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【1】秀才になりたかった天才の話

天才とは、猿の惑星に産まれた人間の総称である。


「なんやキミ、つまらん顔しとるな。」


身長170cmと中1にしてはかなり大柄な男子生徒・望月は、関西一の難関校・彩都中学校の入学式が終わり校庭を当てもなくふらふらと歩いていた時、自分の胸ほどの高さから1人の生徒に声をかけられた。男子指定の学ランを着ているが、パッと見女子に見間違う程度には整った外見の生徒だ。


「……なんやお前、失礼な奴やな。」


鈴が鳴ったような軽く澄んだ声音で可愛らしく笑うその生徒の言葉に望月は隠す気もなく顔をしかめ、ため息をついた。京都よりの響きを感じるその生徒の言うことが図星だからだ。望月はごく普通の家庭に産まれたが、生まれつきギフテッドと呼ばれるほどに飛び抜けたIQを持っていた。つまり、冗談抜きで他人と会話を成立させるのに苦労する程度には天才である。そんな彼は同年代はおろかごく普通の両親や3つ年上の兄弟との意思疎通にも苦労し、自分よりも遥かに長く生きている者たちが自身の思考についてこられないことに絶望し、中1の時点で早くも、「俺を理解できる奴はこの世にいない」というある種の悟りを開いていたのだ。地元から少し離れた彩都中学校に入学したのは、ここであれば少しは意思疎通が図れる人がいるのではないか、と期待したからである。


「オマエやない。ボクは水咲。”咲ちゃん”呼ばれとるけど男や。入試トップのモチヅキ君やろ?答辞めんどいー言うて2番の子に譲ったって噂やで。」


むぅと頬を膨らませる水咲に、望月は益々顔を顰めた。なんだこの男女……と望月が苛立っていると、水咲は少し首を傾げて唇を尖らせた。


「……今もさっきも、失礼なこと思ったやろ。お互い様や。」


その声音は真剣だ。素直な反応がおかしくて、望月の表情が少し緩む。それに水咲は目を輝かせ、さっと手を差し出した。


「世の中そんなに狭ないで?ボクが教えたる。な?一緒にバスケしよ?」


友好的に手を差し出したまま水咲はにっこりと笑い、対する望月は固まった。気づけば周りは少しざわついており、所々から「なんや?」等の疑問の声が聞こえた。


「いや、俺スポーツあんま好きちゃうし……。」

「なら、好きにさしたる!背ぇ高いし向いとると思う。な、モチヅキ君面白そうやし、絶対楽しくなるから、な?な?」


水咲は機嫌よくそう言って、くいくいと体格に似合わぬ力で望月の手首をひいて望月を体育館まで引っ張っていった。


「この世の全てがつまらん、みたいな顔、ボクと居ったら絶対させへん。約束や。」


体育館の前でくるりと振り返った水咲は、そう言ってふわりと笑い、体育館の扉を勢いよく開けた。


「先輩!Cやれそうな奴捕まえてきました!」

「よっしゃでかした……って、えぇ!?おま……おまえ言うやつは……!!」


凛と透き通る水咲の声は体育館内によく響いた。体育館には総勢30名ほどのバスケ部部員が、他の部活とスペースを分け合いつつ各々練習していた。水咲の声に反応して振り返ったのは、日焼けした肌が特徴的ながっしりした3年生・垣内だ。


「……いや、まぁ、背ぇ高いやつなら誰でもええ言うたんは俺やしな。うん……。」


でもまさかこんなスポーツしたことなさそうな奴連れてくるとは思わんやろ、という小言を飲み込み、垣内は水咲の頭をぽんぽんと叩か、望月に向き直った。


「初めまして。部長でC……ゴール下のでかくてゴツい奴がやるとこな、をしとる。垣内や。入学早々災難やけど、うちの若きエース様に気に入られたんならしゃあないな。気張り。」

「はぁ……。」


3年間帰宅部をする予定が丸潰れだ、と望月は大きくため息をつく。もしかしたら、水咲という生徒は二年生かもしれないと思いながら。


「きっとしてへんと思うから言うと、こいつは水咲。1年のSG……まぁ、遠くから点取るとこや、で2月の合格発表当日に『絶対入るんで練習入れたってください!』って殴り込みに来た猿や。」

「はぁ……。」

「……なぁ、お水。こいつ大丈夫か?」

「平気ですって。がっきー先輩おらんようになる前に守備固めとかんと。それに、」


垣内の酷評に水咲はわざとらしく「うわぁん」と泣き真似をして、すっかり馴染んで懐いている様子の先輩方の笑いを誘っていた。それをぼんやりと聞いて、望月はただ水咲を見ていた。それに気づいた水咲は、柔らかく芯のある笑みを浮かべて言った。


「もっちーがしたいように動いたる。平気や。ボク、上手いもん。」


「俺を理解できる奴はこの世にいない」。水咲もきっと周囲と同じだ。それでも望月は、謙虚さと自信が綯い交ぜになった水咲の表情を信じてみたいと思った。


これは、天才になりたかった秀才と、秀才になりたかった天才の話。

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