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臆病兎の錬金経営譚  作者: 桜月華
138/148

138話 巻き込まれる人々と錬金術師

幻神歴2962年04月20日


カレン・アシュリーが世間へのお詫びを兼ねた奉仕露店を初めて30日程が経過した


コボルトの目論見通り新商品の炭酸水と炭酸酒は味・値段・目新しさも合わさってアシュリー工房の新しい目玉商品として売り出しは大成功だ

残る露店の期間は2週間ほどだがこのまま順調に進めば謹慎期間、カレンの教導技術錬研への参加の間の休業期間を見据えてもアシュリー工房の知名度はそれほど下がることなく維持できるだろうと見込んでコボルトは一安心する


今回の新商品は詫び価格で銅貨1,2枚での販売だが商業組合からは露店が終わり工房で正式に販売する際には炭酸水は銅貨5枚、炭酸酒は銅貨7枚での販売にしてほしいと要望があり、コボルトもその値段で合意した。露店価格の5倍になるがそれでも銅貨10枚以下なのでアシュリー工房の低価格品の品揃えとしては問題ないとの判断からだ。


アシュリー工房が2ヶ月の営業停止とはいえ仕事が無い訳ではない。鉱山発掘・森の手入れ・商品の取り扱いについて行商人と組合との打ち合わせ・素材の納入・硝子瓶の手配・遊技場の管理・等々多岐に渡る。カレン・アマネ・シャイタン・名無し妖精らが今日も露店に出発し朝の錬成を終えたアリスはカレンの部屋で二度寝を、コボルトは自室で昨日までの支出書をまとめあげて今日の予定を確認する


午前中は商業組合へ向かい休業中の間に錬成品以外の品についての取り扱い、主に別店舗や行商人に販路を維持してもらうという取り決めを


午後からはカザネの紹介で軍から派遣される情報の操作に長けた人との話合いとなっている


休業中の間カレン不在でも商品を貯め込んで販売できればいいのだが、あくまでアシュリー工房は錬金術師の店なので工房主のカレンが不在では店を開くことは推奨されず、何か問題が起きた時に責任が取れないので大人しく休業を選択したが錬成品以外の品については中間業者を挟むことは可能なのでコボルトと商業組合の利害が一致して休業中は業者を挟むことになった。



商業組合に向かう前に支出書に最後の確認を取るが・・・今回の露店ははなから利益度外視とはいえ予想外の出費もかなりあった、先ず炭酸水・炭酸酒の素材の果実、これが銅貨4枚から銀貨3枚までの品を使ってるので売れば売るだけ損が出る、今日までの計算で既に金貨にして1320枚分は赤字だ。そして露店市場の同業他社への損失分の補填に金貨270枚、酒の肴に簡易食品店への配達の手配に金貨75枚と銀貨40枚、アシュリー工房の月の売り上げに比べたら金貨2000枚程など軽微と思われるが商人である以上例え銅貨単位だろうと赤字は御免だ、この分の補填は別で補うと心のメモにしたためカレンが用意しておいた弁当と手土産を持って商業組合へ向かう





道中商店街を通り町商人達と交流を交わし親交と情報を集めつつ、つまみ食いで小腹を満たし市場の露店通りでカレンの露店を視察するつもりだったが・・・・・相変わらず露店の賑わい振りは常軌を逸していた



(ん~~~こりゃぱっと見だととてもじゃねぇが飲料水の露店には見えねぇな)



コボルトの感想の通り、カレンの露店は大混雑で賑わってはいるがその殆どが露店販売品というより売り子のアマネとシャイタン目当てで常軌を逸したファン達に囲まれて2人とも表情には出さないものの明らかに引いている


2人を囲むファンの様相は欲の眼をぎらつかせ鼻息荒く大興奮・・・そんな連中が跋扈する背後では呑兵衛達が路上飲みで大宴会といった訳の分からない有様だ


(あいつらの見た目はそんなにいいもんなんかねぇ)


コボルトは種族柄人語は解するし疎通も可能ではあるが人間種への造士は理解できない、これはこのコボルト個体種の問題ではなくコボルト種全体での共通の認識で幻獣種にはこのような者が多い


一部の幻獣は人の姿形を取る者もいるが大半の幻獣種は人の外見に関心が無いのだ、それに加えて精霊種でもあるコボルトにとっては抑々人間種の容姿の区別がつかないのもあって容姿の良し悪しが判別できない


商いを志すようになりルルアにて工房を構え商売を始めてからというもの、容姿による交渉や取引への印象効果への影響を身に染みて実感はしているがこればかりは種族性の本能でいかんともできない



アマネとシャイタンが普段工房で黄色い声に囲まれているのは知っていたので今回の差配にしてみたがコボルトの思惑以上の成果にいっその事これを機に何か商売のネタにならないかと企む


アマネは人間の感覚でいうとまだ幼女よりの童女だ、シャイタンはというと年頃、というより20歳前後の男性といえるだろう


ただその容姿はコボルトの想像を遥かに超えている

元イラト派閥にて権謀を巡らし智謀で信仰を集めていた清い女神、そんなアマネが容姿にはちょっと背伸び的な煽情的な黒いワンピースを纏って甘ったるく愛嬌を振りまいているのだ


生粋の熟女好きもロリコンに目覚めさせるロリコンほいほいとなって目下ロリコンを大量生産している


シャイタンに至ってはもっとひどい


もはやあれは接客でもなんでもない、シャイタンの前の列に並ぶ者達もそれを期待しているのだろう



「おい女、貴様如きが俺に欲の目を向けるな。目障りだから買ったらさっさと失せろ」


これである



遠くから様子を見ていたコボルトは目頭を押さえあいつに接客態度を叩きこむべきかと再案するが直ぐその無駄な考えを振り払う



なにせ今雑に追い払われた女性は恍惚の表情で歓喜の雄叫びをあげているのだ


(あの客どうみても富裕層、てかもしかしなくても貴族令嬢じゃねぇのか?)



どうみても庶民とは掛け離れた見事な衣服と装いからやんごとなき令嬢だと察せる、そんな連中がちらほらと列に交じっている、圧倒的に女性が多いが一部男性もおりどう見てもシャイタンに色目を向けて興奮している


超越者アイオンを模して創造された中性的な大悪神にして美麗な男性シャイタンはその見た目だけで女性は勿論男性すら魅了させる程だ、それに加えシャイタンの横柄にして傲慢不遜な態度は一部の被虐嗜好者の心を掴みこれでもかと満たす


流石にこの2人と比べるのは可哀想ではあるがカレン・アシュリーはというと・・・



誰にも見向きもされず端で一心不乱にジョッキを濯いでいる



妖精達ですら子供や一部の好奇心を刺激された大人達に囲まれるというのに妙齢の女性のカレンが客達に認識すらされないというのは予想外だった


頭上のうさ耳がフード内でばっさばっさ揺れているがあれは2人と妖精達の人気振りから嫉妬、なんて可愛い理由なんてものではなく、単に働きづめで普段の錬成意欲が満たされず鬱憤が貯まっているのと疲労困憊からくる苛立ちだろうと理解したコボルトは無視して商業組合へと向かう



商業組合ルルア支部



組合内部では相も変わらず利用者で混雑しておりコボルトも受付で大人しく並ぶ

アシュリー工房とコボルト程の知名度と高名があれば受付で一声掛ければ優遇処置もされるだろうが火急の用件でもなければ悪目立ちに繋がりかねないのは承知なのでその様なことはしない


暫く待ってコボルトの番となる


「やぁリッテさん、今日はシズク役職長と打ち合わせの予約を取ってるんで取り次いでもらえますかい」


「ええ勿論で御座います。少々お待ちを♪」


言伝を頼まれた受付嬢リッテは組合で話題にして愛嬌抜群のルルア名物マスコットのコボルトと接せて上機嫌で仕事に努める



役職長シズクの部屋にて


「おやあんたかい、相変わらず時間に正確で生真面目だねぇ」


「どうもどうも、そりゃあっしは新参の商人ですからね。目上の上役との商談に気をもむのは当然でさ」


「ははっ、あんたの経営手腕で新参を名乗られちゃ当組合員の殆どが見習いすら名乗れないさね」


軽快に軽口を交わすルルア商業組合の5人の役職長の1人シズク


各商業組合はその膨大な組合員の数からトップの組合長の下に5名の役職長がおり多岐に渡って職務が分かれておりシズクは主に流通関連の責任者で中年層の女性にして恰幅のよい貫禄のある商人だ。以前の打ち合わせで会ったガイナス役職長は販売を一手に担う責任者なのだが今回の用向きは主にシズクの差配になるのでこの打ち合わせをコボルトから申し込んだのだ


早速応接机に招かれコボルトが腰を下ろし前向上代わりに世間話を交わす


「それで、本題の前にその包みは期待していいのかね?」


目敏くコボルトが脇に抱える包みについて尋ねるシズク


「そりゃもう勿論でさ」


快活に包みを解き中の荷を机に並べる



「ほう、こりゃあんたんとこの例の古酒かい? 嬉しいねぇ」


手土産に金貨10枚相当の酒を贈るのはやり過ぎで時と場所によっては逆に困らせる程のもので役職柄賄賂とも受け取られかねないのだが、今回は正解だった


普段懐管理に口五月蠅いコボルトのこの大盤振る舞いは相手が商売上の上役だからという思惑も勿論あるがそれだけではない


「ええ、それはシズク役職長に、んでこっちは試作品・・・といいたいんですが商品化には見送った品で蒸留酒の改良酒でさ。姐さんにやってくだせぇ」


妹同様に酒好きのシズクは豪快に破顔して喜ぶが続いてのコボルトの言葉に更に興味を惹かれ尋ねる



「蒸留酒ってんならうちの馬鹿妹も喜ぶさね、なんで見送ったんだい?」


「あ~それがですね、あっし好みの味と酒精が強く良い飲みごたえであっしは気に入ってるんですが、どうやら強すぎて一般の方には先ず舐めるのもきついだろうとの判断からでさ」


開発者のカレンは試飲して即酔っぱらって泣き上戸を遺憾なく発揮し家族に絡み倒していた、カレンでは参考にならないとアリスに試飲してもらったら悪酔いして癇癪を起こし、アマネはそれを見て一目散に逃げ出した。フラミーにも逃げられたので抵抗するシャイタンに拝み倒して試飲してもらった所一口でぶっ倒れたのでこれは駄目なやつだと商品化を見送られた品だ。



なので正式な商品ではないので本来なら気軽に譲渡などしてはいけないのだが金銭を受け取る訳でもなく、相手も喜び消耗品で消える品なのであと腐れはないだろうとの判断からの贈り物だ


尚贈り先のシズクの妹とはコボルトの飲み友達で良く酒場で絡むはぐれ魔法師の姐さんのことで、その偶然には姐さんと出会ってから暫く経ってから気づいた経緯がある


コボルトがルルアで名を馳せるより前にシズクとは姉御を介して交流があったのだ


そのこともあってコボルトはシズクと姐さんの苦労話も既に聞き及んでいる


元は2人ともフルーラの中流家庭の出でお家騒動の末奴隷堕ちして流れに流れてシャルマーユに行き着き、奴隷と聞いて想像通りの辛苦を舐めた経験があった


通常なら苦労しましたね、と同情話になるのだが2人はそこから努力と運と実力で成功への道を掴み取る


酒の席で気軽に打ち明けられたものでコボルトもそこまで深刻に受け取らなかったがシズクいわくまだ娼館で雇われただけましなほうだと、自分と違い妹は容姿が整ってたので貴族に囲われていたら当時の環境だと恐らく五体満足でいられなかったと零していた



続いて語られたのが奴隷として接客を叩きこまれ娼館で働いていたのだがその傍らで2人とも得意分野を勤勉に励み現状打破に一念発起した

シズクは家の事業を手伝っていた影響か商売方面に、妹は元々大の動物好きがこうじて召喚師を目指していたのだがその手の才は欠片も無く、本人は本位ではなかったがそれなりの才能があった魔法関連に邁進した


そして幻魔涙戦(げんまきゅうせん)を経て革命後に2人は晴れて任期を全うし正式に開放され、僅かではあるが蓄えもあったのでそれを元手に本格的に各々専業化に没頭し今に至る


シズクは個人露店から始めめきめきと頭角を現し今や一組合の役職長という上役にまで上り詰め、妹も魔法師として中流以上の成果をだしていたのだが持前の奔放振りから組織勤めに嫌気がさし大喧嘩の末に逸れとなって現在酒場に入り浸ってなんとか召喚獣や幻獣に纏わる仕事ができないかと悶々とした日々を過ごしている


その後2人の共通の話題といえば姐さんとなり酒場での様子や普段の手のかかる妹の面倒への愚痴等当たり障りのない会話に弾む


頃合いを見てコボルトが切り出す


「っと、そろそろ本題に移らせてくだせぇ」


「おっと、そうだったそうだった。あんたとの話は裏が無いから気楽でつい話し込んじまう。それで?」


仕事話となって双方とも真面目な顔つきとなって商談に挑む


「以前にも伝えた通り5月から工房主のカレンが最低でも半年は本国で開催される教導技術錬研に参加するんでその間の工房の錬成品以外の販路の詳細を詰めたくてですね・・・」


コボルトの切り出した内容に普段とは掛け離れた歯切れの悪い様子でシズクは返答する


「―――ああ~、やっぱその話かい、そっちから持ち掛けてくれたのは助かるんだが・・・実はちと込み入った事情もあってね、まだ正式には許可は下りてないんだが、恐らくは現状を鑑みて正式に通達が出るとは思うんだがね・・・・・」


「ほう? といいますと」


「先ずアシュリー工房の工房主不在の期間の物販流通、これは願っても無い申出で此方から頼みたい事だから委細問題はない。それはいいんだが・・・・実はねぇ、ここだけの話にしてほしいんだが一部の錬成品もあんたんとこの嬢ちゃん不在の間流してもらえないかって事なんだよ」



「―――そいつは国指定の販売個数制限品も含めてってことですかい?」



「ああ、あんたの言い分は最もでこの話が通ればルルアの領内に限り一時的とはいえ規制法が設けられる。当然領主様の許可も前提でね」


「そりゃこっちとしては本来なら制限気にせず売れるならそれに越したことはないんで構いやしませんが・・・当然アシュリー工房への善意だけって訳やないんでしょう? その思惑は?」



「相手のやっすい名誉の為にあえて名は伏せるが、実は5月からのアシュリー工房の休業期間を待たずに現状の謹慎中で既に問題があってね、その最たるものが戦闘職の業務だ。その影響でルルアでは討伐は勿論魔獣素材や警護関係に卒倒するほどの損失がでてる。私の把握してるだけで関係者が7人は破産・2人が行方不明の有様さね。で、尻に火を付けられて尻ぬぐいをしてる奴から泣きつかれてね、領主様に連日連夜土下座で頼み込むからなんとかアシュリー工房の制限品を嬢ちゃん不在の間商業組合が流してくれないかと職権をかさに泣き脅しで頼まれてねぇ・・・」


尻ぬぐいを無理やり追う事になった張本人は本国に泣きつき本部からドン引きされつつも許可は貰ったもののありとあらゆる意味で前代未聞となり嫌味の山を贈られた


「はぁ? カレン嬢の品の一時流通と物販? そりゃ構わんがなんじゃこの予算申請、こんなもんルルア支部所かテスラ支部ですら3年分はあるぞ? お前さんの手腕に問題ありと判断せんとな」


組合の総帥からは呆れと進退への見直しを遠回しに示唆され



(貴方様の肝いりの問題児が原因なのですが)



偶々同席していた者からは



「ぷっ、くくっ、いやいや申し訳ない。何かと昨今話題のルルア支部がまさかの借金を頼み込むとは想像の埒外で・・・いやしかし、アシュリーちゃまを占有してる貴方が、んっん、失礼、アシュリー殿が所属してなにかと権益を得ているルルア支部なのにこれほどの借金を負うとは、偶然の幸運に胡坐をかいて職務を疎かにしていたのでは? ああ、リセンド支部としては今回の申請に文句は有りませんとも。ただまぁ一言だけ言わせて貰うなら、アシュリー殿解放してリセンドの会合に参加させろ」


問題児の熱心な信奉者のリセンド支部長からは普段問題児を独占してると訳の分からない僻みの手紙が送られるので無視してたのに・・・これでもかと満面の笑みで妬み満載の嫌味を


(あんな問題児手放せるものなら喜んで手放したいわ! いい歳したおっさんがなにがちゃまだよ、決めた。こいつには後で問題児への組合借用書の写し送りつけてがっつり二人三脚なことを見せつけよう・・・・送り主はリールー君の名だ)



「なんですかの有り得ない金額の申請書は? 正気ですか? え、総帥の許可がある? ―――――でしたら認可はしますが、このような事態過去に例もありませんので通例通り他組合への融資同様に金利も発生しますからね。当然貴方の職務姿勢の見直しと減給、後程協議しますが指定年数の職務責務の枷、ああ勿論証書には貴方個人の署名もしてもらいます。これでアシュリーさんだけでなく貴方も借金持ちですね、なぜ到達点を紐解いた方とその方が籍を置く本来権益で予算潤沢の筈の組合長が借金持ちなんでしょう? 他支部や他組合が耳にしたらどう思われるでしょうか」


本部で有能にして影の支配者と噂の予算課の受付嬢には想像もしたくないこの先の勤続年数縛りと借金という現実を突きつけられた、当然本部では恰好の笑いものとなり自棄を通り越しぷっつんしてしまい某受付嬢の如く闇堕ちしてしまう・・・実情を知りもしない通りがかった別支部の役員に使い込みでもしてるの? 俺にも分けてと嘲笑されたので奇声と共に襲い掛かりその結果危険人物として腫れもの扱いとなって追い出された。1年間の本部立ち入り禁止を言い渡された



(再来年には退職して家族とゼファースで悠々自適な年金生活を計画してたのに・・・10、いや間違いなく20年、いやいや過労死するか定年まで就労になるな・・・・減給のうえに進級の見通しも果てた)


絶賛リールー君に降りかかってる呪いのお裾分けかな?


自暴自棄になって本国で豪遊した


帰還して妻に事情を打ち明けた所、楽しみにしていたゼファースでの聖女様を拝める老後生活がご破算になったと般若の如く怒り狂い、これは堪らんと少しでも辛苦を和らげようと泣きついた先がシズクだった


「ああ・・・・そこまでになってたんですかい、ま、まぁあっしとしてはあの人には借りも恩もあるしルルアの為なら市民として協力させてもらいやすぜ、価格は国指定の関係でどうにもならねぇですがその他は融通を図りますんで」



名は出ずともコボルトは直ぐに誰の事か察せた、なにせ先日工房で仕分けをしているとその本人が訪ねてきて内密で幾つかのポーションを流してくれないかと非合法な申し出があったのだが当然コボルトは断ったのだが帰り際の居たたまれない背には哀愁を感じた


「そりゃ助かるよ」


こうして5月からアシュリー工房の休業の期間アマネによる作物をこれまでの7倍の量を行商人へ卸す段取りと内密ではあるが粗決定が決まっているカレンの錬成品の各種酒類を5倍の量の卸と商業組合へ販売個数制限のポーション類、エーテルポーション・マジックポーション・ダブルポーション・リミットポーション・エクストラポーション・ヒーリングポーション・リジュネレートポーション・ラックポーション、以上の品を規定価格で上限無し、むしろ最低でも毎日各200本以上は納入するという商談となった



収入面だけを取り上げて言うならこの結果は上々だが結果にコボルトは喜べる筈も無く、また後のトラブルになりそうだと新たな悩みを抱えることになる


シズクとシズクにこの話を持ち込んだ両名を立てて請け負ったはいいものの、情を抜けばこの話は断るべきだった

なにせ一時的とはいえ制限が免除され青天井で高価なポーションを買い取るという一見濡れ手に粟の有様だがその波及効果が一時的な収入など消し飛ぶくらい厄介だ。


医薬ポーションを除くカレン印のポーション類はどれも高額ではあるもの費用対効果は凄まじい。その恩恵を受ける戦闘職や研究職からしたら上限無しで購入できるとなればどんな馬鹿でも顛末は解る。アシュリー工房の営業再開で制限が戻ったらその不満を一手に引き受けるのは言うまでも無くアシュリー工房だ


歯に衣着せぬ言い方で表すならポーション常用者からしたら領内の危機的経営を言い訳に領主黙認で品薄商法と限定商法を合せたような悪質な手法に乗っかって荒稼ぎする様なものだ


この印象が持たれるかもしれないという恐れは一時の金貨の山という利益など比べるべくもない危機的印象で商人としてはそんな片棒を担ぐ訳には行かない。とはいえ提案者の困り様も分かるコボルトとしてはカレンが抑々の発端なので強く出れず表面上は快諾したが内面は苦渋の選択だった


こればかりは個人の営業努力でどうにもならないので未来の自分へと時流に投げる事にしてカレン手製弁当という目先の娯楽に逃げる


商業組合の一階に併設されてる食堂で顔馴染みの商人仲間と遅めの昼餉を済ませたコボルトは次にカザネから指定された料理店へ向かう



軍からアシュリー工房への時限爆弾になりかねない事柄を印象管理してくれるという人を紹介するので今日この先の貴族御用達の個室制の料理店にて待ち合わせとなっている



商店街を離れ富裕層の屋敷が居並ぶ領地の西部へと渡された案内図を頼りに初めて足を踏み入れるが目的地に到着すると予想外に目当ての店? は規模こそ商店街の一等地にあるような大きい建物ではあるが看板も何もなくおよそ店とは思えない、地味な建物だ


(ここ・・・だよな? 貴族様の内緒話もするぐらいだから見た目はあえて地味にしてんのかねぇ? 偉いさんの考えはよくわからん)



カザネからは正装とか気にせず普段の装いで気楽に行って大丈夫とは言われてるがこの手の場に無縁のコボルトは緊張してしまうが今後の自身の商いの為と固唾を飲んで踏み込む


(まぁ正装もなにもこの腰蓑一丁ととんがり帽子が俺っちの正装だしな)



緊張を胸に店内に入るとやはり外と異なり内面は華麗な装飾で程よく彩られており入り口にはカウンターがあり使用人服ではあるが若く、嫌味にならない程度の営業スマイルで客を出迎える好印象の青年が一礼して歓迎する。料理店とは似ても似つかない、どちらかというと高級宿の宿受付のような雰囲気だ


「ようこそカルトリーへ、歓迎致します」


男性の掛け声にならって両脇に控えるこれまた使用人服の2人の女性も並んで一礼する



「ど、どうもどうも、えっと・・・あっしはアシュリー工房のコボルトってもんで、初来店になりやすがカザネという人から此方で待ち合わせ人と約束をしてるってんで来たんですが話は通ってますかね? 実は相手方の名前すら聞かされてないんですが」



「はい伺っております。お相手のネームレス卿は既にお越しです。ご案内の前に当店のご利用は初めてとの事なので注意事項だけお伝え致します」


(ん? ネームレスって名前なのか、変ってか・・・確か遺失語で無名だったか? 偽名だろうけど、卿ってことは貴族かそれに連なる奴なのか? 軍人って話だったんだが・・・)


驚きの知らせではあるがこの後すぐ答え合わせがあると横に置いて注意事項とやらに意識を戻す

何分このような場は初めてで勝手が分からないのだから気を付けるに越したことは無い


「へ、へぇ。お願いしやす」


「当店は秘匿性を売りにした重要人の方々による機密会談を主とする会員制の倶楽部で御座います。商いに携わるコボルト様なら重々ご承知でしょうが、当建物内で見聞きした事を外部で無暗に明かすことにはお気を付けを。当店はその守秘制からどこの派閥にも属さない完全な中立で御座います。そして・・・当敷地内はルルア領主様の権限により法の適応外です。この意味と重さをご理解頂くことが当店の利用におけるただ一つの条件で御座います」


「成程・・・勿論浅学なあっしでも判りますんで大丈夫でさ」


要は窘める法的拘束が無いから間者行為も自由、ただし罰則に対する身を守る法も無いので苛烈な報いもあるという事だろう

この様な場を領主が用意だけして何処にも属さず中立を維持できるということは利用者の信用を前提としてるのでそれを裏切る様な愚かな行為は相応の覚悟を持てという示唆だ


おそらく今説明してる使用人風の男性も両脇の女性2人も本当は使用人などでなくそれなりの重要な地位にあたる令嬢令息だろうとコボルトは想像が付く


説明を終えると使用人風の女性の案内で奥へと進み卿とやらが待つ部屋へと向かう


短くない時間案内され3階の角部屋にて女性がノックをし声を掛けると返事を待たずに優雅に一礼して元来た道を戻る


てっきり室内から返事が掛かると思い暫し待つが音沙汰がないのでコボルトはどうしたものか一瞬悩むが相手が礼を尽くさねばならない相手かもということを考慮して自身もノックしつつ入室前に声を掛ける


どうも、カザネに紹介してもらったコボルトでさ、失礼しやす


シャナードのように慣れた貴人ではなく、初対面の推定貴人。当然緊張が走るが元から作法の知識の無い自分には最初から丁寧な対応を心掛けるしかない


「――――あ、あ~と・・・どうもどうも、アシュリー工房販売責任者のコボルトでさ」


ドアを開くと室内は建物の外観に反して贅を凝らした調度品や装飾品で彩られており中央にある天然石の大机には料理が敷き詰められており待ち合わせ相手が表情を変えず視線だけでコボルトを迎える


(やべぇ・・・軍の偉いさんか貴族かもとは予想したが―――これは流石に・・・気づかねぇ振りしたほうがいいのか?)


此処に来る時、入室前に感じていた緊張とはまた違う、別種の緊迫感がコボルトを襲っていた

貴族など礼を尽くさねばならない相手を前にするものとは違う、それ以前の種族本能からくる本能で感じ取ってしまったのだ


「ふむ・・・やはり直に対面すると察知されてしまうか。るる様にもまだ見抜かれてないのだが、最下級とはいえ探査に特化したコボルト種だから? いや、狼種の精霊種からくる種族特性か? 興味深い、後の課題にしよう」


コボルトを置いてけぼりに先客は一人思案に耽る


そんな失礼とも思われる相手を前にコボルトは必至に思考を巡らせていた


コボルトを出迎えた相手はカザネから聞かされたスペシャリストという印象とは掛け離れ、また貴人のような威風もない。一言でいうなら平々凡々で特徴の無い地味な中年層な男性だ


市場で露店をしていても違和感のない、記憶に残らないような特徴のないおじさん。これがカレンなら拍子抜けと普通に接するだろうがコボルトはそんな外見ではなく本能で悟った


同輩、それも恐らく最下級や下級ではなく中級やその上の存在だと


「ああ失礼、君が今気取った通り私は幻獣だ。最も身内にも明かしてないがね、とりあえずかけたまえ」


「へ、へぃ・・・失礼しやす」


相手が気軽な仕草で対面に着席を進めるがコボルトは防衛本能から相手の隣、床に座り込んで正座の態勢を見せる


大袈裟の様に見えるが幻獣種において階級の差はそれ程の隔たりがあるのだ

相手もこれが当然と対して気にせず話を進める


「さて―――想定はしていたが見抜かれてる様なので明かしておこう。私は君と同じ幻獣だ、最もこの擬態を解いたり名を明かすつもりはない」


「え~と・・それは構わないんですが、その、聞いていいんすかね? なんで人間社会に紛れてるんで? なんかこう・・・幻獣界の使命だか作戦とかで? 俺っち無力なんでその手合いが絡んでるんならこのままなにも知らずに退散しやすが」


相手の名前も階級も聞いてないが幻獣種が人の社会に紛れ込んでいる等異常なのは重々理解できる。それ故に何か大掛かりな裏があると読んで先んじて予防を講じる


そんなコボルトの反応を予測してたのかネームレスは対して時間を掛けず返事を返す


「――――ふむ、コボルト種らしい聡明な判断だな」





ティアマト様の願いと聞いても君は関わらず立ち去るのかね?





「っ!? 竜姫様の為ならあっしはなんでもしやすぜ!!」


今しがたまでの困惑と怯えも吹き飛び即座に覚悟を決めた表情で即答するコボルト


幻獣界の全ての生物が統治者の竜種に畏敬と畏怖を感じているがその中でも特に最下級の幻獣にとっては絶対的な崇拝にすら昇華している。何せ竜の統治が始まる前は最下級の者は奴隷や家畜ですらない、餌扱いだったのだ。人間界での貴族と奴隷の差処ではない。それを改めたのが竜、改善し気を掛けてくれたのがその娘の竜姫ティアマト。故に竜種への文字通り恩義からコボルトはどんな事でもやる覚悟だ



「ふふっ。最下級層の資源区域の者達にもあの方の威光は届いてるようでなにより。いや試す様なことをして申し訳ない、あの方とは無関係だ。勿論幻獣界と人間界との権謀術数も無縁、というより私は久しく幻獣界に戻ってないので今の情勢は知らないのだよ。ここでの私の立ち振る舞いは単なる個人的な我儘だ」


「は、はぁ・・・」


「とはいえその我儘に走って幾久しく経ってるがね。それでも未だ飽きは来ない、全く・・・主人は面白い願いを託したものだ」


「へぇ、その、えっと・・・ネームレス卿とお呼びしても? ネームレス卿は契約の縛りかなんかでお困りで?」


この短い会話でなにかと話の腰を折られるがそれでも相手は上位者なので契約関係で困っているなら力になろうと善意から尋ねるコボルト。コボルトに制約関連に関与する術はないが不幸なことに契約相手のアリスなら出鱈目振りから力になれそうだと宛もあってのことだが


「契約ではないよ、困ってもいない。今はもう居ない興味深い主人の幼稚な願望に惹かれてね。戯れに付き合ってるだけだ」


そういってネームレスは虚空を見上げるがその表情はここにきて初めて感情を露わにし穏やかだった


「な、なるほど」


「だが余興とはいえ私は真面目に楽しんでるつもりだ。故に主人に貰った名を明かすつもりはない、これは私と主人の間だけの想い出だからね。姿を見せないのは警戒もあるが君の身の為でもある。私の今の表向きの立場はこの国の貴族階級で軍に身を置く暗部関係者でもある。君も余計な事を知って危険を抱えたくないだろう?」


「そりゃまぁ・・・」


「さて、私の素性も露見したことだし幾つか手順を省いて本題に入ろう」


ここまでは幻獣同志の話し合い。この先は対等な話し合いとなるので改めてネームレスは対面の席へコボルトを促す


コボルトもそれを理解して失礼してと述べ恐る恐る席に座り先ずは経緯を身振り手振り合わせて説明する


「へ、へい。ご存じとは思いやすが――工房主のカレンが1月に依頼者に頼まれて妖しい素材を使用して媚薬を作成し、それが拡散してルルア領は騒動・・・その時点では法規制はなかったとはいえ当然大問題、今は取り締まる法が施行されやしたがカレンには賠償金やら罰則は下りやしたが騒動の原因として実名公表はされてはいやせんが問題の薬の効能とカレンの知名度とポーション類の手腕を考えるとそう遠くない内に世間に知れ渡るのは明白、アシュリー工房としてはそれを防ぐ、もしくは露見しても軽傷程度に抑えたいところなんですが」


「造作も無い」


「へ?」


ネームレスの即答に意表を突かれるコボルト

表情からは余裕や自信など見られないのだがそれもその筈、ネームレスにとっては気軽な散歩程度に過ぎないのだから意気込む必要すらなかった


「君は火中の当事者だから背に火がついたように逼迫してるのだろうが、客観的に見れば地方都市の一個人店の印象操作に過ぎない。私はこれでも長い年月国営に携わり国同士の苛烈な謀略・工作・情報戦をしているのだよ。国家の印象戦略に比べたら片手間ですらない。権能すら行使する必要も無く隠蔽処かアシュリー工房に有益な情報に書き換えようじゃないか」


「そ、そんな事が可能なんですかい!? しかも有利に・・・」


さも当然の様に言い張るその展望につい驚きから立ち上がって前のめりにネームレス卿に縋る


「ふむ、そうだな。――――こうしようか」


3分ほどネームレスが即興で思いついた内容を説明する

一部はあえてコボルトは知らないほうが良い部分もあって伏せられたがその内訳を聞いたコボルトは目から鱗の気分だ


「すげぇ・・・ネームレス卿すげぇ!! 是非それでお願いしやす!!!」


「ああ任された。内容的に即効性は薄いが工房主が本国へ赴く前に効果は表れるし教導技術錬研に参加中の間にルルア領と近隣には知れ渡るだろう」


「助かりやす! えっと、それで・・・不躾ではありやすがこの手の事に疎くて、報酬というか対価的なものは何を如何程ご用意すればよろしいですかね? 恩恵の有難さは承知してるんであっしに用意できるものでしたら精一杯頑張らせてもらいやすぜ」


「代価かね? 不要だ、上司から十分すぎる程受け取っている。それに――私個人としても協力にやぶさかでないからね」


「へ? は、はぁ。しかし・・・軍の方に協力してもらっておいて何も返せないってのは・・・・・」


「ふむ・・では以前からの懸念を解消したいな、代価ではなくあくまで提案だ。これは同じ幻獣としては心苦しくはあるので勿論強制ではないし一考してくれるだけでいい。断っても先の内容は実行するので安心してほしい」


「わかりやした、なんでしょう」




君には名付けをしてもらいネームドになってほしい


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