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臆病兎の錬金経営譚  作者: 桜月華
58/148

58話 贈る錬金術師

幻神歴2960年3月07日


「つ、疲れた・・・もう嫌、辛い、やばい」


今日も今日とてアシュリー工房は大盛況でシャイタンに続いてアリスも駆り出されて男性客に囲まれて身心共に憔悴したアリスが台所の机に突っ伏して弱音を吐いていた

うさ耳も元気がないのかペタンと机に垂れている


元々面倒くさがり・飽き性・短気・怠け癖・体力はカレンに並ぶほど脆弱・極め付けに人間に辟易としているアリスにとって男に囲まれて接客など苦行でしかなく、カレンの工房の為とは言え息も絶え絶えな程に疲労困憊で薄っすらと涙目になる程だった


「お疲れ様で御座いますアリス様」


「アリスちゃん大丈夫ですかぁ~?」


そんなアリスを知ってるだけに良く耐えてるとシャイタンは心底労い、アマネはアリスの頭を優しく撫でている


なにせこれが愛妹の工房でなければ、工房名が姓でなければ、初日の1時間もしない内にぶち切れて客を全て追い出すのがアリスなのだから正に称賛に値する事なのだが・・・そんなアリスにお構いなしに1人机の上に文字通り山積みとなった貨幣を計算しアリスに見向きもせずに皮肉を言い放つ者がいた。


「そいつはほっとけ、普段だらけてんだから少しは動かせねぇと肥満兎にならぁ」


女性に対してその物言いはどうかと物議をかもす台詞だが事実アリスがアシュリー工房に、妹の元に戻ってきてからと言うものアリスは毎日食っちゃ寝で常にベッドでごろごろ、地下工房でカレンと戯れる、時折姉妹で料理をするという見事なほど自堕落な引き籠り生活を満喫しているのだ。


「おい駄犬、私は大丈夫だけど肥満と言えばお前だろ、他のコボルトの倍ぐらい丸くなってるじゃん」


「そうですよぉ! 先輩女性に対して肥満とかあんまりですよぉ」


契約してる幻獣の癖にやたらと反抗的なコボルトの物言いに食って掛かるが事実そんな怠惰な生活を日々送ってる割にアリスは全く体型が崩れていない。


対してコボルトはというと・・・アシュリー工房でぶっちぎりで働き者で常に忙しなく動き回っているのに最近は更にふくよかになり丸みを帯びてきて身長が1m程しかないのでずんぐりむっくりとルルア兎同様に更に愛嬌が増していた


「おめぇらと違って俺っちは外見なんざどうでもいい・・・よし、計算出来た・・・何だこりゃ、やべぇな・・・とりあえずこれ保管しとくわ」


アシュリー工房の住民の自然の決まりで今日も閉店してから台所で食卓に集まりカレンが夕餉の支度をしてる間にコボルトが売り上げを計算していたのだが予想を遥かに超える利益やそれに伴う出費に嬉しさより驚きと頭を悩ませる結果だった


「なによ、滅茶滅茶売れたんだから大儲けできたんでしょ」


「そりゃ・・なんだこの匂い?」


アリスに儲けも凄いがそれ以上に差し迫った問題もあると伝えようとした所で調理場から今まで嗅いだことの無い肉とはまた違う食欲を刺激するようなものとは異なるなんとも珍しい香りが漂ってきて机を囲む面子は興味を煽られる


「ん~これは、ほっほう。カレンちゃんやるねぇ~」


料理に誰よりも精通しているアリスだけがこの香りの料理を察したがカレンの料理の腕は自分となんら遜色無いと解っていてもこの料理を下拵えできるというのがまた妹の成長を垣間見えアリスは疲れも吹き飛び笑顔になる


「良い香りですぅ」


「これは嗅いだ事の無い香りですね」


アマネは食材を提供しただけになんの料理かは解ってはいるが実際に食べるのは久方ぶりだけに興味津々で、シャイタンは主姉妹の料理で様々な料理を堪能してきたがこの香りは初めてで既に待ちきれないとばかりに楽しみだった


「姉様~配膳手伝って~」


当初、料理の手伝いや配膳はシャイタンがやると買って出たのだがカレンにこれも修行だから良いの! と断られた経緯がある


「おっけ~」


夕餉の調理が全て終わったようで姉妹が忙しなく調理場と机を往復しては机に満載の大皿が並べられるがそのおかずは匂いだけで美味しいのは判るが驚きの品だった


「おい、こりゃ・・・魚か? 魚なんてどうしたんだ!?」


コボルトが驚きの声を上げるのも当然だった


「アマネの湖で魚が沢山獲れたって持ってきてくれたから姉様のレシピにあった塩焼きにしてみたわ。ヤマメとイワナって奴らしいけど私も初めて見たわ」


配膳も終わり皆席に着いた所でカレンが説明するがコボルトに限らずこの国の民なら誰もが驚くのも当然で此処シャルマーユでは魚は高級ではあるが珍味に分類されるのでそもそも貴族ですらまず口に出来ないししない


理由は至極単純でシャルマーユも隣国のパラミスも大陸の中央に位置して海から途轍もなく離れており、近隣で魚の生息する川や湖がないので魚を食べようと思ったら海辺の漁村などから永続化を施さなければ先ず御目に掛れない

当然一食材に永続化など莫大な費用の掛かる魔法を施す訳も無く、シャルマーユでは日持ちのする魚の干物が偶に市場でみかけるぐらいだった


そしてなによりお国柄でこの近隣国では魚を食べる習慣が無いのも大きい


「魚・・湖? まぁいいや、なんかもうアマネもこいつら同様出鱈目生物になってきてるな。出会った当初は期待してたんだがなぁ、おめえら姉妹に関わると本当皆駄目になってくな」


コボルトは心中を素直に吐露する。心底アマネには期待していたのだ

上級の幻獣でありながら自分の様な最下級のコボルトにすら極自然に接してくれ、丁寧で素直な常識を弁えた素晴らしく大人しい幻獣だったのだ、当初は・・・


それが最近ではアリス同様に出鱈目に、カレン同様に馬鹿になってきてコボルトは心底落ち込んだのだ

玉兎は幻獣を駄目にする特性かなにかあるのではと最近では半ば思ってるぐらいにはアマネは駄目になっている。

まず湖って何? どういう事? と思ったがもう姉妹に毒されたアマネならなんでもいいやと思考放棄する

シャイタンに至っては端から出鱈目なので除外している


アマネに哀れみと言うか同情的な視線を向けているとアマネが憤慨とばかりにぷりぷり反論する


「先輩酷いですぅ!」


「俺もアマネもだが先輩は顕著だろう。貴様もうコボルトとは別種のなにかに変貌してるぞ、外見も内面もな」


大袈裟でも何でもない、事実今のコボルトをこれは幻獣のコボルトですと紹介した所で誰もが何を冗談を、と誰もが信じられない程に珍獣となっているのだ


「・・・・・まぁ、もう否定しきれねぇぐらいには自覚してるぜ」


今更幻獣の矜持も何も無いと既にコボルトは変化を受け入れている


「ふふ~ん。魚の塩焼きだけじゃコボルトとシャイタンさんは足りないだろうと思って折角だから創作料理で塩焼き以外にも沢山作ったから今日は魚尽くしよ!」


姉から伝授されたレシピには魚の塩焼きや幾つかの魚料理もレシピがあったがどうせならとカレンオリジナルの創作料理もふんだんに用意している

普通なら1人魚2,3尾で十分だが我が家の健啖家のコボルトとシャイタンはそれこそ幾らでも食べそうなので本日アマネが持ち込んだ魚60尾程を塩焼きや創作料理6種で机の上には魚料理がこれでもかと山積みだった


もう我慢できないとばかりにコボルトが早速魚を1尾掴むとそのまま丸飲みする


「ちょっとコボルト! 骨は取りなさいよ、全くもう・・・」


創作料理のいくつかは骨は取り除いているが塩焼きは骨がそのままなので慌ててカレンが注意するがコボルトはお構いなしに更にもう1尾掴んでそのまま大きく口を拡げて放り込む。見兼ねたカレンが魚を解して甲斐甲斐しくコボルトに配膳する様は正に世話焼き女房そのものだった


「ん? 面倒くせぇ、そのままでもいけるぞ。干物以外の魚なんて初めてだがうめぇな、これも酒に合いそうだ」


内臓と鱗は処理しているが骨は取り除いていないのにコボルトはバリバリと骨ごと噛み砕いている

干物は以前数える程には口にしたが全く異なる味と風味にコボルトは肉に並ぶほど気に入った


「俺も魚はこれが初めてだが、素晴らしく旨いな。肉やパンより俺は好みだ」


これまた珍しくシャイタンも食事中にも関わらず話し掛けても無いのに料理の感想を零す

葡萄酒に続いて魚料理も相当気に入ったようで塩焼きも創作料理もバクバク平らげていく


シャイタンは主姉妹に仕えてはいるが料理の感想には主の意向により正直で、口に合う、合わないをはっきり言葉にしてくれるのでアシュリー工房の味付けは日々シャイタン好みに昇華していきそれに伴いカレンの料理の腕もメキメキ上がっていく


「美味しいですぅ♪ あ~シャイタンも骨ごと丸齧りは駄目ですよぉ」


アマネは流石に魚の骨を取り除いてパクパク食べていたが隣のシャイタンがコボルト同様に骨ごと齧りついてるのに驚いて自分の分とは別に骨を取り除いてシャイタンに甲斐甲斐しく装う


「ん~美味しい! 塩焼きも完璧だけど、この香草で煮た魚が私的には最高ねっ!」


魚料理は故郷の料理だけあってアリスも懐かしい味にご満悦でパクパク食べていた


「ふふ~ん♪ レシピにあったお米というのも魚料理に合うらしいから今度はそれも振舞うわ! アマネのお陰で錬成品も料理の幅も無限大よ!」


アマネの新たな能力? のお陰で食材や植物等収穫し放題となったので次は稲や麦等をアマネに創ってもらい更に皆に美味しい物を、と心意気を新たにうさ耳もパタパタと嬉しそうに胸を張るカレン


「えへへぇ~///」


そんなカレンにアマネは豊穣の権能でカレンも皆も喜んでくれたようで大満足だった


「それは重畳で御座います。私奴も喜ばしい限りで御座います」


「そ・れ・と。アマネのお陰で念願の物が作れるようになったから皆貰って! 先ずはアマネ、はい」


今回の実績提供の恩賞で前々から計画していた皆へのプレゼントを、と思っていたのだが殆どが最希少素材で幾ら金を積もうと買えないとの事でへこんでいたのだがアマネの植物創造のお陰で可能となってカレンは嬉々として錬成に励んだ


「これはぁ、香水ですかぁ?」


アマネが心底嬉しそうに受け取ったのは一本の工房で販売されてる品よりも大きい容器の意匠のある硝子瓶だが蓋を開けると嗅いだことのない爽やかな香りが漂い中身を理解する


「そう。昔テンゲン大樹海に居た時にコボルトがフルーラの端の大陸の植物を偶々仕入れてね。それの香水が気に入って皆にも贈りたかったんだけど最希少で出回らなくて買えなかったんだけどアマネのお陰でできたわ。アマネのそれは睡蓮。あんた可愛いけどその容姿だとまだ香りの強いのは合わないと思うから薄く香るようにしたからアマネにピッタリだと思うわ」


アシュリー工房で陳列されてる香水はどれも体臭隠しの用途も考慮して香りを強くしているのだがカレンが普段常用してるのは基本香りの薄い物でアマネにも同様に錬成して渡したのだ


「私の為にぃ・・・有難う御座いますぅ♪」


「うんうん。そして姉様にはこれ。昔からこれが合うと思ってたの!」


アマネが嬉しそうに香水に目を輝かせてるのを見てカレンも大成功と次に姉にも用意していた品を贈る

先の品同様香水だが色が異なる


「これ・・・桜? カレン良く桜知ってたわね」


愛妹からのプレゼントに機嫌良くアリスは受け取り早速蓋を開けて中身を確認するが歓喜より予想外の品で先ず驚きが勝った


「テント生活の時に姉様が聞かせてくれた話で姉様桜が好きだって言ってたからずっと前から探していたの」


桜という初耳の植物にどのような物なのか想像すら付かず研究に手間取ったがその甲斐あって大満足の、姉に相応しいであろう品が贈れてカレンもアリスも頭上のうさ耳は歓喜でピコピコ揺れていた


「カレン―――有難うねっ!」


「ふへへぇ♪ そして―――」


次にシャイタンへ向き直るとカレンは滅多に見せない意地悪顔でシャイタンにもお手製の香水を渡す


「シャイタンさんだけど、貴方にはある意味姉様以上にこれがピッタリ合うわ」


カレンのうさ耳は何が嬉しいのか垂れていた、そしてアイマスク越しでも判る程ニヤニヤしている


「私奴に合う、ですか? カレン様、有難う御座います。香水の類は使用したことが無いのですが合う合わないがあるのですか?」


シャイタンは甲斐甲斐しく両手で受け取るがアシュリー工房で香水を扱ってるのは判るが自身が使用したことが無いので素直に聞く


「ん~男女で好みが別れるぐらいだけど、それはもう正にシャイタンさんの為にあるって香水でシトロンって花の香水よ」


「成程・・・有難く頂戴致します」


香水の好みも何も初めてなので解らないし花に至っては感心も無く聞いたことも無いがカレンが自身に作ってくれたというのだから得難い品でシャイタンの胸に喜びが込み上げる


そんな2人のやり取りを見ていたアリスがとある事に察して妹同様にニヤニヤ顔で呟く


「は、は~ん。さてはカレンちゃん、花言葉ね」


(という事はアマネのも私のも調べたのかぁ。カレン凄いわね)


「!? あ、姉様言っちゃ駄目!」


意図がずばりばれてカレンのうさ耳が垂れていたのが急遽ピンッと立ってしまう

その慌て振りがアリスもアマネも微笑ましいのだが普段ならシャイタンもその輪に加わるのだが未だ意図が掴めず疑問符が浮かぶ困り顔になっていた


「ハナコトバ、で御座いますか?」


初めて耳にする単語にシャイタンはそれが何かすら解らず今一ピンとこない


「でもよく花言葉なんてカレン解ったわね。あれって地方で意味が別になったり曖昧で、正確な花言葉なんて専門家でも研究するのに大変なのに」


アリスの疑念の通り花言葉は今や廃れた一種の呪いのようなものだ

花言葉自体は古代から既にあるが古代からの正確な花言葉はもう混濁してしまい国々や地方によって様々あり、本来の古代の正確な花言葉は今では殆ど指し閉めず、花言葉自体それ程実用性も無く重要視されないので曖昧なままで本当に極一部が趣味で研究してるぐらいだ


「あ、ぅ、た、偶々ですっ!」


テンゲン大樹海でコボルトと2人暮らしの時に錬金術と同様にコボルトが偶々仕入れた伽羅と百合をいたく気に入り香水についてもカレンは研究していた。そして調香師の存在を知り密かに文献や資料を調べていたのだ

そして姉が以前言っていた桜を思い出し花言葉が正に姉に相応しいと桜を密かに追い求めながらも香水について研究していたのだ。


「アリス様、ハナコトバとはなんでしょうか?」


シャイタンが意地悪でなく素直な疑問をアリスに尋ねるがそれはカレンにとって意地悪も同然だった


「ん~~それはねぇ「姉様だめぇ!」


カレンが恥ずかしいのか思わず姉の可愛い口を塞ぐがその光景にアマネも珍しく悪戯心が刺激され追撃してしまう


「花には昔から其々象徴となる意味が込められていてシトロンの花言葉は 美しいけれど意地悪な人 ですよぉ。シャイタンにぴったりですぅ」


カレンの思惑を知ってアリスに続いてあっさりと意図をシャイタンに告げる


「あ~アマネ酷いっ! この~「えへへぇ♪」


思わぬ伏兵の不意打ちにカレンは気恥ずかしさからアマネの頬をぷにぷにと揉みしだく

アマネはそれすらも幸せそうだった


「シャイタンの為に調べたんだろうねぇ、カレンったら健気~♪」


実際姉とアマネへの贈り物は前々から決まってたから直ぐ準備できたがシャイタンへの贈り物が決まらず四苦八苦して工房に保管してある調香師の資料を読み直してシトロンの項目で「これよっ!」とカレンが閃いたのだ

その花言葉はまさに自分がシャイタンに思う事をそのまま示唆してるので打って付けだと、その意図も判らず香水を使用しているシャイタンを思い浮かべ悪い顔で錬成していたのだ


「くくっ。確かに私奴に相応しい品ですね。カレン様、この香水に合うように今後も励みます」


得も言われぬ幸福な心地良さに満たされたシャイタンが立ち上がってカレンに一礼するもその笑顔はいつもの意地悪な顔だった


「そこは励まないでっ!」


和やかとも賑やかともいう一向のやり取りにカレンが次にコボルトに向くとコボルトが先制する


「先に行っとくが俺っちはその香水いらねぇぞ」


昔からカレンは香水の錬成を好み、数えきれないほどの研究と失敗を繰り返しては良く錬成しては利用していたがコボルトとしては狼種という理由から嗅覚が人より卓越しているというのもあるがなにより香料の類が苦手な理由は種族特性の嗅覚による探査能力の妨げになることから忌避感が出てしまい他者が使う分には気にしないが自身で使用するのは耐えられないのだ


「解ってるわよ。あんた香水苦手でいつも文句言うんだから、あんたにはこれを用意したわよ」


コボルトの忌避感など知らないカレンは昔からコボルトにも何度も試作の香水をやっても嫌味を言うだけで受け取ってくれないのは身をもって知っているのでコボルトには今回の恩賞で相応しい物を用意した


「!? へぇ、こりゃ見事な銀だ。こいつはありがてぇ!」


カレンからぞんざいに受け取った品を眺めるとそれは兎と狼をモチーフにした最高品質の見事な純銀でこさえた留め具だった。


「アクセサリーはあんた嫌そうだから留め具にしたからその帽子にでも付けなさい」


普段カレンが錬成する一級原石やコボルトが発掘する銀でも流石にこの純度への錬成はまだまだ不可能なので恩賞から素直に加工組合でコボルトには内密で贈り物をしたいからと伝えると受付嬢のリリスが共感してくれて態々フルーラから最高品質の銀を取り寄せてくれ、加工の依頼を出して造ってもらった一品だった


「おう、ありがとなっ」


銀となれば上機嫌なコボルトは早速とんがり帽子に留め具を装着して御機嫌で再び食事を再開する


「カレンはどの香水が好きなの?」


「私は今の所この伽羅が気に入ってます、以前コボルトが仕入れてくれたんだけどこの香りが凄く好きですっ!」


錬成の試作品で様々な香水を試したがカレンは伽羅の淡い香りがいたく気に入っており愛用している


「伽羅かぁ。私の桜も同じ大陸だからやっぱり気が合うわね!」


「へへぇ♪」


そして夕餉も終わりアマネの新たな果実の果物も満喫して皆一息つくとコボルトが肝心の話を切り出す

その表情は商売柄の真面目な顔つきだった


「それじゃ今日の売り上げ結果だがな、星金貨3枚・金貨30800枚・銀貨48756枚・銅貨23049枚。凡そ金貨で34900枚ってとこだ。当然ぶっちぎりでアシュリー工房で最高売上額だ」


新商品の追加も有って日に日に売り上げは増すが今日は更に客も増えアシュリー工房開店以降初の売り上げ高となった


「「「凄い(ですぅ)!!」」」


1日の売り上げで星金貨34枚程と聞いてカレン・アリス・アマネは素直に歓喜して互いにハイタッチするがコボルトはそんな一向と打って変わって表情が険しい

そしてシャイタンも主の商う工房が順調なのは喜ばしいがそれと同時に懸念事項を述べる


「それは素晴らしい事だが、俺は構わんがこの調子だとアリス様のお手を煩わせてしまうのがな・・・」


「それなんだよなぁ・・・陛下の斜め上の気遣いのお陰で物見遊山の客が多くて俺っち目当てだから当然俺っちが対応しねぇといけねぇし、かといってカレンは工房で錬成、アマネは森の手入れと採集だしなぁ。まぁ今は改装と国の祝い事が重なっただけの一時的なもんだから下手に誰か雇うよりはアリスが耐えろ。文句は陛下にでも言ってくれ」


物見遊山の客が居なければまだアリスを店内に立たせること無くコボルトとシャイタンでなんとか対処可能だが現状ではそれも叶わず打開策も無いので素直にアリスに押し付ける


「うへぇ・・・」


コボルトは冗談で言ったつもりなのだが・・・一方アリスは今度ロックンに有ったら本気で説教してやろうとこの鬱憤をぶつける気満々だった


「まぁ良い機会だからカレンの為だと思っておめぇも暫く動け。んでよ、売り上げは大きいが諸経費も馬鹿にならねぇんだよ」


売り上げだけ見ればコボルトなら諸手を上げて喜ぶ所だが経費と雑費、維持費を含めるととても喜んでいられない程莫大な出費になっているのでそれがコボルトの悩みの種だった


「経費? ポーションの硝子とか?」


新たな商品の内医薬ポーション3種は樹脂の容器でいいが他のエーテルポーション2種・マジックポーション2種・ダブルポーション3種・マルチポーションは往来のエーテルポーションやマジックポーション同様硝子瓶で販売して欲しいとの事で急遽専属契約している硝子職人に今までの12倍という大幅追加を頼み新たに契約し直したがそれだけで毎月の費用が真っ青になる程で職人の喜び様とは逆にコボルトは頭を抱える羽目になった


「おう、だがそればっかりは必要経費だしどうしようもねぇからいいんだが、おめぇの作る香水も今じゃかなりの売り上げ数だろ? その酒精が結構馬鹿にできぇねんだ、おめぇ昔酒錬成したろ?」


今やアシュリー工房オリジナルの特殊ポーションはルルア処かシャルマーユの看板商品という事も有ってその需要振りからコボルトも項垂れ必要経費…必要経費…と自身に言い聞かせ耐えたが次の出費も今は問題になっていた


それがカレンの香水だ。

一般層でもちょっとした贅沢で買える価格という事も有ってかなりの目玉商品となっており相当数売れているのだが主材料の酒精が硝子には及ばないもののかなりの痛い経費となってきたのだ

なにせ硝子と違い香水は研究で店舗に並ぶ品の7倍以上酒精を使うので実際の所売り上げの3分の1は経費で差し引かれる程になっているのだ


それを皆に説明して以前テンゲン大樹海で偶々カレンが酒を錬成したのに目を付けて経費を抑えられないかと目論むコボルトにカレンの返答は弱弱しかった


「あ~・・・でもあれリルルが言うには未認可の酒造は違法とか以前言ってたじゃない」


「それよ。許可とれねぇのか?」


「え? ん~・・・明日にでもリルルに聞いてみるわ」


未認可の酒造は錬金術師に限らず当然誰だろうと罪になるとリルルから聞かされてカレンは詳しくは聞かなかったので其処はリルルに丸投げする事にする


「酒精かぁ~酒精が造れればレシピにもある異国のお酒や古酒、料理の幅も増えるわね!」


酒と聞いてアリスはかつての懐かしい酒を思い出し期待が膨らむ

なにせその酒は今や何処の国でも手に入らない、正確には存在しない酒なので望郷の念も過って頬が緩む


「そうなの?」


「そうよ! さっき言ってたお米でお酒も造れるわよ。今では古酒に分類される選り好みが別れる癖の強い味だけどお母様の故郷のお酒で私は結構好きよ」


「お母様の・・・許可が取れるなら頑張って挑戦してみます!」


酒に関しては度のきつい酒以外は呑めるが頻繁に買い込んで呑む程の拘りは無いカレンだが母の故郷の酒と聞いて俄然やる気に満ちてうさ耳もその表れか勢いよくパタついていた


「うんうん。楽しみにしてるわ」


「酒なら俺っちも歓迎だ。まぁそれはリールー嬢さんとの話次第ってことで。んでさっきの話だがよ、アマネは魚も作物も苗無しでなんでも好きに創れるってのか?」


話題を変えるがまたしてもコボルトは真剣な口調だった


「植物は創造できますけどぉ、魚や動物達は勝手に住み着くので何時でもと言う訳にはいかないですよぉ」


アマネに限らず豊穣の権能で創造した区域は清浄で聖や神に連なる動物達が通ったり居着く事も有るがそれは権能を行使した神に懐くのとはまた違うので神によっては居着いた聖獣や神獣とトラブルも良くあるのだが今の所アマネの神域に居着いた獣達は皆大人しく、むしろアマネに懐いてくれているので問題は無い


「ふむふむ・・・・・思ったんだけどよ。おめぇら大事な事だから良く聞け」


「「「「(ですかぁ)(だ)?」」」」


コボルトの口調振りから皆気を引き締めて集中する

カレンに限らず工房の皆アシュリー工房の経営はコボルトが要と知ってるだけに真面目だ


が・・・・・


「こりゃコボルト工房じゃなくてアマネ青果店にしたほうが原価零で儲かるじゃねぇか。カレンおめぇもう首な」


「「「「・・・」」」」


商売気質のコボルトで無くても誰でも判る理屈だ

カレン大好きなアリス・アマネ・シャイタンも思わずそれはそうだと思ってしまう程に・・・

そしてカレンもそれに思いつき、一瞬(あれ? それ凄いんじゃ・・・)と考えてしまうがすぐさまアシュリー工房を建てた理念を思い出す


「!? なっ!? なによそれ! コボルトだけじゃなくてアマネまで私の工房を乗っ取るつもりなの!? 酷いっ! 姉様~!!」


なまじカレンも一瞬納得させされる程筋の通った話にカレンはアマネの裏切り? にショックで姉の胸に飛びついてギャン泣きしてしまう

そんな愛妹をあやすアリスだが内心で(ごめんねカレン、私も経営として考えたらその通りだと思っちゃったわ)と罪悪感も有って謝罪も込めて愛妹のうさ耳を丁寧に揉みしだいていた


「えぇ!?」


その後はアマネの必死な弁明もカレンには届かず、コボルトの「明日にでも店の看板をアマネ&コボルトの幻獣による青果販売店にするか」が止めとなってカレンはベッドにギャン泣きで逃げ込んだ


その日の就寝時、アマネは日課のアシュリー家の信愛表現をカレンにしてもらえず、カレンはアマネと顔も合わせず不貞腐れて姉に慰められつつ眠りに就いてアマネは放置された。カレンもアマネも枕を涙で濡らした


共依存がコボルトの一言でアッサリと砕け散ったアマネは先輩に恨み事を呟いていた



翌日も昨日と変わらない大盛況と混雑でシャイタンとアリスで看板娘と看板男(一部では性別を無視して)としてファンを会得してゆく


そして閉店後


「お疲れ様、ねぇコボルト、ちょっと聞きたいんだけど」


「おう、おめぇもお疲れさん。なんだ? 金なら今は有るだろ」


「お金じゃなくて、あんたチラシを模倣してくれた魔法師の知り合いがいるのよね?」


「おう、知り合いってか妙に俺っちに入れ込んでくれる面白い飲み友達だが、なんかあんのか?」


「その魔法師にある物を永続化と不懐の魔法を施してほしいんだけど頼めないかしら?」


「ん~あの姐さんの技量は知らねぇが其の2つは高位の魔法だろうから使えるのかどうか、それにおめぇ街中での魔法の行使は色々制約があるからな、大人しく魔法組合に行って頼んだほうが確実だぞ」


「制約?」


「ああ、俺っちも詳しくは判らねぇが、街中での非常時以外の魔法の行使は禁じられててな、魔法師だけ契約書を交わして特定の魔法だけなら街中でも行使が許されるみたいなんだがかなり制約があるらしくてな、攻撃系は一切駄目で他の魔法も色々制限があるらしいぜ」


魔法については昔から無政府状態の国を除いて何処の国でも厳しい制約が課せられている

なにせ組合で最も組合員が多いのが商業組合なら次に多いのが魔法組合だ、そして戦術級の魔法は勿論の事、中級の魔法ですら物によっては混乱も騒動も起こせるのだから魔法に関する処罰は王侯貴族への不敬罪の次に重い処罰が課せられる


「そっかぁ。じゃあ魔法組合行ってみるわ」


「なにを依頼すんのか知らねえが高位の魔法の依頼となりゃかなり代金かかるだろうから幾らか金纏めて持って行っとけよ」


「おっけ~」


そのやり取りを聞いて居たアリスが珍しく自分も付いて行くと言ってシャイタンを率いて3人で初めての魔法組合に赴く。


カレンは呑気に硬貨袋を懐に納めてリリーに1台荷台を繋げて御者台で姉と仲良く向かってるがアリスは胸中では魔法組合という事で万が一カレンの魔力が無い事を知られたら手段を問わず口止めするつもりで付いて来ていた

荷台のシャイタンは説明されるまでも無く主の意図を汲んでいた


そして初めて潜る魔法教導組合、最大登録員を有する商業組合の次に多い組合だけあってやはり商業組合程の大きな建物だがトレハン組合の様に食堂が無い代わりに年季の入った酒場があり、応接間と個室が大量に有り受付員もトレハン並に多く夕暮れ時というのに室内は係りの者と魔法師や客で大混雑だった


(此処の受付の人も皆美男美女・・・どこの組合も受付は容姿で雇ってるの!? いやらしい!)


カレンが内心で悪態を付くが公共施設の公務員がそんな採用理由な訳も無く、むしろ逆である

何処の組合にしろ受付員となれば有益者と縁故が結べる可能性が最も高く、市民からしたら貴族等の高望みより組合員の実力者と知古になるほうがよほど現実的という理由から雇用目当ての容姿に優れた者達が後を絶たないのだ


リールー・エイシャのようにその職に憧れてと言う理由のほうが稀である


「あの、すみません。魔法の行使の依頼をしたいんですけど」


10分ほど並んで自分の番になったのでリールーと大差ない程の妙齢の女性の受付嬢に目的を告げる

カレンは魔法に関しては言葉通り無知で幾つか階級が有るぐらいしか知らない


魔力の無いカレンにとっては学ぶ必要も無く、姉も行使できない(と言われている)のでその手の事は一切知識を積んでなかったので正直憧れと僻みが混じっている


「いらっしゃいませ。先ずは身分証の提示をお願いします。それと此方にどのような品にどの魔法をご希望か記帳をお願いします」


「ええ」


慣れた手つきで身分証を渡すと受付嬢に渡された書類に必要事項を記入していく

受付は提示された身分証を確認すると何かと話題の人物であることに驚くが最上位ということで一部の戦術級を覗くあらゆる魔法の行使が認められるので幾つかの手順を飛ばして早速本題に入る


本来魔法の行使依頼は最下級・下級なら犯罪歴がなければ誰でも代価次第で請けれるが下級以上となると公的な地位や特権階級の紹介が無いと殆どの魔法が依頼の受理できないのだが最上位ともなれば攻撃魔法を覗く最上級や一部戦術級の魔法ですら許可が出される


そしてカレンの記入を終えた書類を確認すると受付は又も驚かされる


「あの、お客様・・・其方の品に永続化と不懐を施すのですか?」


「ええ、お願いできるかしら? お代は払えると思うわ」


依頼された魔法は良くある依頼なので問題無く慣れた物だが肝心の依頼の品が受付の予想外の品だったので思わず善意から忠告をしてしまう


カレンの記載した品は今着用している黒色の銀糸で蝶を誂えたローブだった


「その・・・私は服の良し悪しは判り兼ねますが其方の品はどう見ても金貨にも満たないと思うのですが・・・永続化に金貨3000枚と不懐に金貨1200枚は掛かりますが本当に宜しいのですか?」


受付の疑問は最もで永続化と不懐の魔法は莫大な費用もそうだがなによりその2つは厳しい制限の元許される魔法で不懐は上級魔法・永続化は最上級の魔法だ


本来なら聖遺物や富裕層の家宝等に行使する物だがカレンの纏うローブはどうみても市井でよくある量販品なので確認する


「じゃあ星金貨4枚と金貨で200枚ね。お願いするわ、脱がないと駄目かしら?」


魔法についての金銭的価値等無知なカレンはその莫大な金額にもさして驚かずに懐から費用を取り出し受付に支払う

カレンからしたら自分は全く行使できないだけに魔法は全て奇跡のようなものでそういうものだと認識してるだけにもっと費用がかさむと思ってたぐらいなのだから、カレンのさも当然の様に料金を支払う仕草に受付も完全に同意してると見て忠告も止めて営業に努める


「・・・・・畏まりました、確かにお代を確認しました。いえ、着用のままで問題御座いません。それでは専門の魔法師を手配しますので彼方の席に掛けてお待ちください」


「おっけ~」


カレンと違い魔法組合に入ってからシャイタンと人気の少ない壁際に寄り掛かっていたアリスはカレン達の会話に意識を集中していたが懸念していた心配も無い様でカレンの目的に無意識にぽろっと言葉が漏れてしまう


(カレンったら本当に思い出を大切にするいい子ね)


(アリス様。カレン様のあのローブはなにかあるのでしょうか?)


(ん? あ~あれは犬がカレンを想ってルルアに来た当初に贈ったらしいわ。安物では無いけどあの受付の言う通り生地からして恐らく金貨にも満たないだろうけど・・・カレンにはそんなの関係ないのよ。それに――――あの蝶はお父様の家紋にも関係があるから私も想う所があるの。あの犬は知らずに贈ったんだろうけど、本当良い仕事するわ)


(―――成程・・・先輩もですがそれを大事に想うカレン様も素晴らしいですね)


アリスが危惧していたカレンの魔力の無い事の発露は魔法師の行使中も問題無かった

アリスは知らないが魔力感知やエーテル感知は中級層なら行使されると感知できるので当然無礼に当たるので基本非常時や敵対でもない限り相手の許可無く感知を発動する事は無いので組合も当然お客にその様な失礼な事はしない


そしてアリスもシャイタンも魔力感知に対して原初厄災級の絶死と天獄強制転移の攻勢防壁を纏っており2者に魔力感知を行使した場合原初厄災級の魔法無効化でも発動してない限り先ず即座に絶命して消える事になる


こうして更に10分程して魔法師にカレン愛用のローブに永続化と不懐の魔法を施して貰った事にご満悦でカレンは姉とシャイタンと共に帰路に着いた。


カレン愛用のローブはその代価にとても見合わない莫大な費用を掛けて永続化と不懐が掛けられ言葉通り後生愛用される。


帰宅後アマネとコボルトに魔法組合での目的を告げるとアマネは「カレンちゃん良い子すぎですよぉ!」と抱き着きコボルトは「んなもんに金貨4200って・・・もっと高価なもん買えたろうが」と悪態を付きつつも満更でも無い様子だった。

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