119話 夫婦の創世奇譚 20話 夫婦語13
神界にて祭りが開催される当日
「リリーも連れて行っていいのか?」
「ええ、神界では神獣や念獣が当たり前で普通の馬が珍しいぐらいだから鳥馬は目立たないから丁度いいわ」
今日から二週間ほど神界で開かれる祭りに参加するため準備を済ませる2者
妖精にはその間は暇をだしてバンシーの元へ預け、留守番の予定だったリリーを連れて行けるということで急遽リリーの馬具の準備をすることになったが相棒同然のリリーも一緒に連れて行けるなら手入れも苦ではない。
むしろ問題はカレンの使い魔のほうにあった
「駄目よ、良い子だから我慢しなさい」
30分程前から使い魔が自分も連れて行けと、言う事を聞かず駄々をこねてしまいにはカレンの服を咥えて離さないと抵抗を続けている
何も知らない者が見たら飼い主に甘えて主人を困らせる微笑ましい光景だ
使い魔が小山ほどの大きさで威圧感だけで周囲を歪ませる程の神威を振り撒き低く唸っていなければの話だが
明らかに不機嫌といったオーラを撒き散らしながらいまだ抵抗を続けている中、シドの背後にしがみ付いていたアナヒタが口を出す
「カレン様ほんとうにフェ――この子を大人しくお留守番させてくれるかなぁ?」
フェンリルと言おうとしてカレンに睨まれて言い直すアナヒタ
今回の神界行きにアナヒタにも声掛けたところあまり乗り気でないようで自分も留守番すると行っていたのだがそうなると使い魔と2人きりになると伝えた所嫌々ながら一緒に神界に行く事になった。
シドは知らない事だが神界の希少鉱石や果実を無断で創造している身のアナヒタとしては神界へ行った所で態々怒られに行くようなものだ
希少鉱石はカレンやサテラが勝手に創ってアナヒタの宿る泉に放り込んで溜め込んでいるのだが実質アナヒタが管理してるので片棒を担いでるようなものだ。
果実についてはカレンの脅し(自業自得?)に屈して栽培する事になったが落ち着いて考えると非常に拙い状況になったと慌てふためいた所に目敏い神界の果実管理人からバッシングのメッセージが届いた
「ちょっと! アナヒタ様!! 神界の果実を無断で栽培してますよね?! 直ぐに辞めて下さい、量が減ってると緊急評議会が開かれて私が怒られたんですよ!!」
(うぅ・・・やっぱりこっちに文句がきたぁ―――しかもポモナちゃんだよぉ、せめてウェルトゥムヌスちゃんなら話し合いもできるけど・・・ポモナちゃんは堅物だしぃ・・・)
アナヒタが無断で栽培した神界の果実というのは非常に希少で栽培できる量も30本と極僅かと決まっており当然他所で栽培すればその分が神界から消失するのですぐにばれてしまう。
アナヒタは1本無断で栽培するつもりだったのに横から「どうせすぐばれるんだからどうせなら3本ぐらい創っちゃいなさい」とどこぞの混沌姫の一声で3本創造してしまったのだ。
「・・・あぁ~ポモナちゃんこれにはひじぉーにむずかしい事情があってですねぇ・・」
「そちらの事情は関係ありません! すぐに神界に戻してください、夫が議会に呼び出されて怒られてるんですよ!!」
その台詞を聞いてアナヒタはあ、これはもう説得無理だと諦めた
神界の果実管理人 女神・ポモナとその夫ウェルトゥムヌスは神界でも噂のバカップルで有名であまりのバカップルぶりに色々な逸話・伝説を作り上げた夫婦神だ。
「大体ですね! 同じ権能がありながら無断で・・・」
ポモナの説教に適当に相槌を打ちながらおぼろげに自身の創造した雪山を眺めボーとしていた
2時間ぐらいポモナの話が続き、いつの間にか夫の代わりに議会に出席して弁明しろという要求に続いてなぜか夫とののろけ話に話が変わって夫の武勇伝を聞かされてた辺りでアナヒタはいつの間にか涙目になっていた。
(なんで私はこんなめにあっているんだろう)
以前自分が加護を授けていた世界では高位の女神として君臨して、驕り昂ぶらず真面目に子供達を見守り時には加護を授け、その合間に隙を見て趣味も兼ねた権能の自然創造を楽しんでいた。
時に同じ豊穣を司る神に縄張りを荒らすなと怒られながらも慎ましくやっていたのに
誰かさんのせいで容姿が子供になり信じていた子供達から欲望の視線を向けられ遠い地の泉に引き篭もっていた
ある日そこに1人の亜人が来て自分に相応しい権能を存分に振舞える世界に招待するといわれ、いつか聞いた物語に出てきた不思議な世界に招待する兎を連想しこれはチャンスだとその手を掴んだらその先には誰かさんがいた
それでもその星で権能を存分に発揮できるのは事実なので受け入れそこに神域を創り移り住んだ。決して誰かさんに脅されたわけではない・・・
ある日私を連れ込んだ亜人が昼食という名の捧げ物を持ってきた時、さも当然のように神界の希少鉱石を泉に放り込んでいて言葉も出ず呆然としていた
見なかった事にしよう
またある日誰かさんの使い魔のフェンリル改め困った子が居つくことになった
なんで?
使い魔にいいように嬲られ様ともめげずに権能を行使していると誰かさんが笑顔で尋ねてきてこう言った
「約束の果実創りなさい」
誰かさんに言い包められて果実の樹を3本創造した辺りでなにかこう・・・・・どうでもよくなってきた
・・・・聞いてますかアナヒタ様! そんなだから結婚もできな・・・
「もうしらないですぅ! 勝手にしてくださいぃ!」
アナヒタ神生で初めてのマジギレである
な、な、なんですってっー!
「私が結婚できないのも希少鉱石も果実も全部わたしのせいじゃありません~! 果実なら勝手に回収してどうぞぉ! ただし混沌姫の下に自分で回収にきてくださいねぇ~、私はもうしりません。関係ないですぅ~」
は? 混沌姫ってカレン様?! どういう・
一方的にメッセージを切ってアナヒタはどこかすっきりした顔で決意した
もう神界なんてどうでもいいからこのままカレンの下に居座って好き勝手しよう
前向きなのか後ろ向きなのか自分でもよく判らないがそう決めたアナヒタだったのだがその矢先に今回の話である
「折角の機会だからお前も神界でのんびり羽を伸ばすといいさ、お前ぐらいの大神だと友人も多いだろ」
シドの心ばかりの親切のつもりの掛け声だがその返事にアナヒタは乾いた笑みを返すだけだった。
三千世界の中心 ~神界~
その名の通り誰もが知る大神から無名の小神が住まう神聖にして聖上の世界
実際は神だけでなく悪魔や魔神、神威のある生物やそれらに仕える元人間の従者も存在する
無限に広がる世界から神格者が集う唯一つの世界だけあって、桃源郷や寝物語で聞かされる広大で神聖な場所とはかけ離れた異界ともいえる場所
「・・・なぁ、ここって神々の住処なんだよな?」
「そうよ。正確には神格者が集う世界ね」
「なんというか・・・人間の国より此処のほうがよほど人間の国らしいというか、はっきりいって想像してたのと違いすぎるぞ」
カレンと共にリリーに騎乗して転移してきた神界とやらはシドが想像していた厳格なイメージとは別世界だった。
所狭しと建造された建築物は和洋折衷様々で行き交う者達からは神格は感じられるが商人との交渉に熱中してる者から出店の前で酔いつぶれて寝てる者もいれば諍いがあったのか往来の中で殴り合いをしてる者もいる
祭りのせいか大通りには幾つもの店が並んでおり店を冷かしたり店主との値切り交渉に白熱してる所もある
この星そのものが神性を発しており神威があちこちから感じられ、中には自分やカレンより明らかに上位の神威も多数感じ取れ、到着して早々にこの世界の異質さを身に染みて実感させられたシド
「観光は後の楽しみにしてまずはグシャの所へ行くわよ」
「そうだな、挨拶しておこう」
カレンにしては殊勝な考えだと感心していたがカレンの目的は懐の少ない資金をグシャに集るという小遣いせびりだった。
大通りの先に見える超巨大な建造物が目的地らしくリリーに早歩きで向かうようにして通りにある露店や行き交う様々な神物を流し見していたが様々な種族が住んでいるようで中には生物なのか疑問的な物体も行き交いシドから見てこの地は正に混沌としていて見ているだけで楽しめた
神界中央機構パンドラ
グシャがこの世界で初めて想像した建造物で今ではグシャの住処兼神々の会議場を兼ねており神界で最も重要な施設でいうまでもなく警備は神界一で警邏ですら神という鉄壁振りで創造されて以降これまで一度も賊の侵入者は零である
唯一の例外が賊ではないのだが・・・
守衛など下々の仕事と思われるが神からしたら敬愛するグシャの警護ともいえるこの役職は大神ですら羨ましがる職で警邏希望者は後を絶たない。
今日から2週間に及ぶ祭りが開催され、ただでさえ破天荒な神や悪魔も多いのに祭り目当てにさらに多くの見物客が押し寄せてくるので警邏の意気込みも気合十分だった。
今月の守衛責任者を務める彼、ローカパーラが部下に指示を出しているとこちらに近づいてくる者がいると報告を受け入り口の大門越しに通りの先を遠視する
(・・・・なんだあれは、混沌姫が男と仲良く相乗り? 結婚したと噂で聞いたが本当だったのか・・・? いや、それどころではない! あの御方の来訪など聞いていないぞ!! どうする? 部下が見ている手前知らぬふりはできないが・・・)
パンドラ内への入場は事前に来客の予約を取らないと大神ですら通ることは不可能で例外なのはグシャと永久評議神達のみなのだが目の前の御方にそんな理屈は通じないのは身に染みている。グシャの縁者でもあるのだから顔パスでもいいのだろうがそれを判断するのは自分ではない、部下の視線さえなければ二言三言交わして通すのだが今はできない
苦渋している間に例外の人物が目の前に到着した。
「どうも、今日はあんたが警備してるのね。通して頂戴」
挨拶もそこそこにさも当然のように命令するカレンに困り果てた顔で対応する
「こ、、カレン様、お目にかかれて光栄ですが本日の来訪の知らせを受けておりません。申し訳ありませんがお通しするわけには・・・」
「開けなさいよ」
「いや、ですからそれは」
「ローカパーラ。開けなさい」
名を呼ばれ顔をあげカレンの顔を伺うと先程までの笑顔は消え失せていた。
代わりに隠す気もないのかカレンの超越者としての威圧が増して周囲を重圧させる
(なんで今日に限って正面から来るのだ?! いつもなら結界すら無視して内部へ直接転移してるというのに・・・)
それはそれで勿論問題有りだが今はそれどころではない、ローカパーラは冷や汗を垂らし困り果てていると更に追い打ちがかかる
「ねぇ、ローカパーラ。今日は旦那の顔見せも兼ねてるからわざわざ正門から尋ねたのよ、それともあんた旦那と一緒にコソコソ中に入れというの?」
超越者の威圧に耐えているだけでローカパーラの精神は褒め称えられるべきだが次に口にする言葉次第でどうなるか検討もつかないので黙して門の前にひれ伏すのみ
そこに鶴の一声が割って入る
「いやいや、事前に伝えていればよかっただけだろう。ああっと、ローカパーラだったか? 済まないがグシャに取り次いでもらえないか? なんなら出直すぞ」
突然の申し出にこれぞ天の助けと活路を見出したローカパーラ
「い、いえっ、部下にすぐに取り次ぎにいかせますのでお手数ですが少々お待ちください。おそらく許可が下りると思われるので」
「そうか、ありがとう」
「っふん」
(なんと、あの混沌姫を嫁に貰ったというからどんな異常者かと思ったら話の分かる御仁ではないか)
ローカパーラの中でシドの評価がグングン上がり早速部下に取り次ぎに行かせる
守衛らしき神が困惑してるのに見かねて口を挟んだが落ち着いて守衛を観察するとかなりの神格を感じとれることからさぞ名のある神と見受け、それと同時に自分より明らかに強いと悟ってしまい神界はこんな強者がそこら中にいるのかと驚きと同時に武神としての血が滾るシド
「お前着いて早々困らせるなよ・・・」
「面倒じゃない、どうせ賊なんて来ても一蹴できる連中ばかりだから出入り自由にすればいいのよ」
「そういう訳にもいかんのだろう、ほれ、ローカパーラに言うことがあるだろう。っと自己紹介が遅れてすまない、俺はシドという。先の会話の通りカレンの夫だ、迷惑をかけてすまなかったな」
「ごめんなさいね」
混沌姫の謝罪など初めて耳にしたローカパーラと部下の神々は騒めき立つが同時にシドの人柄を伺えるやり取りに早速シドの噂が飛び交う
自身より明らかに強者で名のある大神なのは理解できるが今一自分の立ち位置が分からないのでついアナヒタと同じように接してしまったが、神によっては無礼と怒りを買う恐れがあるのでその辺りもグシャに会ったら確認しておこうと心に決める
おい、あの混沌姫が謝罪したぞ
神界きっての珍事だな
あの混沌姫の旦那だと?!
そんな、カレン様ぁ・・・
ああ、お前混沌姫のファンだったな
しかしあのシド様とやら、どんな奇天烈な方かと思ったら凄い人格者じゃないか
ローカパーラの背後で話し合う部下達の会話にこれまでのカレンの行動がうかがい知れ、思わずため息が零れる
(しかし混沌姫か・・・言いえて妙だがこれほど似合う二つ名はないな)
間違っても口には出せないと心の中で苦笑して正面の嫁に思わず頭を撫でてしまう
パンドラ内最奥グシャの居室
神々の頂点? のようなグシャの部屋となれば王室も真っ青なほど絢爛豪華だろうと予想していたが使用神に案内されて足を踏み入れた部屋はその予想を大きく外れ、どこにでもあるような素朴な木々で作られた家具以外何もない部屋だった。
必要最低限の家具以外になんの飾り気もない質素としかいいようのないこの部屋が本当にあのグシャの部屋なのか? と疑問に思うほどだが現に2者を出迎えたのはグシャだった。
「よく来たな! 祭りが目当てだろう? 存分に楽しむがいい!」
開口一番に歓迎の言葉を出すグシャ、以前会った時と変わらず不思議な力強さを放ち自分より一回り小さい体にも関わらず子供から見た父親のような存在だった。
「ああ、久しぶりだな。言葉通り今回は祭りと聞いて寄らせてもらった。カレン共々よろしく頼む」
シドは挨拶と同時に手を出し固い握手を交わす
「この間振りね、私神界の通貨ってあまり持ち合わせがないから寄こしなさいよ」
「たわけっ! 貴様の横暴の始末に散財してるせいで我も余分な金などあるかっ!」
隣で聞いていたシドがこの部屋の質素な理由が判ってしまい居た堪れない気持ちになる
「あんたならそこらの神に一声かければ山の如く献上するでしょ」
「我が子供に金をせびるわけがなかろう。まったく、ほれ」
そういって懐から大きな硬貨袋を取り出すとカレンではなくシドに放り投げる
なんだかんだ言いつつつこうして用意している辺りやはりカレンには甘いようだった。
「遅れたが祝儀だ」
「祝儀というなら有難く受け取ろう。ありがとう。・・・だがカレンのせいでその、かなり困ってるようで、なにか俺に手伝えることがあったら遠慮無く言ってくれ」
「ん? 困ってはいるがそれほどでもないぞ?」
シドの斜めな気遣いを察してカレンが訂正させる
「ああ、そういうことね、シド。こいつの部屋が質素なのは物欲が無くてほとんど出突っ張りで部屋に関心が無いというだけで神々からの献上品は別室にそれこそ山の如く積まれてるわよ」
グシャを崇拝する神々の勢いは凄まじく、献上品も膨大だがグシャとしては金も物も興味が無く、不要だと伝えても年々増していくほどで、今では空間をいじった宝物殿に数えるのも不可能なほど積まれている
「うむ。こういった催し事がある時以外は外にいるからな」
「そうか。余計な心配だったようだ、だが手伝えることがあれば言ってくれ」
「相変わらず面白い奴だな!」
そうして超越者の会合は和やかに進んでいく。




