108話 夫婦の創世奇譚 11話 夫婦語5
ユスフィアへの旅行から戻り10日経った頃
ユスフィアで新たな住人となったサテラの使い魔こと半神半妖バンシーは知識の偏りが激しく基礎教育から叩き込むということでサテラに任せた
ある程度知識が身についたら本格的にサテラの魔法の研究に助手として加わる予定だ。
今日もユスフィアで討ち取った竜の肉によるご馳走に舌鼓を打ったカレンとシドは自室で寛いでいた。
「あら、また来客ね。最近多いような気がするけど」
白一色の美しい小鳥が窓を突き来客を知らせる
この使い魔はグシャの使い魔の1つで前回シドの顔合わせから用がある時に手紙を携えて訪ねて来る
他にもカレンの知り合いの神などからシドを一目見に使い魔が送られることもある
使い魔を部屋に入れ手紙を流し見てカレンが顔曇らせ、シドが用件を尋ねる
「グシャからだろう? またなにか頼みごとか?」
「いいえ、前に様子を見るよう頼まれた世界あったでしょ? あれが安定して順調だからお礼に管理権利くれるって、ついでに旅行先にどうだって」
「幾ら順調といってもまだサテラの助言を取り入れてから間もないから大して変わらんだろう」
「あそこは様々な思惑が重なった試験的な世界だから時間の流れが速いのよ、今だともう2千年ぐらい過ぎてるんじゃないかしら」
「ほう! それは凄いな、さぞ変わったことだろう。いってみようじゃないか!」
カレンはそろそろシドを連れて神界に行こうと考えていたのだが、シドが乗り気になってるので旅行の後に回すことにしてシドと手紙の注意事項に目を通す
この前は世話になったな!
貴様たちのお陰で試験世界が驚くほど進展を遂げて目的も一段落したので次の計画と礼を兼ねて試験世界に旅行にでもいってみろ
次の目的は神々の観光地にしようと思ってな、あそこなら神の力が介在しないからあらゆる神も羽伸ばしできるだろう? 当然その間は力の制限と幾つかの制約は課すが貴様たちにはその第一歩として適当に楽しんでくれればいい。
ではまたな
注意事項
前に話した通り神や奇跡の存在しない星だから魔法は存在せん、そもそも魔力という概念がないから貴様でも魔法の行使はできんと思うぞ
外世界との往復用に数箇所だけ魔法による転移が可能だが転移元は我の管理してる聖地だけだから準備したら聖地から転移してくれ
当然神がいないから派閥も存在しない、現地住人による擬似信仰は多いが出鱈目なものが大概なので無視していいぞ
現存する国は共栄国がほとんどで文明は驚くほど進化してるが逸脱者は存在せず英雄のような力あるものは存在しないから2者とも暴れるようなことはするなよ? 具体的には直接見ればわかる
・・・
・・
・
―――偶には連絡寄越せ、貴様らの在り方は貴様らが思ってる以上に周りの連中が気にしてるぞ
手紙を読み終えたカレンは一通の上質な羊皮紙を取り出し一言「明日行くわ」とだけ記載して使い魔に持たせ、サテラに水と餌を用意させて使い魔に与えて見送った。
試験世界にて
「なるほど、これは確かに異常ともいえる発展ね」
魔法が使えないとの事で決められた手順で転移した2者は薄暗い建物から扉を開けるとそこには今まで見たことの無い光景が広がっていた。
その隔絶された地は今までの世界と明らかに違い、文明が凄まじく発展し魔法や奇跡が無い代わりに文明に集中して異常な速度で発展し続けていた。
行きかう人々は所狭しと言わんばかりに溢れており建築物は見上げるほど高い角ばった建物が無数に建てられており、彼方此方から様々な音が蔓延り雑音が凄まじく、中でも鉄の馬車としか言いようの無い塊が無数に行き交っている。
「・・・・・なんだこれは? 以前とは違いすぎてなんといえばいいのか、言葉が出んな」
カレンに続き衝撃を受けたシドだが周りの視線が集まりその群集の中には手にした小道具を此方に向けなにか騒いでる者もちらちらと伺えるが人目を引くのは何時もの事なのでそれは無視するが、それ以上にシドが困惑するのが言語がまったく聞き取れない事だ。
カレンと出会ってから結構な数の世界を渡り歩いたがどこも言語は統一されており多少の訛り程度の差はあっても会話には困らなかった。
勿論以前にこの世界に来たときも言葉は通じていたが今は全く理解できない。
自分だけかと思いカレンに問い掛けるもカレンも同じ現象に戸惑っていたようだ
「恐らく急激な発展に加え神の不在によってこの世界独自の言語が発展したようね。この世界は国が多数あるらしいから言語も其々違うかもしれないし厄介ね・・・魔法はどうなのかしら」
グシャからの注意事項に魔法の行使はできないとあったが試してみると成るほど体内の魔力は感じるが体外の魔力が感じられず魔法の行使はできない事を確認すると右手に装着してる指輪の1つの効果を確認するとそれも行使できない事が確認できた。
「魔法もそうだけどどうやら既に魔力の込められた道具の類も使用できないわ、ここまで魔法の介在が無いと逆に清清しいわね」
呆れ口調で語るカレンの言葉に習ってシドも魔法を行使してみたが時空掌握が発動せず、常時体に纏ってた上昇系魔法と風属性最強化はどうやらそのまま固定されているらしく効果の強弱、止める事も不可能だが体内の魔力に変動は無いようで魔力切れによる絶命の心配は無いようだ。
「考察はともかく言葉がわからんのは困るな、旅行どころの話ではないぞ」
2者して思案していると周りの群集から2人の男が近づいてきて話しかけてくる
「――――」
「――――――――」
「―――――――」
「―――――――――――」
・・・
・・
・
やはり言葉は理解できないが周りの住人とは明らかに2人は服装が違い、統一されてることからこの国の兵と思われる
2者が代わる代わる話しかけるが理解できず、雰囲気と状況から何処から来たか確認してるのだろうが此方の言葉も当然理解されて無いようでしばらくチグハグなやり取りを続けると1人が手招きして先を促す。
恐らく詰め所に連れて行こうという腹積もりだろうがどうしたものかシドは悩む
「この国の兵か騎士と思うがどうする? 詰め所に連れていかれたところで状況が悪化するだけだが・・・逃げるのは容易だが有る程度の状況が把握できない内に揉め事は避けたいしなぁ」
シドの独りごちに暫く思案したカレンは試したいことが有るんだけど、状況が悪化するかもしれないから逃げる用意はしておいて。と口にすると未だ話しかけてくる兵士の1人の顔にゆっくり手を近づけ、右頬に手を添えると男が警戒し離れようとするが一瞬意識を失ったようでふらつくと手招きしていたもう1人の兵士が駆け寄り何事か騒いでいる。恐らく詰問しているのだろうがシドもカレンが何をしたのか判らずカレンに任せることにしたら更に驚く事にカレンがこの国の言語と思われる言葉を口する
「この人が顔色悪かったから様子を伺っただけよ」
言葉と同時に顔から手を離し返事をするカレン
手が離れて数瞬して男も意識を取り戻し重ねて詰問する
「ん? おたく日本語喋れるの? 困るよ、最初から話してくれればいいのに」
「どうしました? 一瞬ふらついてましたけど」
「ああ、大丈夫ちょっと立ち眩みしたようだ。それより言葉が通じるならさっきの話聞かせてもらえますか?」
「ごめんなさいね、役になりきってたもので、聞かれた通りこすぷれの集まりがあったものでその帰りよ。初めてだったから勝手がわからずそのまま帰る途中だったのだけど駄目なようだから着替えるわ」
「そうしてください。それと念のためビザか身分証を見せてください」
「・・・どうぞ」
カレンの手にはなにも無いのだが兵士はそのなにかを見たのか納得していた
「――確かに、これからは気をつけてくださいよ。それでは」
「―――説明してくれ、どうなってるんだ?」
「話は後よ、まずは移動するわ」
兵士、この世界では警察とやらをやり過ごした2者は自身の異国人というだけでなく服装でも悪目立ちが過ぎると判断し人気の少ない場所を探し歩き回り、路地裏に入って一先ず状況の説明と今後について話し合う
「まずは説明するより言葉が先よ」
言うや否や先程の男と同じくシドの頬に手を添えると頭に大量の情報が流れ込み魔力切れに似た症状を起こしふらついてしまうシドだがなんとか踏ん張り頭を抑え、息を整えると大よその事態は理解する
「記憶の改ざん、いや操作か? こんな事までできるとは――まぁお前ならなんでもありなんだろうが魔法は使えない筈なのにどうやったんだ?」
「簡単よ。これは魔法ではなく技術よ、習得が難しい上にかなり疲れるし極一部の操作しかできないから非効率で廃れた技法。だから私も今の今まで忘れてたぐらいよ、それであの兵士、えっと、この国では警察というらしいけどあの男から言語と大雑把だけど軽く情報を覗いたのよ。あんたにもそのまま情報を植え付けたから今の状況は理解したでしょ」
「ああ、俺達が注目を集めてたのは異国人というだけでなくお前の服装や髪の色も理由のようだが、それをなんとかしたらこの世界の詳しい情報が欲しいな、今までの世界とはなにもかも違いすぎて根本から常識が違うようだ」
お互い外人というだけで目立つが背格好がこの国では致命的だった
シドの服装は黒のズボンに白のシャツとこの世界でも一般的な服装だが2mという巨体に長髪の金髪と目立ち
カレンに至ってはこの世界で表すと中世のドレスに近く黒色と余計目立ってしまい、容姿端麗に加えて銀髪と目立ち過ぎる
小柄なせいでシドと並ぶだけで更に目立ち、このまま人通りに出ればさっきの繰り返しになってしまう。
この国の通貨は当然無く、いつもの様に金や宝石を換金しようと計画していたがこの国ではそれすら面倒な手続きと身分証が必要と手詰まりだ。
幸い今いる場所は人通りの殆ど無い路地裏なので都合よく追いはぎでもきてくれれば返り討ちにして通貨を手にできるが警察からの知識によるとこの国は治安が非常に優れておりそう都合よくいかないときた。
「強盗を返り討ちにして巻き上げるのはいいがこの辺りではそれは難しいようだな、かといって俺たちが追いはぎするというのもなぁ」
人から高次元の存在に超越して人間の善悪が薄れているシドでもそれぐらいの常識はまだ持っている
2者して悩んでいると近くの建物からエプロンを着けた女性が出てきて2者と目が合い、面倒に巻き込まれると思ったのかそのまま引き返そうとする所をカレンが呼び止める
「ねぇ、道に迷ってるんだけどこの地図にある場所分らないかしら?」
当たり障りの無い理由で近づき、女性が外人に話しかけられて困っているのかあたふたしている間に手の届く距離まで近づき手を添え、またも記憶の操作をする。
それと同時にシドを呼び、呼ばれたシドはカレンが何がしたいのか察し懐から宝石の詰まった小袋を取り出し女性に持たせる。
カレンが手を離すと女性は空ろな表情から元に戻り「じゃあいってくるから待っててね」と気軽に友達に言うように言葉を残して人通りに向っていく
「丁度良かったな。換金に行かせたんだろう?」
「ええ、ついでに適当に私の服と帽子も買ってくるように頼んだわ」
「この記憶の操作とやら、便利すぎるが後遺症とかないだろうな?」
「私がそんな失敗するわけないでしょ、やろうと思えば人格破壊して廃人にできるけどさっきも言ったように極度に疲れるのよこれ、実は今も結構辛いからちょっと休むわ」
そういってシドを階段に座らせカレンも横に座ってもたれ掛かり休憩する。さっきの遣い、時間かかるようだから少し寝るわ。と残し暫くしてカレンの寝息が聞こえてくる。
そんなカレンをお疲れさんと優しく撫でながら空を見上げながら遣いを待つこと数時間
さっきの女性が戻ってきて荷物と通貨、この国では金貨ではなく国発行の紙幣で円といって、280万円近くの通貨とカレンの衣装を手に入れ、女性にお礼にと1万円札を数枚渡し、後のことを考えてもう一度カレンに記憶操作してもらい2者の事を忘れさせた。
早速移動する為カレンはこの場で着替え始める。
黒のベレー帽で銀髪を隠し、白のレースの施されたシャツにベルト着きの黒のシンプルなショートパンツに元から履いてたブーツとボーイッシュな格好になった、この辺りで目立たない服を選ぶよう頼んだらしいが容姿がいいだけにこの服装でも目立ちそうな様だった
「変わった服装ね、、、女でズボンとか余計目立つんじゃないのこれ、どうかしら?」
「何時もの服装が綺麗なら今の格好は可愛いと思うぞ、うん、――いいなそれ、可愛いぞ」
「そう? まぁあんたがいいならこれでいいわ。とりあえず疲れたから宿を探して今日は休んで明日から情報を集めましょう」
これでやっとまともに出歩けると2者は人通りに出て宿を探すが、さっきと比べて大分ましになったとはいえやはりまだ目立ち、行き交う人々の視線を集めてしまう2人。
この国では外人は珍しくないらしいのになぜかと疑問に思うが、今の2人にはまだ判らない事だが周辺の人から見た2者は眉目秀麗の外人の少女と厳つい大男と腕を組んで歩くだけで目立つということを・・・
注目を集めながら宿の場所を聞き込んでいるとどうやら宿、ホテルとやらはここから距離があるらしく、野宿は禁止されてるのでしかたなく遠い宿に向って歩いていると1つの建物が目に入りそこにはホテルとの看板がある、なによ、近くにあるじゃない。と入ったものの入り口は無人でひと悶着あったがなんとか一室借り、試験世界での1日を終える。
後で知ることになるがそこはホテルというよりモーテル、正確に表すならラブホテルだった。
試験世界二日目
2者は都立図書館に足を運んでいた
初めは手当たり次第聞き込むつもりだったが図書館という一般人でも無料で資料を公開している場所があると知り2者は驚愕した。
2者にとって、いや2者の知る世界にとって知識は財産であり隠匿するものだがこの世界では大抵の知識は共有するものでどこでも一般公開が当たり前らしい。
書物その物がどうやら廃れ始めインターネットという電子機械を利用した距離を無視した世界規模での情報のやり取りが盛んらしく、その電子機械も誰でも操作できるらしいが2者はまずは慣れ親しんだ書物での情報集めと図書館を選んだ。
その図書館は建物自体小さく2者の家の書斎に比べると蔵書数は10分の1以下の300万も満たない。
それでも必要な情報は大体得ることができた
この世界は100以上の大小様々な国があるがその殆どが管理社会でできており、その大半が民主主義や資本主義が基本で哲人政治は極一部でそれも色々問題があるようだが今いる国、日本はこの世界でも社会管理と治安の良さが目立つ落ち着いた国らしい
各国其々に言語があり種類は有に200は超えるという。
2者の言語はこの世界では当てはまるものは無く、カレン曰く聖刻文字とやらが近いらしいがこの世界では使い所はまず無いとの事でこの国の言語と2者の容姿から英語という言語を覚えていたほうがいいとカレンが数冊読みその日の内に完璧に覚え記憶共有でシドも覚えた。
ついでにと魔法について調べてみたが魔導書そのものが無く、魔方陣が記載された書物もその全てが出鱈目な術式や魔方陣で魔法は無かった。
神や奇跡の存在が無いだけで世界はこれだけ在り方が変わるのかと2者して驚いていたがやがて面白い情報を掴んだ。
超能力だ。
その殆どはインチキだが一部はカレンも知っている本物も存在するらしい、魔法や錬金術は無くとも超能力は存在する変わった世界だ。
そして神といえばこの世界には神は不在だが、神学書には2者が知ってる神の名が幾つか有る。
どうやらこの世界を創造した際に何柱かの神が名前だけ人類の潜在意識に刻んだようでその神の有様は事実と異なる部分が多く見聞していると面白い。
日が暮れて閉館とのことで図書館を後にした後、2者は近くの椅子に座ってお互いの感想と今後の予定を話し合う
「この世界の異質さには本当に驚かされるな、あそこにあった本の殆どが子供の小遣い程度で買えるらしいぞ」
この世界では希少本を除く殆どの書籍は端金で誰でも手にすることができる
そんなことすら2者には驚きの出来事だ、今までの世界では知識は貴重で子供の手習い本ですら庶民では中々手が出せない高額の品だ
高等教育書物や軍事書物・果ては魔導書等は金だけではなく購入者の有る程度の身分がないと手にすることすらできない。
それがこの世界では誰でも簡単に手に入るというのだから凄まじい文化大国である
「そうね。文献を見る限り凄まじい速度で文明・技術発展しているけど、それでも以前来た時の感想は変わらないわね」
今日だけで相当数の本を読解し知識を溜め込んだカレンが面白くなさそうに答える
「生きても死んでもいない停滞した世界だったか? だが停滞どころか見ての通り発展し続けているぞ、これならこの先も目まぐるしく進化するんじゃないか?」
「それは文明だけの話よ、人間そのものは恐らく停滞・・・いえ文明の発展に比例して退化するわよ、、まぁどうでもいいことね、私たちは今いるこの一時を楽しめばいいのよ」
「ふむ・・・カレンの言いたいことはなんとなくだが察した。それはそれで試験世界としては有りだろう、どうせ俺達は束の間楽しんだら帰るからな」
「―――元人間のあんたからしたら他の世界に比べてこの世界はどうなの? 利便性はかなり高いけど住みたいと思う?」
「一時はこの世界は大いに楽しめるだろうがそれだけだな、住むなら他の世界を選ぶ」
「どうして?」
「この世界は殆ど開拓されて未知がないだろう? 目新しさで一時は楽しいが長居すると飽きるぞ俺は・・・。だが、お前が隣にいれば何処だろうと幸せになる自信は変わらん」
「ふふ、そうやってちゃんと口にしてくれるからあんたの隣は居心地がいいわ」
試験世界三日目
変わらずラブホテルに滞在している2者。
この場所がどういった所か理解したが遠いホテルに態々行くぐらいならここでいいと落ち着いた結果である
「今日はどうする? 観光も構わんができれば近場で済ませたい所だ。あのバスとやらは落ち着かん」
「同意するわ。あの乗り物は私も苦手、帰りもこの地に来ないといけないとなると魔法が使えない以上面倒だからこの近場を散策しましょう」
「なぁ、周りの奴等の殆どが手にしてるあの小さい玩具はなんだ?」
「遠く離れた相手と会話ができるらしいわ。宿にあったてれびのような仕組みなんじゃない? この世界の技術に興味が沸かなかったからその辺はあまり調べてないわ」
「独り言を言ってるのはそういう理由か、しかし―――不気味な光景だな」
「人間観察はどうでもいいから料理を見て回りましょう。この国は料理大国らしくてほとんどの国の料理が高品質で味わえるそうよ」
「そうだな、俺もそれは気になっていたんだ。てれびとか機械とやらは電気がいるらしいから持ち帰っても使えんらしいから食材と服を大量に買い込んで持ち帰ろうか」
「あら、あんた服に関心あったの? 普段あまり気にしてないと思ってたんだけど」
「この国の様々な服を見せられて感化されてな、俺の服もだがお前の服も色々見てみたい」
「そう、なら服も一緒に見ましょう」
「どこいっても凄い人の数だな」
「この国に限らず殆どの国が似た状況らしいわ、未開拓の地がもうないから人口爆発もいいところね。おそらくグシャ達がそのうち手を加えるんじゃないからしら?」
「大陸でも創造するのか?」
「この世界の有様だとどれだけ大陸を増やしてももう追いつかないわよ、だから総人口を減らすと思うわ。天獄の仕事が増えて大変でしょうね」
「天国? 死後の世界ってやつか、地獄もあったり冥界とやらもあるんだろう?」
「そういえばあんたにはまだ教えてなかったわね、私にとっては当たり前の事だからその手の書物も書斎に入れて無かったわ」
「今まで幾つか世界を巡ったでしょ? それはまだまだ1部で世界はそれこそ数え切れないほどあって其々にあらゆる生物が混在してるけど生物の死後魂は天獄とよばれる世界で管理されて其々の星に分配されるのよ。大抵が別生物への転生で偶に神が目をかけた魂を選抜するけどね。だから必ず元の世界に転生するとは限らないのよ。そうでもしないと人間なんてあっという間に人口爆発で世界を埋め尽くすわよ」
「生前の行い次第で優遇されるのか?」
「善人は天国、悪人は地獄? あるわけないでしょ、大量虐殺者だろうと聖人だろうと死んだら天獄行きよ、あんたどれだけの星と生物がいると思ってんの? 一々死者の生前の行いなんて調べないしそもそも関心すらないわよ」
「・・・不老不死の俺には無縁だが人間がそれを知ったら荒れるだろうな・・・」
「そうかしら? 人って言われるほど死後の事に関心なんてないと思うわよ。そんなことよりあんたも高次元の概念存在なんだがら良く覚えておきなさい、世界は無限に等しいけど天獄・幻獣界・神界は1つよ」
「神界も1つなのか?!」
「そうよ。ちなみに勘違いしてそうだから正しておくけど魔界なんて無いわよ。世界によって冥界や天獄が魔界だなんて誤認されてるけど悪魔も神聖なんだから神界に居るわよ」
「それは聞きたくなかったぞ、、、じゃあなにか? 世界では神と悪魔は敵対してると言われてるが実際は神界で仲良くやってるのか?」
「皆が皆そうとは言わないけど、まぁ大抵は仲が良いわよ。ある国で大神と大悪魔が戦争して世界を滅ぼしたなんて神話あるけどその当人は仲良く酒飲んで笑い話にしてたわよ」
「はぁ・・・もうこの話はよそう、大人しく旅行を楽しもう」
「そうね」
知りたくも無かった真実を知って居た堪れない気持ちを払拭するようにカレンと腕を組んで人通りを聞き込みながら進み、目的の大店に着いた2者はまた驚かされることになった。
最初は市場を尋ねていたが2者の市場とこの世界の住人の市場はどうやら違うらしく、苦戦していると1つの大きな店を教えてもらいいざ着いてみるとそこは店には見えず、周りの巨大な無愛想な建物と似たような造りだが途轍もなく大きいそれは最早大貴族の城に匹敵する巨大建築物だった。
「これが一商人の店なのか?」
「おそらく私達の思ってる市場を1つの建物の中で行ってるんじゃないかしら?」
「さっきの少年の言葉通りなら大抵の買い物は此処で済むらしいからな、一軒ずつ見て回ろう」
店内でも2者は目立ち注目を集めるが場所が場所だけに2者の容姿から庶民離れした上級層が物見遊山で見学してるのだと思い込まれており、2者の容姿がこの国の住人だったなら田舎から上京したお上りさんだった。
装飾過多で彩られる店内は全てが珍しく、2者は互いに感想を口にしながら物見遊山を満喫していく
「ここは理容師の店か、丁度いいからこの長い髪を切ってしまおうと思うんだが、カレンはどう思う?」
「そうねぇ、いいと思うわよ。でも髭は残しといてね」
ふとした思い付きで目に付いた理髪店で整髪して貰おうと思いカレンに意見を求めたら自身が思ってる以上に自分の髭を気に入ってくれてる事に改めて思い知らされ上機嫌で店に入っていくシドだった。
30分ほど経って店の前で集合した2者だがシドの頭を見てカレンが珍しく腹を抱えて大笑いする
「その髪型は卑怯よっ・・・ふふ、まるで大きい子供じゃない」
理髪店など生まれてこの方初めて利用したシドは勝手がわからず「とにかく短くしてくれ」という言葉通り1cm程の坊主に仕上がっていた
「色々髪型説明されたが判らんから短くしてくれといったらこれだ、だが結構気に入ってるぞ」
「―――ええ、私も気に入ったわ。男前が更に磨きあがったわよ」
2者とも上機嫌で寄り添いあって物見遊山を再開し、待ってる間にカレンが服飾店を見つけていたのでそこに向かうことにした
何処の世界、時代でも女性の買い物は長い
・・・筈なのだがこの2者は例外のようだった
「これもくれ。それとそっちの服も色違い全てもらおう」
服飾店について1時間が経とうとする頃
カレンは呆れ顔でシドに付き合っていた。
最初は2者して物色していたがシドの服を一通り選び、次はカレンの服と婦人服売り場に着いた途端シドが大はしゃぎしてカレンの服を見繕う・・・否、片っ端から買い込んでいく。
2者の入った店は高級店ではないがそこそこ品質と品揃えのいい中流階級向けの店舗だが2者の選んだ服だけで50着は既に超えていた
「あんた、自分とバンシーの服は量は少ないのに私の服になんであんたがこんなにはしゃぐのよ」
カレンの呆れの混じったため息を背にシドは堂々と言い切る
「自慢の嫁には色々着飾ってほしいものだ! こればかりは譲れん!! 美しいお前がいけないんだ、それにまだサテラの服も選んでないしな、ほらカレンも付き合ってくれ」
シドの言葉に喜んでいいのか呆れたらいいのか判断がつかず、珍しくシドに振り回される羽目になるカレンだった。
それでもカレンの顔は満更でもない様だったのは言うまでも無い。
結局2者は服飾店で100万近くの買い物をし、店側のサービスで商品を届けるとのことなので転移点に配達してもらうことにした
特に気に入った服はその場で試着しそのまま店を出る事にした2者
シドは黒のズボンに赤のシャツ、その上に黒のコートを羽織っておりこの世界でも十分に偉丈夫に見える格好になり
カレンは黒のワンピースとシンプルだが帽子を脱ぎ長い銀髪を露にさせている
「思った以上に満足な買い物ができたな!」
「ええ、帰ったらサテラには着せ替え人形になってもらいましょう」
後半はカレンもノリノリでサテラの服を選んでいたのでシドの気持ちが理解できた
「地下に食品や料理店があるらしいわ」
「それも楽しみだな、腹も減ったし丁度いいな」
2者の物見遊山はまだまだ続く。
試験世界4日目
2者はこの世界にきて初めての体験を経験していた
「どうしたものか・・・」
「一度戻って補充してくるのも面倒ね」
所持金が尽きかけていた
原因は昨日の買い物だった。
服飾を仕入れた時にはまだ所持金は半分以上あったのだがその後立ち寄った飲食店と食材店で料理好きの2者は暴走してしまった。
保存のきく食材なのに味に妥協しない品々や、貴族階級でないと入手できない調味料が微々たる金額で山のように並んでいた
調味料はカレンの魔法で生成することは可能だが始めてみる調味料が殆どだったので覚えるために陳列されいた分全て買い込み、料理店で口にした様々な料理を覚えるべく書籍店にも寄って料理に限らず様々な手習い本も購入した。
結果300万円ほどあったお金は残金10万円を切っていた。
家に戻れば使い切れないほどの金銀財宝が幾つもの山になってあるし魔法や錬金術を使えば道端の石を宝石に変えることも可能だがこの世界では魔法は行使できず、家に戻って再び此処に戻るのは日数が掛かる。
2者の目的は殆ど果たしているのでこのまま帰宅でもいいのだがグシャに頼まれた神々の観光地に適した場所は見出せていない
2者の予定では人気の少ない立地に宿を建て其処を神々の休息地にと思ったのだがこの国で土地建物を購入ないし建てるには莫大な金額と面倒な手続きが必要だと理解し2者は悩んでいた。
「手続きは私の技術でなんとでもなるけど資金が問題ね」
この国、特に今いる地域は土地代が凄まじく高額で売買より賃貸が主流だった。
それでも額面通りの金額を用意すれば購入は可能だが手続きだけでかなり面倒な手筈がいる
「市街地から離れた場所ならかなり値段は下がるが・・・転移箇所からは近いほうがいいしな」
聖地からこの世界への転移箇所は5つあるが他の4箇所は荒れた国に繋がってるようでこの転移箇所が一番無難ということでこの近辺に神々の休憩場を設けることにした
「それに転移箇所が仕入れた荷物で埋まってるからあれも何とかしないといけないわ」
昨日仕入れた服飾と食材はホテルには配達できないとの事で転移箇所に届けてもらうことになり、今日は朝から転移箇所に留まり先ほど荷物を受け取ったのだが、さして広くも無い転移箇所が設置された部屋は荷物で埋め尽くされており足場も無い状況だった。
「仕方がない、一度俺が戻って纏まった財を持ってくるからその間にカレンは宿の場所の確保を頼む」
「それしかないわね・・・わかったわ、今日中に済ませてしまいましょう。――それと宝物室からマナナンの宝袋持ってきて頂戴。この世界ではあれが役に立つわ」
「そんな物あったか? まぁわかった、では行って来る」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
カレンと別れたシドは聖地を経由して転移し我が家に帰宅しサテラに出迎えられる
「おかえりなさいませシド様。カレン様は?」
シドの頭を見て一瞬驚くも努めて平常に対応を心掛けるサテラに旅行先で整髪した事を伝え、「よくお似合いです」と言われ満更でもない気分になったシドが用件を伝える
「ああ、別行動で俺も直ぐに戻るんだが必要な物があってな。宝物室から適当に換金できそうな品選んでくれ、それとマナナンの宝袋という物判るか? 宝物室にあるらしいんだがそれも持ってきてくれ」
頼まれたから伝えはしたがシド自身マナナンの宝袋など初耳でどのような物か知らない。
宝物室にある以上神器か珍品なのは間違いないだろうが数が膨大すぎて確認する気も起こらない。
「存じております。承知致しました、直にご用意致しますので少々お待ちください」
サテラが頼まれた用事を済ませに部屋を出たら戻ってくるまで暇なシドは妖精用の皿に試験世界で仕入れたチョコ菓子を置いて置く。
近くにはいないのかお菓子はそのままだがその内気づいてお菓子は消えるだろうと思い、やはり姿が見えないのが悔やまれる
10分も掛からずにサテラが青と赤で綺麗に染まった小袋と辞書らしき物を2冊トレイに乗せて持ってきたが頼んでいた金や宝石の類は見当たらない。
「換金ということで例の試験世界で利用されるかと思い金貨は除いて宝石のみで金貨一千万枚分をマナナンの宝袋に収めております」
「なに?! その小袋にそれだけの宝石が入ってるのか?!」
「はい、私も使用するのは初めてですがこの神器は無限に品を納める事が可能らしいです。ただ注意点がありまして、使用者が武器や防具と認識した品はこの神器に入れると鶴革の袋という別の神器の中に移動してしまうのでご注意ください」
「また変わった神器だな・・・一度宝物室の神器一通り確認しておくか」
「宝物室の整理は済んでいたのですが先日宝物室にある品々の目録が完成しましたので一緒にお渡ししておきます。勿論カレン様とシド様のお二方用に2冊用意しております」
その分厚い辞書を手に取り適当に捲ってみると1枚1枚にサテラが描いたと思われる図と説明が丁寧に記載されておりサテラの几帳面さが伺えた。
「まるで辞書だなこれは、時間がある時にでも見ておこう。ありがとうサテラ、戻るまではもう暫く掛かるがお前とバンシーにも土産を用意してるから待っててくれ」
「有難うございます。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
「戻ったぞ、そっちの首尾は・・・誰だそいつ?」
シドが聖地を経由して再び試験世界の転移箇所に戻ると既に用事は済ませたのか煙管を咥えてカレンが待っていた。
その後ろには虚ろな表情の男が佇んでいた。
「おかえり、目ぼしい場所は見つけたわ、【これ】には色々動いてもらう為に拾ってきたのよ」
煙管を仕舞いつつシドからマナナンの宝袋を受け取ると中身を床にぞんざいにばら撒く
予め伝えられていたのか男が散らばった宝石を集めると鞄に詰めて一礼して部屋を出て行く
「言われた物は持ってきたがこんな便利な神器があるなら常に持ち歩けばいいじゃないか」
「普段は魔法で収納できるからうっかりそれの存在忘れてたわ、ここにある仕入れた品全部マナナンの宝袋に入れて頂戴」
言われた通り荷物をマナナンの宝袋に収納していくが先の男が一般人とは思えなかったのでカレンに聞いてみる
「この世界ではね、換金するにも額が多いと一般人だと手続きが面倒なのよ。同時に土地の購入もね、その点あの男は犯罪集団に属してて手間が省けるのよ」
「そりゃこの国でもそんな輩はいるだろうが、よく都合出会えたな」
「それが面白いのよ。この国では犯罪集団なのに堂々と看板出して街道に拠点を構えてるのよ、呆れて眺めてたらあの男が出てきて口説いてきたから丁度いいから使うことにしたわ」
「むぅ」
カレンの事だから文字通り記憶を改竄する技術を持って使い捨てるのだろうが口説かれたの一言にどうしても意識してしまう
「あら、やきもち焼いてく・・・ん」
手を止めたシドが先を言わせまいとカレンの口を唇で止める。カレンも驚くも抵抗せずシドの首に手を回す
「お前の男だぞ? 嫁が男の目を惹く事を自慢こそすれ妬くような器量はない」
「そう・・・可愛い人」
シドの強がりなどお見通しのカレンだが追求はせず隣に腰掛けたシドに寄り添うだけだった
3時間ほど経って辺りにあった仕入れた品は全てマナナンの宝袋に収めた2者は観光はもう満足し今は夫婦で語り合いたい気分なのか飾り気の無い簡素な転移地点の部屋から出ることなく語り合いながら使い走りの男を待っていた。
「そういえば宿を作るといっても管理は誰がやるんだ? 俺たちにそんな知識は無いだろう」
2者の知識をすり合わせて神々の憩いの場となると自然と宿の案が出てここまで話を進めたが目前まで迫って肝心の経営管理をどうするのか忘れていたシドが問う
「土地を購入したら神界に報告を兼ねて顔を出すから後のことは神々に任せるわ」
「神界か。一度いってみたいものだが立場上面倒な事になりそうだな」
神と成った自分にも行くことはできるだろうが超越者という存在がどういうものか身をもって知っているシドは必ず混乱を招くと核心してるのでその存在は知っていても赴く気は起こらなかった、むしろその手の話は避けたい所だった。
「流石によく判ってるじゃない。今回は私一者で行くけど今度ゆっくり案内するわ。ある意味この世界より混沌としてて楽しいわよ。女神たちにあんたを自慢してやらないと」
元々この試験世界に来る前はシドを連れて神界に行くつもりだった。
神々にある小さな願いと女神達に夫の自慢をするつもりだったのだがこの世界にきて神々にまた1つ貸しができたのは重畳だった。
「女神か・・・きっと想像を絶する美姫がそこかしこにいるんだろうな」
妻帯者とはいえ男である以上女神と聞くとどうしても美しい女神を想像してしまうのは男の性だ。
「そうね。美や処女を司る女神たちは私から見ても美しいわよ。2,3柱側室に浚ってもいいわよ」
「・・・以前もそんな話をしたが俺がお前一筋なのは知ってるだろ? なぜそんなに側室を進める?」
シドの妄言をさらっと流し物騒な事を言い出すカレンだがこのやり取りを前にもした事を覚えていたシドは改めてカレンの思惑を尋ねる
「――――――あんたの子供を見たいからよ」
「・・・・・」
言葉を発せ無かった。
カレンと夫婦となってからは毎夜欠かさず睦事はしている、それでも子供の話は今まで一度も出てこず、カレンが妊娠する様子も無かったので人から神、超越者となった自分が原因なのか、超越者とはそういうものなのか怖くて確認できなかった
「超越者同士の子供なんて前例も無いし予測もできない。もしかしたら孕む事自体出来ないかもしれないし孕んでも出産がどうなるか・・・ね」
そう言ったカレンの表情は今まで一度も見たこと無い陰のある悲しげな表情で、カレンにそんな顔をさせたくなかった。
だが気軽に言葉を掛けるような話題ではないことも痛感している、シドは不器用ながら言葉を選んではっきりと言い切る。
「お前以外に子を成す気は無いし出来なければそれはそれでいい。共に不滅の存在なんだ、2者して飽きることの無い神生を歩もう」
「そう、ね。そうしたいわ」
シドの迷いの無い重みのある言葉に安堵したカレンはらしくない、と自身を律し場の雰囲気を変える
「それにだな」
「え?」
カレンの様子を見てシドも雰囲気を変えようと自分でも似合わないと知っている笑顔を作り大らかに言葉を放つ
「今は2者じゃない、可愛い兎にぶっきら棒な半妖精もいる。きっとこの先の未来は喜怒哀楽に溢れているぞ! 俺はお前と一緒にそんな未来を迎えたい」
言ってプロポーズの言葉が頭に過ぎり恥ずかしくなってそっぽを向いてしまう
「ふふ、似合わない台詞」
悪かったな
「むぅ」
「詩人にでもなったつもり?」
そんな柄じゃない
「むぅ」
「そんなあんたが好きよ」
顔を自分に向かせ再び唇を重ねる
さらに2時間が経過し先の台詞でシドをからかっていると使い走りの男が戻ってきた
鞄の中には10枚近くの書類とこの国の貨幣、札束が溢れていた。
シドは興味無さげに傍観し、カレンは書類だけ手に取り「それはいらないから好きに処分して、もう帰っていいわよ」と
用済みとなった男をぞんざいに帰した。
「これでこの国での用は済んだわ。私は神界に顔を出してから帰るから先に家に戻ってて」
「わかった。一緒にサテラ達に土産を渡したいからなるべく早く戻ってきてくれ」
「ええ、私も楽しみなのよ」
こうして超越者夫婦の試験世界来訪は終わった。そして二度とこの地に2者が来る事は無かった…
神界最高評議会場
数年に一度不定期に行われるこの議会では様々な議題が飛び交い善神と悪神の重大な政が決められる。
発言権があるのは高位の大神や大悪魔といった最重要神物でこの場では小神は発言すら許されず顔を布で隠している
そんな小神や小悪魔が見守る中円卓では8柱の神々が辟易として言葉を飛び交わす
その表情には明らかな疲労が伺えた。それもその筈、この評議会は不定期ながら開かれたら大抵2,3日不眠不休で通して行われる
今回の議題はとある堕神を誰が討伐するかという議題だ。
誰もやりたがらないのではない、逆に皆自分がやりたいと意見を曲げず話は平行し既に3日経っている
運任せで選ぼうにも幸運の加護があるから不公平と却下され、多数決しようにも綺麗に別れ決まらず、推薦で選ぼうと案がでれば各々の部下が推薦し不公平だと大悪魔が数万の眷属を召還しようとして阿鼻叫喚になり皆辟易していた。
それでも皆折れないのはなぜかというと単にグシャに褒められたいからだった。
この場にいる神も悪魔もグシャを親と敬愛し創造主と崇拝しており少しでもグシャにいい所を見せたかったのだ
円卓の奥一段高い玉座に今はいない主を思い浮かべ自分こそが! と皆意気込んでいる
そんな親煩悩な連中が睨み合ってると鶴の一声が場を制した
「あんた達が話してる堕神は私が滅ぼしたわよ」
議会場への転移は永久評議神以外は厳禁なのだがそんなもの関係無しとカレンが颯爽と現れ議題を引っくり返し、一瞬騒然とした後あちこちから悲鳴が上がる
勿論黄色い悲鳴ではなく、恐れの悲鳴なのは言うまでも無い。
小神の何柱かは気絶までしてしまう始末。円卓を囲んでる大神や大悪魔も各々感想が口から漏れる
おおっカレン様!
ああ、今回の議題は荒れるな・・・
ひいいぃ、混沌姫がくるなんて聞いてない!? 帰る!
私急用が・・・
カッサンドラの今回の議会は荒れるとはこのことか・・・ちくしょう、帰りたい
「えぇ~・・・、なんでカレン様が・・・」
今回の議長が皆の思いを代弁する
「まったく、あんた達どれだけグシャが好きなのよ。まぁいいわ、堕神討滅のお礼にあんた達にちょっとしたお願いがあるのよ」
お願い。
これが女神の可愛いお願いなら幾らでも聞くが混沌姫のお願いなど聞きたくもない、皆の思いは一致し議長に視線を集める
断りたいが下手に口を挟みたくない、そんな思いが目に見えていた。
今回の議長は皆を恨みながら帰ったら厄払いしようと決め意を決してカレンに相対する
「・・・・・非常に聞きたくないのだが、礼をしてお互い御機嫌ようと話を終わらせるというのは・・・」
大神の低のいいお帰りくださいコールは言葉の暴力で振り払われる
「その場合あんたの支配星で原因不明の天災が起きるわね」
「あああ?! 、これだからこの御方は・・・!」
とんでもない災厄に皆同情の視線を議長に向けるが議長は半狂乱で頭を抱えて円卓に頭を打ち付ける
「んっん! 代わりに私が聞きます、その願いとはなんでしょう?」
使い物にならない議長に代わってまだなんとか威厳を保っている大神が代弁する
「あんた達に懇願されて次元の狭間に封印した使い魔、呼び戻していいかしら?」
カレンからしたら手柄を立てたんだからこれぐらいのお願いはいいでしょと、さも当たり前のように要求するがその要求が更に場を混沌とさせた
傍聴席は阿鼻叫喚となった
魔狼が復活?! 世界が滅ぶぞ!!
ラグナロク起きるのか?!
俺は地上に逃げるぞ!
フェンリルってなに?
「っ!? フェンリルをか!!! 冗談じゃない! 我はあいつに食われたんだぞ?!」
議長は顔面蒼白になり拒否するが・・・
「か、かか、カレン様。それだけはどうか・・・・」
議長の代理がなんとかそれだけは断ろうと意を決して拒否の言葉を搾り出すが
「ちょっと、私の可愛いペットに勝手に名前付けないでよ。認めてくれたらグシャが丹精込めて作った世界、あんた達も知ってるでしょ、試験世界。あれの管理の権利譲るわ、今なら神々の憩いの場となる宿もセットよ」
「まじで?!」
「真か!」
傍聴席の混乱を無視して円卓を囲う皆が態度一変する
先ほどとは目つきが180度変わって是非自分に、と飛び掛る勢いだった。
「きっと試験世界を管理するとなるとグシャと共に行動することも多いわ、大変なことね。私には荷が重いわ、誰か・・・」
カレンの演技すらする気のない棒読みな台詞に皆我先にと売り込む
「ちょ、我フェンリルの解放認めるわ! だから我に!」
そのフェンリルに食われた大神が真っ先に言う
「な! 抜け駆けとはずるいぞオーディン、そのような大事な役目はこのゼウスが適任ぞ!」
先程まで議長の代理にカレンに毅然と相対していた大神が言う
「ま、待て待て、判りました。満場一致でフェンリルの開放は認めます。ただし神界への連れ込みは厳禁とさせて頂きます。宜しいでしょうか?」
2人が使い物にならないと判断した大悪神が仕切り、なんとか条件を付ける。
このままだとそのまま許可を出してしまいそうな2柱に変わって最低限の条件を口にする、大悪神もグシャと世界管理運営という膨大な望みを前に此処数千年で一番頑張ったと後に自負している。
「ええ、依存ないわ。みんな良い子で助かるわ、それじゃこれ宿の権利書よ。誰か、もしくは共同でもいいわ。よろしくやって頂戴、それじゃ」
場を掻き回すだけ掻き回して颯爽と去っていくカレンだが、皆それどころではなく今度は誰が試験世界の管理運営を行うかで白熱する。
帰路についたカレンはこれで目的の第二段階は済んだと安堵する
初めから使い魔の開放は計画の内だった。第一段階の安産、子宝の加護を有する神の誘致は成功している。
後は機を待つだけ。
カレンの顔は綻んでいた。




