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出会い

 息ができない。苦しい。必死で息を吸い込もうとするのに、逆に胸の中身を全て吸い出されるかのような息苦しさを感じる。それが突如消えた。やっとの思いで息を吸い込むと、大量の冷たい空気が胸に流れ込んできた。

はぁはぁと何度か大きく息をして気がついた。ぼんやりと開いた目に飛び込んできたのはやわらかな光に透ける薄紅色の花弁の嵐。金色の人影。額には二本の角。

 「極楽に、鬼?私、死んだの?」

 先ほどまでの息苦しさがまだ残っている。吸い込む息が胸に染み渡るようだ。

 問いに対する答えは、

 「まっずぅ!お前、一体何なんだ?」

という、訳のわからないものだった。


暖かい春の日差し。黒い土から顔を出した新芽が眩い萌黄もえぎ色を描き出す。

 日差しの柔らかさとは裏腹に、山を流れる川は昨日までの雨で増水し、古い物を全て洗い流さんばかりの勢いを見せていた。

 鷹頭たかとう山は険く、人はあまり寄り付かない山だった。

 その娘は雨で身動き取れない日々を終え、やっと動き出せる喜びについ判断が甘くなっていた。

 薬草や山菜を摘みながら、雨で緩んだ谷川沿いの急斜面にまで歩を進めてしまったのだ。

 そしてその瞬間は突如やってきた。やわらかくなった土が娘の体重を支えきれずに崩れ、娘は叫び声と共に濁流に呑み込まれていった。

 身動きすらできない程の水の力、息をしようとしても流れ込んでくるのは身を刺すような冷たい水。暫くは濁流と格闘していたものの、意識はすぐに遠のいた。


 そして、気がつくとこの訳の分からない状況。

 横たわったまま、娘は隣にしゃがんで自分を見下ろしている鬼を見つめた。

 「ぐぇほ!」

と咳き込み、嘔吐えずきながら口を拭っている。

 秋の稲穂の様な黄金色の髪、飴色の瞳、額にのぞく象牙色の二本の角。身に纏っているのは天衣かと思えるような華やかな色彩の衣。

 その後ろには満開の枝垂桜が滝の様に降り注ぎ、薄紅色の花びらの向こうには春の淡い青空が見えた。

 『極楽ってこんな所なのかな?でも、鬼が居るってことは地獄?』

 そんな取りとめもないことを考えながらしかめっ面で自分を見下ろす鬼に訊ねる。

 「ここ、どこ?」

 ゆっくりと身を起こすと全身のあちこちがズキズキと痛んだ。

 「知るかよ。どっかの山の中だ。」

 そっけない答えが返ってきた。

 「私、生きてるの?」

 「ああ、命拾いしたな。」

 その言葉は恩着せがましい響きを含んでいた。娘はその鬼に命を救われたのかと思った。しかし、その後に続く言葉に愕然とさせられることになる。

 「お前、不味まずくてとてもえなかった。」

 「え?なに、それ?」

 「そろそろ誰か喰いたいなって思ってたらちょうどお前が川を流れてきたから拾ってみたんだけど、やっぱり拾い喰いってのは良くないな。不味くてとても喰えたもんじゃなかった。」

 「それって私を食べようと思って川から上げたけど不味くて食べられなかったから私がまだ生きてるってこと?」

 喜ぶべきか悲しむべきか複雑な心境だった。命拾いしたのは有難いが、鬼も食べられない程自分が不味いという事実は正直心に突き刺さった。

 とにかく結果的に命を救われたことになるわけだから、川から助け上げてもらったことに対して礼を言うべきかどうか迷っていると、

 「そういうことだ。じゃあな。」

 鬼は娘の事などあまり気にしていない様子で、サッと立ち上がると桜の向こうに消えてしまった。

 「あ、行っちゃった…。」

 結局礼は言いそびれた。

 川縁に大きな枝垂桜が生えている。見覚えのない場所だった。

 川を流れてきたのなら、川を溯れば見知った場所に出るだろう。

 下手に道に迷うよりは確実だ。他にいい方法も思いつかず、娘はあちこち痛む体で何とか立ち上がり、川の上流に向かって歩き始めた。


 娘の名はあきといった。

 病弱な母と二人で険しい鷹頭山に隠れ住んでいる。

 春彦という弟が一人いるが、数年前から山を降りて働きに出ていて、ここ二、三年帰ってきていない。

 暁の父は本田春臣ほんだはるおみといって、その周辺の地域を含む、高峯という国を治める領主だった。

 それが、暁が一歳の頃、春彦が生まれる前に領内で謀反があり、身重の母と共に命からがら城を逃げ出してこの鷹頭山に隠れ住むようになったのだ。

 そしてその父は、まだ暁や春彦が幼い時に再起を図り、生き残った味方の家臣と共に反乱を起こしたものの、すぐに鎮圧されてしまった。それっきり、父は帰ってこない。

 父の血を受け継いでいることが知れれば、命の保障はなかった。そして母・ときの顔は知られている。

 他国に逃げる事も考えたが、病弱な母に放浪はできない。それに、もしかしたら父は生き延びていて、いつか自分達のところに帰って来るかもしれない。そんな甘い期待も捨てきれないがため、暁達は人目を忍んで険しい山に隠れ住み、厳しい生活を余儀なくされているのだった。

 

 それにしても散々な一日だった。せっかく雨も上がり、病気がちながら何とか厳しい冬を乗り越えた母に山菜や薬草を用意できると思っていたのに、収穫物は全て濁流に流されてしまった。

 その上鬼に喰われかけ、助かったとはいえ激流に流されて体中傷だらけだ。道も分からず、ただただ流された川を延々(えんえん)さかのぼ)る。日暮れて暗い山の中、道なき道を掻き分け進み、やっとの思いで見知った辺りに出てくることができた。全身ずぶ濡れで寒さに凍えながら歩き始めたものの、長時間歩いたおかげで体も温まり、服もほぼ乾いていた。

 あともう少しで家に辿り着ける。その思いが、疲れで今にも倒れこみそうな足を前へと進ませた。月はもう真上に差しかかっている。母は寝ているだろうか?自分の帰りを心配しているのではないだろうか?こんな遅くまで病気の母が起きて心配しながら待っているのは心苦しいが、火くらいは焚いていて欲しいというのが正直な希望。

 だが、その期待はあっさりと裏切られた。山際に沿うようにひっそりと建てられた家からは、木々の隙間からさえも灯りと思しき光は見られない。もともと隠れ住むために周囲から見えにくいようには考えられているのだが、それにしても何の気配もなかった。

 母はきっと寝ているのだろう。

 家のすぐ横には岩清水が湧き出している。その下には穿うがった石がおいてあり、浅い石の窪みにはいつも新鮮な水が湛えられていた。

 暁はその水で咽を潤すと、そうっと家の中に入った。

 家の中は静まり返っている。やはり母は寝ているのだろう。家に帰り着いた安心感からか、どっと疲れが押し寄せた。

 あきはそのまま床に倒れこみ、意識を手放した。心地よい睡魔が暁を包みこんだ。


 翌朝、暁が目覚めた時には日も高く昇り、辺りはすっかり明るくなっていた。いつも薄暗いうちから起きだす暁にとっては十分寝過ごしたことになる。余程昨夜は疲れていたのだろう。起き上がると、まだ体のあちこちが痛んだ。

 それにしても母までこんな時間まで起きていないというのが不思議だった。余程調子が悪いのかと思い、心配で横で眠っている母にそっと声をかける。

 「母上、体調はどうですか?今から朝餉あさげを用意しますね。」

 反応がない。

 いくらなんでもおかしいと思い、暁が母の体をそっとゆすってみる。

 「母上、母上。」

 やたらと重い。

 『え?どういうこと?』

 母はすでに息がなかった。

 目を閉じて、眠っているような安らかな顔だった。だが、体は石のように固まっている。温もりもなく、やはり石のように冷たかった。

 「嘘でしょ?母上、母上!朝です。目を開けて下さい!」

 反応のない母をやや乱暴に揺さぶるが、既に手遅れであることは明らかだった。

 しばしの放心状態の後、涙が滝のように流れ出てきた。

 頭は空っぽで何も考えられない。暁は半日ほど、ただ泣きじゃくっていた。母の亡骸の側で。

 午後になり少し落ち着くと、体が勝手に動き出した。暁は一人、家の前の少し離れた場所の土を掘り返し始めた。

 ザク、ザク、という土の音。時折硬い石にぶつかり、それを掘り出すのに四苦八苦し、それでもただひたすらに掘り続けた。ポタ、ポタ、と汗と涙が滴り落ち、土を濡らした。

 土を掘りながら頭に浮かぶのは今はここにいない家族のこと。今すぐ弟を呼びに走り出したい気持ちだったが、生憎あいにく弟の行方は分からない。走り出す代わりに土をえぐる。

 「父上、春彦、私はここに一人ぼっちになっちゃった…。これからどうすればいいの?このままここに一人でいるべき?いなきゃならないの?春彦、今この一瞬でいいから帰ってきて!母上を目にする最後の機会なんだから…。お願い!」

 嗚咽おえつ交じりに泣き言を言う。どうせ周囲には誰もいないのだ。涙を隠す必要もない。

 ザク、ザク、と土を掘る音に泣きじゃくる暁の声が混ざった。

 「春彦の馬鹿ぁ!」

 静かな山に暁の叫び声が響いた。

 チチチチチ…、と驚いた小鳥達が飛び去っていく。

 暁は丸一日かけて一人で母をとむらった。

 やっと掘った浅い穴に石のように固く重い母の遺体を何とか運び込み、暁の汗と涙が滲み込んだ黒い土を被せていく。顔の周りには土が直接かからないように、やっと集めてきた早春の花々を重ねた。最期の別れを惜しみつつその上にも黒い土を被せた。近くから集めてきた大きめの石をその上に積む。最後に野辺の草花を供えた。

 『山で鬼なんか見たのはきっと悪い前兆だったんだわ。あの疫病神!』

 遣る瀬無い思いは昨日出会った通りすがりの鬼への怒りへと変わる。

 昨日に引き続いての散々な一日が終わろうとしていた。


 翌日、暁は一人で目覚めると、昨日作ったばかりの母の墓に手を合わせ、いつもどおり山へ薬草や山菜を摘みに出かけた。

 連日散々な目にあって、正直体は疲れ切っていたが、家でじっとしていると悲しい思い出ばかりが頭を占領し、涙が止まらなかった。外に出て、体を動かすことでそういった悲しみを忘れていたかった。

 『何もかもあの鬼のせいだわ、きっと。今年は春が来るのも遅かったし、天気も変だし、何かあるのかも…。』

 そんな不吉な予感を抱えながら、暁は山を歩き回っていた。

 鷹頭山は険しい山で、あまり人が寄り付かない。だからこそ隠れ住むのに適しているのだが、そこでの生活は厳しい。

 良いことと言えば珍しい薬草が取れることくらいで、暁達はそういった薬草を集めては数ヶ月に一度、町の薬屋に売りに行き、何とか生計をたてていたのだ。山で誰かに出くわすことなど、殆どなかった。

 ぱきぱき、さくさく、と落ち葉や枯れ枝を踏みながら暁が歩いていると、いきなり誰かに呼び止められ、暁はビクっと驚いて飛び上がりそうになった。

 「そこに誰かいるのか?」

 近くの斜面の下の方からだ。

 黙ってその場から逃げ出そうとしたが、斜面から手が伸びて男が這い上がってきた。男は暁を見つめながら必死の形相で言う。

 「頼む。手を貸してくれ。足をくじいて動けないのだ。」

 つらそうに顔をゆがめながらそう言ってこられると、このまま捨て置くのは気がとがめる。他の誰かに頼んで欲しいと思うのだが、この辺りに人が滅多に来ないということは、暁が一番良く分かっている。

 『大丈夫だろうか?』

という不安はあったが、まともそうな身なりの男だ。『恩を仇で返すようなことはしないだろう。』そう考え、結局暁は男を助けてしまった。

 男を斜面から引っ張り上げる。挫いたという男の左足首は紫色になってパンパンに腫れていた。ただ挫いただけにしては酷い様子だ。

 暁はうまい具合に近くに生えていた薬草を揉んで患部にあて、木の枝を添え木にして布で縛った。

 もう午後も遅い時間だった。男を連れて日暮れまでに山を降りるのは難しそうだ。男は昨日からそこにいたと言う。体力も無く、怪我のせいもあってか青い顔をしていた。

 悩んだ末、危険な賭けではあったが、暁は男に肩を貸し、自分の家に連れ帰った。

 家とは呼べない程の粗末な小屋だ。山の斜面に沿うように建てられ、上から覆い被さる木々の枝葉に隠れ、知っている者でなければ気が付かない様な、ひっそりとした小屋だった。畳一枚分程の土間と畳三枚分程の板の間。土間にはかまどがひとつ。家財道具も殆どない。

 下手なことを話さぬよう、暁は殆ど口を利かなかった。一方の男の方も、かなり弱っていると見え、意識をたもつのがやっとという様子だった。

 暁が家の横から湧き水を汲んできて飲ませると、男はやっと落着いたように見えた。

 人心地ひとこごち付いた男は、よくよく見るとなかなか整った顔立ちをしていた。品もあり、着ている物も上等そうだ。暁は自分の粗末な家や身なりが恥ずかしくなった。

 暁が用意した山菜入りの、これまた粗末な粥は、丸一日以上何も食べていなかった身には程よかったようで、男は文句一つ言わずに食べた。その上、

 「わしのために薬湯の夕餉などに付きあわせてしまって忝い。」

と言った。粥ではなく、薬湯だと思われた様だ。暁は、それがいつも食べている粥だとは恥ずかしくて言えなかった。

 暁が何も喋らないでいると、少し顔色を取り戻した男がまた口を開いた。

 「お陰で助かった。礼を言う。名は何と言う?」

 「あ、あきです。」

 咄嗟とっさにいい嘘が思い付かず、本当の名を言ってしまい、少々不安を覚えた。

 「暁殿か。わしは上野成頼うえのなりより。高峯の城主だ。」

 『え?嘘でしょ?もしかして、父上の仇?』

 父を討ったのは上野成章うえのなりあきらのはずだ。目の前にいるのはその息子だろう。暁は驚きを隠せなかった。が、成頼の方はまさか暁がかつての敵の娘とは思いもよらぬ様子で、

 「城主がこのような所に供もなく一人でいるなど思いもよらぬ事で驚かれたか?わしは昨日供を連れてこの山に鷹狩りに来たのだが、いつの間にか皆と逸れた上、馬が急に暴れて落馬してしまった。そして谷間を転がり落ち、足を挫いて動けなくなっておった。初めのうちは供の者を呼んだり、って移動したりしていたのだが一向に誰も探しに来ず、今日になって暁殿に助けられたという訳だ…。ところで暁殿、この辺りで城の侍らしき者を誰か見かけなかっただろうか?」

 暁は首を横に振った。

 「そうか…。」

 成頼は落胆し、寂しそうだった。

 昨日は暁は一日中家の前で母の墓を作っていたのでおそらく山の中に侍がいても気が付かなかったのだろう。

 それよりも今夜、成頼が眠ったら、その命を奪って父の仇を取れないだろうか?そんな恐ろしい考えが暁の心の中で頭をもたげてきた。『向こうはこちらの正体を知らないのだから。』そんな考えに、暁の心臓はドクドクと大きく脈打った。と同時に、供に見捨てられた様子の成頼の姿は気の毒で同情を誘う。

 『普通、城主が行方不明になったら皆必死で捜す筈よね?なのに今日はいつもと同じで山には人気がなかった。一体どういうこと?この人本当に城主なんだろうか?』

 そんな疑いも抱き始めた。

 何かの目的で嘘をついているのか?

 それとも暁の前で見栄を張っているだけなのか?偉い人の振りをして助けてもらおうとしているだけなのか?

 もし人違いで今夜この男を殺してしまったら、暁は父の仇でもない赤の他人をころしたただの人殺しになってしまう。

 『殺すなら、確かめてからでなくては。』

 そして暁には自信がなかった。

 父の仇とはいえ、目の前の人の良さそうな男を殺す事など、自分にできるだろうか?

 「明日、近くの村か町まで連れて行ってはもらえないか?名主みょうしゅ村長むらおさのところにいけば誰か居るかも知れん。」

 『名主か村長…。』

 身を隠して暮らしている暁としては極力近づきたくないのだが、そこに行けばこの男が本物の成頼なのかが分かる。成頼が一緒なら、いきなり捕まることもないだろう。そもそも上野成頼が、父・本田春臣の家族のことをどこまで知っているかも怪しいところだ。

 母の話では、この場所のことは父の側近ですら知らない筈だという。暁が自分の口から父の名を出さない限り、ばれる事はないだろう。

 暁は殆ど黙ったままだった。先ほどから成頼が一人で喋っている。

 「ところで暁殿はお一人か?こんな奥深く険しい山で女子の独り暮らしとは不便ではないのか?」

 『勿論、不便極まりないわよ!』

と思いつつもはっと気づく。

 いくら怪我人とは言え、こんな狭い家に若い男を泊めたら自分と二人きりだ。それはまずいような気がする。

 「あの、弟がいます。今出かけてますが、もうすぐ戻るかも。」

そう答えて釘を刺しておく。

 「そうか。ならば明日は弟殿に山を下りるのを手伝ってもらおう。暁殿に肩を借りるのは気が引ける。」

「そうですね。」

 取り敢えずはそう答えたものの、内心困ったことになったと思っていた。若い男と殆ど口を利いた事も無かった暁としても、見ず知らずの男に肩を貸すのは抵抗がある事だから、当然とは思うし、弟がいるのは嘘ではないのだが、当の弟が明日帰ってくるとは限らないのだ。というより帰ってこないと考えた方がいいだろう。まあ、明日の事は明日考えればいいのだから。

 その夜、成頼は余程疲れていたと見えて、暁の母の布団ですやすやと眠ってしまい、暁が心配するようなことは無かった。

 暁は連日の疲れが溜まってはいたもの、成頼を殺すべきかや、自分が眠ってしまったら成頼が何かしてくるのではないか等、考え事で頭が一杯になり、殆ど眠れなかった。

 先ずはこの男が本物の成頼かどうか確認しよう。殺すのはそれからでいい。それに仮に本物だったとしても、今ここで殺したところで、父の仇は討てても国が暁の手に戻る訳ではないのだ。逆に暁が城主殺しの罪に問われるだけかもしれない。それで捕まって処刑されれば何の意味も無くなってしまう。

 もし本物の成頼なら、今を逃せば次の機会を窺うのは難しくなるだろう。だが、暁を命の恩人と思って油断しているのなら、次の機会もめぐってくるかも知れない。どこかで家名復興を目指しているはずの弟とも相談したい。成頼が暁に心を許していれば、いつか弟と相談して、ここぞという時に倒す機会が訪れるに違いない。ならば、今は事を焦るべきではない。

 それが、一晩じっくり考えて出した結論だった。

 夜が明けた。

 「弟殿はまだ戻られていないのか?」

 「遠くの町まで出かけているので戻るのが遅くなっているのでしょう。ふもとの村までは私がお連れします。」

 実際、いつ帰ってくるか分からない弟を待たれても困る。

 本当に帰ってくるならば、待って成頼の事を相談したい。これ程春彦に帰って来て欲しいと思う時は無いのだが、待っても仕方無いことは分かっている。『もしかしたら…。』という淡い期待を振り切って、暁は家を出た。

 「かたじけない。」

 成頼も元気を取り戻してきている様なので、暁は太い木の枝を杖として成頼に持たせ、肩までは貸さなかった。

 それでも急な坂道や足場の悪い岩場は手を取って助けざるを得なかったのだが。

 親の仇かも知れない男とあまり親密にはなりたくなかった。万が一に備え、成頼が道を覚えられない様にわざと少し遠回りしたり、藪の中を突っ切ったりもした。

 そうこうして、ようやふもとの村に辿たどり着いた。

 どこも静かで、行方不明の城主を捜している様子は無かった。

 『やっぱりこの人、成頼じゃないんじゃ…?』

 と暁は疑っていたが、村の名主は成頼を認めたようだった。

 「高峯城主の上野成頼だ。一昨日鷹狩りで供の者達と逸れた。何か聞いていないか?」

 「いいえ、こちらでは何も。鷹狩りの皆様でしたら一昨日お帰りになられましたが…。」

 「そうか…。仕方が無い。城まで送ってくれ。この娘はわしを助けてくれた恩人だ。城までご同行頂く。丁重に扱ってくれ。」

 『え?城までって…。私、何も聞いてないわよ?』

 横できょとんとしている暁に、成頼が告げる。

 「暁殿のお陰で助かった。何か礼がしたい。あの山は険し過ぎてもう一度暁殿を訪ねることはできそうにないので申し訳ないがご足労頂けないだろうか?」

 『もしかして、罠?私が本田春臣の娘だって気付いて城に連れて行って首を刎ねたりなんかしないわよね?下手に断ったら逆に怪しまれるかもしれないし、本物の成頼みたいだから次に会えるようにしとかないといけないし、どうしよう?』

 考え込んですぐに辞退することができず、驚いて口籠もっている暁は、結局そのまま成頼に連れられて高峯城へと向かったのだった

10年以上前に某女性向けラノベ誌のコンテストに応募した作品を手直ししながら出してます。

賞は逃しましたが結構いい線行ってたようです(笑)

読んだ方に楽しんで頂ければ幸いです。

今はこんなサイトができて便利ですね。

感謝感謝。

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