133話 誤解を突き進む錬金術師
諸事情で間隔が空いてしまい申し訳ありません
投稿再開しましたので今後は隔週投稿を予定しています
幻神歴2962年01月10日
年も明け、新年となりアシュリー工房の営業も再開し5日が過ぎた今日この頃
アシュリー工房は相も変わらず長蛇の列で大盛況だがカレン・アシュリーは工房には居らず、何処にいるかというとこれまた珍しい事に領主シャナードの宅にお邪魔していた。
「ほぉ~! これはまた珍しい見た目をしておるな!」
贅を凝らした客間にて、上座で人目も気にせず歓声をあげるシャナード
「はい。シャナード様に気に入っていただけるよう味だけでなく見た目も工夫を凝らした品々です」
どこぞの皇と違い身分を明かしているシャナードはアシュリー工房に足しげく通う訳には立場上難しいので以前カレンにある頼み事をした
それがアシュリー工房ならではの珍しい、美味しい品があれば我が家に行商に来て欲しいというものでコボルト&フェアリー遊技場の建造の都合でコボルトが良くシャナードにカレン・アリス作のシャルマーユでは珍しい品を持参していた。
なにせアシュリー工房で調理される料理は味は言うまでもなく絶品なうえにそれだけに及ばず他国・異国、それどころか古代の一際珍しい品々まであるのだ。
地方都市とはいえ貴族階級のシャナードなら財力を持ってすれば異国の料理を取り寄せる事は可能だがそれでも極一部に過ぎず、それですら異国の料理人を手配したり時間と金が途轍もなく掛かる。
古代の料理に至っては国が囲ってる王宮料理人ですら及びもつかないものだ。
以前コボルトが持参した古酒をシャナードは大層気に入ってその希少性も知らずに愛妻と共に飲み干してしまったが後に調べた所フルーラの大貴族が占有してるもので幾ら金を積もうと抑々入手できない品と知り、またそれが金貨20枚ほどでアシュリー工房で売られていると知って驚愕した経緯がある
そしてなにより、味も希少性もだが人となりを知ってアシュリー工房の面子には信用を置いているのでカレンの手料理を温かいまま食せるというのもシャナードの満足感を満たしている。
皇族ではないとはいえシャナードは貴族階級ではあるのでやはり普段の食事には段取りと毒味があって中々新鮮で温かい食事を取る機会が無いのだ。
今回は年始の挨拶もあって領主として忙しい身分ではあるだろうが、アシュリー工房の長としてカレンが代表としてシャナード宅に大鞄2つ分食材を詰め込んで挨拶に伺った。
昨今なにかと話題のルルアの領主シャナードは人生で最も多忙な時期なのだが友となったアシュリー工房の面子の来訪に快く歓迎し、また、カレンの新作料理に胸を躍らせていた。
そして挨拶もそこそこにシャナードに急かされ早速シャナード家の台所を借りてカレンが趣向を凝らした料理を作り始め、丁度昼時。シャナードの目の前にはカレン手製の料理が机一杯に並んでいるがどれもこれもシャナードが初めて見る品だった。
今回シャナードに提供した料理の献立は古代に栄えたとある国の民族料理の数々でアリスから譲ってもらったレシピにあった品々でアマネの協力もあって再び現代に蘇った料理だ。
本来なら特権階級の食卓には並ばないいわゆる庶民料理なのだが現代では珍しいものには違いないので選ばれた品々となっている
「では早速、これから食べてみようかの。これはなんて品なんじゃ?」
シャナードが食始めに選んだのはスープ料理で真っ赤な色で見た目だけで辛いのが判る品だ
「其方はトムヤムクンといいまして、唐辛子による辛味、レモングラスやコブミカンの葉やパクチーによる香りが楽しめる海老料理になります」
「ほうほう。これが海老か、フルーラの海産物だったな。聞き及んではいたが食べるのは初めてじゃ」
香りに刺激されもう我慢できんとスープを掬って複雑な味が絡み合うスープを満喫するシャナード
魚料理といえばフルーラが有名でシャナードも幾つか魚料理を口にする機会はあったが、それでも有名処の刺身と焼き魚ぐらいでシャルマーユのお国柄もあって抑々魚を食べる習慣が無いので慣れてなく、評価は正直今一だった。
だが今口にした海老、シャナードの海産物への評価を一変させるほどの旨味が襲う
「うんうん。辛いだけでなくほのかな甘みもあるな、これは溜まらん」
シャナードがスープ料理にご満悦で味わっているとふとカレンが気になったので尋ねる
「あの・・・シャナード様? 毒味は宜しいんですか?」
「ふふっ、野暮を言うでない。友が作った料理なんじゃ、アシュリー工房の面々は信用しておるでな、それに―――」
「それに?」
「こんな旨そうな料理、毒味で冷ますのも勿体ない」
「有難うございます!」
シャナードの本心がわかる台詞に感極まって頭を下げて礼を言うカレン
毒味役にも様々あるが一般的に身分が高くなるほど毒の不安があるので遅効性の毒を考慮して毒味役が口にしても直ぐには口にできない
これが理由で高貴な者ほど食事は冷めたものになってしまう。シャナードは領主ではあるものの、地方領主なので政敵も少なく、普段は毒味役が口にしたらすぐ食始めしてしまう。尚、当然だが貴族の頂点たるロックンはこれが理由で皇帝陛下に就いて以降暖かい料理とは無縁となってしまい、その反動でアシュリー工房での食事には一切遠慮が無かった。
「して海老じゃが・・・旨い! 海鮮物とはこれほど旨いのか!! う~む、機会があればまたフルーラに行ってみるかのう」
以前にフルーラの特使に招かれてフルーラ首都アマノに行った際に魚料理を口にしたが魚に慣れてないシャナードには不味くはないが、まぁこういうものかと、その程度だった。
だが特使いわく魚料理が栄えたのは戦前の話で戦後は海への恐怖心から漁猟が著しく減ってしまいフルーラですら王族や特権階級でも中々口にできないほどの希少な料理になってしまったそうだ。
シャナードはフルーラの漁猟の正確な事情とアシュリー工房私有地のアマネの湖の有様を知らないので気軽にまたフルーラへ行って魚料理を、と計画するが実の所、今のフルーラ事情でアマネの湖から獲れるありとあらゆる海産物が取れる訳が無い
カレンが暢気に釣り上げたマグロがフルーラの王はもう何年も口にできていないのだ。
それに普通の漁猟で獲れた魚と豊穣の女神アマネ作の湖でスキュラ・ルサルカ・聖魚・神魚と共に育まれた魚、脂も味も異なるのは言うまでもない。
シャナードがそれに気づくのは先の話・・・・・
その後新作料理を次々と紹介し、生春巻き・フォー・ナタデココ・グリーンカレーと続きどれもシャナードに好評だった
特にカレーにハマってるシャナードとしては新作料理のグリーンカレーが絶賛するほどだった
こうして年始挨拶を含んだ行商も無事終え、カレンが帰宅準備をしているとシャナードに呼びかけられ、とある頼み事をされる
それが毎月シャナードに卸してる育毛剤の追加依頼だった。
今回のカレンの実績公表によりルルアが益々注目されることは必須なので前もって政略武器を増やしたいと企てるシャナードは今現在月200本の育毛剤を月300本にできないかとカレンに尋ね、カレンは問題無いと、借金返済に少しでも近づくと喜んで快諾した。
自身では会心の出来と思っていた料理が領主シャナードに好評でカレンもご満悦でアシュリー工房に帰ってくると職務中のリールー・エイシャが待ち構えていた
「ああ、丁度良かったです。おかえりなさい、カレンさん明日午後から時間ありますか?」
「あらリルル、ええ。大丈夫よ、どうしたの?」
「実は職務規定でカレンさんに報告したいことがありまして、詳しい事は明日。それまでにこれに目を通しておいてくださいね」
そういって20枚ほどの書類をカレンに預けリールーは錬金組合に戻っていった
小さい字で書類一面にびっしりと書き込まれた羊皮紙に軽く眩暈がしたカレンは書類は後回しにして錬金術の研究に勤しんだ
シャイタンとフラミーによる驚きの贈り物によるドラゴンの死骸にカレンは机上の空論だった魔導具の数々が錬成できると大張り切りで研究している
そして夕餉・入浴も終わってベッドに入った所で思い出したカレンはリールーからの書類に目を通す
内容はカレンからしたら首を傾げるものだった
一応全書類を読み終えたが内容が頭に入ってこないカレンだった
これは大人しく明日リールーに聞いたほうが早いと見切りをつけて就寝に着いた。
翌日、午前中は研究に専念して午後からは錬金組合に行くと工房の面子には伝えているのでリリーに騎乗して錬金組合に向かうカレン
「リルル~私よ。入っていい?」
「ええ、どうぞ」
カレンが入室すると普段は簡素な机の上が書類の山に埋もれておりリールーの忙しさが窺い知れる
シャルマーユでは組合が公共機関に移行したので毎年組合員の更新が年始にあって錬金組合も例にもれず年始は大忙しだった
「凄い書類の量ね」
「ええ、組合員の登記更新時期なので年始はいつもこんな感じですよ。これでも他の組合よりは楽なほうですよ、商業組合や魔法組合なんかは受付員何十人規模による月単位での作業ですからね」
「へぇ~、あ、これ。新作の茶葉。どうぞ」
「あら、有難うございます。どうぞ掛けてください」
応接机に対面して着席してリールーが早速カレンが持ち込んだ茶葉でお茶を淹れてくれ、2人して落ち着いた所でカレンが肝心の話を切り出す
「それでこの書類だけど、どういうこと?」
他所の眼が無い室内ということでフードをめくり頭上のうさ耳を露わにし懐から昨日受け取った書類を取り出しリールーに尋ねる
「あ~そうですね―――まず其方から説明が必要ですね。カレンさんその書類を見てどう思いましたか?」
「どうって・・・さっぱり分からないわ。抑々この――教導技術錬研ってなに?」
昨夜カレンが受け取った書類には教導技術錬研の再開の目途が経ったのでその参加者の募集だった
「えっとですね、教導技術錬研というのは戦前にあった職の垣根を超えた研究職の集いで主に普段は接点のない戦闘職と研究職が協力し合って新技術の開発を行うものです」
「へぇ~。発展に凄く役立つじゃない、なんで戦後から今まで再開されなかったの?」
「まぁそこは各勢力の軋轢もあったんですが大きな理由は単純に人材不足です。幻魔涙戦以降国同士の戦争はありませんでしたが圧倒的に人不足で閉ざされた研究機関が多かったんです。教練もその一つでしたがパラミスとテリアが属国となってあらゆる分野の人材が流入してきてそこに更にカレンさんの錬成品のお陰で別大陸からも人材が流れ込んできてくれたお陰で去年のシャルマーユの方針として今年度から教練も復権させようという事になったんです」
教導技術錬研の再開は数年前から議題に挙がっていたのだが戦後による各組合の公共事業への転化と戦中にあった各組合の軋轢も考慮して中々進展が無かったのだが2国の属国化とカレン開発のポーションによる人材の流入により目途の無かった教導技術錬研再開が見えたので各組合もこの機を逃すまいと遺恨を流して全組合が協力して取り組むことになった。
長年続いた軋轢は簡単には消せないがそれ以上にどの組合も逼迫してるのが後継者の育成・技術の継承だ。
「ふむふむ。教練ねぇ・・・「なに!? カレン嬢が教練に参加するのかね?!」
カレンが物思いに耽っていると突如闖入者が乱入する。錬金術教導組合の組合長バージル・ギブソンだった
バージルはそれはもうニコニコ顔で揉み手をこすりながらリールーの隣に陣取ってカレンに興奮気味に詰め寄る
「組合長、ノックしてください」
リールーが眼鏡の奥でジト目をバージルにぶつけるがバージルはそんな視線も意に介さずウキウキで話を進める
「まぁまぁ。それよりカレン嬢、教練に参加してくれるのかね?」
「えっと・・・私工房の仕事もあるし、そもそも借金がある身なんで仕事以外してられないというか、そもそもその教練って給金あるんですか?」
「それは勿論だ。最もカレン嬢の工房の収入には流石に及ばないがそれでも国推進の公共研究機関だからね、それなりの高給だよ。それになによりこの教練に参加する利点は横の繋がりの薄い研究職の会合、ともに技術を切磋琢磨できるというのが大きい」
カレン・アシュリーは錬金組合と薬学組合と商業組合に加入しておりカレンの主は錬金組合に重きを置いている、だが錬金組合の他の組合員はとある経緯で知り合った友人のルーシェ以外誰もいない。
カレンの人見知りというのも原因の一つだが何よりの理由が当然と言えば当然なのだが組合員の研究成果・秘術の流出防止の為同じ組合員でも紹介が難しいのだ。
戦闘職の組合員はその職務内容から横の繋がりは大いにあるが研究職はそういう訳にはいかない
なのでどの研究職の組合も組合公認の会合でしか横の繋がりは結べないのだがその参加人数は芳しくない
カレンは説明を聞き、研究職の実情にはまだ考えが及んでいないがそれよりなにより不安要素があるのでそれを口にする
「成程・・・でも私見ての通り玉兎族で人に知られる訳には・・・」
カレンの不安も最もだが問題ないと力強くバージルは説明を続ける
「そこも心配無用だ。教練には現時点でカレン嬢のように隠れ潜む希少種族の参加者も既に大勢いる。皆秘匿事項なのでフードを被っておけば誰も追及しないよ。それに国が力を注ぎこんでる一大計画だ。当然部外秘などがあるから研究内容なども含め漏らしたら連座含めて極刑だ。一々希少種族の漏洩に命を懸ける馬鹿はそうおらんよ」
「ふむふむ・・・それってどこで開催されるんですか?」
「勿論本国だ。もし教練に参加してくれるという事になったら流石に此処ルルアから通うのはなにかと不便なのでその期間本国に停留してもらう事になる」
本国ということでカレンが難色を示すのは分かり切っていたがバージルとしてはなんとしても教導技術錬研にカレンの参加協力を取り付けたいのだ。
カレン・アシュリーの錬金術技能は最早我が国処か世界でも群を抜いて飛びぬけている。そんな逸材を教導技術錬研に参加させないなど将来の技術の損失といえる。リールーにはまだ明かしてないが実は本国から教導技術錬研へのカレンの参加を進めて欲しいという『お願い』がバージルには届いていた。
要請や命令ではなくお願いの理由はカレンによる以前の賢者会議での要望でもあったルルアで静かに過ごしたいという希望を考慮してのことだとバージルは直ぐに理解した。
組合長としてはその希望にできるだけ尽力したいとは思うがそれでも組合長ゆえに組合の更なる発展に期待もしてしまうのは仕方のない事だ
「・・・えぇ~本国かぁ―――陛下怖いしなぁ・・・う~ん」
バージルの説明を受けフードを常用していれば種族漏洩はなんとか防げるかもと至るが肝心の本国というのにカレンは更なる難点がある
そう、以前の謁見による陛下のお茶目とカレンの誤解による捕食未遂だ。
カレンは勘違いを突き進み、工房の面子は既にその出来事を忘れてすらいる
陛下だけ誤解を解こうと必死なのだが唯一それを可能とするリールーはその難事の解消にも条件を付けようと画策しており現状手付かずだ。
「? ああ、そういえばそんな出来事もあったらしいね。その点も問題ない、教練に参加してくれてる間はリールー君も一緒に派遣するので常にリールー君と一緒だよ」
カレンの不安を払拭させるのに一番手っ取り早い手段をあっさり投下するバージル
もはや目の前のトラブルメーカーでもある技術だけは特級の阿呆の子に口上での説明は難しいと判断しての台詞だった
言うまでもなくカレン特効薬のリールー(生贄)同伴だ
そんな越権行為本来なら一組合長のバージルに権限はないのだがそのお陰でカレン・アシュリーが教導技術錬研に参加しますといえばお歴々も諸手を挙げて歓迎するだろうと踏んでの事だ。
勿論隣で暢気に紅茶を啜っている生贄には許可を取っていない
こういう時の為の生贄なのだ、今回も大いに役に立ってもらおうではないか
「ぶっ、げほっこほっ・・・ちょ!? 組合長?!? 聞いてないです」
バージルの奇策に紅茶をむせ返し驚くリールー
ただでさえアシュリー工房の面子による所業のせいで悪評がとどまる所を知らないのにそれに加えて問題娘のカレンに着いて教導技術錬研に参加とか冗談じゃないと一瞬憤慨するが・・・隣のバージルの喜色満面の表情を見てこの先の顛末を瞬時に理解した・・・してしまったのだ
(どう転んでももう決定事項ですか・・・)
「まぁまぁ、その期間給金弾むし帰ってきたら有給も足すから頼むよ、ね?」
リールーの肩を叩きながらも給金を餌に釣るバージルだった
「はぁ・・・約束ですからね」
一受付嬢とはいえ所属している組合の発展を考慮すればカレンの教導技術錬研参加への機会は見過ごせない
そもそもカレンの手綱を握れるのが自分しかいない以上この顛末は仕方ないといえるだろう、なら―――追い銭の給金と有給を貰えたのだからこれで我慢しようと諦めるリールーだった。
ちゃっかりしたたかさを発揮するリールーだった
「ん~最後に、どれぐらいの期間その教練に参加すればいいんですか?」
「教導技術錬研の期間は1年を予定しているが当然参加者は皆立場も事情もある者たちだ。参加期間はそれぞれだがカレン嬢には最低でも3ヶ月は参加をお願いしたい。カレン嬢が人付き合いを苦手としてるのは承知だが国きっての知恵者のカレン嬢を参加させないというのは我が国にとって大きな損益なんだ。なんとか国に貢献すると思ってここは無理を承知でお願いできないかね?」
今までの笑顔を正し真顔で頭を下げてカレンにお願いするバージル、その意を汲んでカレンも教導技術錬研への参加を前向きに検討する
「分かりました。工房の事もあるので家族と相談してみます」
「ああ、よろしく頼む」
「カレンさん私からもどうかよろしくお願いします」
バージルに並んでリールーも起立してカレンに頭を下げてお願いをする
「ええ、それじゃ失礼します」
用は済んだとカレンが退出しようとした所でもう一つの用件をリールーが切り出す
「ああ、カレンさん待ってください。職務規定の報告もあるんです」
「え、なに?」
「カレンさんが組合に加入して3年以上経過したので組合の資料閲覧ができるようになりましたのでその報告です。今日からでも閲覧は可能ですよ」
カレンが錬金術教導組合に加入する際のリールーによる説明で
本来カレン程の卓越した技量と成果があれば特権で制限を解除して資料閲覧の許可も出るというものだがそこはやはり公正公平な賢者会議、規定通りで推し進めた。最も総帥のルードは口では特権は無しで公平にと言っていたが内心ではカレンに資料を提示して更なる魔導具への閃きをいまかいまかと期待していたのだ。
「――ああ、そういえば組合加入手続きの時にそんな話してたわねー。折角だし早速見せてもらおうかしら」
世間知らずにして物知らずのカレンでも先駆者の知識という資料の価値はわかる。
偶然が重なって知古となったルーシェですら素直に称賛するほどの技量を持ち合わせていたのだ、専門違いにも関わらずにだ。それが同じ魔道具や魔導具・優先順位は低いが製薬関連を専門とする先駆者の知識となれば興味は尽きない
先程までの緊張も吹き飛び期待に慎ましい胸を膨らませ瞳を輝かせて早速閲覧を希望する
「はい。案内します。今後も受付に話を通せば自由に閲覧は可能ですが持ち出し厳禁なので入退室の際に身体検査はしますね」
昨今加入者の衰退していた錬金組合ですら資料の盗難問題には頭を悩ませており資料室の警備はかなりのものとなっている
組合員には伏せられているが幾多もの防備がなされており身体検査も徹底している。組合員の少ない錬金術教導組合でも徹底してるので魔法組合などは最早資料室に専属の守衛が見回るほどだ。
「おっけ~」
こうしてリールーに案内されカレンは錬金組合に加入して3年余り、初めての一階奥にある資料室に足を運んだ。
個人的には信頼しているとはいえ立場上必要な手続きなので入室時に一言断りをいれてカレンの身体をリールーが検査し妖しい道具等の持ち込みを確認し、問題なしとリールーは入り口に静かに腰を下ろしてカレンに部屋内の資料閲覧の許可を出した
室内の閲覧の許可を貰ったカレンは待ちきれないとばかりに部屋内を見回す、室内は先程のリールーの部屋2つ分程の広さで重要な資料室というには思ったよりは広さはそれほどでもなかった。それでも室内には所狭しと棚が並んでおりその殆どの棚に多種多様な書物・資料・表が並んでいる。更に奥には別室への扉があり厳重に封がされておりそれが気になったのでリールーに尋ねた所、いわゆる人体錬成にまつわる禁書等が保管されてるようでその部屋への入室には都度組合長の許可が必要との事だが其方方面には興味のないカレンは資料室に意識を戻し早速棚を幾つか見比べ気になる書物を見つけたので手に取り丁寧に捲ってみる。
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・
とっぷり日が暮れ辺りが夕焼けになる頃、資料室ではエーテル灯に照らされ一心不乱に資料を読み漁っていたカレンだがそろそろ夕餉の準備に掛からねばと名残惜しくはあるが再び身体検査を受け資料室を後にし錬金組合を去る
帰路の途中、街道を進むカレンのその表情は喜色満面だった。
(はぁ・・・凄いわね、正直自分はそれなりだと自負してたけど―――まだまだね、先輩達は素晴らしいわ! 特にあの魔道具の発想、あれ技術の応用で私でも着手できそう。楽しみだわ!!)
己惚れる訳ではないが自分は幾つか到達点に至ってるのだ。技量はそれなりだとカレンは思っていたのだが今日目にした資料の数々、その素晴らしい着眼点にカレンは何度胸を打たれたか、製薬関連は流石に新たな発想は少なかったがそれでも幾つかの閃きがあり新ポーションを幾つか着想に至った。
製薬についてはカレンは正道を無視して邪道を突き進んでいたので正当な正道からくる発想に大いに驚かされた。魔道具に至っては師のアリスからして邪道だったのでカレンもその道を進み正道の知識は皆無だった、それが今日の資料閲覧によりその点に気づき片っ端に知識を吸収した。
正に値千金に至る知識の宝庫だ。
(う~~ん―――先駆者の知識でこれほどなのよね、教導技術錬研へ参加したら更に凄い人達からの知識の擦り合わせもできるのかしら)
先駆者に圧倒されたカレンは教導技術錬研への参加に組合長とリールーからのお願いされたからというだけでなく個人的な知識的欲求からも前向きに考えようと意気込む。




