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臆病兎の錬金経営譚  作者: 桜月華
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08話 叶える錬金術師

幻神歴2958年02月12日


エーテルポーションについての契約が済んだ翌日


宿代は今日の分まで組合が負担してくれていたがこの先は自腹なのでポーションの思わぬ大金が入ったことも考慮してとりあえず宿の継続は夕方に考えるとして本日の行動についてカレンとコボルトは朝食に舌鼓を打ちながら話し合う。


ちなみに今朝のメニューは朝からガッツリ腹持ちの良い熊肉と芋がゴロゴロと入った辛味のスープとふっくらとした焼き立ての柔らかい素パンと山盛りの新鮮なサラダと一段と豪勢で葡萄酒の飲む手が止まらない御馳走だ。


「まずは確認だ。今の資金は星金貨1枚と金貨577枚と銀貨383枚。星金貨はおめぇの要望もあるがいざという時の非常資金として置いときたいから温存には賛成だ。なにせ希少で所持してるだけステータスなんて言われたらおいそれと使えねぇしな」


大混乱だったエーテルポーションに関しての契約、その代金の星金貨についてカレンがしどろもどろになりながらも「気に入ったから」と明らかに本音を隠した建前が見え見えだったが、今後の資金繰りを看過見て虎の子として温存しとくのも有りとコボルト也の理由からも同意した結果だった。


「うんうん」


錬金術以外に執着する物が殆ど無かったカレンだが星金貨の不思議な魅力に捕らわれ、完全な我儘で手元に置いときたいと言ったのだがコボルトの非常資金という考えにも有用と素直に頷く


「だから実質使える資金は金貨577枚と銀貨383枚、これだけと思って今後は行動するぞ。まずは土地屋にいっておめぇの気に入った曰く物件の様子見にいくぞ」


「曰く言わないでよ、そんなの気にしないんだから」


「へぃへぃ。さっさと食って土地屋行くぞ」


「あ、ちょっとそのパン最後に取っといたのに!」


カレンの隙を突いてパンを掻っ攫い丸飲みしてスピカ亭を出る。

一度訪ねたコボルトが先導して土地屋へ向かうが、呑気に市場の品々を見物するカレンとは別でコボルトは普段なら自分こそ市場調査に目を光らせるのだが今後の資金繰りについて思考に耽っていた。


(やっぱどう計算しても資金が足りねぇ…仮に物件を予定してる工房で決まったとしても金貨280枚に建物の手入れで金貨350前後になりそうだな。すると残りが金貨220枚ぐらい…錬成道具と素材を一通り揃えるには不安だ。

建物の手入れの間に鉱山で発掘と渓谷で採取するしかねぇな)


コボルトの不安は最もで錬成ができない現状ではかなりひっ迫していた

錬金術師の技法ともいえる錬成には錬成台が必須で、これが無いと錬成陣があっても錬成できないのだ。

錬成台にはピンからキリまで有り、安物なら銀貨20枚から高額な物だと金貨数千枚という途方も無い品まであるが金貨云百枚以上の品は大規模錬成用で集団で使用する品なので個人では扱えない代物でそもそもそのような品は個人での購入は理由がない限り禁じられている。

錬成台に自身のエーテルを干渉させ錬成陣を描いた紙を台の上の置いて初めて錬成可能なのだ。

使用する度にエーテルを干渉させるので月日の経過でより錬成台は洗練され専属化する。


そんな錬成台が今は無く、素材があっても活かせないので物件の次に優先するのが錬成台だ。

当然入手手段も既に調べており、組合で手配すれば要望の品を仕入れられるが注文から組合に届くまで2週間は掛かるとのことでどれだけ急いでも工房を整えて錬成台を設置してから資金作りの開始となる。


皮算用だがとりあえず一段落着いた所で、相変わらず豪奢な建物が目に入り目的地に到着した。

前回と違い緊張することなくドアベルを鳴らすと暫くしてルナードが出迎える



「これはこれはコボルトさん、先日振りです」


「これはどうも。先日話した件で相棒と土地を直に確認したいと思いまして寄らせてもらいやした」


気さくに握手を求めてきたのでコボルトが応じるとルナードはカレンに向き直り手を差し出し初対面の時同様の挨拶を交わす


「それは重畳。コボルトさんから伺っております、ようこそ。この地を治める領主、シャナード・ガル・ルルア・ゲイツ様より代官を命じられたレントン・ハッセが構える土地整理屋で私はルナード・スイランと申します」


「どうも、錬金術師のカレン・アシュリーよ。これ身分証と預かってた図面よ」


握手を交わした後に懐から身分証と図面を取り出しルナードに差し出す

土地屋の管理する図面はあくまで預かり物なので同時に返却を済ませる


「はい、ご確認させて頂きました。有難うございます、それではどの土地から見て回りますか?」


「召喚師の工房を案内してもらえる?」


「―――例の工房でございますか? 失礼ですが工房の以前の住人についての話は・・・」


カレンの要望にルナードは首を捻らせコボルトに問いかけるがカレンが遮る


「大丈夫よ、コボルトからちゃんと聞いてるわ。それでも興味あるのよ」


「畏まりました、ここからですと徒歩では時間が掛かるので手前の馬車で現地まで案内致します」




事情を把握した上での要望なら問題無いとルナードは馬車を用意し、カレンとコボルトを対面に乗せ御者に目的地を告げると馬車は勢いよく走り、早くも市場を抜け商業区の北へと向かい、カレンはこの辺りはまだ足を延ばしたことは無いので風景を眺めるが市場の賑わいから離れ、人の声も無くなり様々な店や工場等が立ち並ぶ外観を気に入り、この静かな空間に落ち着く


建造物も見えなくなって間もなくして馬車が止まり御者が到着を告げ、3人が馬車から降りると先程までの舗装された地面から離れた其処は、辺り一面地面の平原で真っ先に目につくのが煉瓦式の家だが黒一色で塗り尽くされており一際目立つ家だった。

家の左には家と同等の広さの花壇があるが長年手入れされていなかったようで草花は全て枯れていた。


「禁術なんてのに手を出す輩の工房と聞いて廃墟のようなイメージを勝手にしてたが……思ったより普通の家だな」


脳内で勝手に如何にも怪しい廃墟然とした家を想像していたが色と煉瓦建築を除くと見た目は住宅地によくある普通の家だったことに意表を突かれる


「ええ、築年数もまだ10年も経ってないので経年劣化もまだ微々たるものです。ご覧の通りで前の住人は拘りがあったようで値の張る煉瓦建築で黒一色で外装塗装されております」


「花壇の広さも申し分ないし家の外見も良いけど色が気になるわね」


「確かに目立ちはするが、なんか場違い間があるな、おめぇなら何色がいいんだ?」


「そうね~屋根は黒のままでいいけど他は銀と金で調和を取りたいかな」


「ふむ、なら塗装代も掛かる訳だな」


ルナードの口上に2人とも色に駄目だししてどの色ならいいか話し合い、そんな2人を黙って見守り区切りのいい所で再びルナードが口を開く。


「外観はもうよろしいでしょうか? 満足いただけたら室内の案内に移りますが」


「おねげぇしやす」


「お願い」


鍵を取り出し解錠しすると数年振りに開かれた扉を通り踏み入るとまたも2人は驚かされることになる

室内も黒で塗り尽くされていた。


「って、中まで黒一色かよ!」


前の住人はそれほど黒に固執していたのかと呆れを通り越して関心してしまいカレンも同様だった。


「少々お待ちを」


「エーテル灯?」


ルナードの声の後一呼吸の間を置いて部屋が煌々と照らされ、天井に設置された照明具を確認するとカレンが関心したように問いかける


エーテル灯は魔力灯と異なり使用するのに外部の力を必要としない珍しい魔道具で希少品だ。


「はい、家内の全所にエーテル灯が備わっております。ここがリビングルームですがご覧の通り持ち運べる値の着く品や貴重な資料は一通り押収されたままなので家具が乱雑になっております・・・」


「建物が荒れてないだけ十分よ、家具もそのまま活用するから丁度いいわ」


「この広さならここを売り場にしても十分だな」


長年手入れされてないので埃や汚れが目立ち、家具は乱暴に倒されたりしてるが、汚れは掃除でなんとでもなるし家具も壊されてはいないのでそのまま使用もできそうなので2人に不満は無く、コボルトは間取りを確認して商品棚の設置や勘定台の置き場を想定して満足気に頷く。


「それはなによりです、奥にベッドルームと使用されてないフロアがありキッチンと浴場もございます。まずは浴場からご案内しますのでどうぞ」


壁や通路も随所を確認しながら案内のまま付いて行きリビングとフロアの合間にある扉を開けると一際に場違いな空間が2人の眼前に広がる。


大衆浴場にはとても及ばないがそれでも十分に広く、個人宅には不釣り合いな浴場があった。

手前にトイレもあるが下水まで調整されてるのかと2人は感心して湯舟を観察する

個人宅で浴場があるのは上流階級の屋敷しかまず考えられないが…目の前の浴場は客の想定を一切していないようで装飾など一切無く武骨な造りだが、湯舟の広さだけならおそらく下手な屋敷のそれより大きかった。


「召喚獣用だけあって広いわね、人間なら10人は余裕で入るわね」


カレンの呟きにルナードが補足する


「私は専門外なので詳しくはありませんが・・・召喚獣の中には湯浴みが欠かせない者もいるとかで、なんでもわざわざ追加工事で地下水道から掘り出し魔力炉を床に設置して水とお湯が直接出るようにしたらしく、キッチンにも通じております」


「湯浴み要求する召喚獣とかとんだ金食い虫じゃない…でもキッチンでも水とお湯使えるのは嬉しいわね」


「俺っちなんて金食い処か金策にこき使われてるってのに・・・どんな召喚獣様だよっ」


その工事と魔力炉だけでこの物件の代金である金貨280枚を軽く超える出費なのだが浴場の有難さに感激していた2人は召喚獣の要求での所業と知り呆れ果てる


召喚獣や幻獣等は個体個体で契約内容が異なり上級の位となるとその要求も様々でこの家の住人だった召喚師もおそらく上級召喚獣の我儘に四苦八苦していたのだろうが…そんな苦労に縁の無い2人は単純に金食い虫としか思えず、コボルトは自身の境遇と重ねて悪態を付く


「あはは……続いてはキッチンへご案内します」


風呂部屋の隣側の扉を開くとキッチンと小スペースではあるが食卓場が見えるがやはり埃が目立ち、場所が場所だけに不衛生な印象を感じるがカレンはキッチンの備え付けの設備や道具を1つ1つ確認していく


「ん~召喚獣の食事の用意でよく利用してたんだろうけど、調理器具や香辛料の残りを見る限り料理は雑だったようね。大量生産の為か設備は充実してるけど殆ど生かしきれてないじゃない」


「おめぇが拘り過ぎるだけだろ…」


コボルトには拘り過ぎと釘を刺されるがやはり料理の心得がある身としては新たに調理器具の買い足しや香辛料の錬成を発起させる。


「キッチンも満足して頂けたようで、次はベッドルームへご案内します」


その様子にこの場も満足されたと感じ取りルナードも気分良く次へと案内する


玄関から直にリビングで、リビングから通路に続き、通路には4つの扉があり左側の2つに台所部屋と風呂部屋となっており、反対の右側の部屋がベッドルームと空室となっているみたいで台所の向かい側がベッドルームらしく扉を通るとカレンが室内の異質差に気付き、室内を見渡すがベッドはおろか家具が一つも無く床に散らばってる書類や本を見るに本棚もあったようでどうやらベッドと同様に押収されたらしい


「リビングの半分程の広さか、図面通りでどうやらリビングの奥の4室は同じ広さで外観通り長方形の間取りだな。ベッドは―――押収されたってことは良いベッド使ってたんだろうな」


ベッドがあれば家具代も結構浮くと思ってたのだが良い品だったせいで押収されてしまい、室内に他に家具も無い所を見るにベッドルームの家具には金を掛けていたらしく丸ごと押収され、家具代に結構掛かるとコボルトは内心で舌打ちしてしまう


「床に散らばってる書物と書類の量からどうやらここを工房にしていたようね、この部屋だけエーテルが干渉して建物内で力場が異なるわ」


「ほう、う~む。確かによく見たら床や壁に召喚獣の引っ掻き跡が結構あるな」


「ここは傷などが目立ちますが隣の空室は同じスペースで未使用なので綺麗なままですのでそちらはそのままでもご使用できますよ」


カレンの推察にコボルトが改めて部屋をよく観察する、確かにこの部屋には召喚獣の形跡が見られ、部屋の至る所にある爪痕を指摘するとルナードが不安要素を払拭するべく空室の良さをアピールする。


「なら何方かをコボルトの部屋にしましょうか。フロアの案内は結構だから地下室に案内してもらえる? 私的にはそこが肝心なのよねっ」


図面にはリビングを除く奥の4室の地下に4室分の地下室があるがその入り口が今まで見た所では無かったのでやきもきして地下室へと急かす


「自前の部屋か…悪くねぇ」


コボルトは自前の部屋と聞いて自身のコレクションの銀を並べてその中心で寛ぐ自分を想像してにやける


「畏まりました。地下への階段はこの部屋の―――この壁を押すと、ご覧の通りです」


てっきり野外に入り口があるのかと想像していたがまさかの隠し作りでベッドルームの壁の一部をルナードが軽く押すと壁が反応して地面に潜り、地下へと続く階段が顔を見せていた。


「隠し地下室?! 益々いいじゃない! ここは私の部屋で決まりねっ」


「おめぇのセンスがいまいち理解できねぇ…」


カレンの刺激ポイントに共感できず、コボルトは呆れながらも1人地下室へと駆けるカレンに続く

そしてこの家に入って一番に驚かされることになる


カレンが地下室の中央で佇んでいるがその足元、いや、地下室の床一面になにかしらの陣が刻まれていたのだ


「うげっ、魔法陣?! いや召喚陣か? これ危険はねぇんですかい?」


コボルトに続いていたルナードに問いかける


「はい。衛兵の話では既に召喚済みの陣で力は消失しているのでわざわざ刻まれてる陣を崩す手間を掛ける程でもないとのことで……」


「そうですか。しっかし、図面通りの広さだが床の陣以外なにもねぇな・・・」


描いてるのなら消せば済む話だが刻まれてるとなると陣を崩すのも一苦労だが、既に力が無いとのことで安堵するが幾ら安全と言われても慣れない地下室に不気味な陣があるこの空間が不気味でさっさとベッドルームに戻ろうと、地下室に着いてから無反応のカレンに近づき様子を伺うがブツブツと小さく独り言を呟いていた。


「隠し階段…地下工房…それっぽい陣……」


「ん? どした?」


話し掛けたもの、これはもしやとスピカ亭でのはしゃぎ振りを連想して呆れるコボルトだが、そんな事情を知らないルナードは地下室に来てから無言で佇むカレンの様子に困惑し駆け寄る、もし地下室が原因で体調不良になったとなれば自分の責任となり、ひいては代官の名に傷が付きかねないので必死だった


「如何なさいました?! ご気分でも優れなく・・・」


「凄いわ!! 完璧よっ! 決めたわ、ここを私の工房にするわ!!!」


ルナードの心配を他所にカレンは豹変して歓声を上げて地下室を子供のように駆け巡り大はしゃぎでその様にルナードが唖然としてしまいコボルトはやっぱりかと溜息を零す


地下室や隠し階段に続きこの不気味な陣がカレンの琴線に止めを刺したらしい


「まぁ、そうなるだろうとは思ってたが、思ったより建物には満足だから俺っちも賛成でいいぜ」


状態が思ったより悪くなく、値段的にも懐に良いのでカレンの様子から半ば此処と決まってたので大人しく賛成を示す


「ぇ―――えぇ、よろしいので、、、失礼しました。こちらの物件の契約ということでよろしいでしょうか?」


カレンの豹変振りに度肝を抜かれ、茫然としていたが2人の声で気を取り戻しなんとかルナードが状況を把握する

仕事上いつも通りに案内はしたものの、まさかこのような事故物件を即決で気に入るとは思わなかったので念の為確認する。


「ええ、早速お願いするわ!」


カレンのアイマスクの上からでも判る喜びようにルナードも思わず笑みが移り善は急げと早速契約を促す。


「畏まりました、では店に戻り早速契約の手続きを致しましょう!」






行きと同様に馬車で土地屋に戻り、接客室で差し出された果実水を飲みながら興奮を冷ましているとルナードが書類を用意して戻って来て2人の正面の椅子に座り手続きを始める


「それでは此方が契約証になります。ご希望通り賃貸ではなく買取ということで、お支払いは何年払いになさいますか?」


「全額今払うわ」


カレンの宣言にルナードはまたも驚かされるがそれも当然で、貴族や上流商人でもない限り土地の一括買い等まず無理だ、金貨280枚とはそれほどの金額なのだ。


「そ、そうですか。畏まりました、では物件代金の金貨280枚と手数料で金貨5枚と計金貨285枚となります」


手数料の金貨5枚が高いと思われるが抑々、契約に用いる紙が高額な品で羊皮紙とは比べるまでも無い品質だ。

それに加え組合への書類上の手続きの手数料も含まれてるので金貨5枚は妥当な金額だ。


「はい、丁度285枚入ってるわ」


既にカレンは図面だけであの家と決めてたので予め聞いていた土地代と手数料を硬貨袋に枚数揃えて用意していたのでそれをルナードに渡すと「確認させて頂きます」と断りを入れて手早く中身の金貨を並べて枚数を確認し終える


「確かに、それでは此方の3枚の書類に記入をお願いします。組合への諸々の手続きは此方で行いますのでお任せください」


カレンの前に差し出された紙は見事な品質で、純白の混じりの無い一級品で上部に代官のシンボルと名前が記載されており、その下に小さい字で事項が事細かに記載されていた。


記入箇所は名前だけなのでカレンは特に書類に目を通さずささっと署名を済ませルナードに確認してもらう


「これでいいかしら」


「はい。それではこれがあの物件の権利書と鍵になります。お買い上げ誠に有難うございます」


先程の紙の内1枚と羊皮紙の権利書が5枚ほど手渡され、これであの家は正式にカレンの所有物件となった。


「ところでルナードさん、あの家の修繕や塗装を考えてるんですがそれらの手配も此方でできるんですかね?」


契約が滞りなく済んだ所で果実水を飲み干したコボルトが疑問を問いかける

土地屋なら大工や左官とも繋がりがある筈と踏んでの問いだ


「ええ勿論です。専属契約してる腕のいい左官と大工がおりますので請け負いますよ」


「ならベッドルームの修繕と厩舎の建築、それと外観と内観の塗装を依頼したいんですが」


「承ります、塗装のご要望はどのように?」


「色は興味ねぇからおめぇに任せるぜ」


家の有様を考え、コボルトが思いつく限りの要望を出すと後はカレンに丸投げした。

厩舎は自作とも考えたのだがあの木々の溢れるテンゲン大樹海とは異なる街中ではそれも難しいと思い至り厩舎の建築も頼むことにした。


「任せて。屋根はそのままで外観は銀と金で調和良くお願い、内観は―――そうね、地下はそのままでベッドルームをローズピンクでお願い、空室はピンクホワイトで、他は全て塗装を剥がして煉瓦剥き出しで構わないわ。あと花壇の反対側に一頭分のサイズでいいから厩舎の建築をお願い。それと玄関のドアの上部に小窓でいいから嵌め込み硝子を設置できるかしら? 錬金工房のヘルメスの図柄で」


カレンの指定した部屋の色を想像してこんな所で意外な乙女感出てるなとコボルトが胸の内で笑うが、ヘルメスの嵌め込み硝子には素直に関心していいアイデアと胸の内で褒める


「色付き硝子の設置も可能ですが組合と全く同じデザインは法律上できないので一部修正が必要になりますが如何なさいますか?」


「そうなの? そうねぇ、ん~」


「いっその事兎の耳でも生やしちまえよ」


予想外の駄目出しにカレンがうねり声を上げ熟考するが工房なのだからデザインはヘルメス以外考えらず、たっぷり思案してる間にコボルトは果実水の御代わりを頼み、それも飲み干すと適当に案を口に出すが完全に冗談のつもりだったのだが…


「くふっ、面白そうね、それでいきましょう。黒の兎の耳を生やして頂戴」


自身と同様にうさ耳を生やしたヘルメス神の硝子を想像して正に自分の工房らしいとコボルトの妙案に満足してそれに決める


「承りました。そうですね―――期間は一か月程頂きまして費用ですが金貨で28枚、ですがあの物件を購入して頂いたので気持ち程度ですが金貨25枚でどうでしょうか?」


「まぁ、ありがと! その代金も今即金で払うわ」


高い出費だが思わぬ値引きの提案に満足して懐から硬貨袋を出して金貨19枚と銀貨300枚を支払う。

目の前で数えて出された硬貨にルナードも目算で間違い無いと代金を受け取り新たに羊皮紙の書類を机から取り出しカレンに渡すが、書類と共に一向から先程の要望の中に肝心の物が無かったので自前で用意するのだろうと察するがそれもサービス心で提案する


「有難うございます。それではお手数ですが此方の作業契約書類にも記入をお願いします。それと商店も兼ねた工房ということで、よろしければ看板の制作設置もサービスで行いますが如何でしょうか?」


ルナードの提案に喜びより先に忘れていたことを思い出す2人だった


「それは忘れてたわ……どうしよ?」


「俺っちも失念してたぜ、おめぇの工房だからそれもおめぇが決めな」


「ん~~……」


2人とも工房を構える事に必死で名前など考えてもいなかったので思わぬところで難題に突き当たりまたも熟考するが看板のイメージが全然浮かばないのだ、単純に自分の名前を付けてカレン工房でもいいのだが店としてはどうかと案を引っ込ませる。


「お悩みでしたらシンボルをお決めになってそこから考えるというのも有りかと、時間はありますのでいつでも構い・・・」


「シンボルっ! 決まったわ。アシュリー工房で。シンボルはコボルトのデザインでお願い」


ルナードの言に閃いたカレンは店のシンボルにコボルトを想像し、名前ではなく苗字を看板にすることに決めた。

これにはいつか店の名を広めて姉に伝わってほしいとの希望が詰まっていた。


「なるほど! 良い看板ですねっ、それで手配します」


「俺っちのシンボルねぇ」


「2人の工房なんだからこれがいいでしょ」


「へっ」


「ふふっ」


こうして漸く2人の夢だった工房、アシュリー工房を持つことができた。

まだまだ店を構えるにはやる事が山のようにあるが、工房という大きい目印が叶ったことで一先ず2人は達成感に浸る事にした。

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