山賊
「私達、一体どこへ向かってるの?」
「さぁ?別に当などないが。取り合えず今は京の方向に向かっている。」
「どういう事?私が那由他から盗んだものを取り返す方法を探してるんじゃなかったの?五石神社を出た時、『次を当たる』って言ってたのはどこか心当たりがあるのかと思ってた。」
「無い訳じゃないが。そっちこそ一壺天の探し物を見付けるのを手伝うと言っていたんじゃなかったのか?探し物を探しているから取り合えず京に向かっているんだ。」
「私、やっぱり高峯に帰る。戦が起こるなら、弟を助けて何かできる事をしたい。私の父は高峯の領主だったの。謀反を起こされて領主の地位は失ったけど、それでも私は故郷を捨てられない。戦が起こるっていう時に、自分だけ安全な遠くに逃げてなんかいられない。かつての領主の娘として、高峯の行く末を見届けたい。那由他との約束を破るつもりはないわ。ただ、今はそれどころじゃない気がするの。」
「お前のような小娘一人が高峯に戻ったところで何ができる?かつての領主の娘に何の権限がある?逆に言えばお前が高峯の為に果たさねばならない責任などもないはずだろう?」
「それでも私は帰ると言ったら帰るの!」
暁は那由他に背を向けると一人でさっさと歩き始めた。どちらに行けば高峯なのかなど分かってはいなかったが、次に着いた町で尋ねるつもりだった。兎に角、このまま那由他に黙って付いて行く事に疑問を抱き始めていたのだ。自分の行き先は自分の意思で決めなければならないと、そんな思いに捕らわれていた。
「本っ当についてるよなぁ、俺達。」
「全くだ。使い走りなんて面倒な事やってられねぇと思ってたが、満更でもねぇなぁ。」
「素直な正直者には福が来るってことだ。」
「こんな鴨が葱背負って歩いてるとはな。」
「人生捨てたもんじゃねぇな。」
「お頭の所に連れて行く前に俺達で料理しちまわねぇか?」
「おいおい、お頭に知れたら痛い目に合うぞ。」
「だがよぉ、こんな上玉なかなかありつけないぜ。」
「そうは言っても殺っちまうのは惜しいし、生かしておくと喋るだろう?」
「いっそのことさっさと売り飛ばして三人で山分けにするか?」
「その前に俺達で楽しんでからな。」
「誰が一番だよ?」
「くじ引きで順番決めるか?」
「おいおい、俺が最初に見つけてきただろう。俺が一番じゃないのか?」
「皆で一緒につかまえたんだろうが。一番も何もあるか。」
「何言ってんだ。お前は最後だぞ。こいつを見つけた時、一人で遅れて後ろから来たんだから。」
「そうそう。今回は間抜けな娘一人だったから良かったものの、相手によっちゃぁ、一人が勝手な事してる間に隙ができるんだぞ。気を付けろよな。」
その間抜けな娘、暁は口に猿轡をはめられ、両手は後ろ手に縛られた上、目隠しまでされて、三人の言いたい放題な会話を忌々しい思いで聞いていた。
変な意地を張って那由他と別れ、一人とぼとぼと山道を歩いているところを三人の山賊らしき男達にあっさり捕まってしまったのだ。自らの無力さも悔しいが、暁がこんな目にあっているのに助けにすら来ない那由他の薄情さにも腹が立った。那由他を振り切ろうとしたのは暁自身だったというのに、その暁を追って来ない那由他に腹を立てるのは筋違いだと、頭では分かっていても心が納得できなかった。
『お前がついて来ないなら、俺がお前に付いて行くぞ。』出会ってすぐの那由他の言葉を思い出す。暁は心の中で那由他が暁を追ってくると期待していたのだ。
そもそも一人で歩いている間中、これまでの那由他と過ごした日々が、那由他が暁に語った言葉の数々が頭を占めて他の事に注意が向かなくなっていた。そんな時に、突然声を掛けられてこの始末なのだ。
「よお、姉ちゃん。こんな山ん中を若い娘が一人でいると危ねぇぜ。」
一瞬、人間に化けた那由他が暁をからかいに戻って来たのだと思い、心が浮き上がりかけたものの、他の声が加わる事で自らの思い違いに気付く。沈んでいた心は落胆に、更なる深みへと落ち込んでしまった。
「そうそう、ここら辺には性質の悪い山賊がよく出るからな。」
「俺達が護衛してやるよ。」
「結構です。」
汚らしい男達が近寄ってくるのに拒否反応を示し、咄嗟に口が動いた。
「おやおや人の親切をそう無駄にするもんじゃないのになぁ。」
「この姉ちゃんは護衛なんか必要ないそうだぜ。」
「じゃぁ一人で山賊相手に何をしてくれるか見てみようじゃないか。」
護衛候補はこうして一転、山賊へと正体を現し、言うや否や二人で寄ってたかって暁を縛り上げた。そこへ、
「ああ、いたいた。二人ともさっさとどっか行っちゃうから見失ったじゃないか。」三人目がどこからか現れて合流したのだ。
状況をもう少し冷静に判断できれば事態は少しはましな方向を向いていたかも知れないと、後悔も一入なのだが、よくよく考えれば人生経験も乏しく口下手な暁にはいくら馬鹿で単純そうな山賊相手とはいえ口先だけで事態を打開できるような知恵もないことに気付き、遅かれ早かれこういう状況に陥るしかなかったということを再認識するしかなかった。あっという間に殆ど抵抗もできず、誰が何をしたのかも分からないまま目隠しをされ、猿轡を噛まされてしまったのだ。叫び声一つ上げることすらできない今の状況では、山賊達を口で言いくるめる知恵が無い事を嘆く必要さえなかった。
だがその後、山賊達は暁の処遇を巡って根城に向かう途中、とんでもない内容を相談し始めたのだ。それでも暁の行く末に大きな違いはなさそうだったのだが。
『こんなところで汚い山賊なんかに好きにされるくらいなら成頼殿に手篭めにされる方がよっぽどましだったのに!何で那由他なんかについて来ちゃったのよ!何で那由他から離れちゃったのよ!私の馬鹿!』声が出るなら大声でそう叫びたいくらいだったが、猿轡のせいで声がでない。『何で成頼殿の時は攫いに来たくせに今度は来てくれないのよ!那由他の馬鹿!』この期に及んでも助けに来ない那由他への恨み言が頭に溢れ返る。
三人が物騒な内容を相談している間、暁は必死で腕を縛っている縄を解こうと、指先を引き攣らせながら結び目と格闘し、それでも無理だと分かると爪で縄を掻き毟っていた。だが、暁の必死の努力が実を結ぶ前に男達の会話は不穏な方向で決着しようとしていた。
「もういいじゃねえか。取り合えず三人でやっちまおうぜ!後の事は後で考えりゃいいんだから。」
男の一人が暁に手を掛けた。その手を振り払おうと身を捩った暁は、今度は落ち葉の積もった山肌に押し倒された。
「おいおい、抜け駆けはなしだぞ。」
「まぁいいじゃないか。皆で可愛がってやろうぜ。」
別の手が倒れた暁の身体を起こし、胸元に手を這わせてくる。
「へへへ…。」
耳元に生暖かい息を感じて暁は背筋がゾッとした。こんな男達に好きにさせてたまるかと思い、暁は目隠しの下で涙を滲ませながらあらん限りの力で抵抗した。纏わりついてくる手を振り払おうと身を捩り、衣の裾から脚の上を這い上がってくるざらざらした手をどうにかしようと、裾を捲くられて自由になった脚をバタつかせた。
ガッ!暁の膝が何か硬いものにぶつかった。
「ぐぅ!痛ってぇ!この女、やりやがった…。」
「何やってんだよ?鈍臭ぇなぁ。」
「ぺっぺっ。くそ…歯が折れたみてぇだ。」
「どれ、見せてみろ。」
暁に纏わりついていた手が減った。
「畜生、なんて女だ。」
「くそ!ぶっ殺してやる!」
シャーッと金属の摺れる音がする。歯を折られた男が刀でも抜いたようだ。
「おい、待てよ!今殺したら元も子もないだろうが。」
暁を抑えていた手が離れた。
刀を抜いた男を他の二人が抑えているようだ。その間に暁は慌ててじたばた立ち上がろうとした。降り積もった落ち葉に足を取られて滑る。それでもよろけながら、目隠しで目が見えないまま駆け出そうとする。それはほんの数歩に満たない移動だったはずなのだが、暁の逃亡は意外な方向で成功した。
落ち葉に滑った足は、地に着かず、空を踏んだ。一瞬の浮遊感。次に、肩に、頭に、腰に、腕に、次々と襲ってくる無数の衝撃。
暁は限りなく崖に近い急な山の斜面を目隠しのまま転がり落ちて行った。
ザザザザザー!ドサ!
「うわ!何だ?」
「女だ!女が降って来たぞ。」
ヒヒーン!フン!フン!興奮した馬の嘶きが聞こえる。
「どう、どう。落ち着け!」
「おい、縛られているぞ。助けてやれ。」
「はっ!」
「おい、女、大丈夫か?何があった?」
暁は誰かに助け起こされた。目隠しと猿轡が外され、両手の縄も解かれたが、全身を覆う激痛にすぐに動く事ができず、暁は涙に目を潤ませながらハァハァと荒い息を整えようとした。余程きつく結ばれていたのだろう。目隠しを取ってもすぐにはちゃんと物が見えなかった。状況はまだよく理解できていなかったが、助かったのだと思った。誰かに支えられながら立ち上がる。目隠しを取ったはずなのに立ち上がった途端、暁の視界は黄昏色に覆われ、やがて暗闇に包まれていった。極度の緊張から急に安堵したことも手伝ってか、暁は気を失って倒れてしまったのだった。




