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高峯城

 生まれて初めて馬の背に揺られながら、高峯たかみね城に向かうあきの胸は興奮に高鳴っていた。

 どうも正体がばれて殺されるかもしれないという心配はしなくて良さそうだ。純粋に命の恩人にお礼をしたいと思っているのなら大丈夫だろう。

 それに、未だ見たことの無い城を見てみたかった。城の中に入る機会など、今回を失えばもう二度と無いかも知れない。父の城を、見てみたかった。

 そして、もう一つ思い出した大切な事。それは、城のどこかに父が隠したという金塊の事だった。

 本田家が、いざという時の為に作っておいた隠し財産が、城のどこかにあるらしいという噂は国中に広がっていた。そして、未だその財宝が見つかったという噂は聞いていない。

 暁には、家族以外は知るはずのない重要な言葉を知っていた。金のありかについて、父が残したという言葉を母から伝え聞いていたのだ。それは、

 『死を約束された者にしかわからない場所にある。』『忠臣が守っている。』『見付けたければ死者の頭の中を覗いてみよ。』というものだった。

 もし自分が姫として育っていたなら住んでいたかもしれない城を見てみたい。そして、もし城の中を動き回れるなら、父の残した金塊を探し出したい。それがあれば、味方を増やして弟と共に城と領地を取り戻せるかも知れない。

 金塊の事を考えている間に不安はすっかり忘れてしまい、いつの間にか暁達は高峯城に着いていた。

 城は平和そうに落着いていた。

 成頼が城門を通るとき、門番が礼をして迎えた。

 『一応は本物の成頼だったんだ。』

と暁は思ったが、どうもあまり城主として重んじられている雰囲気ではなかった。一体どういうことなのか?暁は不思議に思った。

 高峯城はそれほど大きな城ではなかったのだが、城というものを初めて見た暁の目には十分大きくて立派な物に映った。

 『これが、父上の城…。』

 今は自分の物ではないにしろ、かつて父と母の物だったと思うと誇らしかった。と同時に、今自分の物でないことはなんとも言えず悔しかった。

 一重の堀に囲まれ、石垣が組まれている。堀の上の橋を渡って城門をくぐると、塀に囲まれた四角い広場に向きを変えて別の門がある。その奥に進むと緩やかな坂道が続き、途中にうまやや倉庫らしき建物が見え、一段上がった場所に木造のやかたがあった。

 かつて山の上の戦闘拠点として建てられた山城と、その山のふもとにある領主の屋敷を併せて一つにした平山城だ。

 田舎の小国の、砦に毛の生えたような小さな城だが、他を知らない暁には豪華で威勢よく見えた。

 馬を下りて建物に向かう途中、中から年配の男が出てきた。

 「これはおやかた様、よくご無事で。」

 「安部、これは一体どういう事だ?わしがいなくなったというのに誰も捜しに来なかったではないか!」

 「いえいえ、お館様が見当たらなくなられたので、てっきり先に城にお戻りかと思い、引き返したのでございます。それで城に戻ってみましたらまだお帰りではないというので、丁度ちょうど今から皆で慌ててお捜ししようとしていた矢先でございました。かくご無事で何よりでございます。」

 安部と呼ばれた男は、言葉遣いは丁寧ながら、その態度はどうも成頼を見下していそうな事が、鈍感な暁にさえも感じられた。

「そうか。わかった。」

 そう答えた成頼の顔が悔しそうに歪んでいるのを、暁は見逃さなかった。


 城主の命の恩人として、暁は丁重にもてなされた。助けてもらったお礼にと、姫が着るようなあでやかな着物を贈られた。

 『馬子にも衣装』ではないが、暁も着るものを着れば立派に姫と言っても通りそうな見栄えになった。

 もし父が領主を追われる事がなければ、自分はここにこうしていられたのだろうか?そんなことを考え、嬉しいような切ないようななんとも言えず複雑な気持ちになった。

 客人として扱われているので、特にとがめられる事も無く城内を見物して回れた。それとなく暁は金を隠していそうな場所を探してみたが、良く分からなかった。

 『死を約束された者の場所』を暁は墓場か刑場かと思ったのだが、墓場は城の外で、刑場はただの広場だった。隠してあるとすれば地面を掘り起こす必要がありそうだった。

 やはりそう簡単には見つかりそうにない。それに、そう簡単に見つかる場所にあるならもう既に誰かが見付けてしまっているかも知れない。

 城の者には色々と聞きたいことがあった。山にもっていた自分たちは、結局父の最期さいごがどうなったのか知らない。

『もしかしたら落ち延びてどこかで生きているのではないか。』とか、『どこかでまた会えるかも。』等という儚い希望も捨て切れずにいる。正直、父が生きていたところで、その顔さえまともに覚えていない暁が、父に会って分かるかどうかという疑問も残るのだが。

 いずれにせよ、人と付き合った経験がいちじるしく乏しい暁は、話をうまく進めたり、自分の聞き出したい情報を上手く人から引き出す自信などなかった。

 逆に、下手なことを口走って前領主の娘だとばれてしまう事の方が心配だった。

 そんな暁でも、城内の様子はそれとなく分かってきた。

 やはりあきが気にしていたとおり、成頼なりよりは城内であまり力がないようで、ただのお飾りらしかった。実権を握っているのは、成頼を出迎えた安部という家老らしいことも分かった。

 だからなのだろう。自分の城にいる筈なのに、成頼が落ち着きなさそうに見えるのは。

 皆、口では『お館様』と呼んではいても、本当に成頼を尊重しているようには見えず、どこと無く小馬鹿にした雰囲気を感じるのは。

 父の仇と思っていた成頼だったが、こんな城内の様子を知ってしまうとどこか憐れみを感じずにはいられなくなってしまい、暁は少し成頼に同情してしまった。

 『城主も楽ではないのね…。』

 もしかしたら自分や弟がこの城の主であったかも知れないと思う一方、現実はそれ程甘くない事を知ると、悔しい気持ちが少し薄らいでいった。

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