136話 起死回生の錬金術師
幻神歴2962年02月25日
カレン・アシュリーが家出の最中賊に襲われ窮地に陥っていた所を常連でもある知人のカザネ率いる30名の近衛団に救出されたのが昼の出来事、今はルルアへと近衛に守られながら引き返している所で日も暮れたので街道脇に逸れて野営の最中
当初の家出理由を考えると帰れない筈なのになぜルルアへ戻っているかというとカレン也の一計がある
突発とはいえカレン救出と手配中の重要指名手配犯の捕縛に成功したので第二近衛団は3名を早馬で伝令として先行させた。各々近衛団の詰所・領主邸・アシュリー工房宛となっている。残った副団長のカザネと27名の近衛隊は荷馬車の運搬と犯罪者4名の連行・監視と周囲の警護として慎重に帰路を進める手筈だ。
尚救出劇の直後の話だがカレンが皆に改めて感謝のお礼を伝えたいと一団の前で深々と頭を下げてお辞儀して感謝の台詞を伝えた
初対面かつ大勢の前で言葉を伝えるのは内向的で極度の人見知りなカレンにはかなり緊張するがそれでも文字通り命の恩人達なのだからと気持ちを込めた。当たり前だがフードを脱いで頭上のうさ耳を晒してだ。救出の際に皆には既にうさ耳を晒してしまっているがそれでもいつもの癖で自然と今までフードを被っていた、だが感謝を伝えるのにフードをしたままでというのは失礼だと礼儀としてフードを外したのだ
「あ、あのっ! えっと・・・危ない所を助けて頂いて有難うございました。皆さんが来なかったらきっと想像もしたくない程酷い目にあってました、勿論後程きちんと形としてお礼はさせて頂きますが取り急ぎ気持ちだけでも言葉にして伝えたくて・・・その、昔憧れた絵物語の騎士様を見れて、救って頂き本当に感謝感激です!!」
カレンの愚直な台詞とお辞儀に対してカザネを除く近衛の皆は畏れ多いとかえって慌てふためいていた
か、閣下! 畏れ多いです、頭をお上げください!
閣下、勿体無いお言葉です! 此方こそ閣下をお救いできて望外の気持ちです
上官の救出は当然です閣下。どうかお気になさらず
その通りですアシュリー様。皇国軍のアイドルの危機を対処できたなど軍の誰もが羨ましがる名誉、第二近衛団の誉です
そうですよ。それにアシュリーちゃんのえちえちで煽情的な下着姿を拝められてかえって御馳走様でしたって言いたいぐらいですよ! しかもお漏らし付きとかご褒美「はいそこの君、後で説教ね」
一部危ない発言をしたおじさんにはカザネの鋭い注意が返ってきた
「・・・かっか? あいどる? えっと、私のことでしょうか?」
予想外の熱い返礼にかえって冷静になれたカレンが聞き慣れない単語に首を傾げる
文言から自分を指してるのは察したが初耳なのでつい反射神経で確認するカレンにカザネが代表して解説する
「あ~閣下ってのは軍属での高官に対する敬称なんだけど、カレンちゃん前にすっごい発明品の数々に対して様々な恩賞があってその一つで黒金宝冠章を陛下から授与されたでしょ。あれはシャルマーユ国内でいう軍の准将っていう、まぁ分かり易く簡単にいうと軍の中でかなり偉い役職にあたる人でそれと同等の権力と命令権が付与されてるから私達からしたらカレンちゃんは偉い上司も同然って事♪」
「はぁ・・・え? 私その閣下ってやつになってるの? 軍の仕事なんて何もしてないし知らないわよ?」
「あ~だいじょぶだいじょぶ。黒金宝冠章の威光で准将の様に振舞える特権があるだけで責務とか職務は無いから気にしないでいいよ~。後私達第二近衛団は陛下直轄で通常の軍の指揮系統から外れているけど位で例えるなら私が中佐でそこに並ぶ部下連中は少佐・大尉・中尉って所だね。だから私達からしたら高位高官のカレンちゃんはめっちゃ偉い上司も同然なの♪ カレンちゃんが特権をかさにするような娘じゃないのは解ってるけど、それでも上下関係に徹底してる合理主義の軍属としては彼らの緊張ぶりも分かるかな?」
「は、はぁ―――困らせたみたいですみませんでした。それでもさっきの気持ちは本音ですので・・・それでもう一つのあいどるってのは何? それも軍の何かの識別?」
カレンの次なる当然の疑問にカザネは先程までのひょうひょうとした態度が一変してしどろもどろになって顔を背けつつ小声でさらっと呟く
「あ、あ~・・・えっとね~、う~ん・・・・私からはちょっち言いにくいかなぁ、ってか心の安寧の為にもカレンちゃんは知らないほうがいいかも?」
カレンと関わりのある身としては軍内部での今のカレンへの現状を伝えるのはかなり気が引けるのでとぼける事にするカザネ
「へ?」
「閣下! 発言宜しいでしょうか!」
カレンのぽつんとした間の抜けた表情に近衛部隊の中から1人一歩前に進んで上官に意見を伺う
「ぇ!? は、はい。どうぞお願いします」
「はっ! 閣下はシャルマーユ皇国軍の間では男女関係無く深く偶像崇拝されております。偶像崇拝、つまりアイドルで御座います!」
「―――崇拝? ぇ、なんで? さっきの准将ってやつだからですか?」
「それも偶像崇拝の一助ではありますが大本は閣下が発明された素晴らしいポーションの数々が切っ掛けで御座います。到達点の品々は言うまでも無く、エーテル・マジックポーションに始まりダブル・マルチ・グリス・タフネス・ビルド・セーフ・クリア・エクストラ・リジュネレート、そして医療ポーション3種とどれも全て軍の安全面から勝率や作戦成功率、治療・負傷兵の治癒等々多岐に渡って直結して言葉に尽くせない程恩恵を受けております。その結果、閣下は軍部では不可侵のアイドルとして偶像されております!」
饒舌に語るがこれでもまだ現状は伝えきれていない。もっと詳細を述べるとカレンの発明品の数々と賢者レイアードの庇護・カレン本人の無邪気っぷり・人柄・素顔をアイマスクで隠したミステリアスっぷり・顔が拝めないというのがかえって好きに想像できる楽しみ・無垢ぶり・種族性故の処女性等々が相まって賢者ジルのような狂信者もかくやという熱心なファンが現在進行形で拡大し大勢いるアイドルとなっている
「え、ええぇ~~~そうなの?」
思わぬ内容にカレンはたじろぎはするものの偶像崇拝を理解してないので(要は軍の間で偉い人だと褒めらてる訳ね)と解釈して照れ臭くはあるが軍と関わる機会もないだろうし他所でどう言われ様とどうでもいいやと放任することにした。
その後野営準備に入ったのだがここでもカレンの無自覚のお節介で近衛部隊の面々を困らせてしまう
料理は得意だからルルアに帰還するまでの間は自分が料理をしますと慎ましい胸を逸らして自慢気に名乗りを上げるが当然調理班の面々はとんでもないと恐縮する
要救護者でもある高官に炊事をさせる部下がどこにいるかと懇切丁寧に言葉を選んでカレンに説くがカレンの「そうなの?」というしょんぼり顔にくらっときてしまい根負けして畏れ多くもカレンにお願いすることにした
配膳も済んで皆で食始めとなるのだが直前に調理班からこの料理は閣下のお手製と打ち明けられ皆困惑や驚きと萎縮・喜ぶ者など様々だが料理を口にした瞬間先程までの感情も吹っ飛んで無我夢中で貪った
シャルマーユは軍に重きを置いている軍事国家なので皇国軍は他国の軍と比べてあらゆる面で優遇されており軍用食もその1つで普段それなりに質の高い良い食事をしている近衛の面々もこれまで口にしていた料理と一線を画す絶品の品々に虜になった
なんだこれ!? 滅茶苦茶旨い!!
閣下、素晴らしい腕前に感服する余りです
閣下自らの手製料理を口にできるとは・・・これは他の者に知られたら妬まれてしまうな
これほどとは・・以前噂になってた陛下がアシュリー様の料理を目的に稀にルルアへ、というのも真実なのでは
これ食材は詰所から持ち込んだものだろう? 普段と同じ食材でも作り手が違うだけでこれほど違いがあるのか・・・
うおおおおお!!!! アシュリーちゃんの手料理うめぇうめぇ!
皆の喜び様に満足してもらえたと安堵するカレン、指摘の通り携帯食以外碌な素材が無かったので使った食材は近衛部隊が用意したものをそのまま使ったが調味料は手前の手製の物を使ったので調理の腕と調味料の差で捥ぎ取ったカレンへの称賛に内心「にへへぇ♪」とだらしなくにやけていた。
と・・・ここまではカレンのぎこちない恩返し話で微笑ましいのだが、このままで済まないのがやはりカレンというものだ
ルルアへの道程は3週間の予定となっている。急げばもっと短縮は可能なのだが・・・本来任務で忙殺される多忙な近衛団とシャルマーユきっての有識者となれば少しでも時間を有効活用しろという話だがカレンの護衛を重点に念には念を、という意気込みと直接口には出さないものの一部熱いファンからちょっとでも閣下と時間を共にしたいという遠回しな要望を考慮しての3週間となった。
感謝飛び交う食事も済んで夜半、軍用天幕を9つ設置し夜の見回り数名を残して就寝となったのだがカレンの天幕と一部荷物は昼間の救出劇の騒動で失ったのでカザネと同じ天幕を使わせてもらう事になった
軍の標準装備の天幕とはいえかなりのものでしっかりした作りで大人3人は横になれる程には空間もある
カザネは(まさかカレンちゃんとパジャマパーティとは、あれこれって女子会ってやつなのでは?)と年甲斐もなくはしゃいで素早く野暮な室内着に着替えるが隣のカレンは無防備にローブを脱いでやはり目のやり場に困る煽情的な紫色の下着姿に謎のこれまた紫の半透明の薄絹? を纏い益々色香が増すような有様となって隣に寝転がろうとするのでカザネがきょどる
「ちょ!? ちょちょちょちょい! なに!? え、一緒に寝るってそういう意味だったの!?」
「?」
カザネの慌てぶりに理解できずきょとんと困惑するカレンに遠回しにごめんねとお断りをいれるのだがどうもこの雰囲気は違うような・・・と、察したカザネが一拍間を置いてカレンのその寝恰好を問うと物心ついた時から姉と同じく寝る時は春夏秋冬下着だったのでこれが普通だという。
(まじか~そんな変わった習慣聞いたことないけど、カレンちゃんもまだ会ってないアリスちゃんも種族的におおらかなのかなぁ?)
思わぬ所でまたしてもカレンに圧倒されるカザネだったがそれはそれ、理解を示し否定せず受け入れた
灯りを消して寝る前に隣同士他愛無い会話を取り留めも無くしていた
なんで眼鏡をかけているの? とカレンからの好奇心からの問いにはカザネは眼の詳細だけ伏せて明かした
実は私の眼は問題があってね、カレンちゃん魔力ないでしょ? それと同様、いや私の場合他者にも被害がでるからより厄介でね、でもとある経緯でこの眼鏡を手に入れたの、この眼鏡を掛けていれば眼の問題を防げるから私にとって一生手放せない大事な物なの
成程、お互い大変ね。――そういえば、眼と言えば以前にある眼球の病気に対する特効薬みたいなの調合したんだけど、もしかしたらカザネの眼の問題にも力になれるかもしれないわ
ん~気持ちは嬉しいけどこれは病気とは違うしちょっと複雑でね、もう対処もできたしいいのいいの。ありがとね
そうなの?
カザネにとっては生まれて初めての女子会に大はしゃぎだ
偶々恵まれた才能があってそれが軍という集団行動に適していたまでは良かったが異能の眼のせいで軍では浮きまくりで親しい友などは1人もおらず、革命後は皇国軍にも女性の軍属も増えてはいるもののやはりまだまだ男社会で年の近い同性など限りなく少ない、生まれた頃から隔離軟禁生活だったので仕事とは別でカレンのような親しい同性の友と一緒に共にするのは年甲斐も無く緊張と喜びが込み上げてくる
この様に初めての女子会? を満喫していると天幕の入り口から静かに声が掛かる
「副団長、ルインです。報告したいことがあるのですが宜しいでしょうか?」
ルインと名乗る近衛の呼び掛けにカザネが一瞬カレンに意識を向けるが同性だし問題ないかと応じる
今回の救出作戦に同行した中でも少ない女性の近衛で30人中女性はカザネ含めて4人しかいない、その内の1人だ
「はいはい、どうぞ~」
「「・・・」」
「失礼しま・・・あの、お邪魔でしたでしょうか? 出直しますが?」
許可を経て天幕に入るルインだが中の有様に面を食らってしまう
いつもの頼れる上司がいつも通りの寝間着の恰好だが隣でぺたん座りして此方を見上げるアイドルちゃんがどう見てもこれからそういう行為をしますよと言うような情欲を掻き立てる恰好だった
世間に揉まれた大人のルインは上司の驚きの嗜好に目を瞑ろうとするがそれを察したカザネが即座に勘違いを正す
「あ~カレンちゃんのこの恰好は普段からの寝恰好らしいから気にしないで、てか私の思い人知ってるでしょ? 普通に異性愛者だからね」
カザネのいう思い人が賢者レイアードというのは以前までは隠していたつもりだったが長年の果敢なラブアタックの末婚約が決まったことで有頂天を迎えると共に我慢の限界だったカザネがこの機を逃すまいと婚約関係は伏せてレイアードに恋焦がれていると周囲に広めて着実に地盤と既成事実を固めている
もっともカザネのレイアードへ向ける熱視線振りで目敏いものは初めからカザネの想いは周知だったが年齢差から微笑ましいものだと気づかぬ振りされていたのだが・・・・しかもカザネの可愛い動物好きという恥ずかしい趣味も結構ばれているという本人が知れば悶絶ものだが気づかぬは本人だけだ
どこぞの元受付嬢と違ってあらぬ誤解を無事払拭できたカザネ
「は、はい、失礼しました」
「うん、それで。なになに?」
「えっと・・・お耳を拝借―――」
ルインは一瞬カレンに視線を向けると気まずそうな表情をするが直ぐに自身を戒めカザネの傍に寄って耳元で今しがた仕入れた情報を伝える
「・・・・ああぁ~ああ、まじかぁ・・・・」
情報の精査に指示を出したのは自分自身だ。だが、その内容を脳内で噛みしめるとカザネは天幕内だというのに天を仰ぎ思いっきり溜息を零す
(どうすっかなこれ・・・・いやまぁ、そういう事なんだろうけどさぁ・・・ええ~、これ結果次第でまた一悶着じゃん、いやだなぁ)
かなり複雑な事の様でカザネはカレンが見た事ない複雑な表情でうんうん唸っている。仕事の話なら口を挟むべきではないと思っていたがついカザネを案じて優しく声を掛ける
「どうしたのカザネ?」
「あ、ああ~~えっとさ。ちょっち待ってね――――カレンちゃんもう一度確認するけどさ」
台詞の途中でカザネは一端待ったをかけて枕元の荷物をゴソゴソ漁って再び会話に戻る
両者座ったままだがカレンの両肩に手を乗せて見つめ合っての確認だ
「ええ」
「昼間の出来事でカレンちゃんの所持品と身に着けていた品々は検閲後返却したよね」
「ええ、ありがとね。姉様からの贈り物で大切な物もあったから助かったわ」
救出直後に地面に散らばっていたカレンの私物を回収した近衛兵が一応職務規定ということで品々を一品一品確認して問題ない(というか一部装飾品は測定不能だったので恐らく聖遺物とかその辺のやばい品だと悟って見て見ぬ振り)とカレンの元に無事戻った
「うんうん、それでさ。それ以外にもカレンちゃんの盗られた物聞いたよね」
「ぇ、ええ・・・」
続けて確認されるがそれは余り触れたくないのでカレンは言葉を詰まらせて視線が泳いでしまう
その様を見てカザネも直立不動で控えていたルインも即座に得心がいってしまう
「んでさ、あの罪人連中の荷物から見つかった星金貨6800枚、あれもカレンちゃんの物だって話だよね」
「ぇ、ええ・・・そ、そうね。そうなの。借金返済の為に貯めていた大事なお金で
チャリーン
「「「―――」」」
カザネの懐から場の空気を読まない気の抜けた機械音が鳴り響く
カザネが無言で懐からとある魔導具を取り出しカレンの眼前に突きつけるがそれをカザネ以上に見知ったカレンは言葉が思い浮かばずそっぽを向いてしまう
「ねぇカレンちゃん。もう一度確認ね? あの星金貨の山はカレンちゃんのものなの? あいつらに聴取したらとある別組織との取引報酬だって言ってるようだけど。いや勿論あんな屑より友達のカレンちゃんを信じてるんだけどね? どうなのかなぁ~って」
「も、勿論よカザネ。私は清く正しい立派な商人で錬金術師なのよ? あんな盗賊の言う事に騙されないで友達の私を信じて、ね、ね♪」
チャリーン
「「「・・・」」」
「―――この魔導具が何かカレンちゃんは知ってるよね?」
「さ、さぁ・・・私魔導具はちょっと詳しくないんで・・・でもそれさっきから五月蠅いし多分壊れてるわよ」
「まさかぁ♪ 皇国錬研から軍に直流された品だよ。なんでもね、凄い錬金術師が発明したんだけど名前なんだったかなぁ、ん~度忘れしちゃったなぁ、ルインは発案者知ってるかい?」
「え!? えっと・・・その、閣下・・・ですよね? あの、すみません私まで巻き込まないでください」
「そうそうカレンさんだった。あれ、カレンちゃんと同名だね~「ちょっとおおおおお、もういいでしょおお!!!」
「はぁ・・・んで、なんでまたこんな直ぐばれる嘘を?」
「じ、実は・・・う、うわあああああん!!!!」
「ちょちょちょ!? どうしたのカレンちゃん、落ち着いて」
「うぐっ、ひぐ、えと、えっとね。実は私ルルアでちょっと不幸な行き違いから騒動起こしちゃって・・・その、前科と工房の営業停止と星金貨5000枚の賠償金が課されちゃって、それでね、元から莫大な借金のある私にはそんなお金払えなくてね、錬金組合のリルルに相談したら一括で払えないなら犯罪奴隷として死ぬまで強制労働だって、ありえないでしょ!? だから私家出してたの」
「「・・・」」
「え、えっとさ、あの、カレンちゃん?」
「でね! テンゲン大樹海に向かってたら今日の盗賊騒動よ? ほんとどれだけ災難なのかって話でしょ!? でもでも! 不幸中の幸いであいつらが賠償金の金額以上のお金持ってたでしょ? これはきっと真面目な私を気遣ってのどっかの神のお詫びよ! どうせあいつら捕まるんでしょ? ならあのお金は私が貰ってもいいわよね!? ね、ね♪」
「いや、えっと・・・例え不当に得た金だろうとそれを奪うのは犯罪だからね?」
「なに言ってるのカザネ! あんな悪党に人権はないわ! いい? 善良な市民からお金を盗ったら当然犯罪だけど相手が罪人なら例え何しようが正義だからいいのよ。むしろ有効活用するんだから良い事なの。だから、ね? あ、そうだ! 私は星金貨5000枚あればいいの! だから残りの1800枚はカザネと騎士様の皆で分けて! お礼なんていいのいいの! なんだっけ、准将だっけ? 私は気前がいいから! 准将からの心ばかりのお礼だから! ねっねっ♪」
台詞の中でカザネの表情を確認するとその苦い表情振りから状況は不利と悟ったカレンから咄嗟に出た言い訳は一息で暴論・犯罪・隠蔽・着服・共謀・越権行為・不当権益・賄賂とやばい内容盛り沢山でカザネもルインも流石にドン引きだった
「「・・・」」
思わずルインに助け船を視線で訴えるカザネだがそれどころではないルインは血の気の引いた表情で現実逃避に必死で心ここにあらずだった
カレンもだが自分も相当巡り合わせが悪いのではと思わず胸の内で愚痴るが流石に役職上流される訳にはいかないのでなるべく簡潔に解り易くカレンに切々と説く
「法を取り締まる私が違法資金の着服は重罪だしカレンちゃんも当然更に前科が増えて犯罪奴隷所か刑務所に収監されちゃうよ」
「そんなぁ~~」
これ以上ないほどの解り易い拒絶とその結果による逃れられない自らの末路を悟ってしまいカレンは蹲って絶望し悲痛の叫びを漏らすがその居たたまれない背に寄り添ってカザネは慌てて頼りない助け船を出す
「ま、まぁまぁ。そ、そうだ! 私にはどうしようもないけど上司に相談してみるよ、多分なんとかなるかもしれないから!!」
自分で言いだしておいて結果は限りなく望み薄いのは明らかだ、アマネを狂信するレイアードのことだからアマネの寵愛するカレンにも融通を図るのではというのはレイアードの表面しか見てない者の考えだ。長年傍で恩師でもあるレイアードを見てきたカザネはよく理解している。実際は厳格なレイアードなら身内贔屓に犯罪に手を貸す訳がない、むしろ崇拝するアマネに誓ってより厳しく動くだろう。己が信念を曲げるのは神への背信と自身すら厳しく律する、それがレイアードだ。
「―――――いえ・・・もういいわ。折角助けてもらったけどやっぱり私は当初の目的通りテンゲン大樹海に逃げるから明日にでも出発するわ」
その頼りないカザネの台詞を振り払ってカレンは悟った様な妙に冴えた表情でカザネにとって更に追い込まれる展開を言い出す
「ひょぇ!? ちょ、ままま待って! 待って待って!! それは拙いって! えと・・・そ、そう。今日こんな事件に巻き込まれたばかりだよ? 可愛いカレンちゃんが1人旅で隠れ潜むなんてまた馬鹿共に襲ってって言ってるようなもんだよ!!」
先程の確認時より切羽詰まってカレンの肩をガックンガックン揺らしつつ思い留まってもらおうと必死に懇願するが今のカレンには馬の耳に念仏状態である
「そうね、私の狂った兎生振りからしたら1人になったその日に襲われてよくて凌辱の末に性奴隷か、まぁどうせ食われるか殺されるんでしょうけどもうどうでもいいの。疲れたわ。んじゃ寝るわね」
兎生を放棄したカレンにはもう達観の域で全てがどうでもよく、横になって就寝に着こうとしていたがこのままでは友人のカレンのちょっと引いてしまう程の巡り合わせの悪さから本当に事件か事故に巻き込まれ、その結果救出依頼者の怒り様からシャルマーユ国だけに及ばず世界規模の天災、そう第二の幻魔泣戦の再来は明らかだ、なので思い留まってもらおうと無い知恵を絞るカザネだが・・・
「ま、待って待って!」
この手に関して口下手の自分には荷が重すぎると頭を抱えるカザネに思わぬ助っ人が現れる、立ったまま放心してるルインではない、第三者達がルインを押し退け押し入ってくる
副団長! あんまりですよ! なんとかなりませんか!?
そうですよ! 閣下の為ならあんな犯罪集団の違法な金なんて見て見ぬ振りしましょうよ
なんなら私があの金奪って逃亡したってことにして構いませんよ
アシュリーちゃんの1人旅を見逃すなんてもったいな・・・飢えた狼の群れにか弱く美味しい甘い匂いする小兎を放り出すようなもんですよ! 副団長それでも人の血通ってるんですか!?
カレンのファン4人の男性近衛だった
状況からして天幕の前で聞き耳を立てていてやばい展開に思わず乱入してきたのだろう
上司と高位高官たる女性の天幕に、だ。
自分はともかくやたら煽情的なカレンの寝恰好が再び晒されているのだがカレンは最早どうでもいいとぺたん座りで無関心にぼうっとしている
「・・・・君達女の上官の天幕に押し入って馬鹿な事言うなよぉ、てか何カレンちゃんガン見してんの? 私の眼の力味わうか?」
それは勘弁ですがこれは流石に・・・まるで魅了に掛かったようで視線を外せません!!
男たるものこんな目の保養を見て見ぬ振りは逆に失礼でしょ!
そうだそうだ! あのアシュリーちゃんのえちえちな御姿ですよ?
てかこれ見過ごしたらあのおっかない使い魔の暴走の前に軍の大半が暴動起こしかねませんよ
カザネの異能による脅しにも屈しないある種執念振りに呆れた連中だが・・・確かに指摘の通り暴動か良くて軍の内部分裂が生じ兼ねないと更に知恵を絞るカザネだが――お手上げと観念した
「ううぅ~~~分かった! 分かったから。上司にあの犯罪者の所持してた資金をなんとか都合できる言い訳を考えてもらうから、今から早馬手配するから返事が来るまで早まらないでっ、一週間、一週間で返事するから落ち着いてカレンちゃん、ね、この通りお願い!」
結果は火を見るより明らかなのだがもう今考えるのも知恵熱でしんどいので一週間後の自分に丸投げして先送りを選ぶ事にした
カザネの懸命な訴えによりなんとか持ち直したカレンが待つことを了承してくれたので後は覗き連中の男共に鬱憤をぶつけ叩き出した
勿論始末書の提出を命じるのも忘れない
こうしてカザネの火急の命により馬術に長けた近衛に本国のレイアードの元まで早馬での意見書の伝達を命じた
大袈裟でもなく国難と世界規模の困難が掛かっている大仕事だがカザネは目の前の現実から逃避して早く帰還してストラスとマルバスを愛でたいと妄想に逃げていた。
一週間後、カザネは再び窮地に立つ。早馬でのレイアードの指示書が届いたのだ
胃の辺りがキリキリと悲鳴を上げるのを胸を抑えつつその内容を確認したカザネは思わず脱力して崩れ落ちて周囲の近衛が何事かと駆け寄る
~~~~~~~~~~~~~
シャイタンからの勝手な無茶振りを完璧に果たしたようで何よりだ
最も俺でもその場にいたら同じ命令を下すのであれを責められんが、微塵も心配はしてなかったがお主も無事で何より
捕らえた手配犯共の処遇は念入りに頼むぞ
さて、お主からの嘆願についてだが、結論を先に記しておくとむしろシャルマーユとしても都合がいいので指摘通り好きにして構わん。記載されていた様にアシュリー嬢に希望額渡し残金を均等に分けるのもよい。正しお主らは勿論アシュリー嬢にも戒厳令が敷かれるので出所は他言無用ぞ。アシュリー嬢にも言い含めておけ
俺の私情は一切挟んでおらんぞ
詳細を記しておくがこの先の内容はお主の胸の内だけに留めておけ
実はな、件のカイロウの闇取引に用いられた物が政治上かなりいわくのある品で、それが奇縁のようで今回とは別件の経緯を経てシグルト卿の手元に現在ある魔神器エクスカリバーだ。
他国から強奪された精霊が宿った神器だ。お主ならこれがどれだけ火種になるか判るだろう、諸事情でシグルト卿から離れないのでシャルマーユの意向としては関わりのある事柄を全て闇に葬る事になった。当然カイロウの取引も存在しないことになる、取引先の機密機関ドキシスも既に消滅しておる
クラン国にも強く要望を出して対策済みだ
そういった経緯からその問題の代金はこのままだと存在しない金として国庫で埃を被るだけだ。それなら有効活用するほうがあらゆる面で有用だろう
なので手配犯も必ず口を封じねばならんから過程は好きにしていいが必ず処すようにな
お主が聞きだした他のカイロウの残党にも既に暗部を差し向けているので数日で完全に取引に関する事実は消える
それと最後になるがルルアでのアシュリー嬢の騒動については既に報告を受けている。
アシュリー嬢に賠償金を渡して当面をしのいだとしても媚薬の製造者として後に周知されたら困るだろう。そこで俺個人によるアシュリー工房のコボルトに対してこれまでの感謝の気持ちとして情報部から優秀な者を手配するのでよく話し合って情報操作に図るように伝えておいてくれ
怪我に気を付けるように、私より先に死ぬことは許さん
愛するカザネへ
~~~~~~~~~~~~~
指示書を胸に大事に抱え恥も外見も無く部下への体裁も忘れてわんわん泣くカザネ
まさかの結末にこの一週間の辛苦が報われたと、天災を免れたと、漸く心の平穏を取り戻し安堵感に包まれたと、友のカレンの助けになれると、思わぬ大金の臨時収入に喜びと、なにより文末のレイアードの記載に高揚感がもう抑えられないと
「ありがと~~~!! 私も愛してますよおおおおおお」
天高々に吠えるカザネだった。




