109話 大空駆ける錬金術師
幻神歴2961年7月10日
-アシュリ工房地下-
一羽の兎が手元の資料を見て唸っていた
(う~ん・・・これいけるとおもうんだけどなぁ、でもこれ作成となると大規模錬成台を途轍もなく大きくしないといけないし、やっぱりお手上げかなぁ)
カレンの手元には以前のルルア浮上騒動の際に考案していた地上と浮遊地を往来する奇天烈な魔導具の錬成表があった。
ただ問題がありこの錬成の場合、素材や錬成陣等の課題は解決しても錬成規模からして大規模錬成台でもとてもでは無いが規模が足らず錬成出来ず頓挫していた。
うさ耳もどうしたものかピコピコ揺れていた。
その後規定のポーション各種を錬成し終え、姉に助言を求めようと部屋に戻るとまたしても賢者ルードが訪ねてきており、アリス・シャイタン・ルードで優雅にお茶会をしていた。
「おお、カレン嬢お邪魔しとるよ」
ルードが孫に向ける好々爺らしく朗らかな笑顔でカレンを出迎える
「あらお爺さんいらっしゃい」
歓迎するカレンだが頭上のうさ耳は丸出しだった
以前にも今回の様にルードを出迎えた時にカレンのうっかりで頭上のうさ耳をルードに露見してしまい、ぱにくったのだがルードが優し気に「気にせんで良い。儂の胸の内に秘めとくわい」と言ってくれてルードにはカレン・アリスの玉兎族が知れ渡る事になった。
最もルードはそれ以前からカレンが玉兎族だと賢者会議で知っていたが
「姉君のお茶頂いとるわい」
アリスの茶葉の腕前もカレンとなんら遜色なく、ルードは大いに味わっていた
「ええ、私の御茶菓子も満喫していって」
カレンが戻ってきたとあってシャイタンが立ち上がり、一礼しつつも主に問う
「カレン様お疲れ様で御座います。今日の錬成はもう御済みでしょうか?」
主の労をねぎらうシャイタン。ただでさえ平日カレンは工房に籠り切りで最上級ポーション・フルポーション・ノーブルポーションの大量錬成に追われているのだ
「ええ、ポーションは問題無く済んだんだけど・・・」
シャイタンの問いに返すがその言葉尻は弱く、うさ耳もしょんぼりと垂れていた
「ポーション以外で何か問題でも?」
「う~ん、問題っていうか魔導具で行き詰ってて、姉様に助言が欲しいんです」
「何々?」
カレンはこうして時折アリスに魔導具の助言を乞う事がある
アリスとしては既にカレンは弟子を卒業した身ではあるがこうしてカレンの一助になるのが嬉しいので大張り切りでカレンに助言を送っていた。
「この錬成表なんですけど、これを実現しようと思ったら200m規模の大規模錬成台が必要なんですけど、そんな大きな錬成台実現可能かなぁと」
カレンが地下工房から持ち出した錬成表を姉とその隣に座っていたシャイタンにも見せる
「ぇ、200!? ふむふむ。どれどれ―――――ん~着眼点は素晴らしいけど、流石にこの大きさの錬成台はなぁ」
規模が出鱈目だが着眼点は素晴らしい。だが現実問題こんな大きな錬成台作成可能なのかが問題だ
そんな悩ましい錬成表を見てアリスと違いシャイタンは驚愕していた。
(これは!? ―――他星ではよく見かけるがまさかこの星の文明規模で之に至るとは、流石ですカレン様)
錬成可能がどうかはこの際置いておき、この錬成表の発想に至れることが素晴らしいとシャイタンは胸の内で主を褒め称える
対して200m規模の錬成台と聞いて正に専売特許のルードは気になり、ついお節介を焼いてしまう
「そんな大きな錬成台じゃと? ふむ、カレン嬢ちとその錬成表儂にも見せてくれんかの? 老兵ながらなにか助言を送れるやもしれん」
「おっけ~。お得意さんのお爺さんなら構わないわ。これなんだけど、何か切っ掛け無いかな?」
本来秘術の錬成表だが今現在行き詰っており助言を貰えるならと、気心のしれたお得意さんのお爺さんならと、カレンは錬成表を手渡し助言を求めた。
対してルードは仕事時の気持ちで真面目に20枚程の錬成表をじっくり目を通す
「どれどれ・・・!?」
其処には摩訶不思議で、奇天烈な魔導具が記されていた
気象を操る魔導具ノウスや嘘を見抜く魔導具ファクト同様にルードは関心し、知的好奇心がこれでもかと刺激される一品だった。
国随一にして総帥の錬金術の賢者たるルードは資料を理解し、これは新たな、それも魔道具の到達点ともいえる発明だと悟ることができたのだ
そして――この手の錬成はまさにルードの専門とするものだった。其処でルードはカレンに妙案を持ちかける
「ふむ――――これは儂の出番かの」
じっくり観察した錬成表をカレンに返しながらも意味深な台詞を小声でルードは呟く
「ん? どゆこと」
聴覚の優れたカレンが聞き逃す訳も無く、うさ耳を片方ピンと立たせてルードに尋ねる
そしてカレンにとって驚きの妙案をルードは切り出す
「カレン嬢。その錬成表だが、儂と共同開発とせんか? 代わりに素材と大規模錬成台の場所を提供しよう。その代わり2つ錬成して1つは儂に譲ってくれんか?」
「ぇ!? 共同開発はいいけど・・・錬成台じゃなくて場所?」
「うむ。正確に言うならその錬成に見合う大規模錬成台を埋め込んだ場所があっての、ルルアからなら馬車で2日程の距離じゃが、廃棄された村でな。昔儂がそこでこの規模を含む錬成をしておったのじゃよ」
カレンの疑問点にルードが明かす。ルードはその昔、幻魔泣戦時に廃村に限らず滅んだ都市等で地下に秘術を用いて錬成台を設置し同じ規模の錬成をし、ゴーレムを軍勢規模で大量生産して前線に送り込んでいた。カレンの着眼点に一目置くが大規模錬成台を超える錬成についてはルードは第一人者なので適任の共同開発と言えるだろう
「お爺さん凄い!! じゃ、じゃあこの錬成も・・・」
カレンは歓喜の余りうさ耳をプルプル震わせるが、そんな仕草に微笑ましいとルードは思いつつも力強く宣言する
「うむ、規模は問題無い。後はこの錬成表を詰めるだけじゃ」
こうしてカレン・アリス・ルードによる3名の共同開発で研究が始まった。
ルードの指摘により錬成表はより研磨され、素材もルードが手配する事となったがカレンがどうせならと表面上は緋緋色金でコーティングしようという発案にアリスもルードも大賛成で素材の内緋緋色金はカレンが用意する事となった。
それから錬成陣だが当初の予定の200mから『色々』と追加する事になり250mとなったのだがルードの言う廃村にはそれでも問題無いという事で3人ははっちゃけた…
研究は1日2日で終わる様なものでなく、ルードが3日間は共に研究していたものの、流石にこれ以上は皇国錬金術研究所を空ける訳にはいかず一度戻ったのだが…すぐさまアシュリー工房に来店してはまたしても3人で研究に費やすを繰り返す事一ヵ月。
幻神歴2961年8月13日
遂に250mの超巨大錬成陣が完成した
そしてルードは先に廃村へ行き手配をするとなったが此処で肝心要の事をカレンは忘れていた
2日とはいえルルアを離れるのが怖いと言い出したのだが、シャイタンが護衛を買って出てくれてカレンの不安も払拭され、コボルト・アマネ・フラミーに2日留守にすると言ってリリーではなく使い捨ての幌馬車と馬を購入、用意してカレン・アリス・シャイタンの3名でルードに指定された廃村へ向かった。
街道を外れているというのに魔獣処か狼等の野獣にも襲われず無事ルードに指定された廃村に着いた一行
其処は廃村とはいえカレンでも一目で判る程異界化されておりエーテルが吹き荒れていた…
「おお、カレン嬢無事着いたか」
廃村の中央でルードが素材を超大量に山積みにしてカレンを出迎える
「ええ、怖かったけど何とか狼にも襲われずに済んだわ」
魔獣は勿論、野獣や夜盗に襲われなかった要因は単純にシャイタンが馬車を中心に大規模に敵意を放っていたからとはカレンは気付かない
「うむうむ、無事でよかったわい」
元々アリスも共に来る予定だったのでカレンの身の心配はしていなかったが、シャイタンも共にいるということで益々安全な旅路だろうと察したルードだった
「ねぇお爺さん、この村大規模錬成台が埋め込まれてるって話だけど、エーテル活性化が異常じゃない?」
異常処では無い。テンゲン大樹海の様なエーテルの間欠泉でもあるのかと思う位エーテルが吹き荒れており、これから行う錬成には丁度良いがよくこんな所で村など繁栄していたものだとたまげていた。
何せこれだけエーテルが吹き荒れていれば農業など出来る訳も無く、農村としては致命的だ。
「何昔の名残じゃ。それより例の素材と錬成陣はちゃんと持ってきておるかの?」
なんてことはない、幻魔泣戦時にこの村は滅ぼされ、ルードが無人のこの廃村に目を付け村の規模事地下にエーテル結晶と大規模錬成台を作成し、大規模錬成しゴーレムを創りあげ前線に送り出した名残だった。
「ええ! 陣を敷いてその上に積むわ」
数が多いのでシャイタンが運搬役を買って出て大規模錬成陣を丁寧に敷き、その上に全ての素材が揃った今、カレン・アリス・賢者ルードによる世紀の共同錬成が始まる
先ずは3人ともマルチポーションを服用して魔力とエーテルと直感を底上げし、そしてマジックポーションとエーテルポーションで回復してから錬成に取り掛かる。
元々はカレンのエーテルだけで錬成しようとしていたのだが、アリスとルードの魔力も込めた錬成にしようという事になり3人の異質なエーテル・魔力が込められた超大規模錬成が始まった。
流石に規模が規模だけに一瞬とはいかず、完成まで10分を要した。
だが、異質な3人の研究成果は無事錬成完了した。
大歓喜の4人だが約束は2機+シャイタン用に1機なのでもう2機も錬成するが一度錬成したもの、疲労感は更に圧し掛かるが無事錬成した。
幻神歴2961年8月15日
この日、この星ならではの魔導具の到達点に至った
「やった~~!!! 姉様、お爺さん3機とも無事成功よ!」
「私は魔力を流し込んだだけで2人のエーテル感応が素晴らしいからよ! よくやったわ!!」
「お疲れ様です御三方」
「ふぁっふぁ! これは最早魔導具の到達点とも言えるのう、凄まじい! 凄まじいぞい!!」
こうして3者3様に喜び互いにハイタッチして喜びを露わにするが肝心の起動実験がまだなので1機にはカレン・アリス、もう1機にはシャイタン、更にもう1機にはルード1人で試してみた。
結果
大成功だった
そしてルードとは喜びも束の間、早速各々お披露目したいという事で別れ、其々の魔導具で別れる事になった。
シャルマーユ皇城-執務室-
陛下が政務を粛々とこなしていると突如乱暴にドアがノックされ、扉越しに衛視が妄言と一蹴されかねない内容を陛下に急ぎ伝える
只事ではないと察した陛下と護衛のシグルトはシャルマーユ皇城前、大庭園に武装した第一近衛と共に居並ぶが…その光景に絶句した
「な、なんだあれは?」
遥か上空では複雑怪奇な出来事が起きてた…
「あれは・・・船――でしょうか?」
陛下の問いにシグルトは半信半疑ながらもまさかと思う感想を述べる
「ドルシアの手のものか? どうする? 切り落とすか?」
機械となれば真っ先に思い浮かぶのがドルシアだ
そして陛下なら此処から斬撃で切り落とす事も可能だが…
シグルトに偵察を命じられた近衛の報告に2人して絶句する
最上位級の鷹の眼で偵察したところ、問題の船には賢者ルードの印が刻まれており、操縦席には意気揚々とルードが乗っていた―――
陛下・シグルト・第一近衛団が見守る中問題の船は悠々と大庭園に着陸する。そしてルードが下りてくると真っ先に陛下が問い質す
「おいルード! なんだこれはっ!!」
「おお陛下、わざわざお出迎え感謝致しますぞ!」
「そんな事よりこの船はなんだ!!」
「ふむ、船とは少し違いますぞ。これはカレン嬢とアリス嬢と共同開発した物で『魔導船』ですじゃ」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
真っ先に皇城に向かったルードと違い、カレン&アリスとシャイタンは空の旅を満喫していた。
この船の命名には一悶着あり、肝心のカレンに魔力がないのだがアリスの尋常ならざる魔力とルードの研鑽された魔力に加えて飛行船に備わり魔導具の船という事でこの船は魔導船と名が決まった。
その代わり追加で錬成された武装にはカレンの無属性のエーテル武装が備わっており空の魔獣対策も抜かりなしとなっている
「ん~魔獣は怖いけど・・・都合よく空の魔獣が来る訳無いし、エーテル波動砲の動作確認しておきたいんだけどなぁ」
「それならカレン、あそこの高山に向かって放ってみなさい」
アリスの安易な提案によりとある一族が被害を被る事になる瞬間だった
「おっけ~」
カレンも気軽にその提案に乗って波動砲の起動スイッチを押してしまう
エーテル粒子が前方の砲門に集う
そして安易に放たれたエーテル波動砲…
それは遥か遠方にある高山を易々と穿ち、その威力から高山の中央にはぱっくりと大穴が開いてしまう程だった
「「凄い!」」
姉妹兎してその過剰戦力に大喜びで抱き合ってうさ耳をプルプル震わせるが…
過剰戦力は前面・背面・左右の側面に3門ずつのエーテル波動砲だけではなかった。
エーテル波動砲だけでは大型の魔獣は対処できても小型の小回りの利く魔獣には対処しづらいとして、各側面にエーテル機関砲も3門ずつ配備されており臆病なカレンらしく鉄壁の過剰戦力だった。
それに加え、先ず船の外装は緋緋色金で表面に薄膜されてるのでこの星では剣聖とマリア以外傷を負わす事は不可能。そもそもシャイタンが不懐と永続化、その他諸々の防御魔法を施してるのでこの魔導船を利用して空爆しようものならこの星では無双できる魔導船となっている―――勿論、カレンは遊覧飛行の為に作成したのでそんな物騒な事想像だにしないが
「くくくっ、カレン様・アリス様快挙御目出とう御座います」
姉妹兎の喜び様に拍手を送るシャイタン、別の魔導船なのに何故声が届くかと言うとこれまた別の魔導具で2つの魔導船の声を互いに届けているからだ。シャイタンの喜び様はある意味姉妹兎以上だった。なにせ他星では空飛ぶ船は稀に有り、中には星間戦争すらあったがこの星、110の星では文明がそこまで達して無く、カレンが今回発明した魔導船は最早オーパーツと言える物だった。
「有難うシャイタンさん! 実験も終わったしルルアへ戻りましょ」
「はい」
こうして2機のオーパーツ魔導船はルルアへと帰郷し、アシュリー工房前にはサイズ的に止められないので工房周囲の森に2機は着陸する
ルルアに着いて下降すると町民の困惑の声が町中に蔓延したが3人は気付かず、また半数の町民はアシュリー工房付近に降りた事でまたまたアシュリー工房か…と達観していた。
意気揚々と我が家に帰宅する3人だが待っていたのは勿論怒り狂ったリールーだった―――
その後姉妹兎は慣れたもので正座で1時間説教され、魔導船の正当性を説くが…やはりリールーの稲妻が落ちた
錬成表を提示され見せると先ず武装からして戦力過多だと叱咤されるものの、流石にあの大きさを工房には収められないので後日組合長経由で領主シャナードにどう扱うか相談する事となった。
その結果――余りの有用性からシャナードだけでは判断できないと賢者会議に丸投げしたのだが…その会議でも魔導船についてはどう扱うか難航しており、軍属からは海軍が駄目な以上、制空権を支配できる現状だと大量生産して空軍として扱うべきという最もな意見もあるのだが、肝心の錬成にはカレンとアリスが必要なのでその案も難航しておりとりあえず現存している3機は遊覧飛行用にと認められた。
但しルードの1機は有事の際は戦争用にと起用することが条件となった。
かくして賢者会議のその結果をルルア領主も知らされ、錬金術教導組合でリールーからカレンにルードの1機の扱いは伏せて通達された。
認められたとなれば話は早く、カレンとアリスとシャイタンとアマネで森に魔導船の係留場所を建造した
但し2機分、カレンとルードの分でシャイタンの分の魔導船は宗主星に送り神界に戻るまでは足腰の弱まったユステリフィに活用してもらう事となった。
そして翌日
休日とあってリールーを誘いアシュリー工房の面子は空の旅を満喫していた
「ひぇええええ、ちょ、ちょっとカレンさん速度出過ぎですよ!」
そんなリールーの怖がり様にカレンは大丈夫だと自信を持って言い張る
「大丈夫よリルル。ちゃんと安全装置も備えてるから」
そう、賢者ルードと共同開発ということで安全面には絶対の自信があった
まず起動には魔力もエーテルも不要、但し其々の機は各々でないと起動しない。但し認証を譲渡すれば他者でも可能。この時点で既におかしいのだが上空で故障した場合、緩やかに下降するようになっている。空の魔獣対策はエーテル波動砲とエーテル機関砲でバッチリだし万が一何かしらの理由で半壊したとしても魔法動力でこれまた緩やかに下降するようなっている。
それを伝えるとリールーは
(流石問題児とルード様の合作・・・出鱈目ですね)
とため息交じりに呆れていた
「おいカレン、もうこの辺りでいいんじゃねぇか?」
コボルトがこのぐらいでいいだろうと切り出す
「そうね」
それもそうだとカレンも起動を自動に切り替えホバリング状態にして皆で工房から持ち込んだ食事を配膳する
「それじゃぁ遊覧飛行しながら楽しいお食事ですねぇ」
アマネの言う通り今回の目的は空の景色を眺めながら食事をする事だった
アシュリー工房の面子に日頃の労いと感謝を込めてのカレン考案だ。
半従業員のリールーも忘れない気配りも発揮している
料理はアリスとシャイタンの時空掌握から取り出し焼き立ての肉もスープも熱々のままだ
こうして愉快な面子の宴は始まった。
所変わってシャルマーユ皇城-ルードの私室-
ルードは今回の騒動の責任に一週間の更迭を言い渡された
が・・・本人は反省の気配等微塵も無く、念願のカレン・アシュリーと共同開発できて恍惚としていた。
(楽しかったのう・・・次は何を共同開発に持ち掛けるかのう―――そうじゃ!! 『あれ』でも持ち掛けてみるかのう。ああ楽しみじゃ!!)




