92話 堕ちる錬金術師
カレン・アシュリーが借金奴隷に堕ちる少し前
シャルマーユ本国の賢者会議ではルルアの騒動の顛末とその責任と掛かった費用について話し合い、一部の賢者から不満の声も有ったが表向きは自然災害で通す事にし、責任は領主シャナードに変わり本国が負い、費用については件のカレン・アシュリー個人が負う事となった。
額からして当然借金奴隷になるのだが一部の賢者から通例の拘束具ではカレン・アシュリーの姉や使い魔の怒りを買うと前口上を付けてなるべく外見的負担のない首輪を作成しそれを充てる事になった。
本来借金奴隷は奴隷の拘束具を付けられ指定された国家事業に従事するのだがカレン・アシュリーの場合自前のアシュリー工房で務めるほうがより早く借金を返済できるし、国家事業に宛てた場合これまた先の2名の怒りを買うのは明白なので借金奴隷としては異例の処置となった。
かくして賢者会議で優遇ともとれる処置を取られたカレン・アシュリーはどうしてるかと言うと……
借金を負った者の行動は二通りに別れる
前者はがむしゃらに働いて一刻も早く借金を返済しようと勤める
後者は自堕落で借金を気にせず我を通す
カレン・アシュリーの場合星金貨400万枚というその有り得ない額に後者になってしまった
リールーに書状を見せられ気絶したがコボルトに叩き起こされ再度リールーに詰め寄るが「事実です♪」と良い笑顔で宣われ、こんな有り得ない金額とても返済できないと三度詰め寄ったが…
「大丈夫ですよ、到達点20解明すればいいだけです。もしくは最上級ポーションを錬成しまくるかですが、その場合毎日5000個作って国に卸しても一個金貨4枚なので――――そうですね、20万年掛かりますね。長生きしてくださいね♪」
この台詞でカレンは遂に自棄になった。
借金奴隷となってから一週間、カレンはアシュリー工房の不足品と100食限定弁当を作るだけで研究も新商品開発も手を付けず日がな一日シャイタンとフラミーを連れて釣りに没頭していた。
カレンの処遇についてカレンを溺愛してる姉と3柱は特にどうこうする事は無かった
強制労働や往来の鎖の拘束具を付けられたなら話は別だが、アリスとアマネはカレンの長期休暇と楽観視しておりシャイタンとフラミーは主の堕落振りに愉悦を味わっていた。
今日もカレンは借金という現実から逃げ、釣りに没頭していた
「「「―――」」」
アマネの神域にある湖でカレンとシャイタンが釣り糸を垂らし、背後にフラミーが伏せている
かれこれ釣り始めて30分は経過している。皆無言で今日の夕餉に並ぶ魚を期待しているとカレンの釣り竿が強めに引かれる
「あ、釣れた」
立ち上がって勢い良く釣り竿を引っ張ると以前にも釣れた30cm程の魚だった
「御目出とう御座います。確か刺身が旨かった魚ですね」
魚大好きなシャイタンは大喜びで拍手をし釣果を祝う
「ええ、確かハマチっていってたわね」
今日の献立の一品はこれで決まりで再び2人は釣りに没頭する
「「「―――」」」
今日はルサルカもスキュラも姿を見せない
シャイタンによると2人して海にデートに行ってるらしい
「良い天気ね~」
莫大な借金を無視して釣りに興じるのは最高だ
湖に照らされる太陽を朗らかに褒める
「はい」
「そうですね」
「鰻釣れないかな」
「私奴も鰻が待ち遠しいです」
カレンもシャイタンも海産物で一番のお気に入りが鰻で串焼きに嵌り、後にスキュラからご飯の上に載せても美味しいと聞き鰻丼をこさえてみたらこれまたアシュリー工房の皆絶賛で鰻がブレイク中だ
「・・・ねぇフラミー」
ふと背後に振り返りフラミーに尋ねる
「はい」
「これって現実かな?」
此処一週間毎日繰り返されるやり取りだ
「と言いますと?」
主の紡ぐ台詞は判っているが続きを促すフラミー
「本当はドラゴンの宝玉は無事売れてベッドの中で見てる夢じゃないかな」
失敗作とは言えドラゴンの素材を用いた魔導具、星金貨500枚で売れる算段だった
もしかしたら、万が一にもあの後の出来事が夢で今も夢の最中なのでは? と現実逃避する
現実逃避でもしないとやってられない程の借金なのだから仕方が無いと言えば仕方が無い
「くくくっ、あの体験を夢にするには勿体ないです。現実ですよ」
「そうなの?」
「はい」
「星金貨400万枚の借金も現実?」
例えばアシュリー工房がルルアに無かった場合、ルルアにこれだけの人が集まらずあの事件での補填も星金貨数万で済んだかもしれない。だが現実は非常、無常だった。
カレンの借金返済元はシャルマーユ本国で一時的に本国に建て替えて貰ってる有様だ。
「ええ、現実です。精一杯務めて返済しなければなりませんな、くくくっ」
どう真面目に働いても生涯返しきれない額へ真面目に向き合えとフラミーは諭す
「止めてっ聞きたくない」
遂に釣り竿を手放し頭上のうさ耳を抑えてフラミーの言う現実から逃れるカレンだった
「ふっ、時にカレン様」
この一週間主とフラミーのこのやり取りが好きなシャイタンが有る事を閃き主に振る
「ぇ、何?」
「奴隷の鎖自慢という言葉をご存知ですか?」
釣り竿を持ち直し初耳の単語に続きを促す
「何それ、鎖が自慢になるの?」
「ええ、長らく奴隷の身でいると奴隷は驚く事に自身を繋ぐ鎖の自慢をし始めるのですよ。どちらの鎖のほうが高価等と競ったりします」
奴隷の物自慢はこの時代珍しいものではなく、奴隷の多いルギサンド大陸では正に鎖自慢がある
それに加え奴隷の期間が長すぎると奴隷以外の選択肢が無くなり、自由を恐れ自ら奴隷に戻るという悪循環も間々ある
「そうなの?」
カレンの場合借金奴隷だがその実態は全然奴隷と違う
これはカレンの保護者の力あっての事だが例えアリスやシャイタンが居らずとも一部の賢者の力で似た境遇になっていたであろう
「ええ」
「それってつまり・・・どういう事?」
シャイタンの意図が掴めず素直に問う
「カレン様の鎖は周辺国一立派なのでどうぞご存分に自慢されてください」
周辺国処か個人では世界一の借金頭だ
「何よそれ! シャイタンさんの意地悪っ」
「「くくくっ」」
主の泣き顔にシャイタンも背後のフラミーも笑みが零れてしまう
そんな和気藹々? の最中カレンの釣り竿が強烈に引かれる
「―――って、なにこれ!?」
余りの引きの強さにカレンは立たされ、それ処か湖に引きずり込まれそうになるが咄嗟にシャイタンがカレンの背後に回り込み助け舟を出す
「「カレン様!?」」
フラミーにもローブを噛み締めて貰い、シャイタンに背後から一緒に釣り竿を持つ形となる
「おっも・・・なにこれ」
スキュラ特性の釣り竿はしなりはしても決して折れないのだが今回の引きは正に釣り竿が折れるかと心配する程強力だった
「カレン様私奴が引き上げます」
カレンに代わりシャイタンがあっさり吊り上げたのは2m近い大きい魚でシャイタンが片手で持ち上げカレンに見せる
「おお~でかい魚ねっ」
カレンが恐る恐るその巨大魚にツンツンと触れながら感想を漏らす
「はい、これも食用でしょうか?」
釣りを始めて今回一番の大きさの釣果だが食えるのかが問題だ
「ん~」
カレンにも初見で判断が付かず可愛く首をひねっていると背後から答えが掛かる
「ふむ、御二方。それはクロマグロと言って刺身の王と言われる程美味な魚です」
「ほう」
「へぇ~王様ねぇ。食いでがありそう」
事実クロマグロ一匹で夕餉の食卓に足りそう・・・否、シャイタンとコボルトなら食べ尽くしそうだと自問自答しハマチと合わせて今日は之で十分の釣果と2人と一匹は帰宅する
アシュリー工房-夕餉-
「今日も相変わらず一日釣りか」
食卓には巨大な魚の兜焼きと刺身がズラリと並んでおり今日のカレンの行動がこれだけで判る程だ
「何よ、今日は凄いの釣れたんだから」
「凄いのは見た目で判るけどよ、おめぇ何時から釣り師になったんだよ」
最初の2,3日はコボルトも真面目に働けと口を酸っぱくしてたのだが、流石に額が額だけにカレンの自棄っぷりも判らないでも無いので今では小言を言うのを止めたコボルト
商品の不足品や人気の100食限定弁当を作ってくれるだけまだマシだと思う事にした。
気を取り直して食初め、コボルトが刺身を一気に2,3切れ摘まんで山葵醤油に付けて食べると今までの刺身とは格別の旨味が口内を襲う
「うめぇ! おいカレン蒸留酒を頼む」
「私奴は古酒をお願い致します」
食事時配膳はカレンとアリスがするが飲み物は日々個人によって別れるのでその都度カレンが用意している
コボルトはいつでも蒸留酒、シャイタンは葡萄酒と偶に料理に合わせて古酒、アリスは古酒、アマネとカレンは葡萄酒、フラミーは偶に古酒といった具合に其々好みが分かれている
「おいし~。マグロまで釣れるとはカレンやるわね!」
これまた幾星霜振りのマグロにご満悦のアリスがトロを味わって感動していた
「脂身のトロが最高ですぅ」
アマネもトロに夢中でぱくぱく食べている
「おう、幾らでも食えるなっ」
「おい先輩取り過ぎだ、俺にも分けろ」
「もう、切り分けるから待ってて、はいフラミー」
フラミーの分を切り分け、フラミーの皿に刺身の赤身とトロ部分山盛りに盛って差し出しながら健啖家2名を仲裁するカレン
「有難う御座います」
フラミーも目の前の御馳走に夢中になって食らいつく
「ふぅ、食った食った」
「カレン様、今日も美味でした」
結局予想通り我が家の健啖家2名が殆ど食べ尽くしコボルトなんかはぷっくり膨らんだ腹を摩っている
シャイタンは容姿は変わってないが大好きな刺身の王を食べれてご満悦だった
「食後のデザートは今日は梨ですよぉ」
食後のデザートは毎回カレンの手を加えた菓子か果物かで変わっており今日は梨そのままがデザートだ
「おっ今日は梨か」
カレンとアリスが手際良く皮を剝いて各皿に盛るが待ちきれないとコボルトが皮ごと1つ丸飲みし、シャイタンも負けじと皮ごと齧りついてアマネに窘められる
「これやっぱり美味しいわね」
梨は桃に続いてカレンのお気に入りの果物で葡萄とどちらが良いか迷う程だ
「さて、飯も食った所で明日の話なんだが」
腹を摩りながらコボルトが切り出す。
正直結果が見えてるので面倒だが言わずにはいられないので渋い表情になってしまう
「明日? 明日は給金日でしょ」
明日は1日でアシュリー工房の給金日だ、カレンの予定は既に出来ている
が・・・・・
「そう、その給金だがカレンの分は無いぞ」
場の空気が固まるがそれも一瞬
「はぁ!? なんでよ!!」
うさ耳をプルプル震わせながら憤慨し、机に乗り出すカレン
そんなカレンを正道で言い負かすコボルト
「半分はいつも通りシャイタンに預かってもらい、もう半分は返済に充てる。何か文句あるか?」
これでもまだコボルト也に温情のほうなのだ
本来ならばシャイタンへの預かり分も返済に充てるのが正論なのだから
しかしそんな常識カレンには関係無かった…
「大有りよ! 星金貨400万枚なんて返せる訳無いんだから半分は好きにさせてよっ」
正々堂々と踏み倒しを宣言するカレンにコボルトは額に手を当てやれやれと意気消沈してしまう
ある意味清々しくも有るカレンだった
「額が大きいから返済を諦めるなんて商人がしていい訳ねぇだろ」
商人は破産するまで諦めない物だ。
最もカレン・アシュリーの場合借金奴隷の身なので破産もとっくに通り過ぎてるのだが…
根っから商人気質のコボルトがそんなカレンの居直りを良しとする筈も無くカレンを嗜める
「星金貨400万よ!? 400万、カジノで一攫千金でも狙わないととてもやってられないわよ!」
そう、もはや借金返済には一攫千金しかないとコボルト&フェアリー遊技場に給金を賭ける腹積もりだったカレン
「やっぱりカジノ行くつもりだったか・・・却下に決まってるだろ」
カレンの軽率な行動等お見通しのコボルトが釘を刺す
腹癒せにコボルトの全身の毛をもみくちゃにしながらも不貞腐れつつ文句を言う
「何よケチ! あんたも協力してくれてもいいじゃない」
「生憎だが借金はアシュリー工房じゃなくておめぇ個人だからな、俺っちらはいつも通り配当だ」
前回の騒動の戒めも込めて借金はカレン・アシュリー個人宛となっている
賢者会議でこの処置も騒動があったが真面目なコボルトを巻き込む訳にはいかないと最終的に全会一致となった
「うわあああん姉様あああ」
遂に心が折れて姉に泣きつくカレン、そんなカレンをよしよしと宥めるアリスとアマネ
カレン・アシュリーの借金返済はまだ始まってすらいない……
給金日の午前、カレンは閃いた
(そうよ! トレハンになろう。トレハンになってお宝見つけて一財産築けばいいのよっ)
馬鹿な考えがカレンに過った
「そうだわ。それしかないわ!」
うさ耳をピンッと立たせて鼓舞するカレン
「あら、カレン様どうされました?」
今日も今日とて釣りに来ていたカレンが急遽勢い良く立ち上がったのを見てルサルカが訪ねる
「ルサルカさん私トレハンになるわ!」
カレンの突飛も無い申し出にもルサルカは呑気に頬杖をついて答える
「はぁ―――」
「トレハンになってお宝見つけて借金ちゃらにするのよ!」
カレンの身に纏った神器や聖遺物を見てルサルカは指摘するべきか悩んだが…
成り行きを任せることにした
「えっと・・・・・応援してますね」
「ええ、早速行ってくるわ!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「なれる訳無いでしょ」
開口一番「私トレハンになるわっ」の返答だ
錬金組合ルルア支部-リールーの部屋-
トレハンになるのになぜ錬金組合かというとリールーにトレハンの許可を貰うためだ
「なんでよ」
リールーの部屋で他に人も居ないのでフードを脱いでうさ耳をピコピコ揺らしながら何故かと問うカレン
そんなカレンに現実を叩きつける
「あのですね、特注の拘束具で自由に往来を行き来してるカレンさんは自覚無いでしょうが貴女今借金奴隷なんですよ? 奴隷にそんな自由有りません」
本来借金奴隷は指定された国家事業にあてがわれ、其処で拘束されながらも従事するのが基本だ
カレンの無邪気さと身内の保護欲のお陰で借金奴隷ながらもこうして往来を自由に行き来できているのが特殊なのだ。
「そんなぁ・・・」
当てが外れてしょんぼりと帰路に着くカレン・・・が、又も閃きリリーに騎乗して駆けるカレン
トレジャーハンター組合ルルア支部
(あっ居た居た)
「シドさんお久しぶりです」
トレハン組合のいつもの定位置で葡萄酒を煽っていたシドに気さくに話し掛けるカレン
「ああ、カレン嬢久し振りだな、何か依頼か?」
「えっと、今日は依頼じゃなくて相談なんですけど良いですか?」
「勿論だ、聞こう」
一も二もなく胸を貸すシド、、、だが
「シドさん助手要りませんか!?」
カレンの興奮振りとアイマスク越しでも判る程瞳をキラキラさせた質問にシドが眉間の皺を解しながら詳しく追及する
「――あ~その、詳しく聞こう」
そしてカレンはシドに事の顛末を打ち明けた
オークションで手に入れたドラゴンの素材で魔導具を作成し、それの誤爆でルルアが浮上したと
カレンの独白を聞きシドは留守中にあったルルア浮上騒動の原因が解り困惑振りが増してしまった
「なんと・・・あのルルア浮上騒動の原因はカレン嬢だったのか・・・・・」
「はい…それで借金が星金貨400万枚できちゃってもうどうしたらいいやら―――」
カレンも葡萄酒を注文し、それをちびちび飲みながらシドにやるせなさを打ち明ける
「むぅ、そういう事なら力になりたいが、流石にトレハンで星金貨400万枚稼ごうと思ったら生涯賭けても難しいな」
シドがトレジャーハンターの実情を明かす
トレハン組合が出来てまだ50年も経ってないが星金貨云百万の秘宝は未だ発見されていない
秘宝より未知の未開地の開拓が主な実業だと切々と説く
「そうなんですか?」
「ああ、俺が以前発掘したミスキアの聖遺物でも星金貨30万枚だったからな」
「星金貨30万枚!? 凄い」
金額を聞いてフード越しでも判る程うさ耳を立たせるカレンにシドがどおどおと落ち着かせる
「ははっ、流石に価値が星金貨30万枚とついただけで俺の懐に入ったのはその10分の1だがな」
シドが発掘したのはミスキアの古い宗派の聖遺物で正確には値段の付かない品だ
シドへの報酬の手前その金額が設定されただけで星金貨30万枚が高いか安いかは誰にも解らない
「それでも星金貨3万枚ですよね? 凄い大金だわ」
ほぇ~と感想を零すカレンだがそんなカレンに注意も忘れないシドだった
「確かに大金だがトレハンになって危ない真似をするよりはカレン嬢の場合錬成品で稼ぐほうが確実だと思うぞ」
抑々カレンにそんな危険な真似させる気も無い。
万一トレハンに連れて行って怪我でもさせたらアリスとシャイタンが恐ろしいと想像しただけで身震いしてしまう程だ。
「そうですかぁ。相談に乗って貰って有難う御座いました」
こうしてカレンの閃きはことごとく失敗に終わりトレハン組合を後にする
そんなカレンを見送りながらシドは真っ先に思った感想を胸の内に零す
(星金貨400万の借金か…普通なら発狂するものだが、カレン嬢もやはりどこか人の枠を超えてるのだろうな)
常人なら廃人になってもおかしくない現実だがカレンは普段と変わりなかった
改めてカレンの逸脱振りに感心するシドだがとあることを思いつく
(むぅ、そういえば…あの情報をアリス嬢かシャイタンに話せば何かの切っ掛けにはなるのではないか?)
今度アシュリー工房に行ったときにでも話してみようとシドは心のメモにしたためる
果たしてカレンは無事借金奴隷から解放されるのか、未だ借金は手付かずだ。




