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臆病兎の錬金経営譚  作者: 桜月華
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69話 姉兎の回葬 中編

(荒神はカレンまで私から奪うの?!)


アリスは蹲って泣き続けた・・・


かつての父の様に唇からは血が垂れていた


愛する両親も先生も使用人も屋敷も失った、唯一残されたカレンまで今失いつつある

カレンの疫病の症状からまだ初期症状の様だが一月もしないで死に至る疫病だ

薬学や医術の知識を詰め込んだアリスでも未知の疫病等どうしようもなかった。診療所に連れて行けば特効薬はあるが身分証が無いのでどうしようもないし抑々カレンの獣憑きが確実に判明する


(考えないと・・・どうしよう? どうせもう人間は殺して外道の身に堕ちてるんだから――カレンの為なら私やカレンの様な子供と赤子を殺して身分証を奪って偽ったとしても―――カレンの獣憑きが・・・)


アリスはカレンの為なら如何な非道の手段でも取る覚悟だ

それでも、これだけは解決策も浮かばなかった・・・対人法具で医者を脅そうにも抑々殺したらカレンへ薬を与えられないので意味がないので脅しの効果が無い。最悪医者を殺した後に薬を手当たり次第物色した所でどれが特効薬か判らないし疫病に効果のある魔法という噂もある。


(・・・取り敢えず診療所を見てみよう)


打つ手が無いので此処で悲観に暮れていても意味は無い

アリスはすぐさまこの町に幾つかある診療所を確認しようと再びローブを被って町を駆け回った


2日掛けてこの町にある最後の3件目の診療所を確認したがどこも番兵が診療所の前に立っていた

カレンの症状はまだ体調不良にはなってないようだが斑点が手から腕まで広まっていた


番兵は対人法具で殺せても肝心の診療が・・・


(荒神様、私はどうなってもいいしなんでもします。せめてカレンだけは助けてください――)


そんなアリスの願いが届いたのかどうか、最後の診療所から自分より一回り小さい子供が掛け出してきた


(・・・)


そしてアリスはそのまま3件目の診療所を観察し続けた

どうやら荒神はアリスの願いを聞き入れてくれたようだ




2日後、偵察から家に戻ったアリスはカレンを大事に背中に抱えて必要な物全てを抱えて家を後にする

もう此処には戻ってくる事は無い、懐には対人法具が入っていた





商店街の出店の前でとある少年が日課のお菓子を購入しようとすると後ろから声が挟まれた


「ねぇ、そのお菓子驕るからこの町案内してくれない?」


振り返ると赤子を背に抱えた自分と同じぐらいの可愛い少女が居た

女というのが気にくわないが家来に丁度いいと少年は応じる


(どうせ僕の父さんに恩を売りたい浅ましい家の子だろうな)


「いいぜ見掛けない顔だけど家来にしてやるよ」


少女は礼を言って約束通りお菓子を2つ買い自分にくれたのでちょっと恥ずかしいが隣に並んで適当に街中を案内してやる


僕の父さんは医者でこの町で有益者なんだぞ


知ってる


此処の領主様にも顔が利くんだ!


当家を辱めた下郎が…


この町は治安が良くていい所だぞ


下層市民や貧民街を知らない世間知らずめ


・・・・・


こうして二刻程過ぎた辺りで最後にそろそろ自慢の家を見せびらかしてやろうと少年は自宅に案内すると言う


少女は笑顔で喜んで楽しみと言って付いてくる


「坊ちゃま!? こんな遅くまで・・・」


いつもの番兵が焦って近づい来るが急に倒れ込んでしまった


「? おいどうしたんだよ」


番兵に近づこうとした所で後ろから何かに体を抑えられる

振り返るとさっきまで大人しく後ろに着いていた少女が赤子を背に右手に見慣れない何かを、左手にナイフを、それも自分の首に突きつけている


「騒ぐな、お前の声にはうんざりだ。黙ってついてこい」


先程までの朗らかな少女はどこへいったのか、今後ろにいるのは冷酷な表情で自分を見つめる怖い子供だった


診療所へ入ると診療所も両親2人で経営してるのか他の者は居なかった

両親は此方を見ると真っ先に金か!? 金なら払うから子供を開放してくれと乞う


だから私は告げた


妹が今はやりの病に掛かってるから治療して欲しい、金が掛かるならキチンと代金は払う と

片手で手間取ったが後ろのカレンを診療台の上に乗せ頭上を隠さずに晒す


「っひぃ!? こいつ獣憑きじゃん」


子供が耳障りな台詞をのたまうので刃を強く押し当て強引に黙らせた


子供を人質に取られ獣付きの治療をしろと脅された医者夫婦

その対応はアリスの予想外のものだった


「成程。。。解った、治療が終わるまで息子はそのままでいい、ただし傷は付けないでくれ クリシア、『k-29』を用意してくれ」


「え、ええ」


母親が診療台から出ていくが父親は構わず台詞を続ける


「その子の症状は正に今萬栄してる疫病だ、特効薬も有るので完治は約束できる。だが、まだ幼すぎるので急に薬を投与すればショック死しかねん、点滴でゆっくり薬を与える。それでいいね?」


アリスは子供を誘拐して脅しながらも医者になぜそこまで親身になってくれるのか問う


もしかすると


「私は獣憑きに偏見は無いよ。それにこれでも私は医者だ、目の前で死に掛けの赤子を見過ごせる訳が無いだろう」


そう言って朗らかに笑う医者にアリスは感謝と、恩と、こんな形ですまないと、感謝と謝罪を治療中ずっと繰り返してた


お父様! 1000人に1人が見つかりました、しかもお医者様です! カレンの恩人の!


胸中穏やかでないアリスだが務めて冷静を装い、子供も未だ人質にしたままだ

医者の人柄から人質はもう解放しても大丈夫だろうがこればかりは身に染み込んだ知識と技術・先生の教えにより状況の反転を想定しろと言われており信頼は出来ても油断はできない



・・・

・・・

・・・


カレンの点滴が終わり、本当に症状が収まり腕まで拡がっていた斑点が綺麗さっぱり消えていた


「これでもうこの子は大丈夫だ。この疫病は特効薬さえあれば抗体ができて2度とかからない、妹と言うなら君も一緒に居たのだろう? 念の為君も注射したほうがいい」


確かに医者の言う通りこれ程感染力の強い病気なら自分にも潜伏してるかもしれない…

でも今注射は・・・


「そのままでいいから右手を出しなさい」


「・・・本当にいいの?」


「言っただろう医者だと」


「ありがとうございますありがとうございますありがとう・・・」


そして左手で医者の息子を人質にしたままアリスも右腕に特効薬の注射をしてもらった

それと同時にドアベルが鳴り医者が『k-29』がやっと来たかと呟いた


(けー29? k-29? なんだろう。もう薬による治療は終わってるし・・・)


アリスが思案し、段々恐怖心が増してゆく。入り口から診療台への足音がどう聞いても1人分では無かった

母親と一緒に戻ってきたのは以前のチンピラとは訳が違う、明らかな戦闘職に身を置く傭兵か夜盗の類の屈強さと場慣れ感があった


どういう事?


「あんた、頼んできたよ」


「先生毎度どうも」


「ほんとに兎の耳が生えてやがる。これ領主のお触れにでてた獣憑きだろ」


「約束通り一匹は貰うが、どっちを貰えばいいんだ?」


此処で初めて医者は今までの朗らかな笑顔を崩しこれが素だったかのように冷淡な表情で立ち上がり言い放つ


「どっちでも構わん。私は之を領主様へ譲れればいいからな、お前達の用途からこっちの姉のほうがいいんだろう?」


なんで?

なんで?

1000人に1人じゃなかったの?


悔し涙に顔を濡らすアリスだが、頭の切り替えは早かった

いや、それは良い。でもまだ此方には子供の人質が居る、なんとしてもカレンと2人逃げ出さねば


だが悲しい事にアリスの思惑は医者の台詞によって砕かれる


「それで先生よ、獣憑き一匹貰うって話だったがありゃ先生んとこの坊ちゃんでしょ?」


「まさか俺達に交渉しろなんて言わねぇでしょうね?」


「無論だ。子供なら又作ればいい。なにせこの獣憑きを献上すれば貴族の令嬢と結婚も夢では無いからな」


「あんた! 分け前は等分だからね!」


「解っている。あんな学の無い子供などどうでも良い、さっさと獣憑きを確保しろ」


もう前口上は不要と男3人は無言でアリスに詰め寄る

対してアリスは打つ手無しだった、せめて少しでも時間稼ぎを…


「こ、こいつはお前の子供でしょ!? 獣憑きでもない子供なのに、家族なのに見捨てるの!?」


「無能な子供なら処分して新しい有能な子供をまた産んでもらえばいいだけだろう」


「わ、私達獣付きに偏見は無いって・・・あれも嘘だったの?」


あの朗らかな笑顔で発せられた台詞、あれが嘘だと今でも思いたくなかった


「本当だとも、君達はそこらの市民なんかに比べるべくもなく利用価値のある人材だからね」


医者は笑顔で狂った台詞を宣う


「・・・は、ははっ。これが人間か、カレンごめんね。お姉ちゃん何処までも馬鹿だった、無能だもんね?」


そしてアリスは最後のあがきに左手のナイフを思い切り横切り少年の喉笛を切り裂き、ナイフを捨て対人法具に持ち換える

息子がたった今殺され床に崩れ落ちたと言うのに両親は涙処か表情1つ崩さず自分を、自分の先にある富と権力に目が眩んでいた


そんな素人夫婦と違い戦闘慣れしてる3人は警戒して足を止める


「おいっ、あれ」


「ああ」


「なんであんな餓鬼があれを・・・やっぱりこいつも例の獣付きの里の出か?」


男3人が警戒してくれている・・・


獣憑きの里? いや、今はそれ処では無い

実際この対人法具は3回しか発動できず、既に番兵に1度使ってるので後二回しか使えず、この場に居る3人への対抗手段たりえない。ここからまた交渉を・・・と思っていたアリスだが男の1人が突如奇声をあげ床をのたうちアリスから距離を取る


「っ!? ひっ、ひえええええええええいやだくぁあああだあああ」


幼子のように床に丸くなる相棒に何事かと2人駆け寄るが意思疎通ができていないのか怯えた男は発狂していた


「? あ? おい! どうした!?」


頭目らしき人物がそれでも男を介抱するが、もう1人の男は何かに思い至りアリスに魔力感知を施す

それで理解した


「おい、おいおいおい・・・・まじかよ、お、おい、ま、まりょく、魔力感知してみてろ!!」


促されて頭目は獣憑きに魔力感知を施すと昔見た大賢者すら遥かに凌駕する、無限ともいえる天井の無い膨大で異質な魔力が獣憑きから発露されていた


「・・・・・先生よ、悪いがこの話は無しだ」


頭目はプロだ、荒事も悪事も請け負えばやるし稀に慈善事業もする

そんな頭目が生長られてこられたのは活路を見出す事に長けていたからだ


「な、何を言っている!?」


頭目の心変わりに医者は初めて驚愕の顔で詰め寄るが気にせず頭目はアリスに懇願する


「なぁ獣憑き、俺達はこのまま大人しく身を引くしお前らの事は口外しねぇ、このまま大人しく見逃してくれねぇか?」


言葉は乱暴だが先程までと180度態度が変わったゴロツキ、それでやっとアリスも察した

自身の魔力を感知して凄い魔法師とでも勘違いしたのだろうと、実際は魔法なんて使えないのだが今この瞬間はこの勘違いに感謝して強気で交渉に移る



「―――いいだろう。先の同族の住処について話せ、それでお前達の顔は忘れてやる」


「この町を出て篭岩(ろうがん)の森の奥地にお前らのような兎の獣付きが居るって噂だ、どうやらこの町の衛兵が最近お前の種族を血眼で探してるらしくて賄賂で掴んだ最新情報だ、最もこの情報も無事此処から出れたら一緒に忘れるがな」


「その情報に感謝を込めて忘れてやる。お前達『3人』は出て行って」


言われた通り『3人』は発狂した相棒を担いで診療台から出ていく…医者夫婦を残して


「ま、待ってくれ。さっきのは言葉のあやだ、そうだ! 金ならあるだけ出すだから殺さないでくれ」


膝を付いた主人の醜い命乞いを背に婦人は我先に逃げ出そうとするが、アリスが見逃す筈も無く対人法具で婦人を殺める


「ほ、ほ、本当だ! 金なら礼の治療費で大量に有る、だから・・・「お前には感謝しているの」


「ぇ」


命乞いが通じたのかと医者に安堵の表情が漏れる


「お前のお陰で人間を良く知れた。1000人に1人はいらない、こんな恐ろしい種族いらない!」


そしてアリスは医者をもあっけなく、無慈悲に対人法具を使い殺した


今日だけで3人殺した。やはり忌避感は無い、同族の、血の分けた子供すら見捨てる種族を殺して後悔何てする訳無い。人間はお父様とお母様と先生、それと当家の使用人だけが特別だったのだ


3度使用してもう使えなくなった対人法具を床に捨て、カレンを大事に背負い、屋内を漁る

予定が大幅に狂ってしまった。


当初の予定では対人法具はあと2回残してその足でこの町を去るつもりだったが既に使い切ってしまった

ゴロツキを見逃したのも怖い。口約束なんて期待できない、仲間を増やして又いつ此処に戻ってくるか判らない

対人法具も無しに3週間掛けて隣街へ移動するのは無謀だ


せめて使える物を探してゴロツキの言っていた獣憑きの里へ縋るしかない

屋内を散策して少量の日持ちする食料とアリスでも判る一通りの薬、そして金、金貨800枚と銀貨760枚、銅貨は多すぎて諦めた

カレンを背負い、これら荷物と元からあった荷物を纏めて前に抱え篭岩(ろうがん)の森へ向かう


幸い篭岩(ろうがん)の森なら自分の足でも3日で付く、ただ獣付きの里を探すのにどれだけ掛かるのかが不安だが今はそんな心配してる余裕すらない


一刻も早くこの町を抜け出さないと



小休止を挟んで篭岩の森に入って5日目、深夜、篭岩の森自体それ程広大ではないが子供の足のせいか一向に調査は進まない


(今日も駄目だった・・・あの話は嘘だったのかな。でもここなら暫くはやり過ごせるかも)


水辺も有り味は決して旨くは無いが栄養価は有る果実は実ってる

アリスが此処での自給自足を視野に入れてると突如男の険しい声が掛かる


「動くな、伏兵も合わせてお前を狙ってる」


声の方を振り向くと男が弓矢を此方に向けていた

矢も怖いがそれ以上に男の頭上に視線がいった


「ひぃっ」


「・・・子供か、なんで子供が此処に居るのかは不明だが我々の里に近づかれたら敵わん。や「あ、あの!」


男の手の合図の前にアリスが必死に声を掛ける。恐怖心もあるがそれ以上の安堵感もあった


「獣憑きですか!? 私達も獣憑きなんです! 助けてください」


男の頭上には白い兎の耳があった


「―――証拠を見せろ」


この状況で証拠となる物は1つしかない、アリスはフードを捲り頭上の黒いうさ耳を晒す

そして抱いてるカレンの頭上も同様に晒す


「その子は・・・子供、という訳ではなさそうだな。もしかして姉妹か!?」


「はいそうです。私はアリスでこの子は妹のカレンです」


「姉妹で玉兎とは珍しい・・・おい! 出てきていいぞ」


気付かなかったが奥から2人の男女の獣憑きが姿を現す、2人とも頭上に兎の耳がある


「同族なら歓迎しよう、我等玉兎は助け合うのが当然だからな」


最初の男がそう言ってアリスに手を差し伸べる




そして里に案内された。此処では同じ獣憑きが100人程住んでるらしい

それから真っ先に教わったのが自分達は獣憑きではなく玉兎族とう種族だという事だ。


夜半だったことも有り、この日はこのまま案内された小屋で一晩明かし、明日里の皆に紹介してくれると言う

当家を出てこれ程安心してカレンと眠れたのは初めてだった


(カレン同族が居たよ! 人間とは違う、助け合う同族が居たの!)


嬉しかった、只管に嬉しかった。そのお陰かアリスは家族の温かい夢を見て熟睡出来た



疲れ切っていたのか昼頃まで寝ていた、そして昨日の男が部屋に尋ねて来た

男の名前はシルエというそうだ


シルエに持ち込んでもらったら昼餉をカレンと貪り腹が落ち着いた所で里を案内してもらった

案内と言っても家が40も無い狭い里だ。正確には案内より玉兎の風習について学んだ


なんでも新入りは人間に付けられた名は捨て、秋月の日に長に命名してもらうまで耳の色で呼ばれるらしい


(それだと私もカレンも黒になるの?)


人間嫌悪からの風習だろうと察した、人間は嫌いだが家族は愛してる。だからアシュリーの性は心の中に留め大人しく従った。この地を追い出されたくないから


そして一際広い家に案内されるとそこでは10数名程の朦朧とした様子の玉兎族が隔離されていた


「ひぃっ! な、なんでこんな酷い事を」


「驚かせて済まないがこれも玉兎の大事な風習なんだ、お前達はまだだろうが玉兎は長命種故に発情期が10歳未満でくることもあれば100歳でもまだ来ない事もある。そして玉兎の発情期の際中は性欲が盛んになるからこうして軟禁しておかないと人間相手に町に出ていきかねないから。お前達も前兆が来たら恥ずかしがらずに伝えなさい」


これも知らなった

人間の初潮とは違うのか


そして次に案内されたのは書庫だった

一目で判る、魔法の手習い書から魔導書に至るまで沢山あった


私は意図を察して悔し気に恥を晒す


「私魔法を使えないんです。先生に色々学んだけどどれも発動できませんでした」


シルエは笑った、人間の魔法と玉兎の魔法は練度も質も違うから使えなくて当然だ、と

長と顔合わせしたら此処で魔法を学びなさいと


それから長の家に案内された


60は過ぎたであろう老齢の老人だったが優し気のある穏やかな人に見えた

頭上の茶色い兎の耳は一際大きかった


「お前達が昨日シルエが言ってた姉妹か」


「は、はいっ。あり、黒といいます。妹のこの子も黒です」


「うむ、次の秋月には立派な名を授けよう、そして赤子は里の皆で協力して育てるがお前は女性達と共に家事等で働きなさい」


「はい、頑張ります!」


念願の安息の地を見つけ、そこでの滞在を許可されたアリスは再び安堵で腕の中のカレンに良かったねと涙ながらに喜ぶが診療所でのゴロツキの発言で不穏な事も有ったのでその懸念事項を長に伝える


「あ、あの! 此処に来る前に街中で衛視の連中にこの場所が知られてるって噂を耳にしたので他所へ移らないと危ないです!!」


アリスの逼迫した台詞に長は呑気に返答する


「ふむ・・・それなら大丈夫だ。この里の周囲には同族以外には視認できない魔法と迷う幻術を掛けてあるからな」




それからの一週間は幸せだった。誰に怯える事も無く、同族で助け合い、色々と知らない事を教えてくれた

ただ1つ不思議だったのが書庫の魔法書関連だった

そのどれもがかつて先生に教わった魔法、それも程度の低い物ばかりで魔導ですらなかった。数冊だけ禁術とされる禁書があった。それにも目を通したが眉唾もいい創作じみた効果ばかりだった


てっきり玉兎特性の魔法があるのかと思いきや違うらしい、此処の書庫の魔法を扱えないと知られると私は不要になるかもしれない。


それは嫌だ、折角のカレンの安住の地を失いたくない


だから私は集会の日に魔力を図って欲しいと頼んだ

私の魔力を知ればいつか魔法は扱えると思ってくれるに違い無いと



それが最悪の結果を招いた



皆私の魔力に絶句していた。

これは素晴らしい魔法師になると称賛してくれた、騙してるようで申し訳ないが嬉しかった


そしてこれ程の逸材ならその血を継いでる妹も相当なものだと妹にも魔力感知された

私は早まったと後悔した、でも、玉兎なら魔力が無くても助け合うのだから大丈夫だと心のどこかで安堵していた


まやかしだった


「魔力が無いじゃと!? 貴様欠陥種族を招いたのか!!!」


集会の参加者皆先程までの対応が嘘の様に激怒していた


「欠陥種族は種族の恥、直ぐに始末するべきだ!」


(欠陥種族ってなに? 玉兎は助け合うんじゃないの?)


「そうだ、万が一生かして子でも残されてみろ、欠陥種族が増えるぞ」


「クロよ、お前は魔力が膨大故何れ魔法の取得も可能だろうが欠陥種族は絶やさねばならん。命令だ、その忌み子を殺せ」


あの優しかった長が般若の如く怒り狂い私にそう命じた

魔力の無いカレンは欠陥種族といわれるらしい、そして欠陥種族は同族でも嫌悪され処分するそうだ


「―――はい、解りました」


アリスは極めて冷静に長の命令に従った


カレンを抱いて森の中へ入っていく


カレンごめんね。人間にも同族にも私達は受け入れられないみたい。こんな人生嫌だよね

終わらせてあげるからね




『カレンを受け入れないこんな種族終わらせてやる』





書棚で見た禁術の人を生贄にするという術をアリスは思い浮かべ無駄と知りつつも発動させる

魔法が何一つ行使できないアリスには無駄な行為だ。

それでも、後ろから付いてくる玉兎はカレンを見逃さないと理解している、もう無駄な足掻きしかなかった。

これで駄目ならカレンを抱えて逃げ、最後はカレンと共にする覚悟も出来た決死の足掻きだ



これが奇跡なのか業なのか、はたまた荒神の悪戯なのか。アリスの初めての魔法の発動の瞬間だった


深夜にも関わらず里中が禍々しい光に包まれ、広がる阿鼻叫喚の怨嗟の声、皆聞くに堪えない声で絶命してゆく


行使したアリス自身その結果に怯え恐慌状態に陥った


(嘘・・・魔法が発動した!? なんで・・・)


そして数分後アリスの前にそれは現れた


黒い球体だった。

50㎝程のその黒い球体にアリスは怯え、生贄にした玉兎の代償で何か良からぬ物でも呼び寄せたのかとカレンを抱えて後ずさる


『―――――まさかこの術の行使者が子供、それも貴様とはな』


男とも女ともとれる耳通りのいい声が球体から聞こえて来た


「ぇ・・・何? 誰!?」


『・・・誰、か、ふむ。この星では何と呼ばれてるのか、取り敢えずサタンと名乗っておこう』


「あ、悪魔?」


この魔法に関しての魔導書には魂を代価に悪魔を召喚すると記述されており付箋には対人魔法として有効か要検討と記されていた


『悪魔を統べる者だ』


「!? あなた、いや、おまえ、お前荒神か!?」


悪魔を統べると聞いてとあるものを連想し、先程までの恐怖は吹き飛び、怒りと憎悪にアリスは塗れた


『あらがみ? ふむ、この星では俺はそう呼ばれるのか』


「お前のせいで家族は悲惨な目に遭った! 私が魔法を使えないのもカレンに魔力が無いのもお前のせいだ!!」


神への畏敬の念などアリスに有る訳がない。

この時代、神の降臨は珍しい事では無い。アリスはこの手の知識は父親の神職嫌悪から学ぶ機会が無かったが他国などでは神と密な国も珍しく無かった


『―――? 魔力が無い事に何か不備があるのか?』


球体からは心底不思議でならないと言った様子の声音で問われ、それが余計アリスを逆撫でした


「ふざけるな!!! お前のせいでカレンは欠陥なんて呼ばれて同族に殺されかけたんだ! 荒神ならなんとかしてみせろ!!」


『――成程な、そういう事か。ふむ、いいだろう。丁度生贄も受け取ったしな』


暫しの沈黙の後、私は体中に何か疲労感のような、苦痛とも言える『者』を味わう


「な、何をしたの!?」


痛みは余り無かったがその忌避感は凄まじく、余りの如く小水を漏らしてしまうがそれ所では無い


『貴様に合う魔法を幾つか与えたまでだ、後は自力で学べ』


「魔法を・・・私が? 本当に?」


『俺は人を騙し陥れるが契約に関して偽りはせん』


荒神は憎いがこの声だけは、真の通った信じられるものだとなぜか確信めいたものがあった


「な、ならカレンにも魔力を!!」


『・・・・・代価に何を差し出す?』


やはり荒神だ、カレンの為なら何でもするに決まってる


「カレンが独り立ち出来たら魂でも命でもなんでも差し出す、だからカレンに魔力を」


『くくくっ、良いだろう契約・・・否、約束しよう。但し代価は先に頂くぞ』


球体からのその台詞と同時に胸に抱えていたカレンが消えた


「ぇ、あ・・カレン!? カレン、待って! カレンじゃない私の命を差し出すからっ」


球体から取り返そうと詰め寄るが何故か球体は体がすり抜ける


『この娘だけでは代価に足りえん、貴様の人生も暫く貰うぞ』


「ふざけるな! カレンを返せ!!」


『代価を払えば娘は返してやる。そして対価に貴様の望むモノを与えてやる。『約束』だ。精々俺を楽しませろ、ではな』



カレンを攫った球体は消えた

なんで? なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで


こんな筈じゃなかった


唯一信じられると思っていた優しい同族にはカレンを殺され掛け、その同族は失った

そして荒神とやらが出てきてカレンを攫った。


私からは何も無くなった

ただ茫然としていた、一刻か、一日か、二日か、解らないが私は何も気力が起きずそのまま茫然としていた



そして集団の足音が聞こえて来た


「おい!」


私は殴られたらしい、どうでもよかった


「此処にはお前ら獣憑きが何匹かいた筈だ、どこに行った?」


町の衛視らしい正規兵だった

私は答える気力も無かった


恐らく里の住人が消えた事で幻術が解け、探し回っていたこの衛視達に露見したのだろう。もうどうでもいい


衛視の1人がアリスの片耳を掴んで無理やり引き吊り起こす


「なんだこいつ、壊れてるのか?」


「しかたない、それだけでも持って帰るぞ。領主様にはそれしかなかったと説明するしかあるまい」


「おい、こいつの頭巾」


ああ、いつぞやの強盗の時と同じ光景だ

またこのお母様の腰布を取られるのかな、其れだけは嫌だ。今や私に残ったのはこれとお父様の懐中時計だけなのだから


「触らないで!」


その瞬間、20人はいた正規兵は全て凍り付いた


「――ぇ?」


目の前の出来事に理解が及ばなかった

正規兵が皆氷塊漬けになって凍ってる、間違いなく死んでるだろう

それはいい、なんで急にこんな事に?


魔法? でも私は魔法は使えないし抑々行使も詠唱すらしていない。有り得ない

正規兵の術者の暴発? そんな馬鹿な


無気力だった私はその出来事に無心で調べた、それしかする事が無かったからだ

一刻ほど待ってみたが妖しい黒色の混じった氷は一向に溶ける気配はない


やはり魔法だろうか? 試しに私は近くの樹に魔法を行使してみた

発動しない…どういう事



『貴様に合う魔法を幾つか与えたまでだ、後は自力で学べ』


憎らしい荒神の台詞を思い出す


私は魔法の行使の概念を捨て樹を凍らせようとがむしゃらに行動した

その結果、無詠唱でなんと一本の大樹を凍らせる事が出来た。偶然かと他にもその魔法を行使してみたが詠唱を口に出すことなく頭の中で念じるだけで魔法が行使できる


これは抑々魔法なのか?

いや、そんな事はどうでも良い

現に魔法らしきものは使えた、なら荒神のあの台詞も真実かもしれない


『代価を払えば娘は返してやる。そして対価に貴様の望むモノを与えてやる。『約束』だ。精々俺を楽しませろ、ではな』


代価が何かは判らない、でも可能性が一縷でもあるなら、この力でカレンを探し出して見せる!


腰布を頭巾ではなく本来の用途の腰に巻き、両親自慢の頭上のうさ耳をもう隠さない

先ずは情報だ、当家に戻ってみよう

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