126話 働く姉兎
幻神歴2961年10月25日
妹成分が足りない
ここ最近アリス・アシュリーが悩んでる事象だ
いつもならシャイタンと共に愛妹もお茶に興じてるものの、此処半年程は地下工房に籠りっきりで食事とお風呂と就寝時しか碌に顔を見てない
原因はカレンの借金にある
借金返済に勤しむカレンは偉いがもう少し姉に構って欲しい所だ
カレンの借金が決まった当初、カレンの自棄っぷりにこれは休暇に丁度良いと思った
事実借金生活当初は日がな一日釣りに没頭し英気を養っていたのだ。
覇気こそ無かったものの其処も可愛い点だ。
だというのに、犬が余計な知恵を回したせいでポーション作りに専念し、地下工房に籠ってしまった
なんとかしなければ……
こうして姉兎は日々悶々としていた。
「何? くくくっ、そんな事になってるのか」
「面白い情報感謝するぞ」
「ああ、カレン嬢の借金返済の足掛かりにでもなってくれるといいんだが」
アシュリー工房開店直前、シド・ガフリィとシャイタンによる怪しげな会話も済み、シドが退店しコボルトが品出しに勤しんでいると慣れた常連客のロックンがやってきた。
営業時間外の来客は一癖も二癖もある常連客だとコボルトは学んでいる。
「相変わらず精が出るな」
コボルトが煙管を咥えながらせわしなく行き交い、ルルア兎と名無し妖精達に指示を出してるので労いの言葉を掛ける
「おう、ロックンじゃねぇか。アリスならいつも通りカレンの部屋に居るぜ」
既にロックンの正体は知ってるコボルトだが当の本人により以前通り接してくれと頼まれ、コボルトもそのほうが楽だと以前と変わらずシャルマーユ陛下を出迎える。当然公の場では切り替えるつもりだが
「ああ、邪魔する」
カレンの部屋へ進もうとすると傍らの妖精が此方に向かってあっかんべーをしていた…
幻魔泣戦の出来事についてはもう妖精女王ティターニアと和解したのだが、剣聖ロックは未だ多くの妖精に嫌われており、ロックンもそんな妖精の些細な悪戯に口を出すまでも無くやれやれと歩を進める
「アリス居るか? 俺だ。入って良いか?」
「はいよ~」
返事を確認してカレンの部屋に入るとアリスがいつも通りベッドで扇情的に寝転がっており、ロックンを迎えようと起き上がってお茶と茶菓子の準備をして改めて机で対になって来客を歓迎する。
普段ならカレンも居るのだが今日は見掛けずロックンが問う
「カレンは居ないのか?」
「それよ」
「ん?」
「借金のせいでカレンが仕事に没頭し過ぎて構ってくれないの」
発言と同時にアリスのうさ耳はペタンと萎れてしまう
そんなアリスにロックンは呆れて切々と説く
「お前な、妹離れしろよ―――堅実なのは良い事だぞ」
ミスキア産紅茶で喉を潤してアリスに説教するがその効果は皆無だ
何せアリスは永久に妹離れする気はなく、カレンがシャイタンと添い遂げるまで温かく、まるっと見守るつもりだ。
ロックンの台詞にうさ耳を逆立たせて反論するアリス。
「星金貨400万枚なんて個人が返せる訳無いでしょ」
理不尽を身に着けた暴君のアリスから至極最もな正論が出る
アシュリー工房の売り上げの内カレンの給金から更にその半額を借金返済に充ててるが・・・当然星金貨400万枚など個人、というより公人や貴族ですら生涯を賭しても粗無理な金額をカレンはせっせとポーションマシーンとなって返済しているが土台無茶な話だ。
最もカレンは不老不死なので堅実に何百年とやれば返せはするがとても現実的はなく、またそんな期間妹と離れ離れは御免とアリスは不貞腐れる
「そう思うならお前も協力してやれ」
正論には正論を返すがロックンはどうせこの話は流れるだろうと高を括っていた
呑気に茶菓子のアリス手製の焼き菓子を幾つか口に入れその味を満喫していると意を決したアリスからとんでもない返事が返って来た
「はぁ・・・・解ったわよ。私も働いて返すわ」
労働など死んでも御免なアリスだが死ねないアリスなりのカレンを想っての一大決心した宣言だった
元々何とかしなければと思ってはいたのだ。
そんな発言にロックンは我が耳を疑い慌てて問い返す
カップを持つ手は震えていた。
「・・・ぇ、働く? お、お前が? 街や国を滅ぼして金を巻き上げるのは仕事とは違うんだぞ?」
我が耳を疑う内容だった
思わず素で返答してしまう程ロックンは驚いた
そしてアリスとその背景にいるシャイタンとフラミーの関係性からまともな働きとは思えず確認するロックンだった
「お前私を何だと思ってんの? 街の前にお前ぶっ殺してやろうか」
その発言に苛ついたアリスは軽くロックンの肘を殴るが…非力なアリスの拳など全力でも剣聖ロックの痛打にならない
「いや、だってお前が働くって・・・妹の工房で売り子でもするのか?」
目の前の器量だけは抜群の暴君がアシュリー工房の売り子として客に笑顔を振りまく様を想像してみるが――ありえない光景だった。
ルギサンドがやけっぱちになって侵略してくるほうがまだ現実的だとロックンは自分で想像しておいて引き笑いしてしまう
「そんな面倒な事私に出来る訳無いでしょ。もっと楽で手っ取り早い方法よ」
目の前の不調法者に一喝いれ満足したアリスは紅茶で舌を濡らすがロックンは未だアリスを疑っておりとんでもない台詞を吐く
「何処の国襲うつもりだ? 襲う前に教えろ、事前に公金として色々借りておこう」
「――私は自覚してるけど、ロックンも大概になってきてるわよ。はぁ―――違うわよ。私を買ってもらうの」
やれやれと溜息を込めて返答するアリス、うさ耳も中折れがゆっくり前後揺れていた
「・・・何?」
一方ロックンは飲みかけた紅茶の手がぴたりと止まってアリスに確認する
その額には青筋が立っていた
「だから、私を売るの」
「――お前っ! その手の冗談は俺は好かんぞ!!」
勢いよく立ち上がりつつアリスを窘めるロックンだが、対してアリスはきょとんとしており、数瞬して今のやり取りの別の回答を見つけて呆れてしまう
「は? お前何勘違いしてんの? 知恵を売るって事よ」
「ぇ・・・あ、ああ! な、成程な。驚かせるなよ全く」
「欲求不満だからそんな邪な発想になるんじゃないの?」
「今のはお前の言い方が・・・って、待て。お前の知恵だと?」
誤解も解けて席に着いた所でアリスの知恵と聞いてロックンはピンときた
幻魔涙戦時、暫くの間シャルマーユ軍は義勇軍扱いでアリスと共にしていたが粗暴に振舞っていた傍ら、そのアリスの思想に当時のロックンは勿論のことシグルトや師のレイアードですら感服するほど息をまいた程だ。
そんなアリスの知恵を授かれる機会が今、目の前にある。為政者としては見過ごせない
「そうそう、これでも識者の自負は有るからねぇ~」
元々ソフィアが師事するほどのずば抜けた才覚を持ち合わせており2000年以上の歴史を生き抜いたまさに生きた辞書ともいえるアリス
古代に神の怒りに触れてこの星ではあらゆる分野で停滞していたが、幻魔泣戦がとどめとなってこの星は軍閥はもちろん学閥も文化も知識も教育も圧倒的に衰退していた
「本気か?」
ロックンが生唾を飲んで最終確認を取る
返答次第でシャルマーユは更に発展すると見込んでの確認だった
「もっちろん! 長々と働くより手っ取り早いでしょ」
ロックンの問いにアリスは立ち上がり、薄い胸を反らせてうさ耳もピンっと立たせつつ返事を返す
「よし俺が買う」
即答だった
「は?」
「星金貨400万分シャルマーユに知恵で貢献してくれ」
満面の笑顔で強引にアリスの手を取り握手をするロックンだった
対してアリスはというとどこか不満気だ
「えぇ~・・・適当な国に遅行性の古代兵器の情報売って敵対国にも売りつけてさくっと終わらせようと思ったのに・・・」
アリスの想定としては先ずルギサンド大陸へ行き古代兵器を披露して売りつけ、次にドルシア大陸へ行って実演披露してルギサンドは購入したと煽って2大陸複数国に古代兵器を売りつけサクッと儲けるつもりだった。
「お前ほんっと、そう言う所シャイタンと気が合うよな。それはさせんがお前の知恵なら皇として欲しい」
ボソッと零した内容に久々にロックンは胃痛がくるがなんとか防ぐことに成功し安堵する
ロックンが居なければ武器商人となったアリスの暗躍で2大陸で戦争が起きていたのだからルギサンドとドルシアはロックンに感謝してもいい所だ。
こうして暫くの間、アリスの知識を元にシャルマーユ皇国に出稼ぎが決まったが・・・帰り道ロックンはアリスが山の如く所有している聖遺物や神器を手放すだけであっさり解決するのでは? と思い至ったがそれは口にしないことにした。実際神器なんて売りに来られても買い様がないし、抑々あのアリスの事だから聖遺物・神器に価値を見出しておらず、忘れているだろうと勝手に自己解決して納得した。
3日後
シャルマーユ皇城-執務室-
皇帝ロックが積み重なった陳情書に目を通していると執務室に複雑な魔法陣が明滅し、今この場では自衛できるロックよりもう1人この場にいる自衛の出来ない賢者の守護が優先とシグルトは賢者の前に立ち塞がり抜剣する
焦るシグルトと違い、ロックと賢者は魔法陣を見て呆れて溜息を付いていた…
魔法陣の明滅が終わるとその場には1人の着物を着崩した見眼麗しい玉兎族が立っていた
「か弱い兎さんが奉仕しに来ましたよ~」
一国の執務室という重要ヵ所に勝手に転移したにもかかわらず、アリスは呑気だった
「アリス様!」
アリスを目にして抜いていた剣を鞘に納め歓迎するシグルト
「悪童? 何用だ」
シグルトの歓待振りとは真逆に天災の来訪に訝しむ賢者、偶然この場に居合わせた最高位戦術師レイアード
「げっ、れいっちゃん・・・」
アリスもまさか転移してすぐレイアードと遭遇するとは思わず焦る。うさ耳も中折れからすぐさましな垂れてゆく
過去にレイアードの狂信するアマネを手に掛けようとしてレイアードとは確執がある
しかもレイアード本人の気質も真面目過ぎてアリスは苦手としている
リールー・エイシャの説教が善意で苦手ならレイアードの説教は堅苦しい義で苦手なのだ。
「あ~お前ら、そこの迷惑兎が健気にも妹の借金分知恵で返してくれるそうだ」
ロックンが場をとりなし、それを聞いてシグルトもレイアードもシャルマーユの前途に益々期待が膨らむ
「ほう」
「アリス様の知恵なら万金に値しますな」
「そうそう、なんで大人しく働くかられいっちゃん怒らないでね?」
レイアードの雷はもう勘弁と、拝み倒すアリスだった
「お前の知識は認めてるからな。正し賢者会議や公の場には顔を出すな。お前もシャイタンも隠匿扱いだからな」
隠匿もなにも世界法で禁忌扱いされているのだが知らずは本人だけとなっている
最もその世界法を確立させたソフィアの真の思いはこれ以上人間のくだらない確執に友人にして恩兎でもあるアリスを巻き込まないためという個人的な思いもあっての法案だった
「おっけ~。それでさ、ロックン知恵って何か困ってるの? 今のシャルマーユってかなり富国強兵じゃん」
堂々と執務室に転移してきたアリスは勝手に応接机に座り込んで時空掌握から淹れたての紅茶と新作の焼き菓子、しっとり甘々なカステラを取り出しつつ尋ねる
今の時代でいうならシャルマーユはルギサンドを差し置いて世界一の富国強兵と言えるだろう。あくまで今の時代での話だが
「ふこくきょうへい? まぁ何よりも今切羽詰まってるのは優秀な人材の確保だ。何かいい案はないか?」
ロックンもアリスの対に応接机に座りこんだので隣にレイアードも座り、アリスの話を聞き逃すまいと気合を入れる
ちなみに富国強兵は古代の政策で今の時代では聞きなれない単語なのでロックンが聞きなれないのも仕方がない
「人材ねぇ・・・それは自国での育成? それとも他国からの借入?」
問いつつもアリスの持ち込んだ目新しい焼き菓子を1つ手に取ろうと手を伸ばした所でアリスにぺしっと手を叩かれてしまうロックン
どうやら紅茶も焼き菓子も自分の為に持ち込んだもので振舞うつもりはないようだ
「其々の方法を詳しく」
ロックンのあり様を見ていたレイアードがその隙に手を伸ばして焼き菓子を1つつまむ。アリスがレイアード相手には強く出れないのでぐぬぬっと歯噛みしてしまう
ほくそ笑んだレイアードが詳細を尋ねる
「ん~~~他国の借り入れなら短期間で直ぐ可能だけど長期的な視野で言うと資金が育成より掛かるし定期的に調律戦争が必要ね」
戦後のシャルマーユに限らず優秀な人材の確保は何時の時代、何処の国でも頭を悩ませる事案だ
そんな国難をいとも簡単に解決とばかりにすらすらとアリスは述べる
が、その内容にロックンとレイアードの背後で姿勢よく立っていたシグルトが気になった疑問点を口にする
「・・・アリス様、それはシャルマーユが何処かの国と戦争を起こして戦争相手から知恵者を引き抜くという事ですか?」
アリスが振舞うつもりがないと見て棚から焼き菓子(アシュリー工房産)を取り出しつつロックンとレイアードにお茶を煎れつつアリスに指摘するが、アリスに言わせればナンセンスだった
「シグルトちゃん30点。自国で戦争の時点で戦費が掛かるしそっちに人手が入るでしょ。戦争は文明の発展と経済の途上に必須の必然悪だけど態々自国がする必要無いでしょ。仮想敵国2つ作ってその2つ争わせればいいのよ」
アリスが指を振りつつ、器用にもうさ耳も同調して揺れていた
アリスの案に真っ先にレイアードが食いついた
「漁夫の利という奴か・・・確かに有用、いや、某術としては戦術になるな」
戦争はあらゆる分野の発展に必要な悪ではあるが一言で戦争といっても種類も様々だ。
侵略戦争・自衛戦争・制裁戦争・宗教戦争・独立戦争・内戦・反乱・聖戦。と其々に更に種別もされている
どの戦争でも言えることだが市民からしたら戦争は溜まったものではないが為政者からすれば戦争は技術的革新に繋がる乱暴な一手だ
被害をだして技術の進歩を取るというのがこの時代の戦争だがアリスの提案は過去の武将が考案した戦術でレイアードが興味を示す
「当たり前じゃん。元は昔の戦術師が発案した奴に私が少し手を加えただけだし」
「ふむ、その話後で詳しく聞かせろ。して育成案は?」
「こっちは結果が出るまで時間は掛かるけど単純だし確実で情報操作も兼ねてるからお勧めね。ソフィにも昔教えた奴だけど結果は今の聖国見れば解るでしょ」
「聖国の・・・ソフィア様も行ってるのか?」
聖国と聞いて思わずロックンが確認する
ゼファースの教育水準は世界一で過去にアリスが古代にあった幼少期の寺子屋を説明した所、ソフィアはそれにいたく感心を示しゼファースでは初等教育・中等教育・高等教育・技術教育を施しておりソフィアの叡知と合わさってゼファース国民は日々知識の研鑽を怠らない
「そうだよ~。今ならもっと高度な学び舎になってるんじゃないかな? 国中に学び舎を建てて同時に公共のチラシを無料配布するの」
「待て待て! 先ずまなびやとはなんだ」
すらすらと述べるアリスに待ったをかけ聞きなれない単語を確認するロックン
この時代、学び舎があるのは数多の国あれどゼファースだけで、それも公にはしていない
理由は古代にまで遡るが、かつては寺子屋・学び舎・学舎・学校など知識教育に特化した世代があったのだがあまりの教育水準振りに知識を武器に為政者への反乱が起きて当時降臨していた神と当時の王が結託して市民への知識追求の場を徹底的に廃してしまった。
そんな背景もあってこの星では知識・技術・文明等は一時栄えていたが今では逆行して文明基準は著しく下がっている
それを体験していたアリスはロックンにも解り易く解説する
「あぁ~えっと、ロックン今れいっちゃんに色々教わってるんでしょ? 地区毎にそれを知恵者に市井の子供をまとめて教育させるの。段階的に簡単な識字から計算、そして見込みのある有能な子には更に高度な教育を学ばせるの」
「「「「・・・・・」」」」
ふたを開けてみたらごく単純な話だった
ロックン・シグルト・レイアードの3人はなぜこんな簡単なことにも思いつかなかったのか深く思案してしまうが答えは無い
昔の神の所業の1つで思考結界されていたので今世では誰も思い至らない事柄だ
唯一結界前から生きているアリスとソフィアによる生き字引なので2人がどれほど貴重で、また異常か分かる話だ。
「軍人育成の初等学版といった所か。成程な・・・奉仕事業、いや違うな、先行投資か!」
「流石れいっちゃん! それそれ、学び舎自体はお金取るも取らないも自由だけど当然お金が少ないほうが貧民層も集まるから可能性が高くなる。ただし金額は兎も角事前に身分の確認は必須よ」
レイアードの察しにアリスが指を鳴らして肯定する
学び舎の受講料の低下もしくは無料化はアリスの発案で、当時ですら学び舎に通えたのは富豪の長男、長女だけと限られていた
「当然だな、他国の間者にむざむざ知識を与える事は無い」
「うんうん。そして同時にチラシも無料配布するの、内容は国民に伝えたい事や国の思想で情操教育も兼ねるの。そしたら識字率の乏しい地域の人間はチラシを理解しようと努力する。そして学び舎に繋がる。ってね」
国営で新聞やチラシを普及してる国は今の所ゼファースだけとなっている
過去にルギサンドがゼファースの真似事をして新聞もどきを発刊しようとしたのだが、ここでも犯罪組織カイロウの横やりがあって市民の手に渡る筈の殆どのチラシがカイロウに回収され粗悪な羊皮紙として売買されていた
「それで無料ですか。素晴らしいですな」
アリスのもたらす恩恵に関心するシグルトだがふとアリスがロックンに問いかけを出す
「そこでロックンに問題よ。このチラシ効果には情操教育の他に大きなメリットが2つあるの。何か当ててみ」
「2つ・・・? えっと、―――無料で知識を提供する事で国民に恩を売れるだろう? 後は・・・」
見当外れのロックンに見切りをつけてアリスは溜息をつき、次にシグルトにも問う
「・・・シグルトちゃんは?」
「そうですな、―――チラシ自体は無料でも其処に大商人の店の宣伝でも乗せて大商人から羊皮紙代を超えた資金が集まるかと、そして2つ目は国発行といえば信用度も高い、其処を利用した情報操作ですかな」
問われたシグルトは一考してチラシの利点をスラスラと述べる
ロックンと違い宰相は有能だとうんうん頷いてアリスが満足顔になるが、それでもアリスの採点は厳しかった
「ロックンお前0点、シグルトちゃん50点、正解は選民思想と情報操作及び攪乱ができる。よ、広告費用で皮紙代を回収するのは当たり前だろ。付け加えるなら広告に載せた店も集客効果も上がって経済の発展も促せるしね」
思考結界がなされる前は正に情報戦争ともいえるほど情報の正確さ・伝達性が確立されていた
しかしそれも過去の話で今では衰退してしまい、精々が国の暗部と目先の利く商人が情報をやり取りしているが伝達性はお世辞にも低い
魔法師の伝達魔法があるが過去に伝達魔法の不義により栄えていた国が滅びたこともあり、公では伝達魔法は重要視されていない
「0点て・・・」
あまりにもな点数に思わず愚痴ってしまうロックンだがそこに冷たくも理路整然とした回答が返ってくる
「あのな、シャルマーユでは無料の大衆浴場あるけどそれに今も感謝してる市民いるか? 人間ってのは慣れたらそれが当たり前になるのよ。為政者なら感情論なんて当てにせず先を見据えろ」
戦後のシャルマーユでは衛生観念と奉仕事業を兼ねて各都市に大衆浴場を設けた。当然市民は歓迎の声で迎えたがそれも10余年が経ち、今ではその恩恵が当たり前になっている
それどころか未だ大衆浴場の設置されていない村などから不満の声が出る始末だ。
民衆は差こそあれど与えられた飴がどれほど高級でも慣れたらそれが当たり前となって更に高品質な飴を要求するものだ
解決策は日々段階的に飴を与えるか、いっそのこと取り合げ鞭を打つか、だ。
「な、成程・・・」
「悪童にかかれば陛下もまだまだだな、選民思想と情報の攪乱について詳しく聞かせてくれ」
「そうねぇ、例えばチラシを普及して暫くしてこんなチラシが発行されたらどうなる? シャルマーユ皇帝病に伏す」
ニヤリと悪者顔で呟くアリス
「ああ、そういう事か。確かにそれは有用だな」
レイア―ドは即座に意味を理解してその有用性にチラシも採用と決まった
知恵者同士の会話は凡人にはついていけず、ロックンは何が有用なのかすら理解できず、そんなロックンを置いてアリスとレイアードとシグルトの3人で様々な法案、政策が提案され2人がぐいぐい詰め込んでくるのでアリスが解放されたのは夕餉前だった。
後日もアリスはせっせと執務室に転移したものの、レイアードに捕まりレイアードの部屋まで連行されて法務部の要人も交えて過去の有用な政策・法案・戦術等々根掘り葉掘り問われてうんざりしたアリスだったが3日目もその繰り返しでもう嫌だ。と半泣きで逃げ帰った姉兎だった。
3日坊主ではあったもの、その間授かった知識をシャルマーユは無駄にせず、軍閥の改革・違反者への厳罰化の法の施行・試験的に導入となった学び舎の建造及び各地区から希望者の受け入れ・新貨幣の製造、及び段階的に硬貨から紙幣への推移・戦後の人口爆発に歯止めを掛ける為一夫多妻制の廃止・報道部を設立し皇都新聞の発行と忙しい日々となったが、ふと問題が発生して今回アリスがもたらした恩恵は幾らが妥当かと賢者会議で議論があり、結果星金貨100万枚となりカレンの借金から星金貨100万枚が棒引きされた。




