137話 回天の錬金術師
幻神歴2962年03月14日
アシュリー工房-売り場-
家出娘の帰還により久々の家族の再会だというのに一部を除いて感動の場面とは掛け離れていた
状況からしてとても祝えるような空気ではなかった
何せ1月程前の繰り返しのようでアシュリー工房の家族が見守る中カレン・アシュリーが見事な土下座を遂行していたのだ
相手は勿論コボルト、そしてお目付け役のリールー・エイシャ
以前の再現かというと異なる点があって家族以外に2人追加されている、コボルトの隣で笑顔で佇む友人のリールーとカレンの背後で苦笑いのカザネが加わっている
「勝手に家出して心配かけてすみませんでしたっ!!」
「いや? 俺っちが心配なんてする訳ねぇだろ。てっきりどこぞでおっちんでるか暴れてるだろうしおめぇの事なんて忘れて鉱夫生活満喫してたぜ」
(流石コボルトちゃん正解だよ~屑相手に死にかけて私達相手にそれはもう暴れてたよ)
空気を読んで胸の内で突っ込みを入れるカザネ
反してアリスとアマネは感涙の涙を零してめっちゃ心配してたんだからぁ! と土下座中のカレンに抱き着いてこれでもかとスリスリしている
そんな超過保護なカレンの姉を一目見てカザネは色々と察してしまう
(ああ~これアマネちゃんと同等かそれ以上の溺愛っぷりかぁ、てかこの人姉ってより双子みたいにそっくりじゃん? でも以前の機密文書の通りならこの人陛下同様の化け物なんだよなぁ―――おっかねぇ)
カザネの心中も知らずに眼鏡を光らせリールーが詰め寄る
「まあ戻ってきただけ褒めておきます。それで、色々聞きたいのですが・・・その前に後ろの女性は何方でどういった関係ですか?」
「どもども初めましての方は初めまして。私はカザネ、カザネ・シャーロットです。貴女が有名なリールーさんね、一方的だけど貴女の事は聞いてるわ。私カレンちゃんの警護を務める軍人なの。 何故こうして此処にいるのかというと複雑な事情があってですね、まぁカレンちゃんが今から話すけど足りない所は私が補うので」
一歩前に出て簡潔に自己紹介と説明を済ますとまた元の立ち位置に戻り姿勢を正して直立するカザネ、リールーは初見だがコボルトは何度も相まみえていたが今のカザネの装いを見て今までの認識を改める
何せシャルマーユの紋章が施された見事な鎧で武装しており見た目だけで判断するなら兵士や騎士のようだ
情報に重きを置く商人たるコボルトでも担う商売に縁遠い専門外の軍関連の知識は無く、紋章付きの武装の意味を把握してないのでその程度の認識だ、リールーですら朧気に騎士階級の人では? と察する程度で流石に近衛とまでは思いもつかない
「はぁ・・・軍の方ですか。知ってるようですが錬金術教導組合の職員で今はカレンさん専属のお目付け役のような訳の分からない仕事も兼ねてます。―――なんとなくですが、貴女とは気が合いそうな予感がこれでもかとするので宜しくお願いします」
互いに眼鏡を掛け、問題児のカレンに何かと振り回されている雰囲気を察し、また偶然なのか年齢もそれほど離れていない同性とみてこんな形で被害者仲間ができるとは驚きで本心から親しくなりたいと愛想を振りまくリールー
「うんうん私もだよ~あ、愛称リルルってんでしょ? 私もそう呼ばせてもらうね♪」
「ええ」
カザネも(あっ、これ仲間だ♪)と歴戦の観察眼で見抜き是非友人に、とリールーに向け元気よく手を振り距離感を詰めようと迫る
「んで、なんで心変わりして帰ってきたんだ? おめぇのことだ、改心とは無縁だし忘れもんか? なら俗識っつう忘れもんがガキの頃からあんぞ」
「違うわよ馬鹿!! えっとね、賠償金が無事手に入ったからこれでなんとか持ち直せると思うの、はい」
コボルトの酷い言い草を窘めお気に入りのバクー鞄から特大の硬貨袋2つを取り出し2人の前に置いて見せる
アリス・アマネ・シャイタン・フラミーは某天獄の聖女の如く遠視でストーキングしてたので全て把握してるが何も知らないコボルトとリールーは寝耳に水の展開に呆気にとられお互いに顔を見合わせじっくり時間を取って改めてカレンに詰め寄る
「・・・星金貨5000枚もこの短期間でどうやって集めたんだ?」
「そうですね、額が額だけに何も聞かずに受領するのは懸念があります」
個人店とはいえ取り扱う品の有用性と希少性からアシュリー工房は月にして星金貨2500から3000枚程の売り上げを叩き出しているのだが、それはもう大規模大店の売り上げに並ぶほどで、そんな莫大な売上金2か月分を右から左で用意などできる訳が無い
どう考えても厄介な案件だと2人して警戒する、リールーに至ってはどこぞの危ない貸付にでも手を出したのかと訝しむほどだ
「え~と・・・えと、カザネお願い」
当の本人のカレンですらこの金の譲渡に纏わる背景については正確に把握しておらず、駄目元でごねたらまさかのおっけ~という許可が出て受け取ったまでは良かったものの、カザネから上層部の正式な許可は下りたけど情報規制が敷かれるから誰からどういった経緯で入手したかという経緯は誰にも言っては駄目ときつく言いくるめられ、カレンとしては強制労働から逃れられるなら経緯はどうでもいいがリールーに返済する以上色々聞かれるから立ち会って欲しいとこの場への参加を求めカザネも了承しているので事前に前向上を考えていた
「はいはい。そのお金の出所については一切やましいものはありません。それは皇国軍が保証します。とある大捕り物に偶々カレンちゃんの一助があってその対価、賞金のようなものと思って頂ければ。何故それほどの大金が、どういう賞金首なのかという疑問が当然あるでしょうが申し訳ないのですがその点に付きましては情報規制の関係で詳細はお伝えしかねます。この件についてはカレンちゃんも規制対象なので追及はお控えください。賞金の正当性の確認ならルルア駐屯軍情報課で裏取りなさってください」
前もって用意していた文言をすらすらと述べ、それを聞いていたコボルトとリールーは驚きの内容に暫し絶句してしまう
「おいおいまじかよ・・・おめぇ運はとことんねぇのに悪運は無駄にすげぇな」
見限ったとはいえどうせ最終的には保護者の誰かが工面するとは思っていたがまさかの持前の悪運から自力で工面できてしまうとは改めてカレンのしぶとさにほとほと呆れと畏怖を感じてしまうコボルト
「な、成程・・・カザネさんを疑う訳ではありませんが書面上名目があれなので一応後程確認させてもらいます。問題無ければ受領しますので」
情報規制と言われその重みを理解しているリールーはこれはもう深入りは危険と危機回避し、手続き上必要なので確認はさせてもらうと言ったが騎士階級からの宣言に加えてカレンの狂ったトラブルを引き寄せる縁を考慮すると事実なのだろうと理不尽な現実を叩きつけられる
「よかったあああぁ、これで首の皮一枚繋がるわ」
リールーが早速と確認作業に向かったことで漸く目前に迫った強制労働から逃れられたと安堵し立ち上がり深呼吸を繰り返す
「まぁ賠償金はそれでいいとして、だ。まだ問題があんだろ? 営業停止が解けても再開って訳にはいかねぇんだぞ」
「あ~、それについてもカザネからあんたに良い知らせがあるって。私も詳細は聞いてないのよ」
「へぇ~」
「そそっ、えっとね。私の上司、コボルトちゃんは以前会ったことがあるようだけどその上司がね、アシュリー工房の今の状況に憂慮しててさ、コボルトちゃんの国への貢献も考慮して情報の扱いに長けた人材を派遣するから一緒に対策を練って噂を出回るより先に振り払って欲しいって♪」
話も一段落し続いての用件にカザネがようようと打ち明けるが・・・そう言われてもコボルトとしてはどうなるのか不安で素直に喜べなかった
「ほう・・・軍人か? だが俺っちに身に覚えがねぇんだが」
「ああ~――先輩がこの前私に果実のお礼にって案内してくれた人の事ですよぉ」
「ああ~! あの変わったじいさんかっ そうかそうか、そこそこ偉いさんだったのか。人を寄越してくれるってことは、つってもなぁ・・・かなり厄介な話だし大丈夫なんかねぇ」
そこそこ処か途轍もなく偉い身分の御方なのだがコボルトが気づく訳も無く、また軍の関係者による情報操作と聞いてもそれがどのようなものなのか想像もつかないコボルトは気乗りせず一か八か程度の期待に留まる
「ぜんっぜん余裕だよ。何せその手に関してスペシャリストだから。もうコボルトちゃんは大船に乗ったつもりで私にもふもふされていればいいよ~♪」
カザネも誰が呼び出されるのかまでは知らされてないが状況とレイアード直々の指令となると思いつくのは1人しか居らず、それが当たっていれば一個人店の情報、印象操作など赤子の手を捻るようなものだと確信できる人物だ。なにせ皇国軍の暗部出の叩き上げの専門家である
委細問題無しとコボルトに抱き着き日に日に丸みを帯びていくそのふっくらもちもち抱き心地を満喫するカザネだった
「わ~たわ~たからっ、おい離れろ」
その後、夕餉前に再度リールーが訪れ事実確認が取れたとのことで改めて星金貨5000枚を支払い証書を渡され、カレンのやらかした媚薬騒動の賠償金は片が付き、なんとか犯罪奴隷としての強制労働は免れた。
とはいえ当然前科が消える訳ではなく、ばっちりとカレン・アシュリーの汚点として記録に残るし2か月の営業停止も残っている
持前の悪運で最悪は逃れはしたが今後の方針も夕餉時に話し合う事になる
「んでだ、問題点はまだ残っちゃいるがそれはまぁカザネの言ってた軍の人頼みってことで今後についてだが・・・話し合いってか先に俺っちの決定事項を伝える」
「ええ」
「先ず、だ。営業停止の間はカレン、おめぇ露店しろ」
「へ? な、なんでまた露店なのよ!?」
「幾つか思惑がある。1つ、おめぇのやらかした世間様への詫びを兼ねてる。2つ、工房の取扱品の高額品が増えてきたんで初心に戻って低価格品を広く安く売って宣伝も兼ねる。3つ、営業停止の間と教導技術錬研の参加の期間は当然工房は開けねぇだろ? それだけの期間店じまいとなると客離れが予想されるから少しでもアシュリー工房の名を売っときたい。4つ、フラミーの顔見せ。とまぁ他にも色々あるが取り急ぎはここんところだな」
「「「「「・・・・・」」」」」
「先輩、私の顔見せとは?」
「ああ、カレンの露店の際にアリスと俺っち以外、つまりアマネにシャイタンに名無し妖精ら・そしてフラミーにも手伝ってもらう」
「ふむ・・しかし私の場合この見た目なので・・・」
「それよ。フラミーの外見から魔獣と誤解されるっつう懸念だが、一時ならこれまでのように人目を避けるのも有りだがこの先もずっとてのは俺っちの我儘でもあるが嫌だ。大体家族なんだから身内を隠すようで気持ちわりぃ、それでアシュリー工房に悪評が立つならそん時はそん時でそれなりの対応する」
「先輩・・・」
「先輩、感謝する」
「それいいわね、私も賛成よ。詫びというのも納得、でも低価格品ってまたクッキーでも販売するの?」
「いや、おめぇのクッキーが美味いのは承知だがそりゃおめぇの手腕もだが錬成品の砂糖が上質ってのもあるだろ? 世間じゃんな上質なもん高くて馴染みが無い。今回は詫びも兼ねて儲けは度外視で低価格品の新商品、そうだな・・・紅茶、珈琲、ココア以外のアマネの果実のうち安い奴を使った飲み物辺りでどうだ? それを開発して赤字覚悟で売りまくれ」
「う~ん、それもおっけ~だけど新しい飲み物ねぇ、後でレシピ確認するけど姉様も手伝ってもらえますか?」
「もっちろん♪」
翌日、早朝
アシュリー工房の売り場でコボルト達が品出しと清掃を行っていると珍しくこの時間帯にリールーが訪ねてきてコボルトを呼び出し工房前に連れ出す
「コボルトさんどうも、これ返却いたします」
「あいよ」
「ふふっ、コボルトさんもなんだかんだカレンさんに甘いですねぇ」
「―――まぁ、あんなんでもガキの頃からの付き合いなんでね」
それだけやり取りしてリールーは職場へ向かい、コボルトは店内に戻る
「先輩は流石だな」
「先輩尊敬しますよぉ♪」
「けっ、あの阿呆姉妹には言うなよ」
シャイタンとアマネの敬愛の交じった視線を振り払い大硬貨袋と証書を胸に小走りで自室に退散するコボルト
カレンが家出する直前、コボルトは錬金組合へ内密で向かい組合長バージルとリールーに土下座謝罪して賠償金の星金貨5000枚と迷惑料に星金貨100枚を私財から支払っていた
所がカレンの奇運から自前で賠償金を用意できたのでコボルトが支払った分が戻った
そんな非常に珍しいコボルトのツンデレが発揮されてる頃、地下工房では珍しく早朝から姉妹が素材と錬成陣と睨み合っておりコボルトに指示された飲み物の開発に悪戦苦闘している
更に4日後
姉妹の新商品開発は難航しており幾つか錬成陣は完成したものの、安価な果物以外の素材がそこそこの値段で今回の目的の低価格品には合わないので姉からの贈り物のレシピを見直しつつ素材を手あたり次第開発しては試行錯誤を繰り返していた
姉兎がレシピ片手にうんうん唸っていると隣で妹兎が閃きと気紛れを兼ねた新素材を加えて錬成を試してみた所未知の飲料が完成し、無警戒に飲んでみた所口内で激しく弾け、驚きから吹き出し噎せてしまい、姉兎が駆け寄り試しに飲んでみると新感覚にこれは面白いと興が乗って様々な果物と酒精も加えた新種を開発し、工房の家族にも振舞ってみた所、評価は綺麗に分かれたものの目新しさはあるとこの飲み物を露店での取扱品に決まったのだが錬金組合と市場の主催側からの許可が下りなかった
理由は味・値段は文句なしだが果物以外の未知の素材だ
美味ではあるが素材が不明となると人体にどのような影響があるのか不安とのことで結果を持ち帰って家族で対策を話し合う
「ん~これはまいった」
「別の商品開発したほうがいいかしら?」
「それもいいが素材の値段的にこれは惜しいな、このぶくぶくした奴は毒って訳じゃねえんだろ?」
「私はこれ好きですよぉ~」
「私奴も始めは驚き今一でしたが何度か口にすると飲み慣れて今では気に入りました」
食卓を囲んで話し合うが食卓に並んでいる新開発の飲料数種類と原液について各々感想が漏れる
カレンには不評、アリスには好評、コボルトには値段的に関心はあるが味には無関心、アマネ・シャイタン・妖精には好評、フラミーにはそれなりに好評
「ふむ、調べた所毒やデバフ系の反応はありません。シャイタン様、アガレスにでも解明させては如何でしょう?」
「そうだな、手配しろ」
フラミー経由で大悪魔アガレスに調べさせた所、10分程してフラミーに解析結果が届く
『フラミー様、先程お預かりした品についてご報告が』
『如何でした?』
『此方は炭酸水になります』
『水?』
『はい、水に炭酸ガスが含まれたもので伊邪那岐翁の星や3420の星などでは幅広く流行っておりますな』
『人体への影響、此処110の星での取り扱いについては?』
『害はありませんな、むしろ血流が良くなり老廃物の排出がされやすく美肌にも良いです。110の星での原種を確認しましたがシャルマーユ大陸のフルーラとルギサンド大陸のテンナにある国有地で湧き水としてありますが秘匿されてるので世間での認知はありませんな、両国とも加工品への精製に利用してるので飲料水としては着手してないようですな』
『ふむ、ではテンナの国書から成分表を持ち出して添えれば許可は取れそうですね』
『フラミー様、一点注意が』
『なんです』
『人体に悪影響はありませんが飲み慣れない110の星の人間種にとっては軽度の依存性が生じるかもしれません』
『ほう、中毒ではなく依存ですか。くくくっ、悪影響がないのなら丁度いい、精々依存させて常連にでもさせましょう』
翌日、依存性については伏せてフラミーが手配した悪魔経由でテンナの秘蔵館から模写された炭酸水の成分表を手に再度錬金組合と市場の主催側にコボルトが交渉へ向かい両者を脅かせたものの無事許可が下りた
商業組合にも現品3種と成分表を持ち込んで報告したところ役職長のガイナスが販売予定価格を聞かされ驚愕し価格訂正を強く望んだがコボルトのアシュリー工房が起こした騒動への謝罪を兼ねた奉仕価格で露店の間の期間限定価格にし後に工房で取り扱う際には指定された価格にするのでどうか、と頼み込んで認めてもらった。
その帰り、コボルトは物販商会に向かい二ヵ月の間毎日大樽30個と300個のジョッキをアシュリー工房へ販売して欲しいと大型取引を交わした。
新商品の開発、種類増加、増産は済み販売許可も得たものの残る問題は運搬だ
品が飲料なので瓶か樽が大量に必要で運ぶにも重量からリリーだけでは到底無理なので荷馬も手配しようかと考えたがシャイタンに運搬役を任せればいいかと解決したので露店開始の3日後までアシュリー姉妹は只管錬成を繰り返した。
幻神歴2962年03月23日
今日から40日程再びカレンによる露店営業が始まる
前回と異なりカレンの他アマネ・シャイタン・フラミー・妖精5人が共に居りリリーにつながれた荷台の御者にカレンとシャイタンが並んで座り、カレンの膝の上にはにこにこ顔のアマネがちゃっかり座っており荷台にはフラミーと妖精達が並んでおり指定された露店箇所に向かう
「此処の筈よね? 前回よりかなり広いわね」
「先輩が今回の露店では売り場の混雑・販売員・客数が混むと予想して3か所分の申し込みをしたと言ってましたね」
フラミーの言う通り今回はアシュリー工房の知名度・新商品の目新しさ・低価格等から相当の混雑が見込まれるので前もって3店舗分の借り入れをした、1店舗なら中央や人通りの多い所でも借りれたが3店舗分となると人通りから少し離れた所となり右隣は小物雑貨、左隣が干し肉屋となっている
早速売り場の設置にかかり簡易机を2つ並べ、後ろにシャイタンが時空掌握から予め収めていた大樽を取り出し並べていく
隣に大量のジョッキとすすぎ用の水を置くといよいよ営業初めとアマネが看板を設置する
アシュリー工房出張販売店~新開発の炭酸飲料~
机には其々の紙が貼られており
桃炭酸水・梨炭酸水・葡萄炭酸水・林檎炭酸水・蜜柑炭酸水・檸檬炭酸水 各銅貨1枚
桃炭酸酒・梨炭酸酒・葡萄炭酸酒・林檎炭酸酒・蜜柑炭酸酒・檸檬炭酸酒 各銅貨2枚
「それでは、私は宣伝に向かいます」
フラミーと妖精5人は宣伝係で市場を練り歩いてはチラシ配りとなっている
尚、フラミーは体躯柄チラシ配りは出来ないので首から見せ看板を掲げている
北区2番通りにてアシュリー工房の新製品、珍しい飲料・果物酒販売中
妖精達は珍しくはあるもののコボルト&フェアリー遊技場の影響でルルアではそれなりに認知が広まっており好奇の注目はひくが宣伝としては成功で妖精達は其々囲まれチラシ配りは順調、一方フラミーはというと当然の如く人通りを闊歩するその様に皆仰天して大半が逃げ出すが一部からはひそひそと囁き合う姿が見て取れる
(ふむ、まぁこうなりますか)
周囲を気にせず、むしろ笑みがこぼれるフラミーが通り過ぎると残っていた者たちで意見が飛び交う
な、なぁ。今の、魔獣じゃねえの?
魔獣なら暴れてるだろ、幻獣とか召喚獣じゃないのか
あんなの見た事も聞いたこともないわよ? 犬っぽいけどコボルト種かしら
でもなんか看板ぶら下げてたよな、アシュリー工房って、行ってみようぜ
この様にコボルトの目論見通りフラミーの顔見せは多少処ではない騒ぎもあるが上手く運んでいく
露店では
販売開始から30分も経ってないのに大盛況で売り子のシャイタンとアマネが客達に囲まれつつ手際よく商品を配っていく
アマネさんこれ美味しいですっ!
きゃー!! シャイタン様こっち見て~♪
この酒旨くて飲みやすくて銅貨2枚とか凄いな
アマネちゃんの水・・・これが聖水か!?
なぁ、兄ちゃん、酒場がどこも満員で飲み場がねぇんだ、連れ呼んで路上飲みしていいか?
シャイタン様踏んで~~♡
味も盛況だがそれ以上に売り子の2柱が目立ちすぎてファンに囲まれていた
それも当然で前日にコボルトから目敏い指示があった
アマネとシャイタン、おめぇらには売り子やってもらうが今回ばかりは大いに注目を引きたいし詫びも兼ねてるからアマネは人目を引く衣装で、シャイタンは此処に来た当初の貴族様みたいな服を着て賑わせてくれ
という事でアマネはカレン見立ての少し煽情的な黒のワンピース姿で愛想を振りまき、シャイタンは黒の燕尾服で客を客とも思わず不遜に売り子に並び、露店主のカレンはというと見向きもされずひっそりと隣で返却されたジョッキのすすぎに専念していた
美幼女の女神と美麗の男神の売り子だ。それはもうこれ以上ない程客引きとしては大成功だ
露店開始から一週間後
予想を超えた繁盛振りにジョッキ・チラシの追加に更に追加要員として妖精5人が増えカレンと妖精3人がすすぎ係でアマネ・シャイタンが売り子に並んでフラミーと妖精7人で市場を宣伝廻り係となった。かなりの大盛況ではあるが売り上げ的には単価銅貨1,2枚なので全く儲けは無く、むしろ素材的には炭酸水はほぼ費用が掛からないが、安価品から選んだとはいえアマネ作の果物を使っているので銀貨数枚相当と、赤字も赤字で売れば売る程大赤字なのだが今回の営業目的ははなから採算度外視なのでコボルトの目論見通りだ。
今回販売してる2種は販売目的としては大成功だ、大成功ではあるのだが余りの売れ行きに2つの問題が生じてしまった
1つ目は炭酸水は銅貨1枚とほぼタダ同然なので老若男女問わず凄まじい回転率で子供ですら銅貨を握りしめて何度も並ぶ程だ、当然アシュリー工房露店以外の市場に出店する果実水や酒を取り扱う露店の客を総取りしてしまい価格破壊による相場荒らしとなってしまい、このままでは拙いとコボルトが他の競合店に全て足を運んで40日の期間だけの限定価格での販売なので申し訳ないがここは俺っちの顔を立ててもらえないだろうか? と頼み込み期間中の補填分に色を付けて一括で支払って回った事で未然にトラブルは防げた
2つ目は炭酸酒だ、銅貨2枚と市井で流通しているどの酒よりも圧倒的に安く、味・目新しさに加えて果実水の様に飲みやすいということで呑兵衛が殺到した。結果アシュリー工房露店前は路上飲みが占拠となるのだが敷物や椅子は各々が持ち込むのでいいのだが問題は酒の肴だ、呑兵衛から何か肴も売ってくれと結構な数の要望が寄せられるのだがどれだけ簡素な酒の供でも調理の時間が取れず、露店の販売接客に付きっきりで更なる品の販売に手が避けないのでお手上げと困っていたのだがここでもコボルトが一計を立て、露店仲間の安価な料理屋から見習いや丁稚に販売してる料理をアシュリー工房露店前まで上限無しで配達してくれと申し込み、その有難い申出にどの店も大喜びで小間使いに片っ端に料理を調理する度に配達に向かわせ様々な肴がアシュリー工房露店前に届き連日大宴会となっている
この様に問題も幾つかあったがなんとか乗り越え露店販売を続けているのだが露店とは別方面の問題も起きていた
「ちょ、ちょっと! 衛視さん、市場に魔獣がいるぞ!」
「・・・・・あ~――黒毛の犬の容姿したのでしょ」
「そうだ! 早く退治してくれ」
「魔獣じゃないので安心してください、アシュリー工房の工房主の使い魔らしいです」
「使い魔? 魔獣じゃないのか? ってことは幻獣? そもそも使い魔ってことはあれ幻獣なのか? でもアシュリー工房って確か錬金術師だろ? あれ、使い魔って魔法師じゃないと契約できないんじゃ?」
「さぁ、俺もその辺りは詳しくないんで、でも幻獣関連でしょうから失礼のないようにお願いしますよ」
「あ、ああ。分かった」
市民の動揺も収まり引き返した所で衛視は一息つく
これで何度目か、始め詰所に市民が駆け込んできて同じ報告をされた時は大騒ぎで衛視長と衛視8人が武装して覚悟を決めて現場に駆け付けたのだが・・・
あ、あれか?
魔獣? 魔獣なのか?
犬っぽいですね・・・なんか暴れてないし脅威がなさそうですね
油断するなっ
しかし・・・なんか首元にぶら下げてますよ
推定魔獣を前に衛視たちが武器を構えはするが・・・悪漢や暴漢などの取り締まりの経験はあっても対魔獣など未経験で恐怖心に駆られるが対象の予想外の外見と落ち着きぶりに足踏みしているとなんと魔獣から声が掛けられる
「どうも、見回りご苦労様です」
「えっ!? あ、ああ、はぁ」
まさかの展開に衛視長が剣を構えたまま一歩前に出て対応する
「驚かせてすみません、私は魔獣の類ではありませんよ。アシュリー工房の工房主であるカレン・アシュリー様に仕える使い魔です。当然無意味に暴れたりしませんのでご安心ください」
「あの嬢ちゃんの!? し、しかし・・・・その、使い魔? 失礼ながら幻獣種に詳しくなくて・・・なんという種族でどのような目的で此処に?」
「ふむ、使い魔といっても幻獣種とは限らないのですが・・・私はフラミーと言います。目的は工房で開発された新商品を北区2番通りで露店販売してるのでその宣伝です」
へ? 宣伝? 幻獣が?
幻獣種がそんなことするとは・・・
いや、でもコボルトちゃんという例があるわよ
またまたアシュリー工房か・・・
あそこはあらゆる意味でなんでも有りだからなぁ
「あ、ああ・・・いえ、了解した。しかしフラミー種ですか、初耳ですね」
修羅場は免れたと剣を収めつつも新たな疑問を口にする衛視長
「いえ、種族名ではなく固有名です。フラミー、素晴らしい名前でしょう? 気に入っているんですよ」
「な、なるほど。失礼した。寡聞にして貴方のような種を見た事が無く、フラミー殿の階級をお聞きしても?」
「階級ですか――――最上級ですね」
「・・・・ん? すみません、聞き間違えたようで、なんと?」
「最上級です」
「「「「・・・・・」」」」
幻獣種の最上級ともなれは支配層の上級の更に上にしてその力は言葉通り超常で皇国軍ですら最上級は1種しか契約できておらず、シャルマーユ大陸内でも現在3種しか契約が確認されていない。
尚公然の秘密だがシャルマーユの幻獣賢者と召喚獣賢者の2名が其々件の最上級幻獣の契約について両組合を巻き込んでの引き込み合いに仲良く喧嘩しており何かとトラブルだらけだと専らの噂だ
そんな最上級の幻獣種が市場ででっちの如く宣伝廻り中という
衛視長は娘の恩人にしてなにかとトラブルを巻き起こす件の錬金術師とその背景の人脈の影響を考慮した
考慮した結果、これは下手に突くと厄介になると察して逃げに徹する
「最上級の方と相対するとは光栄ですな、それではお邪魔しては悪いので我々はこれで」
職務放棄と言われるだろうが最上級の幻獣種など衛視が束になった所で話にもならないのだから衛視長の判断は正しい
「あ、お待ちを」
「な、なんでしょう」
「北区2番通りでカレン様が販売されてる炭酸飲料は美味しく、銅貨1枚と破格なので是非飲んでみてください。後悔はさせませんよ」
しっかり営業もこなすフラミーだった
露店開始から2週間後
「よぉ、物騒娘」
「あっ、何よ、あんた仕事中でしょ? さてはまたサボりね、衛視長に言いつけてやるから」
今日も今日とて売り子の2人を前に立たせて黙々とジョッキ洗いに専念してると嫌な奴に声を掛けられるカレン
「売り上げに貢献にきてやってんだろ、ってか相変わらずお二人さんの人気凄いな」
何度かカレンを連行ししまいには賢者会議に騙して連れ添った嫌味な若い衛視が売り子の囲まれ振りに若干引き気味に感想を零す
「ふふ~ん♪ 自慢の家族よ」
「それに比べてあんたは見事に空気だな、マスク越しでもそこそこだと思うんだがなぁ」
「大きなお世話よっ!」
カレンがフード内でうさ耳をパタつかせ憤るが若い衛視の指摘通り、通常なら市場で見た目若い女性が露店してれば声を掛けられそうなものだが・・・売り子の二人が視線をかっさらっているのでカレンは見向きすらされていない
「まぁそれはいいや、梨と葡萄の酒くれ」
「金貨4枚よ」
「ほらよ、それと瓶に桃の酒も頼む」
カレンの冗談も無視して銅貨4枚支払いつつ前回同様に持ち帰りも頼む
「衛視が詰所で平日の昼間から酒盛りとか不良ね」
数日前に衛視たちが客として来てからというもの、この衛視のように職務中なのにこっそり酒を飲みに来るものがちらほらと居り、前回の注文でこの衛視がまとめて持って帰りたいと瓶を持参して20杯分頼み、味を占めたのか今日も瓶持参していた
「このただ酒同然なのは来月までなんだろ? 今の内に味わっとかないとな」
このように嫌味な客にもめげずに販売に励むカレン
二度目の露店営業も盛況に進んではいるがその背後では決して公には出来ない珍事な出来事が進行していた
錬金組合ルルア支部組合長室
「「無理なんです、勘弁してください」」
かつての焼き直しのように組合長室にて綺麗な土下座を遂行する組合長バージルと元受付嬢のリールー
涙目で震える2人の前には居丈高な5人の明らかに荒事を得意とする男性連中が横柄に睨みつけていた
「なぁ、姉ちゃん。事情は前に聞いた、謹慎の内容も納得だ、うちの女連中も原因の一つだからな、それはいいんだが―――前に来た時約束したよな? こっちの状況も話したよな? で?」
「え、えっとですね・・・そちらについては組合長がご説明しますので」
「ふぁっ!? くっ・・・そ、そのだね・・・領主殿と商業組合の部門長とも話し合ったのだが公共店なら領地法を盾にまだ何とかなるかもしれんがアシュリー工房は取り扱ってる品と売り上げ・知名度は高くてもあくまで私店なのだよ、私店に法的行使はできんしお上のお達しである販売個数指定は例え領主殿でもいかんともできんのだ・・・・・」
「お? じゃ何か? アシュリー工房のポーションを当てにルルアに集まった戦闘職にポーションの補充無しで仕事は続けてくれと?」
「流石現場を知らん公務員様は言う事が違うな、俺達が徒党員を率いて探索や討伐に向かうのに戦闘支援・補助のポーションの有無がどれだけ影響あるかご存じないようだ」
「戦うことしか能のない戦闘職は危険を顧みず黙って言う事を聞けってか」
「そ、そんなことは無いっ! 君達の活躍のお陰でこうしてルルアは平穏に過ごせてるし渓谷から溢れる魔獣に襲われずにいるんだ」
「そりゃ戦う事しか知らねぇからな、だがよぉ―――そんな戦馬鹿の俺達でも調査班はいるんだ、調べさせた所あの工房への謹慎や罰金なんかは組合の独断らしいな?」
「「ぐっ・・・」」
「おいおいまじかよ、そりゃよくねぇよなぁ。幾ら役人とはいえ職権乱用で個人店に罰則科して後から法整備で合法化、こりゃよくねぇ、よくねぇよな? あ?」
「そ、それについてはだね・・・」
「あんたらの都合も事情も言い訳もどうでもいい、手っ取り早くいこうじゃないか、前に要求した通りアシュリー工房のポーション類を謹慎中の間他店、もしくは組合で販売するか、今すぐ謹慎を解くか、割高になってもいいからポーションを他店でも取り扱うか、それともうちの女連中にあの事件の背景を暴露して怒りを買うか、俺達全戦闘職徒党に支援なしでも継続しろと言って俺達とやり合うか、選べ」
「返答次第で俺の破壊技の切れ味披露することになるから」
国きっての最上級戦闘職のまとめ役達の理不尽のようにも思えて実は正当な要求に組合長バージルは涙目で言い逃れを模索する
前回この連中がブチ切れて乗り込んできた時はリールーと二人して腰を抜かしてがくぶるで抱き合ってはいはい言いなり人形になって頷いていた
言い分はこうだ
アシュリー工房が二ヵ月の謹慎? その間アシュリー印のポーション無しでルルアを拠点にした戦闘職徒党は魔獣の討伐・危険指定箇所の探索・街道の調査・階級義務の組合指定依頼・警護依頼・特定指定警護・未開地の探索全てこなせと? え、正気? 俺達班長や上級連中は兎も格下の連中どれだけ死傷者でると思ってんの? アシュリー工房謹慎から今日までの3週間だけで把握してるだけでルルア拠点の58の徒党の活動資金の損失星金貨2万軽く超えてるよ? セーフポーション前提とした凶戦士連中なんて錬金組合攻め滅ぼそうって怒り狂ってるよ? あんたら良心があるなら、ってか死にたくなければアシュリー工房のポーション類だけでも一時的にでも別手段で手に入るようにしようね
このようにルルアでも最高位の徒党の代表達の当たり前の要求に組合長は「それはちょっと・・・」と言いかけた所で代表の1人が抜剣しようとしたので慌てて「わ、わかった! なんとかする!! なんとかするので命だけはっ!!」と命乞いした所で約束だと取り付けられた
錬金組合としてはアシュリー工房への処罰は適切、というより公務員としてはあれでもまだ甘いと非難されるぐらいだ
とはいえそれで実害が一番でるのはポーション類の恩恵を受けている戦闘職だ、文字通り活動に支障が出てルルアの7割の徒党が活動停止となったのにどこぞの戦闘職組合の中堅管理職が組合実績が下がってるから働けと苦言を放ったことで本格的に確執が生じて一発触発に
当たり前だがこの問題で各徒党の損失だけで済むわけも無く、至る分野で損失、被害が出ており表面上は兎も角、実情は逼迫していた
バージルは内心で発端の管理職員探し出して闇討ちでもしてやろうと企む傍らでなんとかこの場を切り抜けようと解決策を模索するが一組合が私店への賢者会議指定の制限品をどうこうなどできる訳も無く、お手上げで最後の望みと隣で同じく土下座中のリールーに縋る
そんな頼りないバージルに我慢の限界と代表の2人が武器を抜こうとしたところで危機一髪、リールーが命がけの閃きを引き寄せる
「・・・・・分かりました、数日は掛かりますが錬金組合ルルア支部の公費で本国からアシュリー工房のポーション類を仕入れてルルアの登録されてる中級以上の戦闘職徒党に分配。という事で如何でしょうか? 領主様でも差配できない以上は最早これしか提言できません」
「ふぁっ!?」
リールーからの飛んでもない案にバージルは先程までとは別種の危機に陥る
「あ~・・・・・まぁここで暴れてもしょうがねぇしな、それしかさなそうだし妥協点としてはいい塩梅だ、じゃそういうことで」
「あ、当たり前だけどポーションの費用はあんたらで負担だからな? 当たり前だよな、拒否るならあんたらの職権乱用ばらしておしとやかな女連中に媚薬の解除薬を作らせたのあんたらだってちくるから」
「あのキチ連中の恨み買ったらどうなるのか、俺ならおっかなくて女房子供連れて国外逃亡するね」
言いたいだけ言って去っていく徒党代表達だがバージルの危機はこれっぽっちも解決していない
土下座のし過ぎで痺れる足に鞭を打ってなんとか起き上がるリールー
「―――なんとか九死に一生でしたね」
「いやいや全然助かってないよ!? あの高額なポーションの数々を謹慎中の間補填し続けるとか中規模の一組合の公費で払えるわけないの分かってるよね!? どうするの!!」
ぱにくってリールーの腰に縋り付くバージル、セクハラもいいとこだが両者ともそんな些細なことに考えも及ばない
「ああでも言わなければ次の瞬間2人して仲良く死んでましたよ・・・組合長これはもう仕方ないです、本国に事情を打ち明けましょう。事情が事情だけに皇国錬金術研究所からポーションの融通はなんとかなるでしょう、費用については・・・ルルア支部の数年分の予算前借でもして充てるしかないですね」
「え、まじで? 公共の末端の組合支部が借金? 前代未聞なんだけど」
「ではあの連中にやっぱ無理だわ、でも仕事はしてね、死人出まくっても知らないけどって言ってきてください」
世界有数の借金奴隷が所属する組合も革命以降初の借金お抱え組合となることになった




