更なる悪夢
手は血で真っ赤に染まっていた。そうだ、さっき目の前の男の魂を抉って喰ったのだ。喰い殺す前に散々いたぶった。
恐怖に慄く歪んだ顔が無性に腹立たしくて首を片手で掴んで持ち上げ、しばし喘がせてからもう片方の手で男の脇腹を破って腸を引きずり出した。叫び声も上げられず痛みに体を震わせ、白目を向いている無様な姿に嫌気がさして鳩尾に手を突っ込んで魂を取り出した。喰う価値も無さそうだったがなんとなく『折角殺したのだから喰っておこう。』その程度の軽い気持ちだった。横でへたり込んでガタガタ震えている女に見せつけて怖がらせるのも面白かった。弱者を踏みにじる優越感。
昨日まではただ手当たり次第に大勢喰い殺した。だが、何故か膨らむ満たされない苛立ち。日に日に増してくる焦燥感。そしてその気持ちを八つ当たりで紛らわせる為の今日の虐殺。相手は誰でも良かった。女の両足を掴み、股を広げながら持ち上げる。女は両手で床をひっかき、身を捩って逃げようとしている。動物のような奇声を上げて泣き叫んでいるが何故か殆ど耳に入ってこない。柔らかな肉塊に体の一部を突き刺す快感。まだ自分の中に僅かながら残る人間らしさを確認する。嗚咽を漏らしながらぐったりしている女の鳩尾を抉り、魂を飲み込む。やや気持ちが楽になっていた。ここ数日で一体何人喰い殺しただろう。人一人喰う毎に力が増えている実感があった。いつの間にか出来ていた額の瘤はいつの間にか長く伸びて角となった。最早外観は人ではなくなっている。なのに心のどこかで人であることにしがみ付こうとしている自分がいる。だからだろうか、人間の男としての行為に安心感を得るのは。だが、その一時凌ぎの安寧は遅効性の毒だったと暫くしてから思い知る。
体の中で渦巻く胸苦しさ。いつも喰った魂を自らの魂に取り込む過程で現れる症状だ。だが今回はそれに加えて喰った人間共の意識が、記憶が、まるで我がことの様に脳裏に蘇る。生きながら内臓を抉られる激痛、蹂躙される口惜しさ、無力な自分自身への苛立ち、尊厳を踏みにじられる屈辱、それら全ての苦痛が体を、心を蝕む。余りの痛みに息をすることさえ儘ならない。気が狂いそうなやり場のない怒り。もっと力が欲しい。誰にも蹂躙されることのない強さが欲しい。喘ぎながらのた打ち回り、長い爪で自らの喉を、胸を掻き毟る。肉体を気付付けることで内から溢れる苦痛を和らげようとしているのか?
「うわぁぁぁ!」
苦痛のあまり叫び声を上げた。その自分自身の声で暁は目を覚ました。全身にびっしょりと脂汗をかいている。手は胸元の衣を必死に掴んで握り締めていた。余りにも力を入れていたのだろう。手が硬直していてすぐに解けなかった。震える手を襟元から引き離す。荒い息、胸を突き破らんばかりの荒い鼓動。
なぜこんなとんでもなく恐ろしい夢を見るのか?山賊に襲われた恐怖からか?犯されかけたのは暁なのに、よりにもよって女を犯す夢を見るなんて。
ただ、今は全てが夢だったことに安堵する。あれが目の前の現実でないことを天に感謝した。




