげな声を漏らす。そんなことしてないで助けて!?
「フハハ! そうだろそうだろ! ……それにしても、レンレンの本当に大きいなぁ。しかも、ただ大きいだけじゃなく触り心地までいいなんて……」
美柑は持ち上げるだけに飽きとどまらず、そのまま手を動かしてくる。
「…………っ!? ストップです!? それ以上は、本当にダメぇぇーー!?」
火事場のバカ力のようなものが出て、無理矢理美柑の両の手から逃れた。
「こら! 蓮は胸にトラウマがあるって昨日言ってたでしょ」
「あうちっ! ……そ、そうだった。ごめん、レンレン」
ましろの言葉に美柑はハッとし、やっちゃったというように顔を伏せている。
「い、いえ……はぁっ、はぁっ……大丈夫、です」
ハッキリ言えば大丈夫とは程遠いけど、美柑の申し訳なさそうな顔を見るのが辛かったため、ここは僕が強がりを見せる。
「レンレン……」
「本当に大丈夫で、だから。さあ、時間が勿体ないから早く着替えよう?」
「う、うん!」
よかった。どうにか美柑に罪悪感を植え付けずに済んだ。他の皆もホッとしているようで、一様に着替えを再開している。僕も着替えよう。
――――ちなみに、仮病なり使ってトイレに行き、少し時間をずらしてから更衣室で着替えれば地獄絵図を見ずに済んだんじゃないかということに、着替え終えてから気づき後悔した。
トラブルがありつつも、全員着替え終えて、いよいよプールの中へとやってきた。
「わぁ! すごい!」
美柑が感嘆の声を上げる。
目の前には、一面綺麗で透き通るほどの水で覆われたプールに、ウォータースライダーなどの様々なアトラクションが多数ある。しかも、僕たちがいるここはまだメインのセントラルエリアで、他にも5つ以上のエリアがある。
テレビやネットなどで大々的に取り上げられていただけのことはある。お客さんも、外ではぽつぽつといった感じだったけど、中に入ればそれなりに人の数があった。これが休日ともなると、さぞ人がごった返すことになるだろう。
「真希波の言う通り、平日に来てよかったわね」
僕と同じことを考えていたのだろう、ましろが四季を褒めるように言う。
「でしょ? さあ、明日のことは一時的に忘れて、今は思いっきり楽しもう!」
そう言うと、四季を先頭に次々と皆がプールに飛び込んでいく。
「そうね。せっかくだもの、楽しみましょうか」
ましろも後を追うようにプールの中へと近づいていく。
その際、僕はついましろの後ろ姿をまじまじと見てしまった。彼女のプロポーションは正直、多くの女の子が羨むようなものだと思う。腰回りはキュッと引き締められており、足はすらっと伸びている。胸も(比べるのは悪いが)美柑よりある。出るとこは出てて、へっこむとこはへっこんでいるといった感じだ。
その完璧のような姿が、上下黒の水着によって際立っている。
生前の僕に見せてきた得体の知れないものがない今のましろは、言ってしまえば『美しい大人の女性』と言える。
「むー。レンレンもましろんもズルい」
まじまじと見ていた僕に突如後ろからそう声を掛けられ、思わずビクッとしてしまった。
「み、美柑!? ズルいって、一体何がですか?」
「その体だよ! ましろんはボンキュッボンだし、レンレンはおっぱいが大きいし……羨ましいよ! 私にも分けて~!?」
美柑が駄々をこねるようにポカポカと僕を殴ってくる。いや、殴ってるのは、白の水着に包まれた僕のおっぱいだ。
「そ、そんなこと言われても……!? でも、美柑だって十分可愛いじゃないですか!?」
「ふぇっ!?」
すると、美柑は殴るのを止め、顔をわずかに赤らめた。
「わ、私、可愛いかな?」
胸に手を当て、上目遣いになりながら美柑は僕を見てくる。その仕草に、僕は思わず息を飲み、心臓がバクバクしだした。
「か、可愛いですよ」
だから、その仕草はやめてください。本当に心臓に悪いから。
美柑はましろのようにボンキュッボンというわけではないけど、ぽっちゃりしているわけではない程よい肉付きの良さ、それに慎ましくありながらも、確かにボリュームのある胸は男心をくすぐるものだ。
そんな美柑も今は水着姿で、髪は下ろし、可愛らしいフリルの付いた上下水色の水着を着ている。これで可愛くないわけがない。
「もう! レンレンは褒めるのが上手だね!」
照れ隠しなのか、再度美柑が僕をポカポカ殴ってくる。褒めるのが上手って、可愛いの一言しか言ってないよ、僕!? ナンパのほうがもっとましに褒めてくれるだろう。
「あんまり動かないでくださいっ……足の怪我が悪化しますよ!?」
僕が美柑の右足首を見ながら言うと、美柑は思い出したようにハッとして僕から離れた。
美柑の右足首には、昼休みに怪我をしたと言っていたように、包帯が巻かれていた。
「そうだった。もうあんまり痛くないから、つい忘れそうになっちゃうよ」
「治りかけが一番油断しちゃダメなんですからね」
しかし、こうなるとやっぱり美柑はプールに入れないんじゃないだろうか。無茶をさせるわけにもいかないし。
「レンレンも入ってきなよ! 私なら大丈夫だから!」
美柑が気にしないでというように僕を押してくる。
あんまり気にしすぎると、逆に美柑に気を遣わせてしまうな。そう思い、僕はプールに入ることにした。
温水プールということで、水は冷たくなく程よい温度だった。これは気持ちいいな。癖になりそう。
美柑はふちに腰かけ、左足だけを水面に付けていた。今度、美柑の怪我が治ったら改めて皆でここに来よう。そうなんとなしに思っていた僕に、突如水が降りかぶった。
「わぷっ」
「油断大敵だよ、蓮ちゃん!」
どうやら水を掛けてきたのは四季らしい。いつの間にか皆が近づいてきていた。
「やってくれましたね!?」
僕は反撃とばかりに両手で水をすくい上げ、四季目掛けて水を掛けた。
「ぷわぁっ!? ……やるね、蓮ちゃん! でも、相手は私だけじゃないよ」
「え? ……ってうわぁっ!?」
僕目掛け、3方向から一斉に水を掛けられた。一対三だなんて卑怯だよ!?
「ましろ、手伝ってください!」
このままでは勝てない。せめて、ましろも僕の味方に引き入れないと。
「ごめんね。私は観戦に回らせてもらうわ」
唯一の希望に見捨てられた!?
「観念しな、蓮ちゃん」
四季たちがじりじりと詰め寄ってくる。こうなったらもう自棄だ。とことんやってやる!
僕は半ば子供に戻った気分で、無邪気に水遊びを楽しもうと思った。けど、
「――わぷっ!?」
突如体に電気が走ったかと思えば、体の自由が効かなくなってきた。そのまま、僕の体は錘でもついたかのように水の中に沈み始めた。
「蓮ちゃん!?」
四季の焦った声を耳にし、僕の体が完全に水に沈んだ。
(何、これ……!?)
焦る僕の頭に、突如ある言葉が蘇った。
『極端に熱いものや冷たいもの、また辛いと感じるような刺激物には気をつけて。体に変調をきたす恐れがあるから』
それは、ゾンビとして蘇った初めの頃に言われた言葉だ。これはてっきり食べ物に関しての注意事かと思っていたけど、もしかして食べ物だけとは限らないのでは?
けど、ここの温水プールは極力に熱いわけでも、冷たいわけでもない。……単に、長く浸かりすぎたせい? いくら温水とはいっても、長く浸かってたらその分どんどん体は暖まっていく。
(ま、また僕死にそうになってるよ……!?)
いつかのデジャヴを感じつつ、僕はそのまま溺れてしまった。