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臆病兎の錬金経営譚  作者: 桜月華
104/148

104話 夫婦の創世奇譚 08話 夫婦語3&サテラの初めてのお使い

グシャが尋ねてきた日の夕餉時


今日の夕餉はカレンが担当し、いつも以上に豪華な食卓になった。、顔には出さないが友との出会いに気分がいいのだろうとシドは察する

久々のカレンの手料理に2人は喜び、存分に味わっていた。自然と会話も弾み今日の訪問者の話へと移る


「グシャ様も凄い御方ですね、神様を創ったとか、凄すぎてちょっと理解できないぐらいです」


一見すると人間と変わらないグシャだがそれは自分の仕える主人2者も同じだが、カレンの奇跡のような魔法、シドの圧倒的な力を目にしたサテラには神様に見えた。だが一緒に生活を共にするようになって2人が神様とはなにか違うように感じていた所の今日の来訪者からの爆弾発言の嵐である。


「俺もだ、神の創造なんて重大な事をさも当然のように言われても困る」


「手のかかる弟よ」


夫婦として共に居たシドにしか気づかなかったが、この時のカレンは弟を自慢されて満足気な姉のような雰囲気だった。


「そういえばカレン様、グシャ様はカレン様のこと妹と仰っておりましたが具体的にはどういった関係なのでしょう?」


シドも興味あった話題だがなぜかカレンの口から直接は聞きたくないと邪な感情が疼いてしまう。


「そうね、具体的には私とグシャともう1者は同時に存在して――長い時を過ごしたから家族か兄弟か友かよく判らないけど繋がりみたいなものはあるわね」


共に過ごした中で初めて見せる表情で友を語るカレンはどこか想いを寄せる見た目相応の少女にしか見えなかった。

シドは年甲斐も無く嫉妬してしまい意識せずに唸ってしまう。


「むぅ・・・」


「妬いてくれてるのかしら? ふふっ、シドは更に特別でしょ。私の自慢の夫で私だけの【守護者】なのだから」


夫の可愛い一面を新たに垣間見たカレンは上機嫌で宥める。グシャの問いに自然と口が出てしまった【守護者】だが満更でもなく、カレンは私だけの【守護者】に更に気分を良くする。


「そうだったな、すまない。お前の友に嫉妬しまった」


「ふふっ」


これ以上の言葉は要らないと2者は目で語り合う、そんな2者を目の前にしてサテラも自分もいつかこんな素晴らしい夫婦になれるだろうかと考えるが、2者に比べたら精神的にも肉体的にもまだまだ子供な自分には想像もできず、今は2人のお傍で色々学ぼうと再度心を引き締める。話題の切り替えも兼ねて更に気なってた事を2者に尋ねる


「お二人は本当に素晴らしい関係ですね! ――そういえばグシャ様から頂いたこの指輪はなにか意味があるのでしょうか? 私の属性に関係あるような事を仰っておりましたが」


グシャから譲り受けた指輪をはめた指を眺める。

見たことの無い材質で作られており細部に渡って意匠を凝らしており誰が見ても高値の付く芸術品と一目で分かる一品

だがそれよりこの指輪から感じられる魔力が尋常ではなく、未だ魔法に関しては未熟なサテラでも凄い品だと理解できる。


「見せてみなさい」


「それは・・・神器ではないのか?」


カレンに指輪を手渡し鑑定してもらうと横から覗き込んだシドがその凄まじい魔力から神器ではないかと言及する

カレンは鑑定魔法を行使すると「へぇ」と神器等は見慣れ、目の肥えた筈のカレンが興味が沸いたのかしげしげと眺めるとサテラに返す。


「これはまた思い切った贈り物ね、神器の中でもかなり強力で冥界の神の加護があるわ。冥界の神は求道者でもあってあらゆる属性の魔導を蒐集してるの。この指輪には他の属性の魔導をなんでも三つ封じ込めて制限無く好きに行使できるわ。今度私が冥属性以外の便利な魔導を封じてあげるわ」


        神器(じんぎ)

読んで字の如く神が創造した、或いは神が使用した(うつわ)で武器防具から装飾品、嗜好品、薬まで種類は数え切れないほどあるが全て人類では創造し得ない奇跡の品でほとんどの世界では一部の英雄や逸脱者といった有力者が所有しており、その多くは文献に記載されるほど破格の効果がある。唯の道端の石でも神が使用すればそれは神器となり神の力が付与される。当然そのような器を求めて戦争が起きる程で常人はまず目にする事は無い。


「またとんでもない品物だな」


グシャから譲られた神器は魔法を行使する者なら誰でもその絶大な力の程を理解できてしまう器だった。

魔導を封じ込めて制限無く行使できる、増してやカレンの奇跡に等しい魔導を封じればどの世界の権力者でも万金を叩いてでも欲する品になる。


「そんな素晴らしい品を頂いてしまって宜しいのでしょうか?」


「気にしないでいいわよ、あいつのことだから冥界の神から幾らでも量産できるでしょうし。そうそう、神器といえばあんた書斎である程度知識積んだでしょ? 宝物室の管理もお願いするわ。あそこも適当に積んだままで最近困ってるのよ」


「確かに最近は俺の練成したもので埋め尽くしてるからな、あそこの空間もまた拡げてもらわないとな」


2者は兼ねてより手を焼いていた宝物室の管理もサテラに丸投げしてしまう


「わ、判りました! お任せください」


サテラは新しい役目、それも宝物室の管理など重要な役目をもらえた事に感謝し使用人魂を燃え上がらせる

後に宝物室に山の如く詰まれた金銀財宝と神器の数々に「ありえない・・・」と呆然とするサテラだった。


「頼んだわよ」


「それと、お二人が神様より遥かに凄い方なのは判ってましたが、シド様が神様を兼任することになった事は祝福してもいいのでしょうか?」


「ううむ、時空神(じくうしん)だったか? 実感沸かんからなんともなぁ、――まぁ悪い事ではないと思うから祝ってくれ」


「はい! おめでとう御座いますシド様!」


シドの曖昧な返事にサテラは屈託の無い笑顔で祝福の言葉を贈るがカレンはその意味を理解しているので黙していた


(グシャのお墨付きの神ねぇ―――信仰が広まればとんでもない神格と神威を得そうだけど、面白いから黙ってましょう)



夫婦になって30年頃


「んっ、、、くぅ、、カレン様ぁそこはもうちょっと優しくおねがいしますぅ。。。」


「加減が難しいわね」


シドの日課になったサテラのうさ耳のブラッシングにカレンも興味を持ち「私にもやらせなさい」とシドからブラシを奪いサテラのブラッシングに挑戦していた。最初はリリーのブラッシングと変わらないと思っていたがサテラの反応が面白く、気がつけば20分は過ぎていた。

最早ブラッシングは一流の腕になっていたシドはカレンの後ろで「そこは毛並みに沿ってだな」と助言を飛ばすが、初めてサテラの耳を弄るカレンには加減がわからない。


「っぴゃあ! あのあのっ、カレン様なにを?!」


何を考えたのかカレンはサテラの黒いうさ耳を甘噛みした、サテラの反応を無視して後ろから抱きしめあぐあぐとサテラの耳を()む様は危ない雰囲気を醸し出していたがカレンの突拍子も無い行動に正気に戻ったシドは慌てて止めに入る


「カレン、なにを!? こらっ離すんだっ」


カレンを羽交い絞めにしてサテラから離そうとするもビクともしない、このような事で超越者(ちょうえつしゃ)の力を発揮されても同じ超越者として居た堪れない。サテラは驚きはしたものの満更でもないのか頬を染めてビクビクしていた。


「なによ、用は毛づくろいでしょ? 口でしてもいいじゃない」


カレンの暴論に「犬猫じゃないんだから・・・」と突っ込むもののサテラの様子を見て(ありなのか・・・?)と嫌な事を知ってしまったシド。

2者は知らないが玉兎族(ぎょくとぞく)は性行為による快感が凄いと言われるがそれだけではなく、玉兎自身の性感帯も人より遥かに過敏で耳を甘噛みされるのはそれに近い快感だった。聴覚、嗅覚が人のそれより尋常離れしてるがそれだけではなかったのだ。


この騒動からカレンにはサテラのブラッシング禁止令が言い渡された。カレンは「いいわよ。私にはリリーがいるわ」と拗ねてしまう。




甘噛み騒動から暫く経った頃


サテラは機敏に書斎の整理整頓をこなして行く。

やっと全体の7割は整理が済み、宝物室の整理も最近目処がついた。此の頃は書斎で整理の傍ら魔導書で研究する時間も増えた。

今日も研究しているとふと頭に過ぎる事があった。昨日の出来事だがシドに教わった焼き菓子クッキーを作った所、2者に好評で愛らしい名無しの妖精にも与えた。カレンからシドには妖精の姿は見えない理由を説明されていたが何故あの妖精には名前を付けないのだろう? と小さい疑問が浮かんだ。カレンに直接聞けば簡単な話だがそれでは面白くないと妖精に関する書物を幾つか見繕って目を通す。


        妖精

獣種 竜 悪魔 人間 亜人 天使 魔神 神とは異なる精霊同様に自然から発生する概念で種類は幾つか確認されてるが固有名詞は存在しない

その背にある綺麗な羽は芸術品とも云われ好事家に好まれ、非力で野生の獣以下のなんの特別な力も無い妖精は妖精狩りという非道な行いに晒される事が間々ある。力はないが概念なので不老不死で生物とは違うので飲食の必要は無いが摂取する事は可能。名前のような個を定義付ける物を付けてしまうと概念から逸脱し存在が固定され不老不死から外れてしまう。人間や亜人等の子供への悪戯が趣味で善悪の無い妖精は時に死に至らしめる悪戯も働いてしまう・・・


(成程、カレン様のことだから妖精ちゃんの事を思って名前を付けてないのですね)


優しいカレンの新しい発見と自分もうっかり名前を付けない様に気をつけようと心に留めるサテラだった。



夫婦になって35年頃


カレンとシドは傘を差しリリーに騎乗して空を駆けていた。

昨日の夕餉の際、カレンが新しい魔導を開発したので適当な世界で試すと言うのでシドは2つ返事で護衛を買って出た。

カレンに護衛など不要なのだが一緒にいたい為の言い訳に過ぎない。カレンもそれを承知で「ふふっ頼もしい事」と夫の可愛い言い訳に笑顔で答える。


2者の眼下、遥か下の大地では大規模な戦争が行われていた。2者共、動体視力上昇(どうたいしりょくじょうしょう)の魔法を行使して戦況を確認する


「なぁカレン、人間同士の戦争なのは分かるが規模がでかすぎないか?」


「足元で争ってる国は両方とも愚王が治めていてもう崩壊寸前なのよ、だから奴隷から特権階級等の関係無しに女子供も巻き込んだ総力戦の最中なのよ、神も呆れて放置してるわ。本当に愚かよね、愚王を排除すればこうもならなかったのに」


カレンの言う通り泥沼の総力戦でシドの知っている戦争とは余りにもかけ離れていた。

右を見れば年端もいかない子供が体に合わない武器を振り回し、女は子供を抱えて右往左往。左を見れば戦を放棄して女を犯している男達、逃げ惑う戦不慣れな者達を囲んで嬲る兵士達。両極には王と近衛らしき陣営が張ってある。


「そんな愚かな統治者を放任した国民も問題在りだな、他国に亡命するなり民衆で反逆すればいいものを、事なかれで何時か誰かがなんとかしてくれると放任していたのだろうな」


「人間の悪い見本としての良い例ね。今回の魔導は範囲距離は分かるけど威力は想像つかないからなるべく近づいて頂戴」


「了解した」


リリーを地上から100m辺りまで下がらせるとカレンが新魔導を行使し、複雑な神の言語を練りこんだ500mに渡る超巨大な立体魔方陣が展開される。当然此方に気づいた者達は様々な対応をし、怯えて立ち尽くしたり辺りを押しのけて逃げ惑う者、神に祈りを捧げる者もいれば投擲武器を向けてくる者もいる。

魔方陣を展開して20秒ほど、向かってくる矢や(つぶて)天照(あまてらす)月詠(つくよみ)で払いのけながら待っていると魔方陣の発光が明滅(めいめつ)し魔導の効果が発揮する。


信仰心の深い信者ならその光景を見てこう述べるだろう



――――――天使の軍勢の裁きが下った――――――



魔方陣から無限に沸く、白と黒の翼を背中に生やした人のシルエットをした光源達が地上に聖なる槍を投擲し、地上は阿鼻叫喚の惨状に陥る。


足元の惨状をそよ風の如く気にしないで2者は暢気に会話を進める


「これは・・・天使か?」


「本物ではないわ、本物の天使は怠け者が多いからこんなに働かないわ。あらゆる天使の形と力を模倣(もほう)した者達による殲滅魔法、偽天(ぎてん)の悪戯とでも命名しようかしら」


カレンのオリジナルの魔導に名前を付けるがそれは示すだけで、発動させるのに詠唱は必要無い。

そもそも一流を超えた超一流の術者は無詠唱化が当たり前で敵前で詠唱など論外だ、詠唱でどの魔法か予測され対策されてしまうからだ。

シドも習得魔法の数が少ない代わりに無詠唱化できるまで極めており、カレンに至っては今までの数多く目にしてきた魔法のどれも詠唱の文言を聞いたことが無い。


「以前俺も妖精に害を及ぼした国に全力で天照と月詠を投擲して地殻変動を起こして国を滅ぼした事はあるが・・・これはそれを遥かに凌ぐ奇跡だな」


「偽の天使だから善悪区別無く好きな対象に発動できるのが利点ね。最も本物の天使はある意味で善悪感情より面倒な性格だけど・・・ともかく成功よ、魔力消費が尋常じゃないけどサテラの神器に封じるには丁度いいでしょ」


(―――ああ、こうやってサテラも尋常ならざる者になっていくのだろうな、まぁ本人もそのつもりのようだし応援してるぞ)


2者の会話が一息つくと地上は凄惨な状況で死屍累々だった。生存者はおろか見渡す限り無数のクレーターで穿たれており草木も消滅している。魔方陣は消え偽天使達も粒子となって消えていく。


「終わったわ、我が家へ帰りましょう」


こうして忽然とこの世界から2つの愚王が納める国の国民が全て消滅した。



夫婦になって40年頃


3人の住む屋敷に新たな来訪者が訪ねてきた。


「カレン様からお聞きして、興味が尽きずこうして来てしまいました」


フロアで優雅に紅茶を(たしな)む客人はカレンの服装に似た作りの衣装で、ワンピースのような一枚布で縫われた季節の花々で彩られた(あで)やかな服装に長い黒髪に椿の花飾りが際立ち印象的でカレンのように妖艶(ようえん)な印象が強く、可愛さより綺麗さの勝る女性だった。


「私は小さい島国の神の一柱、名を八上(やがみ)と申します、気軽にヤガミと御呼びくださいませ」


女神ヤガミは自己紹介して一礼する。その様も見事で貴族の姫のような印象をシドは受けた。―――だがサテラはヤガミを目にした途端に挙動不審になり紅茶を出すときも目に見えて狼狽していた


「サテラ、どうかしたのか?」


シドが心配になり声を掛けるがサテラは(ろく)に返事もできずあうあうと口をパクつかせるだけだった。

ヤガミが原因かと思ったが特に威圧感やグシャやカレンが纏う口にしがたい印象もない。


「ヤガミは兎を司る神のようなものだから玉兎(ぎょくと)のサテラにはなにか感じるものがあるのでしょう」


(兎の神? ということは他にもあらゆる獣の神がいるのか? とんでもない数になりそうだが)


実際はその世界では生き物に限らず物の神までいてシドの想像を遥かに超える神が共存しており、ほとんどの世界では信じられない奇跡の集大成だった


「っは、はい、なんといいますか、恐れ多いというか、カレン様やシド様とはまた違った畏れが・・」


なんとか言葉を紡ぐが片言で目がグルグル回ってるような印象を彷彿とさせるサテラだがその有様を見てカレンとシドはどこか可笑しく思わず笑ってしまう。


「すみません、意識してるつもりはないのですが、どうしても眷属には伝わってしまうようです」


ヤガミが見事な所作でサテラに詫びる、そんなヤガミを見て更にうろたえてしまうサテラ


「い、いえっ御気になさらないでくださいっ!」


「それで―――なんとなく察しは付くが、用件は・・・」


ヤガミと出合った時から用件を察してしまい、どうか違いますようにと念じながら尋ねるがその願いは神によって砕かれた。


「はい、是非耳を毛づくろいして頂きたくはせ参じました。同じ神であるシド様にお願いするのは恐縮なのですが、カレン様から【凄い】とお聞きして・・・是非に」


またも一礼するヤガミの艶やかな黒髪の上にはサテラとは対極の純白な白い兎の耳がピョコンと生えていた。


(まさかあの時の罰を本当に神の間に言い触らして獣耳のある神が来るとは・・・あれは身近なサテラだから気兼ねなくできるのに、こんな初対面の美しい神にブラッシングはさすがに緊張どころではない・・・が)


「カレンの手前断れんな、俺もその美しい耳には正直興味が尽きん。道具を持ってくる」


「はい、宜しくお願い致します」


3人の視線を背にそそくさと部屋にブラッシングセットを取りに行く。(あの2人にはどこか悪い気もするが正直あの見事な耳には抗えん)と内心やましい事でもないのに軽い罪悪感を感じてしまうがあのうさ耳の虜になってしまったシドは手早く道具を持ってフロアに戻る。ヤガミに一声掛けて座してるソファの後ろから立ったままブラッシングを始める。カレンはニヤニヤと此方を眺め、サテラはこっちを見ては左右に視線を逸らすを繰り返している。


「な、なるほど、、これは・・・自分で毛づくろいするのとは違って気持ち良いものですね。カレン様からお聞きして、傍付きの者にやらせてみようと思ったのですが恐れ多いと断られてしまいまして」


最初はヤガミも緊張していたがいざ始まると直ぐに気持ちよさからシドの手に身を委ねる。

ヤガミは勿論、玉兎族も自分の耳の毛づくろいは自分でするので本来他人にしてもらう機会はなく、この気持ちよさは初めての感覚だった。加えて神であるヤガミの耳に触れるなど従者には考えられない行為だった。


「サテラとはまた毛並みが違って面白いな」


こっちはこっちでサテラとは違う触感を満悦しており、気がつけばサテラは羨ましそうに此方を直視している。




たっぷり30分かけて毛づくろいしてお手製のオリジナルオイルで整えてブラッシングの時間は終わった。

軽く頬を薄紅色に染めたヤガミは感想を問うまでもなくご満悦の様子。カレンは紅茶を飲みながら今度はサテラを見てニヤニヤしていた。


「有難う御座いました。想像以上の気持ち良さでした、また機会がありましたら是非お願いしたく存じます」


「此方も楽しませてもらった。(たま)にでもいいから此方からお願いしたいぐらいだ」


「それは重畳(ちょうじょう)で御座います、お礼といってはささやかで御座いますが、カレン様からお聞きしたところシド様の槍は神器(じんぎ)とのこと、私の加護で宜しければ是非お受け取りください」


本来、神の加護など神格問わず相応の儀式が必要でこのようなことで他者に授けるのは有り得ないのだが今回は授かる側も神ということで気兼ねなく授けることができる。

神の決まりごと等にまだ疎いシドは気軽に受けるが、ヤガミの国ではヤガミの加護ともなれば大儀式と相応の人身御供が必要な加護だ。


「ほう、それは有難い、是非お願いしたい」


シドは時空掌握(じくうしょうあく)から天照(あまてらす)月詠(つくよみ)を取り出しヤガミに見せ、名を告げると「これは、まぁ・・・奇遇な」と呟き槍に手をかざすと二振りの槍が淡く発光する。


「私は武に関する力は無いのでささやかながら幸福の加護を施しました。投擲(とうてき)なさる時には僅かながら命中率があがり、また、担い手に幸福をもたらしましょう」


加護を施したヤガミはカレンとシドに一礼してサテラに紅茶のお礼を言い転移してゆく

その日のサテラのブラッシングにはサテラからのリクエストがいつもより多かったのは気のせいか

また、天照と月詠の投擲を試したシドがその在り得ない軌道を描いて標的に命中したことに腰を抜かしそうになった。

こうして超越者(ちょうえつしゃ)にして時空神(じくうしん)のシドの主武器である天照と月詠は、鍛冶の神渾身の逸品に同じく超越者であるカレンの魔力をふんだんに帯び、天目((あめのま)の加護に八上(やがみ)の加護が加わり、出鱈目な神器に見事変質していった。更に八上の幸福の加護の影響か錬金術の成功率が僅かに上がっていた



八上が訪れてから暫く経ったある日


カレンとシドはリリーに騎乗して屋敷の外から1kmほど走った所で立ち止まる、屋敷の周りは桜の木々や庭園があるがここまでくると何も無い更地が続いていた。


「それじゃあシド、手筈通りにお願いね」


「了解した」


リリーから降りたシドは天照と月詠を構え一呼吸し、交差に一閃する。槍の軌道に発生するカマイタチが地面を抉り大穴を穿(うが)つ、この作業を慎重に且つ丁寧に行い大穴を拡大させていく。1時間程で作業を終えたシドはカレンから大分離れておりカレンの位置へと戻っていく。


「こんな感じでどうだ?」


シドの働きによって直径500mにも及ぶ大穴が完成し、中心にいくほど深くなっている。


「上出来よ、次は私の番ね」


シドが地面に座り一息つくと交代で次はカレンがリリーから降りて大穴に近づき魔法を行使する。穴の中央上空に魔方陣が浮き上がり大穴中央から洪水の如く水があふれ瞬く間に大穴を水で満たし、泉が完成する。


「水不足の国が見たら拝むだろうな」


「私にかかればこれぐらいわね、さて、例の物を投げて頂戴」


了解とシドが泉の中央に投げ込んだのはかつてシャルマーユの露店で偶然見つけ購入した水の神の加護を宿した指輪だ。この加護は水を聖水に変質させたり水属性の魔法の強化、つまりこの泉は指輪の加護により聖水の泉、聖なる泉となった。


「次はサテラの番ね、ふふっ」


カレンの悪い笑みを見てシドはサテラの苦難に手を合わせたくなる、ことはなく笑みに見蕩れていた。


屋敷に戻った2者はシドは次の準備の為に地下工房で錬金術に取り掛かる。カレンはサテラを呼び出しちょっとしたお願いをする。


「お使いですか?」


何も知らないサテラはカレンのお役に立てると満面の笑みだった。内容を聞くまでは


「ええそうなの、私もシドも今忙しくて、サテラにお願いできるかしら?」


「勿論です、なんなりとお申し付けください」


「そんな大袈裟に捉えないで気楽にして。ちょっととある世界の泉に転移させるから、そこの女神にこの地に造った泉に住むよう頼んできて。簡単でしょ?」


「・・・はい?」


ちょっと野菜を買ってきて的に気軽に神を引っ張って来いと無茶振りされるサテラだった。


「あ、私とシドの名前は伏せてね。私達の名前出すと怖がってしまうから、それ以外は方法は任せるわ」


それじゃ宜しくねと言い残して地下工房に去っていく。勿論サテラの返事は聞かずに。



とある世界の女神が住まう泉


見渡す限り森で人工物は一切見られない、自然が溢れ木々が生い茂っており泉は透き通るように美しく、小鳥の(さえず)りが響くなかポツンとサテラは泉の縁に立っていた。


「初めてのお使いが神様を引っ張ってくるって・・・」


お使いなんて言葉で済む話ではない。神の移動など世界のバランスが崩れかねない一大事で、書斎での勉強でサテラもその重大さは重々承知している。方法を任せると言われてもこんな大事にどう対処したらいいかなにも思いつかず頭を抱えてうずくまる。うさ耳はかつて無いほどしな垂れていた。


(―――――――悩んでも仕方ないです、カレン様から仰せつかった役目なんだから果たして見せます!・・・でもどうすればいいのでしょうか? 力ずく・・・はまず無理ですから交渉しかないですね、そもそも神様をどうやって呼び出せば?)


散々悩んだ挙句、普通に呼び出すに考えが至ったサテラは思いつく限り呼び掛ける。「あの」「泉の神様おりますか?」「お願いがあるので出てきていただけないでしょうか?」「ここに困ってる兎がいるんです出てきていただけませんか?」「・・・泉の神様の意地悪」等々思いつく限りの呼び掛けを30分程行い後半は悪口にもなっていたが一向に泉に変化はない


(なにか儀式が必要なのかしら? それだと方法を知らない私には無理ですね―――何か適当に投げ込んでみますか)


木の枝を投げ込んでみる―反応無し

石を投げ込んでみる―反応無し

花を投げ込んでみる―反応無し

兎が飛び込んでみる―反応「あのあのぉ、ここは神聖は泉なので水浴びは控えていただけるとぉ・・・」有り


腰まで浸かったサテラの目の前に現れた女神はサテラより幼く見え10歳前後の見た目で透き通る青い髪にあどけない顔でおどおどしている


自棄になって飛び込んでみたら幼い神様が現れるとは色々と予想外だったが八上同様に神威を纏っている


「貴女様は泉の神様でしょうか?」


浸かったまま目の前の神に尋ねる


「は、はいそうですよぉ。アナヒタと申します」


その名を聞いたサテラは書斎で神々についても研究しており、その幼い外見に似合わないとんでもない大神に驚くが顔には出さず耐えた


(カレン様! こんな大神移動させたら宗教戦争待った無しですよ?!)


「私はサテラといいます。単刀直入に言いますね、今とある星で泉を作ってるので其処に住んで欲しいのです」


自分で言っといてなんて無茶振りだと思う


「えと、えとぉ、急に言われても困りますよぉ」


それはそうですよねぇ


「新しい泉で綺麗ですよ? ここより素晴らしい環境です」


「そういわれましてもぉ、今善神と悪神が喧嘩してて私がいなくなると困るのですぅ」


宗教戦争待った無しどころか既に勃発してましたカレン様


「喧嘩なら好きにさせればいいではないですか」


「この世界が滅んじゃいますよぉ」


「なるほど、神様は大変なのですね」


「そうなのですぅ」


(幼い外見でもやはり大神、立派ですね。さてどうしましょうか―――そうだ)


「星が変われば担当も変わってその悩みも解消ですね」


「うぅ・・・それは魅力的ですぅ」


サテラの思いがけない発想に一瞬目を輝かせるが直ぐに視線を逸らしまたおどおどしてしまうアナヒタだがサテラはその一瞬を見逃さなかった。誘って駄目なら相手から来たくなるようにすればいいだけの事


「誕生したばかりの何も無い泉、泉の神様としてはさぞお力の振るい甲斐があるでしょうね」


「・・・」


サテラの言う泉の神にとっては途轍もない楽園に思いを馳せ、遂に黙ってしまう


「素晴らしい環境なので幾つかの水に属する神様にもお声を掛けたのですが中々候補が多くて、それでもアナヒタ様程の方に声を掛けないのは失礼かとこうして声を掛けさせて頂きました」


このままでは決定打に掛けると思ったサテラは更なる追い討ちをかける、彼女は知る良しも無いが神の引き抜きなどとんでもない大罪だが知らないが故の無茶振りだった。


「そんなに人気なのぉ?」


食いつきましたよ


「ええ、アナヒタ様に断られたら他の神様がすぐにでもと仰られております」


「ええ?! えっとぉ、じゃあちょっとだけ覗いてみるのはだめぇ?」


釣れました、お喜びくださいカレン様。ちょろかったです


「勿論構いませんよ」


「やったぁ」


無邪気に喜ぶアナヒタを前にサテラも飛び切りの笑顔を見せ頭の中で黒い計画を立てる。


(お使いは定住させる事で覗いて帰ってもらっては困ります、でもあの環境ならまず喜んで定住するでしょう。もし帰ると駄々をこねたところで覗きの期限は口にしてません、私は1万年の間【ちょっと】覗いてもらうつもりだったと逆切れすればいいのです。アナヒタ様ほどの大神ならこんなか弱い兎との約束すら守れないと噂になれば大変でしょう)


この日、か弱い兎? は悪い兎になった。


サテラは神器(じんぎ)の指輪に封じられた魔導の1つ、転移魔法【時渡り】を発動させ幼い大神を連れ帰った。




「お疲れ様、無事泉の神を引っ張ってきたようね」


まさかこんなに早くお使いを果たすとは思ってなかったカレンはサテラのあまりの優秀ぶりに歓心し笑顔で迎え頭を撫でる


「カレン様の言いつけですから私頑張りました! アナヒタ様も泉に大はしゃぎで喜んで定住してくださるそうです」


アナヒタに向けた黒い笑顔ではなく無邪気な笑顔をカレンに向け、頭の感触に頬を緩ませる。

悪い兎もカレンとシドの前では愛玩兎になる


「シドと一緒に大量に練成した水晶を沈殿させてるから泉の神からしたらご馳走の山でしょう」


水晶は水を清める効果があり水に関する神の好物である、まして超越者(ちょうえつしゃ)2者の魔力で創られた水晶は神器に勝るとも劣らない。アナヒタからすれば怪しい勧誘に誘われて来てみればそこは神器の山で好きに気兼ね無く生活できる桃源郷だった


「なんでも失くした指輪も見つかったって大喜びでした」


「ああ、あの指輪あいつのだったのね、奇遇なこと」


「ところでカレン様、なぜ急に泉を作って神様まで定住させたんですか?」


「綺麗な水で育った美味しい魚、食べたくない?」


「・・・食べたいです」


超越者に突っ込んではいけない、学んでるサテラも大概だった。




(あの神の加護は他にも子宝、安産そしてその水に浸かった赤子は健やかになるのよ、(いず)れの為に、ね)

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