106話 夫婦の創世奇譚 10話 サテラの修行
ユスフィアに転移して10日後
サテラの使い魔探しが難航していたがシドが急ぎ足で帰ってきて大喜びで2人に知らせる
「ドラゴンの所在地が判ったぞ! 此処から北に馬で2日ほどの距離にある雪山にいるらしい、早速行ってみようじゃないか」
この首都に興味の無いカレンはユスフィアに着いて早々探査魔法でドラゴンの所在地を探ろうとしたがシドがそれでは面白くないと自力で聞きまわっていた。その成果が実り大喜びのシドは偶に見せる無邪気な子供のような仕草でカレンはその不意打ちの可愛さにやられ、その様をサテラは笑顔で出迎える
「それは重畳でございます。早速出立の準備を致しますね」
言うや否やサテラは準備に繰り出し、残ったカレンはシドに幾つか確認する
「雪山ってことは大体想像ついたけど、どんなドラゴンかは聞いてるの?」
「正確な情報ではないが聞いた限りではシャルマーユのドラゴンよりもどうやら一回り大きいようで言葉を理解する白銀のドラゴンだそうだ」
シドの情報を聞いて恐らくどのようようなドラゴンなのか察し、予想が当たっているとしたら手を出せずにシドとサテラが残念がってしまうとカレンもどうしたものか耽ってしまう
「おそらく氷に属するドラゴンだろうけど言語を解するとなると厄介かもしれないね」
「俺達で苦労するほどということか?」
「それは有り得ないけど、強さ以前に竜はその強さから信奉される種も多いのよ、言葉を解してシャルマーユのドラゴンより大きいとなるとなにかしらの神格がある竜かもしれないわ」
竜といってもその有様は様々だが大抵の世界ではその強大さから強者の位置に君臨しているがその扱いは千差万別である。
他の魔物と一緒にされ害獣に位置されるドラゴンと混同視される事もあれば悪神や善神と崇められその信仰の差で強さも千差万別となる
シャルマーユのドラゴンはただの魔物だから問題ないが今回の推定ドラゴンがもし竜であって神格を有し、それを勝手に討伐、あまつさえ食べるなど神界から苦情が殺到してしまう。シドもそれに思い当たり唸ってしまう
「ここで悩んでも仕方ないわ。直接見て神格あれば適当にあしらって帰りましょう」
「それもそうだな、お前の魔法でここからその推定竜が神格あるかどうか判別はできないのか?」
「さすがに離れた場所の神格の有無までは確認しようがないわ、高位の者だと神威の隠蔽も可能だから。強さはわかるけど神格と関係ないから当てにならないから直接見てみましょう」
竜の住む氷山にて
首都から氷山まで転移して適当に探すつもりだった一向だが転移してすぐに竜のほうから姿を現した。
その様はシドとサテラの竜に対する印象を覆させるほどの存在感と抑える気の無い圧倒的な暴力な力を振りまく厄災そのものだった。
「妙な気配を感じたからきて見れば貴様ら何者だ? 姿は人間と亜人だが明らかに違うな」
小山と見間違うほどの大きさで威厳のある言葉を放つ竜は首都で聞き及んでいた体格より更に大きく、シャルマーユのドラゴンの倍近くはある巨大な白銀の竜だった。
言葉を解するかどうか以前にその姿を見ただけで明白に理解できてしまう、この竜は神に類するなにかだと。
神威のような威圧を撒き散らすその様はシドに警戒の鐘を鳴らせる
「これはまた・・・珍種に出会えたものね。有る意味神に出くわすより希少よこれ」
無関心を通すことの多いカレンが珍しい神器を発見したように驚き、竜を一瞥しているが次第に顔が険しくなりサテラは勿論のことシドですら見たことの無い険悪な表情で竜を睨んでいる
「シャルマーユのドラゴンとは明らかに違うな。ヤガミより神威あるんじゃないかこの竜」
自身の思ったことを口にするも警戒は怠らず、自然と2人の前に出て双槍を手にする
(カレンもいるし万が一ってことはないだろうが、これほどとは予想外だな。遣り合えば俺独りだと無事では済まん)
此処に来る前のカレンの説明で神格があれば争わず帰るという話だったが、この竜の明らかな敵意に交戦は避けられないと判断したシドは状況を正確に判断する。
「直接生きた姿を見るのは初めてですがあの国で3大悪竜といわれてたそれより遥かに脅威ではないでしょうか?」
三者三様の思いを口にしていると自分の問いに答えない一行に苛立ち、声を荒げて再度尋ねる竜
「先の問いに答えろ見知らぬ者よ。余は今争いの最中で無駄な敵と事を構える気はない」
一向が驚いてるように竜も内心この状況に焦っていた
先の台詞の通り今はとある者と交戦中
強い力を察知したからあの者の使役する僕かと様子を見にきたらまさかの人間種、それも内1人は神格が垣間見える
普段なら神格があろうと言葉も交わさず襲うがここで未知の敵と争ってる最中にあの者が現れたらさすがに対処できないと判断し自分でも珍しく声を掛けることにした
だが返ってきた返事は予想もしていなかった台詞だった。
「吼えるな半端もの。神程度の役目すら放棄した堕神が」
今まで聴いたことの無い険しい声で竜を一括するカレンの様はシドとサテラにはさぞかし名の有る大神の一声に感じ神々しさを感じさせる
竜同様カレンも怒りを抑えるつもりが無いようで神威を振りまき竜の神威と相まって場の威圧感が目に見えて酷くなっていく
「・・・やはり神の関係者か」
堕神
善悪全てを許され好き勝手気ままに振舞うことを許され、謀反ですら容認される神々だが唯1つ禁忌とされる事が有る
全ての神々はグシャに創造され、その際神には大小様々ではあるが役目が課せられる
それを放棄した神を堕神と認定され、発見次第この時だけは神界でも派閥や禍根を無視した堕神の討伐に赴く
神の中には超越者を凌ぐ存在も有るがグシャへの謀反は一度も無い、それは全ての神々が創造主であるグシャに親にも似た敬愛と忠誠を誓っているからだ。グシャは「そんなこと気にせず好きにしろ」とカレンのように破天荒な一面を見せるが基本的に子供のように神々を溺愛しており、そんなグシャに神々は望外の喜びを感じ役目に忠実な存在だ。そんな中で堕神が現れようなら神々の怒りを一身に受ける事になり、現にこの竜も世界を飛び回り神々の追っ手を避けている最中であった。
「サテラ、あれ殺しなさい」
「ぇ、わ、私ですか?!」
主の神々しさに見蕩れていたサテラが久々の主の無茶振りに驚き困り果てていると追撃のように言葉を重ねてくる
カレンの抑える気の無い殺気と台詞に問答は不要と竜がその豪腕を振るい一向に襲い掛かり、地面を抉り地割れを起こすも仕留めた感覚がなく、自身の頭上から忌々しい声が響く
「今のあんたの腕前を試すには丁度良いわ。あれ如き圧勝してみせなさい」
「・・・承知致しました」
竜の不意打ちの一撃を察知して上空に一向を転移させたカレンはさも何事も無いようにサテラに難題を課すがサテラは落ち着きを取り戻し主の意を汲んで快諾を返す
「ああついでに、あれは見ての通り氷属性に耐性があるけど『私』の弟子らしく勝ってみせなさい」
「承りました、師であるカレン様に満足いただけるよう振舞います」
そこには先程まで慌てふためいた使用人はおらず、自信に満ち溢れたカレンの弟子の玉兎がいた
これがサテラの初めての実戦にして玉兎の魔女の歴史の一歩だった
「初の実戦があれとは厳しすぎないか?」
「あら、私の弟子なのよ? この程度の偉業はやってもらわないとね、手出し無用よ」
「了解」
(俺でも苦戦しそうなものだが果たしてサテラは大丈夫か・・・まぁいざとなればカレンは怒るだろうが助太刀するか)
竜の前面に優雅に降り立ち改めて竜を見据える
(さて、倒すだけなら幾つか手は思いつきますがカレン様が態々氷耐性について確認する以上それを踏まえて仕留めましょう)
初めての魔法の実戦投入にしては相手が悪すぎる課題だがサテラは恐れることなく堂々とした佇まいで竜を観察する
そこにはかつて下種な人間に怯えていた玉兎はおらず、竜すら見下す主同様に威厳に溢れた玉兎の姿があった
(転移魔法だと? 厄介な・・・、この亜人を仕留めた隙に余も転移したほうが良さそうだが、この亜人も底がしれん。態々この亜人だけで向ってくるなら好都合、全力で排除して転移を繰り返せばよい、あの者から逃げるようで癪だが仕方あるまい)
堕神とはいえその武威で神格まで経た竜は尊大な態度とは裏腹に飄々と状況を確認する
力だけの猪突猛進では神の座に着くことなどできはしない。
逃げるという行為が愚かでない事等百も承知、唯気がかりなのがあの者との決着を着ける事ができないことだった
互いに睨みあう事数秒
先手を打ったのはサテラだった
詠唱も、予備動作も無く大魔法を発動させ辺り一面に5mに及ぶ氷柱を無数に発現させ竜を襲う
主の得意とする氷属性の魔法の中でも上位に位置する厄災級攻撃魔導の『アイシクルバースト』を無詠唱化させ先制を取ったが予想通り無傷の竜が氷柱を豪腕で薙ぎ払い、体は掠り傷1つ無かった
(さすがにこれでは傷1つ負う事もありませんか)
辺りの氷柱を砕き堂々と佇み目の前の亜人を観察する
(今のを無詠唱で放つとは魔神の類か? ・・・もしや亜神か、時間をかけるのは下策か)
即断で状況を判断し攻めに徹する事にした竜が足元の小さい亜人に全力の吹雪の吐息を吐き出す
暫くして効果が無いことを察し吐息を止めるとそこには先程と寸分違わない亜人の姿があった
冥属性でも数少ない防御魔法でもある戦術級魔導ホロウを発動させ周囲を異界化させ理を捻じ曲げる結界魔法で、之を破るには結界殺しの神器が必要で魔法なら厄災級の結界破壊の魔法を要する。
竜はその魔法の現象を理解できず、未知の魔法を操る亜人に警戒しつつ物理主体に切り替える
その巨体に似合わない素早さで前足で空間ごと地面を引き裂き、上空に転移されたら吹雪の吐息で硬直させ自ら飛び上がり丸呑みにしようと食らいつくもこれも転移で避けられる。
この繰り返しかと思いきや竜が魔法を発動させ状況が一転する
「我が前に立つ愚者を飲み込め―――ディアアバランチ―――」
吹雪の吐息が止み、次に来るであろう爪による攻撃を避けようとするが竜は距離を取ったまま想定していた攻撃はせずにその巨体の周りには幾つもの魔方陣が浮かび上がり明滅し、魔法が発動する。
サテラの視界にある雪原全てがうねりを上げて全方位から雪崩となって襲い掛かってくる
(なんて出鱈目な魔法!? ・・・聞いたことの無い詠唱からみてあの竜独自の魔法、魔導でしょうか。――しかし不味いですね、この規模は見物しているあの方々にまで影響が、あの方々ならなんとでも防ぐことは可能でしょうが・・・)
竜の放った魔法により津波の如く襲ってくる雪崩は食らえば致命傷は勿論のこと竜も巻き込むがその耐性から竜には効果は無くむしろ冷気で回復するといった攻守を兼ねた独自の魔法だがサテラが悩むのはそこではなくカレンのあの一言だった
『私』の弟子らしく勝ってみせなさい
迷いは一瞬
サテラが手を合わせ初めて取得した魔導を発動させる
無詠唱化でも発動可能だが魔法名を口にすることでこの世界でも確実に効果を発揮させる
「孤兎の夢想」
目前に迫った雪崩は消えた、雪原も大地も空も掻き消された其処は3人の住む星の環境、即ち宇宙空間に3人と竜は放り出された。
「貴様っ! なにをした、転移の魔法とは違う、、これは・・・」
竜の焦った問いにサテラは誰にも聞こえない範囲で小さくため息をつく
(師匠に任されたのにお手を煩わすなど我慢できずに使うつもりの無かった魔導を発動させてしまいましたが、構いません。
当初は竜の氷耐性を貫通させて同属性魔法で葬るつもりでしたがこれを見せた以上必殺で行きます、ご覧くださいませカレン様)
勿論故郷に転移させたわけでなく、元の雪原の地を空間を作り変え異界化させた概念魔法だが突然の出来事に竜は理解を超えて思わず相手に問い詰める
玉兎の魔力を込めたサテラオリジナルの魔導で天災級魔導にあたる孤兎の夢想、これはカレンにすらまだ披露していないとっておきだった。
「独自の魔法を使うかと思えばこの魔法を解さないとは、想定内の感知能力と想定以下の知識ですね。
転移ではありませんよ、唯この辺りの世界を私の好きに創り変えただけですよ」
「世界の再構築だと? 馬鹿な、それは最早創造神の力ぞ」
「私の仕える主様を前に神など自惚れる気はありません、それより先ほどから攻撃がきませんが観念されたのですか?」
あからさまな挑発に竜が乗るわけも無く、相手の出方を待ちながら状況の把握に努める
(魔法は使える、体も自由に動かせる、特に制約があるわけでもなく本当に空間を再構築させただけのようだが、流石にこの空間で転移魔法はなにが起こるか想像ができん。ならば)
先の繰り返しと竜が再度魔法を発動させ幾つもの魔方陣を出現させ、妨害に備えるが相手は微動だにせず唯一言口にするだけだった
「あらあら、知らなかったのですか。『竜は魔法を行使できない』」
小さい亜人から発せられたその小さい台詞を理解する前に竜は嫌でも我が身を持って理解する羽目になる
竜の発動させた魔法が無効化され、再度詠唱しようにも体内の魔力は感じるのに魔法の発動が出来ない
竜は魔法を行使できない
(っ、、、空間の再構築だけでなく発した言葉を現実にする世界か!)
この世界の異質さを感じ取った竜は即座に噛み殺そうとその巨大な牙が並ぶ口で攻めるが・・・
『お前は動くな』
憎き亜人まで後僅かの所で竜は動きを止められ自身の末路を察した
「師の意向により無様な姿は晒せませんのでこれにて終いにさせて頂きます、貴方の体は全てが利用価値がありますので一欠けらも無駄にはしませんよ、では」
冷淡に、つらつらと告げる
『死になさい』
「いかがでしたでしょうか? カレン様!」
傷1つ無い小山のような竜の死体を前に先程までの冷酷な表情はどこへ、満面の笑顔でカレンの元まで来て褒めて褒めて! と言わんばかりにカレンに縋るサテラ
「見事だったわ。あんたのことだから氷属性で圧殺するのかと思ったけど孤兎の夢想で損傷の無い竜の亡骸を手に入れるとは、いい子ね」
カレンは勿論サテラの行使した魔法を理解している
今回サテラは2つの魔導と1つの魔法を行使して堕神を圧倒してみせた
あの堕神は勘違いしていたがサテラの魔法【孤兎の夢想】と発した言葉を現実にさせるのは別魔法だ
【孤兎の夢想】は術者の視認できる範囲を造り替え、サテラ自身の魔力を増幅させると同時に対象者を転移阻害させ囲む魔法でまだ研究中の魔法だった
転移魔法と発言を現実化させる術は別物で既に魔導に到達している
「ありがとうございます!! 当初はそれを考えてたのですがあの竜が無駄に大規模範囲魔法を使ってきたものでお二人の手を煩わせたくなくて」
「ふふ、自慢の弟子だわ。シドも心配する必要なかったでしょ」
カレンに頭を撫でられ恍惚とした表情のサテラを前にシドも正直な感想を口にする
「あ、ああ、まさかこれほどとは思わなかったぞ」
シドもカレンに混ざって力任せにわしゃわしゃとサテラを撫でながら内心で呟く
(いや本当に凄い・・・あれ使われたら俺勝ち目無いんだが・・・サテラも怒らせないようにしよう)
一息ついて、シドが竜の亡骸を確認しているのをカレンとサテラが先の戦闘について話し合いながら見ていると、急遽シドが双槍を構え2人の前に立ち、カレンが何処へとも限らず言葉を発する
「隠れて覗き見なんてしてないで堂々と見たら? あの者とやら」
~~~~~
見捨てられた地にて
物心ついたときから孤独だった。
親兄弟といった肉親はおらず最も古い記憶で親らしき者の一言だけ記憶に残っている
『お前は忌み子だ』
自身が所有してるものはその親からの一言と微々たる神威だけだった
恐らく両親のどちらかが神かその眷属だったのだろう
生まれた地が違うのかこの地では自分の容姿は醜いと言われ顔を布で隠しせめてもの皮肉に道化の表情を描いた。
幼いながらも泥水を啜り腐肉で生を繋いでいるとこの地について知りたいことは大体判った。
この地は王が革命で崩御し無法地帯と化しており凄惨な有様だ。
生まれの地についても調べたがそれは全く手がかりが掴めなかった
別に故郷に戻りたいわけではない、ただ何か1つ生きる目的がほしかっただけだ。
この地で知りたいことは調べたからここを離れよう
道中には魔物や幻獣といった化物のようなものが出没するらしいがこの地も危険なのに変わりは無い
思い立ったその日に男はその地を離れた
長い年月をかけて様々な国を渡り歩いたが自分と同じ人種は見つからず故郷と思われる噂も何一つ無く、主要都市の大半を渡った頃にはもう生きる目的は薄れ自暴自棄になった。
男は生き抜くのに必死で他には何も興味が無かった。だが、目的を、生きる意味を失って男は初めて自分を振り返る
何も無い
何も成してない
何も残してない
善も悪も無い
何てくだらない有様だ
それでも何か行動に移したいとも思えない
嫁を取って子供を見守るなんて想像もつかない、力任せに悪漢を束ねようにも支配欲も無く興味も沸かない
遣り甲斐といった仕事を探す気力も無い、捨てられた神の残滓が信仰に縋って慈善に尽くすなんて皮肉をするつもりもない
酒や薬も興味がわかず、ただ無心に魔物や幻獣と命のやり取りをしていた
そんなある日、いつものように魔物討伐に赴いたら見たことの無い幻獣に出くわした
その幻獣は今まで見たどの生物よりも巨大で強者だった。
当然男に勝ち目は無く挑めば死は明白だ
だが男は幻獣の前に立った
惜しい命も無ければ退く理由も無い
山のような幻獣が男を一瞥するとなんと話しかけてきた。
これには男も流石に驚いた、幻獣が言葉を解するなんて知らなかったし想像もしていなかった。
『貴様、神の追っ手か?』
どうやら目の前の幻獣は神に追われているらしいが自分は違うと否定したものの戦闘を回避する理由にはならなかった
結果は惨敗
満身創痍で地面に倒れ付す自分を見下しながら幻獣は止めを刺さず去り際に捨て台詞を置いて行く
「まさか殺してもらえると思ったか? 貴様は余が手ずから殺す価値もない」
男の頬には涙が流れていた
生き残った喜びの涙でも負けた悔し涙でもない
自棄になっての行為を見透かされた事と、あの幻獣にとって殺す価値すらないと言われたことへの言葉にしがたい涙だった
幻獣の捨て台詞を何度も頭の中で反芻させながら全身の痛みから意識を失う
それからしばらくして意識を取り戻し、なんとか這いずりながら移動できるまで回復した男は近場の森まで移動して傷を癒した
そして半月ほどして傷が癒えたのを確認して再度幻獣に挑んでは惨敗し森で傷を癒す事を繰り返していた
ある時は体を10人に分身させ挑み
またある時は幻術を用いて挑み
男は自身の出来ることすべてを駆使して何度と挑んだ
あの幻獣にとって自分は好敵手ですらない、取るに足らない雑魚だ。
だが
いつかあの幻獣と対等に渡り合うかはたまた殺される事でもあれば・・・
その答えは男もまだ判らないが何かある筈
今日も傷が癒えたから幻獣の元へ向かったら既に何者かと幻獣は交戦中だった
2人の男女が後方で見守り1人の亜人らしき者が空中で幻獣と絵物語に出てくるような英雄のような戦いを繰り広げていた。
どちらかに助太刀する気は無いが男は不可視化させ近づく、後方で見守っていた女が此方を一瞥し、一瞬視線が合うが直ぐに女は空中へと視線を戻す
気づかれた? でも襲ってくる様子はない、このまま様子を見よう
男は呆然としていた
景色を変える奇跡のような魔法を目にし、自分を赤子のように扱っていたあの幻獣が容易く葬られ目の前にその物言わぬ亡骸を晒している
何度も挑んだその幻獣の亡骸を前に言葉にすることができない感情で頭の中が締め付けられる中、女が自分に話しかけてきた。
「隠れて覗き見なんてしてないで堂々と見たら? あの者とやら」
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不可視化は完璧なのに此方を見据えて話しかけてくる女に抵抗無く姿を見せることにした
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―――
――
―
一行の前に姿を見せた男? は顔を道化の模様の布で隠し襤褸のズボンに傷だらけの皮鎧と腰の左右にこれまたガタのきてる短剣を二振りと雪原には似合わない格好の人物だが武器を手にしておらず敵意等も感じられない
「何か用かしら?」
この者がここに立ち寄ったときから気づいてはいたが神威を参考に予想しただけで姿が見えていたわけではなく、その姿を見てカレンも少なからず驚いた。
この者の在り方にだ。
「あんた達に用があったわけじゃない。あの幻獣に今日も挑みに来ただけだ」
隠す必要も無いことなので素直に事情を説明する
「そう、私の弟子が倒してしまったけど、どうやらあの竜と因縁があるようだけど、今度は弟子に挑む? それとも私達かしら?」
そんなつもりは無いと判り切っての問いかけだった。
シドは武器を下げたがまだ2人の前に立っている
「因縁というほどでもないし、あんた達に剣を向けるつもりもない。どうあっても勝てそうに無いしな」
「そう、ならお互い警戒する必要は無いわね、私はカレンよ」
「俺はシド、カレンの夫だ。よろしくな」
「私はサテラと申します、お二方の使用人でカレン様の弟子でもあります」
カレンの自己紹介で完全に警戒の必要無しと判断したシドがカレンに続き手を出し自己紹介しながら握手を交わす
サテラも2人にならって自己紹介するが弟子の部分を強調して満足げになっているのをカレンとシドはピンと伸びたウサ耳で察した
「自己紹介してもらったのは嬉しいが俺は名前が無い、好きに呼んでくれ」
今まで名乗りをする機会すらないほど孤独だった男はこの時初めて名前を考えておくべきだったと悔やんだ
「所でなんで顔隠してるの?」
シドが尋ねようとしてなにかしら人には言えない理由があるのだろうと言葉を飲み込んでる最中にカレンが率直に聞いてしまう
「・・・俺の顔は醜いから」
男が暫し黙っているとあっさりと理由を話しシドとサテラは納得するがカレンは余計疑問が増えたのか益々思案顔を曇らせる
「? 変わった奴ね、まぁいいわ。あの堕神ならともかくあんたのような半妖精は討ちたくないから安心したわ」
「・・・半妖精だと?」
男と出会ってから初めて感情の篭った声を耳にした一行だがその声は明らかに動揺もしくは疑念が混じっていた
「ええ、なによ? まさかあんた自分が半妖精って自覚なかったの?」
「妖精なら何度か見かけたことはあるが・・・俺は羽も生えてないし人間と変わらない、そもそも妖精は人の子を生めないと聞いたぞ」
妖精は未だ謎の多い種族だが男女どちらも人間でいう10歳前後の大きさしか見られず、恐らく成長しきっても人間の子供ぐらいの体にしかならないと思われ、その背中には体と同程度の素晴らしい模様の羽があり常にふらふらと浮いて移動している。
また容姿が優れている固体が多い為、羽目的の妖精狩りで囚われた妖精は好事家から性奴隷の如く扱われる。
その大きな要因はどれだけ性行為をしても妖精は人の子を孕まないという、妖精を買えるぐらいの地位の者からすれば無駄な騒動を心配なく抱けるというのが理由だ。
男の意見は正しいのだが・・・
「人の子は埋めないわ、でもあんた神の子でしょ。大方どこぞの神が気まぐれに妖精を孕ませたんでしょう? あんたの親なんて神なの?」
これも前例がほぼ無くて詳しい事は不明だが神や悪魔といった人間種以外だと妖精は子を成す事が可能と随分昔に誰かから聞き及んだカレンが説明する。その前例では子を生むと同時に不老不死である筈の妖精が消滅したということからこの行為は神々にとってあまり褒められた行為ではないためまず妖精を抱く神はいない
「知らないんだ、忌み子として捨てられたからな」
自分について思わぬところで情報が手に入ったものの、いい情報とはいえずまた感情を殺した声で答える。
そんな男を見てカレンもシドも男がどういった生を送ってきたか想像に難くなかった
「・・・まぁ、やっぱりそうなるわね」
とりあえず聞いては見たものの答えは判っていた、親のことを知っていればその神に説教の1つでもと思ったが余程の阿呆でない限り妖精との間にできた子など殺すか捨てて事実を抹消するだろう。
恐らく物心つく前に捨てられたこの男はまだ殺されなかっただけよかったのかもしれない
この話を掘り下げても詰らないとカレンは話題を変える
「所であんたあの竜とは何度か戦ったの?」
状況から見て竜が指したあの者とはこの男なのはまず間違い無い
「あの幻獣のことなら戦いと呼べるものではないが、8回ほど挑んでは負けてたな」
「面白いわね。サテラ、これ使い魔にしなさい」
男の見栄もない正直な返答にカレンは益々関心を示し『面白い』と思った
「え?! 幻獣じゃなくて人、えっと半妖精を使い魔になんてできるんですか?」
サテラの驚きは使い魔=獣とイメージしてたため外見が人と変わらない男を使い魔といわれてもピンとこなかった
シドも「そんな事可能なのか?」と疑問が浮かんでいた
「勿論よ。神そのものだと流石に問題があるけど神威だけ引き継いだ半妖精なら問題無いわ」
「それ以前に相手に確認取るのが先だろう」
このままだと相手の了承も無く力任せに話を持っていきかねないと踏んだシドが釘を刺す
事実それでカレンは「それもそうね」と思い直し男に改めて尋ねる
「そうね、あんたこの子の使い魔になりなさい」
「使い魔とはなんだ?」
自分を置いて勝手に話を進めてた一行を傍観していた男は始めて聞く単語に聞き返す
「専属の使用人のようなものよ。対価に相応の物をこの子が用意するわ」
「急にそんなこと言われてもどうしたらよいのか・・・」
男より亜人が戸惑ってるのはどうかと思ったが男からしたら目的の無い所に天から救いの糸だった。
迷うまでも無く二つ返事だった。
「構わん、どうせ唯一の目的もたった今無くなったしその使い魔とやらになろう」
「決まりね。儀式の準備するからあんたはそこにいる夫と一緒に竜を捌いといて」
「あの、カレン様。なぜ幻獣ではなくあの人を選んだのですか? カレン様が選んだ以上不満はありませんが・・・」
両者の同意もあることだし儀式は略式ではない本式でやると言って地面の雪を吹き飛ばし魔方陣を刻むカレンにサテラが尋ねる
「なぜって、神と妖精の子なんて類を見ない希少種よ、あの竜に立ち向かえるほどの腕と度胸もあるとなればそこいらの幻獣よりよほどいいわよ」
「ですが幻獣と違って人の形をしてると気まずいような・・・」
「使用人の部下とでも思えば大丈夫よ、なにより・・・」
『あいつ面白そうじゃない』
カレンの屈託の無い笑みを見てサテラはこれはもう決まりですねと腹を括る
準備が整い魔方陣の上でサテラと男、間にカレンが入り儀式を進める
儀式の間は男に顔の布を外させたがその素顔を見てカレンは漸く理解した。
そもそも妖精の血を引いているなら男女区別無く顔立ちは人形のように整っている筈、だが妖精の血を引いた人間などこの世界に限らず無数の世界でも希少な存在。この世界の住人からしたらその容姿は異様だったのだろう、堀の深い顔立ちに左右の瞳の色が異なっていた
儀式を終えた各々は其々得るものが大きかった
カレンは希少な玩具を
シドは久々のご馳走に友を
サテラは異質な使い魔を
そして男には
サテラより授かった女性のように整った顔を皮肉んで【バンシー】という名とカレンとサテラ両名による飽く事の無い生き甲斐を




