105話 夫婦の創世奇譚 09話 夫婦語4
泉の神をこの秘星に移して数日後
サテラが十分に油の乗った美味しそうな魚をアナヒタから分けて貰いカレンに見せる
「もう魚が住み着いたの? よほど張り切ってるようね」
水辺に神が住めばそこは聖域、そして神域となり清浄な生物が住み着く、この短期間で生物を住み付かせるのは大神でも大変な事なのだがアナヒタはカレンとシドお手製の水晶によほど興奮してるのか目を見張る勢いで頑張っていた。
「それだけではないですよ。泉の近辺が草木で生い茂って元いた泉と環境がほぼ変わらなくなってきてますよ」
(へぇ、そういえばアナヒタは作物の豊穣も司ってたわね、すっかり失念してたわ)
カレンは数多に存在する泉の神から安産・子宝の加護があるというだけで思いついたアナヒタを勧誘しただけでそれ以外の加護は頭から抜けていた。最もそんな理由で大神を連れ出された元の世界は溜まったものではないがカレンは全く気にしていない
「私もそろそろ挨拶しておくかしら」
「シド様をお呼びしましょうか?」
アナヒタが住み着いてからまだカレンとシドは顔を見せていない。直ぐに顔を見せればアナヒタが元の世界に逃げ返りかねないが今ならもうその心配もない
「いえ、先ずは私だけでいってくるわ」
(まだシドには内密で相談したいこともあるからね)
「畏まりました」
空間移動で一瞬で泉に向かおうとしたが草木があるということで羽伸ばしにリリーに騎乗して泉まで移動することにした。確かに更地にポカンとあった泉が、緑生い茂る美しい環境になっていた。リリーから降りて好きに行動させ、カレンが泉の前に立つとアナヒタを呼び出す
「アナヒタ、出てきなさい」
泉が光りだし幼い大神が姿を現すがどうやら寝ていたようで欠伸をしながら暢気に目を擦っている。
「んぅ、なんですかぁ、さっきお魚わけたばかり――っふぇ?! な、ななな、なんで貴女がここにいるんですかぁ!!!」
「あらご挨拶ね、私の星に住まわせてあげてるのだから感謝の言葉の一言もないのかしらね、この子は」
「うぇっ?! 貴女の星だったんですかぁ?! じょっ、冗談じゃないですよぉ、すぐでていきますぅ!」
アナヒタが此処まで焦るのはカレンが超越者だから―――だけでは勿論無い。
アナヒタの元いた世界ではカレンは神々をいびり倒して悪名が轟いていた。暇つぶしに小神を拉致して知恵を授けて善神に昇華させ、実験と称して悪神を唆して邪悪な竜を創らせたり、気まぐれで造った若返りの薬を飲ませようと神々を追い掛け回し、とある神が捕まりその餌食に、というかアナヒタそのものであった。
昔は神々から求婚されるほどの絶世の女神だったのに、子供の姿になってしまったアナヒタは流石に涙を流しカレンに元に戻すよう懇願したが、それすら面白がって人間に幼女や少女への性的嗜好を広め、子供姿のアナヒタが特殊な性癖に目覚めた人間に信仰され、存在が固定化されて精神も年相応になって元の大人の姿に戻る事は永遠に不可能となって絶望した。
幼い子供の姿で泣き啜る様を見たとある神がいけない方向に目覚め求婚し、ドン引きしたアナヒタは泣く泣く泉に引きこもった。
そんな忌まわしい過去をもつアナヒタがカレンとの再会に喜ぶはずも無く、この泉は名残惜しいがさっさと逃げ出そうと図る―――が、既に手遅れだった。
「あら、私と夫が丹精込めて作った水晶を使うだけ使って離れるつもり? 戻るなら弁償しなさい。さもないと力を封じて縛り付けてあんたの信者共の前に放り出すわよ?」
超越者お手製の水晶の弁償など不可能、そこまで計算しての行動だったのだからアナヒタはこの地に来た時点で逃げ道は完全に塞がれていた
「ひいぃぃ! そ、それだけは許してくださいいぃぃ、あの子達の私を見る目怖すぎるんですぅ・・・」
アナヒタを信仰する多くの信者は男性だ。その男性達を小児性愛者にしたてあげて元絶世の美女から絶世の美幼女になったアナヒタを見せたときは尊いお方を見る目から鼻息荒げて目を血走らせた危ない目に瞬時に変わった。
「熱心な信者がいて羨ましいじゃない。まぁ私の目に適った時点で諦めなさい、ここは素晴らしいでしょ?」
「そ、それは確かに素晴らしい環境ですよぉ、血走った目で拝む人もここには居ないですしぃ・・・」
アナヒタからすればここは2重の意味で楽園だった。最もその原因は目の前のカレンなのだが
「でしょう? 更に私の願いを聞いたらこの泉だけでなく私の屋敷の敷地を除く大地全てをあんたの神域にしてもいいわよ」
「本当ですかぁ?! ・・・でもどんな願いか不安ですぅ」
豊穣を司る神としてはカレンの条件は喉から手が出るほど素晴らしい条件だった。
豊穣を司る以上、大地を豊穣にするのは自身の名誉に関わるほど大事な役目だ。それにこの星には他の豊穣を司る神は存在しないので縄張りを気にせず存分に役目を全うできる。その素晴らしい条件にすぐに返事をしようとするがカレンの『お願い』が恐ろしいので確認する。
「簡単なことよ、近い将来私に加護を寄越しなさい」
「それでいいんですかぁ? 構いませんけどぉ、カレン様は既に夫婦になられたのではぁ? 夜の営みに問題でもぉ?」
カレンが夫婦になったことはあらゆる世界の神々に知れ渡っており、健康・子宝・安産を司るアナヒタとしては加護を授けるのは本分なので異論はないが疑問は浮かんだ
「それは問題なく夫共々満足してるわ。ただ私達の子供となると前例が無いから念のためよ、それに今すぐの話ではないわよ。今はまだ2者の時間を楽しみたいのよ」
今の時間を満喫したいというカレンの想いはアナヒタにとって予想外の言葉で、あの暴君にここまで言わしめる夫に尊敬の念を抱き、また今までのカレンへの印象が大きく変わった。
「わかりましたぁ、おまかせくださいぃ!」
さっきまでの態度から一転して満面の笑みで、無い胸を張って意気込むアナヒタだった。
「ええ、それと夫にはまだこのことは内密にね」
夫婦になって45年頃
サテラによる書斎の整理整頓が済み、管理も万全になった。既存の書物は全て見事に分類、仕分けが成され新たに蔵書される品も自動で仕分けられるように組み込んだ。書物そのものに力のある危険な品は新たに作られた空間に厳重に保管されている。約30年以上掛かった役目だが3200万冊にも及ぶ書物を1人で把握したのは十分偉業といえた。そしてカレンによるサテラの魔導の修行が始まる
地下工房に呼び出されたサテラはいよいよ魔法の修練と気を新たに引き締め地下に向かう。地下工房の一室にノックをして許可を得て入室するとカレンが待ち構えていた。
「来たわね。約束通り書斎の整頓をしてくれたから今日から魔導を教練するわ、あんたは私の始めての、そして最初で最後の弟子になるのだから厳しくするわよ」
長い時を在り続けたカレンだが弟子を作るのは初めてだった。シドもある意味弟子ともいえるが魔法ではなく物理戦闘の指南をしたのでカレンの頭の中では弟子と認識されていない。
「カレン様の名に恥じない弟子になるよう、勤めますので宜しくお願い致します」
魔法・魔導を求める者にとって上級者の先達に師事する事は自身の腕を上げると同時に誉れでもある。魔法や魔導といった奇跡の開祖のカレンに師事できることは魔女にとってなによりの誉れなのは言うまでも無い。サテラも玉兎として魔法に携わる以上そのことは十全に理解している。
カレンに指示できるとなれば名のある神ですらこぞって願い出るだろう、そんな奇跡を今のサテラは身に染みて実感していた。
「先ずは知識の確認、魔法と魔導の違いは?」
「魔法は自身に内在する魔力を消費してその消費に応じた各属性を司る力を行使します。魔導は個人が1つの魔法を極め、その魔法を更に自己流に手を加えたその者専用の魔法です。魔導を習得した者は魔法使いではなく魔導師と呼ばれます」
「そうね。奇跡も場合によっては魔法に含まれるわ、次に魔法を行使する際の詠唱の有無によるメリットとデメリットは?」
「・・・詠唱ですか――?」
カレンから予想外の問いが飛んできて一瞬口篭るが即座に思考を巡らせる。
サテラの住んでいた世界では魔法の詠唱は一節から三節で発動するものでそれが常識と思っていたが、この星に来て書斎であらゆる世界の魔法の在り方を知って驚いたのは今でも覚えている。
サテラの習得している水の初級魔法 アクアアロー これを発動させるには『純然たる水よ穿て・アクアアロー』この詠唱が必要になる
だが他の世界では名は変わっていても『アクアアロー』だけで発動する世界もあれば頭の中で詠唱を念じ無詠唱で発動させる世界もあった、しかしまた別の世界ではその星の水神の名と祈りを経て発動させるという詠唱だけで説法並みの文言が必要な世界もあった。
カレンに確認はしてないがおそらくその星々による魔法の浸透性の違いだとサテラは仮定している。詠唱の無い魔法のメリットは直ぐに思いつく。魔法の即時発動と戦闘中に相手に詠唱による看過を防げる事だ、だが詠唱の有るメリットが思いつかない、しばらく考えるがこれといった回答が思い浮かばず素直に答える。
「無詠唱のメリットは即時発動、そして詠唱による看過を防ぐためでしょうか? メリットについては申し訳ありません私にはまだ判りません」
サテラの回答を聞きカレンは予想通りの回答といわんばかりに答えを出す
「無詠唱のメリットはその通りよ。魔法使い同士の戦闘で三流同士ならいかに火力の有る魔法を先に叩き出すか、二流同士だと詠唱をいかに省略化し最適化した魔法を発動させるかの読み合い、一流同士では無詠唱は当たり前で偽装の詠唱で別の魔法を発動させるブラフも繰り出すわ。
デメリットは無詠唱に至るまでの時間の浪費ね、私たちには無縁だけど寿命のある生物にはある意味致命的ね」
確かに不滅の存在のカレンとシドに不老の魔法効果を得ているサテラには無詠唱のデメリットは無きに等しい。
詠唱の偽装など想像もしなかったサテラにはこの答えだけで一流の壁を感じてしまう
「そして詠唱によるメリットとデメリットだけど、デメリットは先の無詠唱のメリットの通り。けどメリットはちょっと難しかったわね、先に答えを言うと魔法の確実性よ、これで思いつくことは有る?」
カレンの何気ない問いにこの時既に試されてると直感したサテラはまたも思考の海に潜る
魔法の確実性
(そもそも確実ではない魔法なんてあるのでしょうか? 魔力と詠唱があれば誰が発動させても同じ威力・効果で発動する筈
以前カレン様の空間転移を拝見した時『時渡り』と一言だが確かに詠唱していた。カレン様の腕なら無詠唱も可能な筈なのに、転移系の魔法だから? いいえ、それだけじゃない筈、――世界によって魔法の浸透性が異なる・・・私のいた世界では当たり前だけど他の世界の魔法には浸透性と同じく魔法の発動に何かが・・・)
ここまで思案しておぼろげながら思いついた答えを口にする
「その魔法の編み出された世界によって魔力の浸透性と同じく魔法の効果、もしくは発動に誤差があり詠唱によって固定化させる、のでしょうか?」
口にしたサテラ自身半信半疑の答えだがどうやら正しかったようだ
「正解よ。正確にはもっと細かい制約があるのだけどそれは今後自身で体感しなさい。最後に魔法の属性の種類と特性は?」
「属性は九つあり火・水・風・地・時・聖・冥・無・魔です。
火水風地属性は基礎元素で習得し易い代わりに魔法の数も非常に多く、多義にわたります。
無属性は現在考案されてる限りでは数が極端に少なく、習得が困難ですが攻撃に特化した魔法が殆どで、魔法使いにとってはこの属性の魔法を習得するのを目標とされてます。
聖属性は儀式魔法で天使と神といった清浄な存在しか習得できず、攻撃手段が一切無い代わりに死者の蘇生や魂の活用といった奇跡に特化してます。
魔属性は誰でも簡単に習得できますが代償が魔力の他に必要な条件魔法なので行使は至難で総魔力の優れた種族が主に習得しますが代償次第でほとんどの属性の魔法も行使できます。
時属性に関する魔法はその殆どが禁忌とされ秘匿されているので詳細は不明ですが書斎で幾つか見た魔法によると攻守には優れず補助的な魔法に特化されてるようです。
私の属性でもある冥は珍しく、これも習得が非常に困難で魔法の数も他の属性に比べて少ないですが一際珍しい魔法が殆どです、書斎で確認した限りでは100にも満たない数しか確認されておらず、そのどれもが強大な効果が記されています。これで宜しいでしょうか?」
「ええ、その認識で間違ってないわ、誰にでも属性があってその属性の魔法の習得は他の属性に比べて習得が比較的容易ね。私なら時と氷の複合属性、あんたは冥属性と。ただ先天属性はあくまで得手になるだけで時間さえかければ全ての属性の魔法を習得することも可能だけど、それこそ永遠に等しい年月がかかるから現実的ではないわね。まずはあんたには私が選んだ各属性の魔法を全て習得してもらうわ」
魔法の始祖でもあるカレンは殆どの魔法を修め、未知の魔法も一目で解析・習得するが得手不得手は当然あり、属性も存在する。
カレンの属性は時属性と氷属性の複合、氷は正確には未だ属性とはいえず、水属性の中でも氷に属する魔法を得意としているカレンの自称である。複合属性は珍しくはあるが極稀に存在し、中には3つ4つ、それ以上の複合属性を持つ者も存在する。
属性が多い=それだけ多くの魔法を習得する機会に恵まれるとなることから、魔法使いの世界では当然持ち前の属性が多ければ多いほど凄腕とされている。
「カレン様が選んだ魔法とは幾つあるのでしょうか?」
超越者にして魔法の開祖でもあるカレンの修行が生半可なものではないと覚悟しているサテラだがカレンの口から出た条件は想像を遥かに逸していた
「ひとまず500でいいわ、その中から10は魔導に昇華させなさい」
さも当然のように言い放ち、一冊の魔導書を取り出しサテラに渡す。
それはカレンがサテラの為に作成した専用の魔導書でサテラが手にしたら文字が浮かぶよう施しており、500もの魔法の特性・相性等が事細かに記載されている。
この時点ではサテラは知る由もないが、500の魔法の半数近くはカレン考案の冥属性複合のオリジナルの魔法で習得難易度は極めて高いものばかりだ。それでも不可能というわけではない。現にカレンはサテラに渡した魔導書の中身を全て習得している。正確にはその何倍もの数の魔法を新たに習得しておりその中からサテラに合う魔法を取捨選択しているのだから
「500・・・魔導を10・・・?」
サテラが唖然とするのも当然で、平均的な魔法使いの習得魔法数は15~20、一流所でも30に満たない。何故なら習得に時間の掛かる魔法を数多く習得するより、1つの魔法を研究し最適化して行使するほうがあらゆる面で効率が断然いいからだ。サテラは玉兎の魔法適正が高いという特性を活かして元々初級魔法を含めた23の魔法を習得しており、それだけで十分に魔法使いとして一人前だ。魔法を500習得しろと言うカレンの試練は玉兎のサテラですら常軌を逸した難行だ。更にそこから10の魔法を魔導に昇華させるなど不可能としか思えなかった。それでも師であり主人に仰せつかったのだから無理と諦めるつもりは無かった。
「あんたは私の作ったその服の総魔力増加で今じゃ総魔力だけなら魔神に匹敵してるわ、まずは只管に魔力消費を気にせず魔法を行使して慣れなさい」
こうしてサテラの苦行が開始された。
修行の様はシドの時とは違ってカレンが付きっ切りで見守り、手順が間違っていると指摘し修正させる。これは甘さではなく間違った手順で魔法を覚え行使するのは魔法使いにとっては致命的で、不死ではないサテラには取り返しのつかない危機に陥るからだった。それでも助言はせず書斎で自力で学ばせ、地下工房で只管魔法の行使に明け暮れる毎日だった。
サテラの修行が開始されて数日後
「サテラの様子はどうだ? 俺と違って魔法の才能があるんだろう?」
夕餉の後に自室で寛いでいたシドが隣で魔導書を読むカレンに問う。
「ええ、凄まじい速度で上達しているわ。元々の玉兎の特性も有るけどそれ以上にあの子自身に天賦の才があるわね」
近接戦における技術ならともかく専門的な魔法の指南に関しては自分は殆ど役に立てないのでサテラの修行に一切関わってないシドが様子を尋ねるとカレンがサテラの才能の凄まじさを伝え、その努力を認めている。
「師が凄いのも合わさって化けるだろうな。魔神に転生させるつもりのようだが、俺の時みたいに神殺しを経て半神半人にさせるのか?」
槍を司る神の形代を滅ぼした時の事を思い出しカレンに聞くが、自分と違ってなにかしらの魔法を司る神を宛がうのかと疑問に思っているとカレンが否定する
「あんたは異例過ぎて他の人はまず真似できないわよ。幾らあの子でも神殺しは無理だから今の課題をクリアしたらこれを使うわ」
カレンが空間から取り出したのは人の目だった。いきなりそのような物を目の前に出され、シドは驚くがその目を観察すると二重に驚くことになった。
「それは、、眼球だよな? ・・神器みたいだが、、、」
その眼球は異質な程の神威を放出しており今までみた神器の中でも類を見ず、その威光は1つの眼球にも関わらず神威だけなら自分の双槍を上回る程だった。
「神器ともいえるけど神そのものとも言えるわ。とあるば神が知恵ほしさに泉に差し出した片目でそれを譲ってもらったの。これをあの子に同化させれば神にほど近い半神半人になるわ。神眼も付与されるし一石二鳥でしょう」
サテラの同意を得ていないがそんなことにカレンは歯牙にもかけない。
そんな恐ろしいことを口にして薄ら笑うカレンを見て、やはり自分同様に茨の道を歩むサテラに同情を禁じえないシドだった。
余談だがそれほどの神器、当然譲ってくれる物好きはおらず、所有者の巨人に「それ興味あるから寄越しなさい」と開口一番に無茶振りし、即座に断られたカレンが巨人の国を暴れ周り奪ってきたのだがカレンの中では譲ってもらったことになっている。
サテラが魔法の修行に着手して半年後
カレンに言い渡された500の魔法習得については当初の予定に反して順調に進んでいた。
現在新たに38の魔法を習得したサテラは次の魔法の習得に取り掛かっており書斎で手掛かりを探している最中
(今の所は順調ですが比較的習得し易いものを選んでるからで、他となると途端に困難になってしまいますね・・・)
サテラの思案の通り現在習得した38の魔法は全て冥属性でサテラの属性に合う中でまだ習得がし易いのを選んだからであって、残りの魔法は冥属性もその他の属性も全て難易度が極端に跳ね上がり書斎での研究に明け暮れていた。始めの内はカレンが付きっ切りで指導してくれていたが最近は魔法の行使より書斎での研究が主になってカレンとは別行動をとっている。
(カレン様の仰る通り、まずは500の魔法を全て習得して魔導への発展はそれからですね)
半年で38の新たな魔法を習得してる時点で並の魔法使いとは隔絶した才能を有しているのだが、サテラの師匠が規格外過ぎて本人も常識が外れた思考に徐々に陥ってる事に気づかないでいた。
「―――これは、儀式魔法?」
魔導書を速読していると気になる文言を見つけ、手を止めて注視する。
その儀式魔法は課題には含まれていないが効果が今のサテラが求める糸口になる代物だった。
(水属性の儀式魔法で術者の血液を代償に水属性の魔法への浸透性を上昇させる個人呪法ですか、試して見ましょう)
こうしてサテラは試行錯誤を重ねて只管に師匠に下された課題をこなしていく。
夫婦になって48年頃
夕餉が済んで暫く経った台所、その巨体には似合わないエプロンを付けた大男が喜びの声を上げていた。
シドが久々に懇親の出来と納得のいく菓子が仕上がったので、早速誰かに食べてもらおうと思い泉に向かった。
「アナヒタ、いるか? 新作の菓子を作ったからよかったらどうだ?」
透き通った水辺には聖魚や神魚が元気に泳ぎまわり神聖な空気を醸し出していた、シドの呼びかけに応じて泉から光の粒子が発生し、幼い子供の姿が形成される
「シドさまぁ~今日もお菓子くれるんですかぁ?」
眼をキラキラさせて期待を寄せるアナヒタがそこにはいた。
アナヒタがこの星に居着いて暫くして、シドと顔合わせした時には互いにシドの巨躯に、アナヒタの幼さに面を食らったが何度か話す間に本当に子供と接してるみたいでシドは完全に打ち解け、こうして偶に料理を手に訪ねている。
シドだけでなくここにはリリーも毎日のように通っており自然とリリーとも打ち解け、遊び相手になってくれているので感謝の一面もあった。
「ああ、完全な創作料理だから口に合うかはわからんが食べてみてくれ、っと、硬いから噛まずに舐めるようにな」
初めてシドが持ってきたお菓子を食べたときにはもうシドの料理の腕の虜になったアナヒタは一切の迷い無く手渡された瓶の蓋を開け色とりどりの小石程度の物体を口に放り込む。
「~~~っ、すごく甘くて美味しいですぅ!!」
注意された通り硬いが舐めるたびに甘い味が唾液に染み出し口の中が甘い蜜で溢れ、初めての食感にご満悦のアナヒタは両手を頬にかざしてくるくると上機嫌にその場で小躍りする
「口に合ったようでよかった、まだあるからあとでじっくり味わってくれ」
口の中でカラコロと菓子を堪能し躍っている様を見てシドも喜び、また新しい料理に励もうと心にする
「いつもありがとうございますぅ。これはなんて名前のお菓子ですかぁ?」
こうしてシドが料理を持ってくるのはかなりの頻度で中には今回のように名前の決まってない創作の物も幾つかあった
「名前はまだ決めてないから今回も好きに付けてくれ」
こうして後の世で飴と呼ばれる菓子はアナヒタ経由で神界で話題となり、シドの知らぬ間にブラッシングだけでなく料理の腕まで神界で噂されていくのだった・・・
またある日のこと
カレンが用事があるといって一週間ほどどこかへ出掛け、戻ってきたら面倒な話を持ち帰りシドに丸投げした
「神の存在しない世界での人口管理・・ですか?」
「ああ、神が不在でもどこまで発達できるかと試験的にグシャが創った世界らしいが、良くも悪くもどうにも進展がないようでカレンが様子見となにか解決策の意見を頼まれたらしいのだが、様子を伺ったら退屈すぎて飽きたとかで俺に丸投げしたんだが、俺にもさっぱりでな」
カレンに頼まれたとはいえ専門外もいいところでなにから手をつけたらいいのかも判らないシドは書斎で研究中のサテラに意見を求めていた
「神といった人知を超えた力の介入がないなら優秀な逸脱者に統治させるとか、ですかね?」
「それは既に試したらしい。秀でた人間に各々幾つかの国を統治させたところ大きい争いごとはなくなって平和にはなったらしいが、それ以降まったく進展がないらしくてな。カレン曰く生きても死んでもいない曖昧な生をただ繰り返すだけの停滞した世界になっている、とのことだ。勿論そこに住む個々人は人生を謳歌しているものが大半だろうがグシャからしたら試験的な世界でそれではなにも参考にならんだろうしな・・・」
数ある世界の1つならそれもその星の住人の自由と放置する所だが、今回の創造にはグシャと何柱かの神の思惑が絡んでるらしく幾つかの条件があるとのこと
主目的は人類以外の力の介入無しでどこまで文明が発達するか
最終目標は奇跡のないその世界で人が自力で奇跡を起こすこと
1つ 神や悪魔その眷属の介入は無し
2つ 人外の力が及んだ場合のみ人知れず排除する
3つ 信仰は自由にさせるが加護は勿論その他の見返りは与えてはならない
4つ 人類では対処できない危険種は初めから除く(魔物や魔獣)
5つ 公平な試験の為、生誕直後は皆等しく平等とする
この条件で観測が始まったものの、直ぐに幾つかの派閥に分かれて小競り合いが始まってしまい、これでは他と変わらないと急遽優れた人物を選び統治者に選んだが争いは無くなったものの、今度は戦争という大義名分がなくなり文化革命が無くなり停滞してしまい原始的な生活から進展していない。
「そうですね―――いっそのこと各派閥に飛び切りの無能者を送ればよろしいかと」
「無能者? さらに優れた者でなくてか?」
「はい、人間は有体次第で毒にも薬にもなります、既に知恵者がいるのでしたら逆に愚か者を混ぜてみてはいかがでしょうか?」
人間への興味の失せた者と人間嫌悪の者ならではの発想。
興味の無いシドには他に案が浮かばずサテラの案をそのままグシャに伝える事にした。
グシャと神々はその案に乗り気ではなかったものの代案が無かったので試しにと各派閥に愚者を生み出した
結果はグシャや神々ですら言葉を無くす程だった。
まず各派閥内で抗争が起き、総人口が一気に激減した、これでは失敗かと思いきやなんと生き残った各派閥が手を取り合い爆発的に文明開化が始まった。
更に各派閥に共通の宗教を幾つも立ち上げ宗教文化も始まり、なんと幾つかの宗教は擬似的な現人神まで現れた。
サテラの案を通して10年も経たないでこの結果は大成功だった。
夫婦になって60年頃
シドの思いつきでまた旅行に行こうと始まり、カレンも満更でもなく2つ返事で旅行が決定した。
行き先はカレン任せの見切り発車で準備もそこそこにサテラと3人でカレンの空間転移・時渡りで早速転移する。
小国ユスフィア
強大国に囲まれた小さい国で国力は衰え、前国王の凡夫なりの努力による国営も愚者の現国王により半瓦解し亡国手前の有様
戦争の最中であり当然治安も悪化し、まず観光に選ばれるような地ではない。以前旅行に選んだ地シャルマーユ皇国とは全く逆の国といっても過言ではないだろう。ユスフィアを旅行先に選らんだのは近隣に珍しい生物がいるからというそれだけの理由だった。
「文明はシャルマーユとあまり大差無い様だが治安は最悪だな」
ユスフィアの首都に転移し検問所とは名ばかりの国民の亡命を防ぐ関所を素通りし、首都の大通りを移動してる一行は3度目の追いはぎをシドが打ちのめした所だった。この世界では亜人は殆ど存在せず玉兎のサテラは目立ち、更にカレンも加えて2人とも容姿端麗で衣装も超一級品なので悪漢ホイホイになっていた。
「前国王は逸脱者とはいかずともそれなりにこの国を治めてたのだけどね、現国王の息子が実権を握った途端に絵に書いたような愚王になって金と女に狂って知恵もないのに支配欲に駆られて大国に砂をかけてこの様よ。それでもこの国は竜や幻獣が存在する希少な国よ」
「それでもこの視線は耐え難いものがありますね。私だけならともかくカレン様にまで・・・」
サテラがこの国に着てから目に見えてピリピリして周囲を威嚇しているがそれでも回りの男たちは薄汚い視線を向け、一般人は騒ぎに巻き込まれまいと一目散に逃げていく。それが余計にサテラの人間嫌悪感を刺激してしまう悪循環だった
「まぁ落ち着きなさい、此処は直ぐに立ち去る予定だから家は転移させずに適当な宿を取るからあんたはそこで留守番してなさい。
今回の旅行にはドラゴンの他にあんたの使い魔探しも兼ねてるんだから有象無象の視線なんて無視しなさい」
カレンの使い魔発言に各々反応を返す
「使い魔ですか? 私自身カレン様の使い魔のようなものですし特に必要ないと思うのですが・・・」
「そもそも使い魔ってのは怪しげな召喚儀式で呼び出した者と契約するんじゃないのか?」
2人の反応に軽くため息をついてカレンが使い魔について説明する
「シドのその偏った知識の契約も正しいけどそれだと格下の小物しか使役できないし制限も色々あるのよ。強大な使い魔を召喚する術もあるにはあるけど今のサテラにはまだ危険だから直接出向いて交渉するのが手っ取り早いわ。私の弟子なんだからそれなりの使い魔を使役して見せなさい」
私の弟子と言われたサテラはさっきまでの機嫌はどこへやら、上機嫌で「判りました! 頑張ります!」と意気込んでいる
「そういうお前は使い魔を使役していないのはなぜだ? サテラは弟子だろう?」
「―――前はいたのよ・・・可愛い狼だったんだけど目を放した隙にどこぞのば神を食べちゃって神格化して流石に神々からの苦情が殺到して煩いから泣く泣く次元の裂け目に幽閉されちゃったわ」
その話を聞いてシドは単純に「可愛そうになぁ、一目みたいものだが・・・」と零しているが書斎の知識が詰め込まれたサテラはその話に類似した神話が直ぐに思い浮かび、まさかと思うが自らの師匠の出鱈目振りを知っているサテラはそれを考えるのは放棄した。
首都の中でも町外れの僻地に宿を取りサテラに留守番を任せリリーに騎乗したシドとカレンはのんびりと街中を闊歩していた。
その最中も当然注目の的だったが2人は我関せず暢気に観光を楽しんでいた
「こうして2者で出掛けるのも久々だなぁ」
「そうね、これはこれでいいわね」
リリーの背の上でシャルマーユで購入した傘をシドに差して貰い、シドに寄り添って何気ない会話を楽しんでいる2者、この世界では鳥馬は珍しくないが奇抜な格好の偉丈夫に美女とも美少女とも言える女性が見たことも無い飾りを掲げて練り歩く様は異質で皆道をあける
「戦時中とはいえ首都なら露店商の1つや2つあるだろうから行ってみよう」
この傘のようにまたカレンに似合うような品があれば贈りたいと思っていたシドは通行人に露店商の場所を聞き向った。
市場では予想に反して露店が多く、通行人も溢れており、これなら先程より悪目立ちしないと安心するシドだったが市場の品々を見て落胆する
「まぁ、戦時中なら当たり前といえば当たり前な品揃えよね」
カレンの台詞の通り市場には武器防具ばかり並んでおり嗜好品や珍品は並んでおらず、落胆するシドにカレンは首を傾げつつも市場の品に目を通す。戦争の最中なだけあって武器防具も実用的な品ばかりだが数打物ばかりで目を引くものは無い。そんな中防具屋である品を見つけ、カレンがシドの袖を引いて防具屋に並ぶ
「また珍しい物が・・・この国らしいといえばらしいけどとんでもない珍品よこれ」
カレンが珍しい反応を見せ手に取ったそれは一見するとただの黒い外套でどこにでもありそうな品に見えるがシドが注視すると神威を纏っていた。シャルマーユでもあった価値も知られず二束三文で売られる神器と同じようだったがあれらと違いこの外套は神威がかなり強く以前カレンに見せてもらった神の眼球に近い品に感じた。
「なぁ、これは、、」
シドの台詞を遮りカレンは店主に呼びかけ外套を購入する。未だこの国の通貨を換金していないので宝石の内大粒のトパーズを出したら2つ返事で取引が完了した。おそらくあの宝石1つでこの店の商品全て買い占めることもできるが2者とも他の商品には興味は無く、またリリーに騎乗して店を離れる。しばらく移動して外套を粒さに観察するカレンに漸く声をかける
「そろそろそれについて説明してくれないか?」
「ええ。あんたも察した通り神器だけどただの神器じゃないわよこれ、八咫烏というヤガミの国の神の使いの鳥の羽毛で作られた神器よ。八咫烏の羽で作られた神器なんてあの国でも1つか2つあるかどうかという品なのにとんでもない一品を拝むことができたわ」
興奮気味にカレンが力説するがヤガミの国という台詞に疑問が浮かび尋ねる
「カレンが喜んでくれたならこの際なんでもいいがヤガミの国とこの国とは世界が違うのによく巡り合えたな」
「八咫烏は世界を渡り歩く気まぐれな鳥だからどこにいても不思議ではないけど、この国は幻獣が多いからその影響かもしれないわね」
世界を渡り歩く 気まぐれ 正にカレンを指した言葉で思わず笑ってしまいカレンにジト目で睨まれ慌てて咳払いして言葉を選ぶ
「ほう、世界を渡り歩くか、、カレンにぴったりだな」
シドの言葉に今一ピンとこないカレンだがこれは自分用に買ったのではなくシドの為に買った物だ。珍しい神器とはいえ特にこれといった優れた性能があるわけでもないが同じ国の神が打った神器、それも同じ国の神の名を示す品を担うシドがこの外套を使うというのはなにかしら縁を感じてしまう。
「そう? でもこれはあんたが使いなさい。あんたの神器・天照と月詠とも相性がいいわよ」
勧められて外套を羽織って見るがこのような装飾品は初めてで自分に似合うか不安でカレンに尋ねる
「カレンがそう言うなら・・・似合うか?」
「ええ、男前が更に磨かれたわよ、ふふ」
「そ、そうか」
困り顔で尋ねるシドに素直な感想を述べ更に困らせてその反応を楽しむカレンだった。




