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悪夢

 一面の枯れ尾花。大きなすすきの株が並ぶ中、その隙間にできた獣道のような道なき道を進む。背丈ほどにも伸びた芒の葉が時折手に触れてチクチクとした引っかかりを感じる。袖に絡まる長い葉が、まるで誰かに袖を引かれているようで思うように前に進まない。

 カサカサっと何者かの気配。姿は見えない。気にしつつも歩き続ける。カサカサっと今度は別の方角から。何かがいる。やや身構える。ガササっと大きな物が横を飛ぶように動いた。動物のようだ。得体の知れない者に対する緊張感。それでも慎重に歩を進める。次の瞬間、バサっと左斜め後方から飛び出す白い毛の塊。上からおおいかぶさろうとするその獣を咄嗟に握った拳で横に振り払う。

 「キャイン!」

 甲高い悲鳴と共に白い塊がバサッと尾花の上に落ちた。舞い上がる綿毛わたげ

 体勢を立て直し、再度ふたたび飛びかかろうと身構えているのは尾が三本の大きな白狐だった。

 『妖怪?』

 怪訝けげんに思いつつも、なんだか負ける気がしなかった。腰の小刀を抜く。

 ガサっと狐が枯草を蹴って高く飛び上がる。迫りくる前足。さっと膝を折って低く身をかわし、握った小刀を下から突き上げる。

 「ギャン!」

 小刀は狐の腹に刺さった。

 ドサッと毛むくじゃらの巨体が地面に落ちた。傷は深くない。起き上がろうとする巨体を仰向けに押さえつける。ジタバタと暴れる四本の脚に引っかかれ、頬や腕に傷ができたがそんなことを気にしている場合ではない。こちらは右手の小刀を振り回す。ザク!ザク!と喉元に二回程突き刺すと狐の動きが弱まった。まだ死んではいないようだ。更にもう一撃。両手で小刀を握り締め、渾身の力で胸に突き刺す。

 「キュン!」

 体に似合わない可愛らしい声が断末魔だった。動きが止まった狐の喉に縦に小刀を突き立てる。そのまま仰向けの狐に馬乗りの状態で胸から腹へと一直線に切り進む。真っ赤な内臓がパックリ開いた腹から顕になる。

 『重くて運べそうにないな。ここでさばくか…。』

 そんなことを考えている自分に不思議な違和感を感じた。

 体は勝手に動いていく。周囲の枯草を小刀で刈り、火を起こす。曇天の空は更に暗さを増している。そろそろ日暮れか。

 腹を割ってひっくり返っている狐の体に更に小刀の刃を入れる。四肢の内側を切って胴体中央の切れ目に繋ぎ、肉と毛皮の間に刃を入れて皮を剥ぐ。結構な重労働だ。血みどろの両手。頬を伝う汗を手で拭い、自身も頬に血の滴る切り傷が出来ているのに気付く。

 一度に全部の皮を剥ぎきるのは難しそうだ。ひっくり返せば内臓がこぼれ落ちる。随分疲れた。腹ごしらえでもしよう。手が腹の割れ目に伸びる。まだ温かい。柔らかい滑らかな内臓の感触。太い血管をいくつか小刀で切る。取り出した大きな肉の塊。ドクン、ドクンとまだ動いている。太い血管から鼓動に合わせてブシュ、っと血が飛び出す。その動きを抑え込もうと両手でギュッと包み込む。真っ赤な心臓が手の中で握り飯のような大きさに纏まっていく。自分でもなぜそんな事をしているのか全く理解できない。ただ、何かに操られるように体が勝手に動いた。まだ血の滴るその赤い塊にかぶり付く。

 「あぁ!」

 まただ。夜中に自分の叫び声で目が覚めた。蛇女の件があったからだろうか。変な夢を見た。胸が苦しかった。既に夢から覚めているのに夢の続きを知っていた。何故か知っているのだ。あの後に胸を襲う苦しみを。喰われて尚、捕食者の体を内側から乗っ取ろうとする狐の意志を。狐に操られていたのかどうかも定かではない。だが、喰うか喰われるかの本当の戦いは体の中で互いの魂を賭けて行われたのだ。実際にそんな目に会ったことはないはずなのだが、何故か暁はそれが現実に起こった過去の出来事だとわかっていた。

あるいは狐に化かされているのか?不気味な胸苦しさだけが残った。

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