124話 幕間 受付嬢の不穏な一日
幻神歴2961年9月20日
「帰れええええええ」
錬金術教導組合ルルア支部
リールー・エイシャの仕事部屋にて部屋主の一喝が響き渡る
「ひぃ、し、失礼しました~~~」
リールーの形相に相談も途中にそそくさと部屋を後にする依頼人? だがリールーは客とすら思わず今の出来事を書面にまとめ衛兵に提出するつもりだ。
ことの発端はこれまたカレン・アシュリーが遠因となっている
始め、この依頼人が来た時はリールーも緊張したものだ。
何せテリアの貴族バハレンド家の使いだったのだ。固唾を飲んで横柄な依頼人の依頼内容を聞いていると―――
「近頃何かと話題の錬金術師がいるだろう? そう、君の所に所属しているカレン何某だ。そのどこの馬の骨とも知らん奴だが当主直々の依頼だ。亜人相手でも確実に孕ませる薬を作らせろ、依頼料ははず・・・ん?」
ここまで聞いてリールーは我慢の限界と貴族の使い相手にも関わらずペン入れを投げつけ叩き返したのだ
カレン・アシュリーの名が轟く毎にこうした非合法・未認可の依頼も舞い込んできては専属となったリールーの出番となっている
尚はっちゃけたリールーにとって貴族の使いへの無礼など恐れなど最早ない、陛下相手に舌打ちするほど振り切れているのだから
「はぁ・・・テリアとパラミスが属国になったっていうけど・・・・こんな形で実感するとは。。。」
属国となったテリアとパラミスだが一部の凡夫、及び毒にも薬にもならない下級貴族と使い捨て用に極一部の上流貴族だけシャルマーユは手を付けず残している
それ以外は徐々に市民化・商家に混濁させていってるのだが・・・
その凡夫な貴族の並々ならない依頼がめっきり増えてきているのだ
(はぁ・・・これも衛兵行きね。本当私の仕事ってなんだろう)
考えるだけで悔しさでうっすら涙が出るリールー、それほどこの仕事に誇りを持っているのだ
「駄目駄目! 気持ちを切り替えないとっ」
そう独り言ちて軽く頬を叩き気合を入れ直す。そして気分転換にとカレンから譲ってもらった精油を焚くと部屋に甘い良い香りが漂う
この精油はアマネの管理する神域で採取された植物から抽出したオイルで合成した香水とはまた違い、此方は更に高級品なのだが普段なにかと迷惑掛けてるからとカレンとアマネに贈ってもらった一品でリールーのささくれ立った心を癒してくれる
そしてドアノックがなり次の仕事が舞い込む
「せ、先輩いますかぁ?」
「ノルン空いてますよ」
「失礼します・・・また先輩案件の仕事で、チール伯の使いの方が来てます」
「はぁ、またお貴族様ですか・・・はい、お通してください」
「了解しました・・・ところで、この甘い香りはなんなんです?」
「ああ、これは・・・」
ここでリールーの悪戯心が騒ぐ
「この香り、媚薬にもなるらしいです」
「っひぃ!?」
ノルンがそれはもう目に見えてぱにくっている
そんなノルンに無言でリールーは一歩近づく、ノルンが必至に二歩下がるがリールーがすかさず三歩進んでノルンの眼前に立つ
それはもう良い笑顔だった。
「い、いやあああああああああ」」
ノルンが叫び声と共に慌てて退出する
「ざまあみろ」
今頃同僚に誘われたとかある事ない事騒いでるノルンを想像してほくそ笑むリールーだった
悪名が振り切ったリールーはプッツンしてしまい、時折こうして同僚や後輩をからかっていた。
「もし、よろしいですかな?」
「はい、どうぞお入りください」
初老に入ったかどうかくらいの男性で部屋に入るなり自分よりはるかに格下のリールーにも一礼する等、これまでの傍若無人の貴族の使いとは違った
さもありなんチール伯といえば本国でも有名な戦前から家名の轟く名家だ。
先の客には振舞わなかったアシュリー工房産の茶葉と茶菓子を用意し、配膳してリールーも対面に座る
「どうも、リールー・エイシャという者でここでは主任を務めております。それで、チール伯爵様の使いの方がわざわざルルアの此処までお越しとは、やはりカレン・アシュリーさんへの用件でしょうか?」
「いやはや専属というだけあって話が早くて助かります。私チール家の使用人をさせて頂いてるコンラッドと申します。して用件なのですが、正にアシュリー氏への依頼なのですが・・・少々込み合ってまして」
「は、はぁ・・・一応カレンさんへの依頼は前もって私が確認をということになってますが、お貴族様特融の悩み事でしたらこのままカレンさんへの紹介も致しますが、どうしましょう?」
貴族の悩みとなれば余り人に関わらせたくない話の1つや2つあるものだ。
以前のフラン家の家宝の作成依頼等、多岐にわたる
今回の依頼もその手合いかと直接の紹介を進めたがどうやらもう一つ厄介な話のようで、リールーにも聞いてほしいと使いの者が訳を明かす
「いえいえ、専属の貴女には是非聞いてほしい話でして、ただ。貴女を見込んで話しますのでアシュリー氏と関係者以外への他言は無用で願います」
「承りました。お伺いします」
「エイシャ嬢はチール家の領地はご存じですかな?」
「ええ、本国から馬車で北に2日ほどの所で、その・・・自然が豊かな場所だとは聞いております」
「はははっ言いえて妙ですな、確かに自然は豊ですが逆を言えばそれだけです」
「チール伯爵様ほどの方で祖領地が無いのはおかしいとは思ってたのですが、どうやらその辺りのお話が聞けそうですね」
「正にその通りで、時にエイシャ嬢は麗人族をご存じですかな?」
「? え、ええ。噂で聞いた程度ですけど・・・」
麗人族
かつては異端審問官に異端扱いされていた危険種・・・だったのだが50年ほど前に麗人族は絶滅させたとの異端審問官の報により1つの種が潰えた
今では噂が独り歩きするぐらいでやれ夜目が利く・人間をはるかに凌駕する力を持つ・太陽の日が弱点・等々弱点も多いがそれ以上に種として優れておりかつては麗人族の国すらあったと言うほどでなにかと話題に上がる種だがここ最近は最早御伽噺となっている
「チール伯の領地に住んでおられます」
ぶっ
リールーが飲みかけの紅茶を盛大に噴出した
げほっごほっす、すいません・・・
「いえいえ、これをどうぞ」
実家に仕立ててもらったハンカチーフに引けを取らない見事なハンカチーフを差し出され、最初こそ固辞したものの、まだむせるので申し訳なさげに使わせてもらう
「ありがとうごいます」
「驚かれましたかな?」
「ええ、それはもう。なにせ麗人族といえば人の血を吸う人の上位種と言われてますからね。そんな滅んだはずの種族がなぜチール伯爵様の元に?」
「噂とは尾ひれがつくもの。私も何度と麗人族の方とお会いしますが皆気の良い善良な方達ですよ。そしてこれも内密にしてほしいのですが、チール伯爵の正妃は麗人族なのです」
此処まで説明されれば聡明なリーリーは気づく
チール伯爵が妻の一族を領地で外部と遮断して庇護していると
ただ、それは分かったが麗人族とカレンへの依頼が結びつかない。なので正直に尋ねる
「えっと、大凡の事情は把握しました。勿論この件は口外しませんのでご安心ください。それで、カレンさんへの依頼というのは?」
「はい。陛下から数々の勲章を授与されるほどの人格者でシャナード様の覚えも大変素晴らしい。そんな錬金術師のアシュリー氏に一週間ほど麗人族の里に来て頂き、手慰み程度で構いませんので錬金術を披露してただきたいのです」
成程、これで依頼の全貌が掴めた
表向き種が途絶えたとされる麗人族をおおっぴらに訪問するにはなにかと問題があるが、カレン・アシュリーなら種の秘密を明かすような真似はしないだろうと、勲章の実績で伺える
いや、チール伯爵程の方なら実際に陛下にお会いしてカレンの人となりを聞いてるかもしれない
そして錬金術の披露、これもカレンが適してると言えるだろう
ルルアでは公に工房を構えてるのはカレンだけだ。本国へ行けば錬金術の工房もそれこそ結構な数があるが魔導具を除いてポーション類だけ見ればカレン程優秀な錬金術師は本国、いや世界中でも中々見つからないだろう
ただ
大前提として、あのトラウマ拗らせた阿呆の子が大人しくルルア外に出るかどうかが問題だ。
「ちなみに依頼料ですがアシュリー氏には2週間分の渡航費と錬金術の実演依頼料として星金貨200枚、エイシャ嬢にも口利きとしてこれだけ―――」
「その依頼、ぜひ引き受けさせてください!」
その額を聞いてトラウマで泣きはらす友人の顔は吹き飛び、目が金貨になっていた。
誠頼りになる友人だった。
その後、貴族界隈特融の長話にも付き合い、なぜ錬金術か聞いたところ以外な返答が帰ってきて驚きこそするものの、喜びもあったリールーだった。
さて、依頼を受けたまではいいもののアシュリー工房の誰に相談するべきか、肝心のアシュリー姉妹は駄目だ。
あの阿呆の子ことカレンに持ち掛ければ今度は麗人族に売られるとかトンチンカンなことになりかねない、庇護者の非常識人の姉もアマネも論外
順当にいけばアシュリー工房唯一の良心のコボルトだが、ここでリールーが閃く
その日の夕餉時アシュリー工房にお邪魔して閉店となって後片付けをしているコボルトとシャイタンとアマネ
そんな中シャイタンに近づき話しかける
「どうした? カレン様なら厨房だぞ」
「いえいえ、今回はシャイタンさんに用事がありまして」
リールーが自分を苦手としてるのは理解してるがそんな中自分に持ち掛けるとは興味が沸き、つい続きを促すシャイタン
「ほう」
「シャイタンさん、実はカレンさんと2人っきりで2週間ほど旅行に行くような依頼があるんですけど、興味ありません?」
悪者顔のリールーは瞳は金貨のままでシャイタンの興味を勝ち得る内容を明かす
「・・・詳しく聞かせろ」
リールーの悪巧みなど可愛いものと、それ以上に話の内容が勝り片付けの手を止め本腰を入れて聞きこむ
「「―――」」
そしてリールーはルルア支部で先ほど受けた依頼を明かす、それと同時になんとかカレンさんにこの依頼を受けさせてほしいと
「成程な、くくくっ良いだろうカレン様には俺から打診しておこう」
「有難うございます!」
「それで、貴様のことだ。金だけではないのだろう? 話せ」
「―――全く、貴方には隠し事できそうにありませんね。これはカレンさんにも内密でお願いしますよ」
「ああ」
「実は麗人族では閉鎖的な暮らしのせいで外部の知識が酷い偏りがあるらしくて、錬金術もその一つで麗人族の里では錬金術が行使できる者が居ないんだそうです。なのでカレンさんの錬金術が発端で世に錬金術師が1人でも排出されたら嬉しいじゃないですか」
そう言ってにこやかに笑うリールーは真の錬金術好きの仕事人だった。
夕餉時
家族団欒で毎度豪華な食事を囲ってる中、早速シャイタンが話を切り出す
「時にカレン様、錬金組合の依頼でもあるのですが、宜しければ2週間ほど私奴に時間を頂けませんか?」
「え!? 依頼で2週間ってなにするつもり?」
食事時は無言になるシャイタンからのいきなりの申出に一同ポカンとしてしまうが一早く我に返ったカレンが聞き返す
「依頼では一週間程麗人族に錬金術を軽く教え広める程度ですが往復に更に一週間ほど掛かります」
「また遠出・・・・って、れいじんぞくって誰? どんな種族?」
カレンのその問いにアリスが覚えがあるので答える
「あ~麗人族かぁ、カレンほら昔御伽噺で色々読んであげたでしょ。ヴァンピィとかドラキュリアスクイーンとか。あれが麗人族よ」
「へぇ~~・・・・・ってあれって実在したんですか!? エルフより怖いんですけど!!!」
カレンが昔姉に読み聞かせてもらった物語では処女の生き血をさ迷い求め、夜な夜な蝙蝠になっては人々を襲う凶悪な怪人とされていたが・・・
その麗人族と関わりのあったアリスはそれをコメディと思い内心で笑っていた。
御伽噺の怪人と聞いてカレンのうさ耳が驚きからパタパタとせわしなく動く
「カレン様、御伽噺の麗人族の殆どが迷信で御座いますよ」
フラミーが割って入るがエルフより怖い怪人という先入観があるカレンは恐怖が拭えずパニックになる
「でもでも! 蝙蝠になって嚙みついてきて、嚙まれたら死人になっちゃうんでしょ!? そんな怖い所御免だわ!」
無理無理絶対嫌っ! と眼前で腕を交差してバッテンとする。器用にもうさ耳もバッテンを示していた
「ふむ、それでしたら私奴が全力でお守り致しますのでどうでしょうか?」
そんな主が微笑ましくはあるが、主に自分の力の一部を知ってもらおうと明かすことにしたシャイタン
「シャイタンさんが守ってくれるって・・・その、シャイタンさんって強いの?」
シャイタンには以前エーテル蛍光灯を薙ぎ倒してもらった事はあるが、シャイタンの外見はお世辞にも戦闘に無縁な優男だ。そして旅となると夜盗や魔獣の脅威が常にある
臆病なカレンが遠慮がちに尋ねる
「ふむ――――カレン様」
「何?」
「此の地がシャルマーユ大陸なのはご存じですよね?」
「え、ええ」
「私奴なら10分あればこのシャルマーユ大陸を眷属と配下を使えば無人の地にする事も可能です。最も剣聖とマリアを除いて、ですが」
これでも表面上の力の一部に過ぎない
シャイタンが本気を出せば都市や国の話所ではない、星そのものの危機だ。
「「「「「・・・・・・」」」」」
シャイタンの独白に暫し沈黙が流れるが口火を切ったのは問題児の姉のアリスだった
「私には一都市を凍らせるぐらいだわ」
今現在、力を制御してるアリスの身では大都市1つを呪氷で覆うのが精々だ。
といっても制御を開放した所で国1つ覆う程の呪氷は時間が掛かるしそれなら別の古代か原初の天災級魔導を放ったほうがてっとり早い話となる
「私なら5分といった所ですかな、最も大陸は滅んでいるでしょうが」
権能で破壊を有するフラミーならもっと単純だ、力のまま暴れるだけでいい
「・・・・・おめぇらやっぱ出鱈目生物だな」
アリス・シャイタン・フラミーの出鱈目振りから如何に自分が最下級の幻獣か思い知らされ、自棄酒を煽るコボルトだった
そしてシャイタンの剣聖は別発言からロックンもこの連中同様に出鱈目生物なのかとシャルマーユの安寧を密かに確信した
流石にシャイタンが毎度ロックンの事を指して剣聖と呼ぶのでコボルトにはロックン=陛下とばれた
背中につららを突っ込まれた勢いでロックンにこれまでの無礼を土下座謝罪したがロックンは「気にせず今まで通り接してくれ。それとカレンにはまだ内緒でな、いつか明かすときが楽しみなんだ」と屈託のない笑顔でコボルトを励ました。
「私はそんな物騒なことはできないですよぉ」
1人、否1柱だけいい子ちゃんぶるアマネだが実はこの中で一番質が悪い
戦術・戦略に特化した女神なので自兵さえいれば弱兵だろうと古強者にして一騎当千の働きを見せる事が可能だからだ。
「あ~~・・・・えっと、話が広大すぎて追いつかないわ。とりあえず、シャイタンさんと一緒なら安全ってこと?」
壮大すぎる話題で逆に血の気が引いて葡萄酒で一杯くいっと呷り再度確認するカレン
うさ耳は器用に左右に分かれていた
「はい、安全は確約致します。それに・・・」
「それに?」
「カレン様と旅行、行ってみたいです」
意地悪でもないシャイタンの素の感情をぶつける
「ああ~~! そっかそっか、うんうん。安全なら私も行ってみたいかも」
安全となれば話は早い。カレンもシャイタンと2週間とはいえ2人旅は興味あったので食いつく
そしてカレンの許可も得たことで25日から2週間の旅路予定となり、前金で渡されてた依頼金星金貨200枚にカレンとコボルトが耳と尻尾をぶんぶん揺らして歓喜する
依頼金とは別にチール伯の領地の最西部にある通称冷小の里への往復手形も受け取っていると話は進み、旅に出ている2週間は流石に弁当の販売は無理だがその分よりポーションマシーンとなって在庫を増産していくカレンだった。
幻神歴2961年9月25日
アリス・コボルト・アマネ・フラミー・リールーに見送られながらリリーに荷馬車2台水や食料・寝具・錬成素材を満載に引かせながらカレンとシャイタンは仲良く御者台に並んで出発した。
最初の1日目はお互い緊張もあってあまり会話も出来ずだったが食事には妥協はなく、振舞う相手もシャイタン1人とあって全てシャイタンの好みに味をアレンジした牛の生肉卵和え・魚の漬物・豚肉と野菜のスープと大盤振る舞いだ。
2日目、流石にお互いとりとめのない会話は出来るようになり、また、シャイタンの喜びようが忘れられず、食事も分配量を無視するというカレンの無計画振りから熊肉のステーキ・甘めの白パン・サラダ・デザートに桃とメロンと豪華だった。
そして3日目、材料は使い切ってしまったが渾身の出来と自負できるカレーと米となった。カレンは中辛が好みでシャイタンは甘口なので鍋2つで調理中のその時、事件が起こった
「あれ、サラダ用のコーンがない」
「カレン様どうされましたか?」
「シャイタンさん此処に置いてあったコーン食べた?」
「いえ、食べておりません」
「おかしいなぁ」
2人して辺りを探してみるが見当たらない
そうこうしてる内にシャイタンは思いつくことがあった。
気配を探ってみると・・・当たりだ
「カレン様、犯人に心当たりが御座います。火の元へ戻りましょう」
「え、ええ」
火の元へ戻ってくるとそこには―――アマネほどの愛くるしい子供がカレーをつまみ食いしてた
「おいし~~。こっちはっとお・・・・!?! かっらぁ!!!」
シャイタン用の甘口カレーに味を占めたのかカレン用の中辛までつまみ食いして辛さのあまり辺り一面を転げまわる
「・・・子供?」
「おい貴様、俺のカレーを盗み食いとはいい度胸だ」
転がり回る子供の頭を踏みつけ固定し睨みつける。その眼光の鋭さに焦った子供は踏みつけられたまま必至に謝罪する
子供相手でも容赦などする訳がない、ましてやシャイタンの好物が掠め取られたのだから怒り心頭だ。
「ごめんよごめんよ~。お腹が空いてる時に丁度いい香りがしてつい・・・っていあぁ!! 謝ってる子供に容赦無いなあんた!」
「まぁまぁシャイタンさん、子供のした事だし見逃してあげましょ」
「はい」
シャイタンが足を退けると少年は埃を叩きながら立ち上がり自己紹介する
「ありがとう! 優しいお姉さん、俺はピーネってんだ。2人は?」
「私はカレン、そしてこっちはシャイタンさんよ」
「へぇ~~この辺りは立ち入り禁止の筈なのに物珍しいカップルだなぁ」
少年ピーネのカップル発言にカレンは顔を真っ赤にしてあぅあうと二の句が継げない。対してシャイタンはというと若干照れもあるが今はそれ以上に聞きたい事があった
「立ち入り禁止ということは此処はもう冷小の里なのか?」
「お、こっちの事情知ってるの? そだよ~~」
「え、待って。ってことはこの子・・・」
「この少年は麗人族です」
「そだよ~ほら、背中。まだ小さいけど羽あるっしょ」
!?
急ぎカレンは荷台に駆け込みクロスボウを取り出す
そしてそのクロスボウを鷲掴みにしてピーネにどやぁと言わんばかりに見せつける
「「「・・・・・」」」
「――えっと、お姉さんなにやってんの? それ使い方間違ってるよ? そもそも矢玉も無いみたいだし」
ピーネが呆れながら色々と間違ってる箇所を正す
「何って、あんたたち麗人族はクロスボウが弱点なんでしょ!」
「え、そんな弱点あるのですか?」
思わず配下のドラキュリアスに確認しようかと思ったほど驚いたシャイタンだが次のピーネの呆れ口調の台詞で間違いと気づく
「いやいや、苦手でも弱点でも無いよ? そりゃ射されたら痛いけど」
「あれ? おかしいなぁ。麗人族はクロスボウが苦手って御伽噺で見たんだけど」
「あ~お姉さんそれあれだ。十字架のことじゃない?」
「そうなの?」
「御伽噺ってなら多分そうだよ。まぁ実のとこ十字架も意味無いんだけどね」
「なんだぁ」
「何せ里の礼拝堂で十字架使ってるぐらいだし、最も祈りの相手はサタン様だけど」
「ぇ?」
ピーネの台詞の後半が聞き取れず聞き返すカレンと・・・
「ほほう」
まさかの十字架を使って自分へ祈りを捧げるとはこの星の麗人族は面白いと、里に着いて礼拝堂とやらを見たら本気で奇跡の1つでも与えてやろうかとほくそ笑むシャイタンだった
何せ神への祈りの道具とされる十字架は善神への祈りの道具、シャイタンは知らないがこの星では宗教国シスが現人神相手への祈りの道具として使われているのだがこの冒涜にシャイタンが気づけば大笑いするだろう
「いやなんでもない! それで、2人は何しに来たの?」
「錬金術の教えに来た。ほら」
そう言ってシャイタンが懐からチール伯の冷小の里への往復手形を見せる
「おお~~~お兄さん錬金術師なのかい!?」
「俺はただの付き人だ。錬金術師はこちらのカレン様だ」
「ふふ~ん。これでもルルアじゃちょっとは名が知れてるのよ」
鼻を伸ばしつつ自慢するカレンだが、ルルア処か世界中を大いに搔き乱す錬金術師の間違いだ
「そっかそっか。里までもうちょっとあるから案内するよ! 早く来てくれよ」
ピーネの案内で小一時間程で冷小の里に着いた2人
里の入り口で見張りをしている筋肉質でいぶし銀な中年男性が厳つい顔で2人を出迎えるがピーネが事情を説明すると厳つい顔なりに笑顔で2人を出迎え、見張りをピーネと変わって里の案内にいぶし銀の男、ハクが務める
「―――あの、ここは?」
「見ての通り大蒜畑だ。冷小の里の大蒜は旨いぜっ」
「「―――」」
「あ、あの・・・これって」
「ああ、この辺りは水辺が無いだろ? だから水溜まりを作って池擬きにしたのさ。子供には人気だぜ」
「「―――」」
「あ、あの! あのあの、人間の血、吸うんですよね?」
「あ~吸えないことは無いが不味くて誰も吸ってないな。専ら捕まえた森の獣の血吸ってるぞ」
シャイタンは苦笑いを、そしてカレンは遂にきれた
「おかしいでしょ!? なんでヴァンピィが大蒜平気なの? なんで水の中泳げるの? 今日光燦々なんですけど? そして人間の血吸わないって本当にヴァンピィなの!?」
対してハクは努めて冷静に返す
「いや・・なんでと聞かれてもな・・・・好物だし泳ぐのは好きだからな、日光浴は健康にもいいし、あ~でも人間の血を吸う利点も一応あるんだぜ?」
「やっぱり!? 夜な夜な処女の血を求めて町をさ迷うのね!?」
興奮気味にカレンが食い入るように割り込むが・・・・・
「いや吸う側には利点ないぞ? 吸われた側が血液サラサラになって健康になるぐらいだ。あと生娘かどうかなんて吸っても分からん」
キィー
その場で激しく地団駄を踏むカレン
空想していた麗人族の妄想は木っ端微塵に打ち砕かれた
「あっ! そうよ!! 木の杭、木の杭で心臓貫かれたら死ぬんでしょ!?」
これこそはとカレンはフード内でうさ耳をバサバサさせながらも食い気味に尋ねる
「・・・・いや、そりゃどんな生物も心臓貫かれたら死ぬわな」
そりゃそうだ
冷静に考えてみれば当たり前だった
御伽噺が改めて出鱈目だと確信した所で当初の目的の錬金術のお披露目となった。
一週間丸々錬成できるだけの素材は持ち込んだがその中でも特に麗人族に受けたのが髪色を変えるジョークアイテムで3日目にはもう里の連中は髪色がカラフルになっていた
カレンが錬成講座を開いてる間、シャイタンは里を散策し礼拝堂を見つけた。
丁度礼拝堂で祈りをささげてる年配の麗人族がいたので話しかけてみた所、どうやら幻魔涙戦の時に魔獣に追われていた流浪中の麗人族が当時のサタンに助けられ、それ以降里では守り神としてサタンを崇拝しているようだ。
悪魔崇拝飛び越えサタニストとは・・・くくくっ
そして殊更笑えたのがご神体のつもりかサタンの木彫りの像があるが誰がどう見ても女神像だった
胸囲が膨らんでるので確かだろう
十字架を用いてサタニスト、しかも崇拝する相手の性別を間違えるというとんでも宗派になっていた。
面白かったのでこっそり奇跡を礼拝堂に掛けた。礼拝堂で洗礼を受けた子は無病息災になるという長寿の麗人族には有難い奇跡だ。
そして期日の一週間後
里はすっかり錬成ブームとなり、あちこちで手製の拙い錬成台でポーションの錬成に励んでいる姿が伺える
すっかり気ごころの知れた里長に感謝を述べられカレンは恥ずかしながらも礼を受け取った。
こうして2人の短めの旅は終わった。
一方そのころ、アシュリー仕立て屋では
「パパ、ママ見てみて! 私星金貨6枚も貯めたのよっ」
今までコツコツ貯めた貯金をなんとか星金貨に替えることができてご満悦のリールー
庶民で星金貨6枚、つまり金貨6000枚は十分すぎる貯えだ。
「おお! リルル頑張ったじゃないか」
娘の大手柄に大喜びで抱き着いて共に感謝を表すリルルパパ、ガビットだった
「もうパパったら、でもこの調子で頑張るからパパもママも老後は安心してね♪」
「くぅ~なんて親思いの娘だ! 母さん、今日は飲もう」
「はいはい」
市政ではいまだ口減らしなるものが横行してるがこの一家には無縁のようだ。




